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追放された私が森の魔獣に拾われたら、触れるたび記憶を共有する運命の番だった

作者: 住処
掲載日:2025/11/02

 森の奥へ、奥へと足を引きずる。


 背中の傷が痛い。足首も腫れている。でも止まれない。止まったら、あの声が追いかけてくる気がする。


「お前の聖女の力は弱すぎる。王太子妃には相応しくない」


 婚約破棄を言い渡した王太子の冷たい声。周囲の貴族たちの嘲笑。そして、二度と王都に戻るなという追放令。


 エルナは唇を噛んだ。涙はもう枯れた。今はただ、誰もいない場所へ行きたかった。人の姿が見えない場所へ。


 木の根に足を取られて転ぶ。地面に手をついた瞬間、痛みが走った。


 ああ、もう無理かもしれない。


 視界が霞む。空が暗くなってきた。夕暮れだろうか。それとも、私の意識が途切れそうなだけだろうか。


 温かい。


 誰かが、私を抱き上げた。


「……人間の女か」


 低い、でも優しい声。


 エルナは薄目を開けた。白銀の髪をした青年が、私を見下ろしている。月光のように白い肌。琥珀色の瞳。人間ではない、何か別の存在だと直感する。


「魔獣、様……?」


「よく分かったな」


 青年、いや魔獣は苦笑した。そして私の額に手を置く。


 その瞬間。


 頭の中に、映像が流れ込んできた。


 広い森。月明かりの下で一人佇む白銀の狼。誰も近づかない、誰とも触れ合わない孤独。何百年も続く、永遠のような静寂。


「あ……」


 声が漏れる。これは、この魔獣の記憶だ。


 同時に、私の記憶も逆流していく。王太子との出会い。婚約の喜び。そして裏切り。追放。全てが、彼の中へ流れていく。


 魔獣は目を見開いた。


「これは……記憶の共有?」


「なん、で……」


「触れ合った者同士の記憶が混ざり合う。それは、運命の番にしか起こらない現象だ」


 番。


 その言葉の意味を理解する前に、エルナの意識は闇に沈んだ。


 ---


 目を覚ますと、柔らかい寝台の上だった。


 体を起こす。傷に包帯が巻かれている。部屋は石造りで、窓から月光が差し込んでいた。


「起きたか」


 振り向くと、あの魔獣が椅子に座っていた。人の姿のままだ。


「ここは……」


「俺の住処だ。森の奥にある」


 彼はゆっくりと立ち上がり、私に近づいてくる。


「お前の名は?」


「エルナです」


「エルナ。俺はルーファスだ」


 ルーファス。その名を口にした瞬間、また記憶が流れ込んできた。彼が幼い頃、人間に傷つけられたこと。それ以来、誰も信じず、誰とも関わらずに生きてきたこと。


 私は胸が締め付けられた。彼の孤独が、まるで自分のもののように感じられる。


「なぜ、泣いている?」


 ルーファスが眉をひそめた。


 私は頬に触れた。涙が流れていた。


「分からない、です。でも、あなたが、寂しかったから……」


「……お前は変わった女だな」


 ルーファスは私の頭に手を置いた。また記憶が流れる。でも今度は痛みではなく、温かさだった。彼が私を抱き上げた時、傷だらけの私を見て感じた怒り。誰がこんなことをしたのかという憤り。


 彼は、私に怒ってくれたのだ。


「ルーファス様……」


「様はいらない。ルーファスでいい」


 彼は私の隣に座った。


「番というのは、魔獣の間で使われる言葉だ。運命で結ばれた相手。触れ合うたびに、記憶も感情も全てが共有される。痛みも、喜びも、全て」


「それは……」


「ああ、お前と俺は、そういう関係らしい」


 ルーファスは苦笑した。でもその瞳は優しかった。


「今まで、誰とも番になったことはなかった。何百年も一人で生きてきた。だが、お前が現れた」


 彼の記憶が、また流れてくる。私を見つけた時の驚き。抱き上げた時の戸惑い。そして、記憶が共有された瞬間の衝撃。


 お前を守りたい、と思ったこと。


 顔が熱くなる。私の感情も、彼に流れているはずだ。彼の優しさに触れて、胸が温かくなっていること。初めて、誰かに大切にされていると感じたこと。


「エルナ」


 ルーファスが私の手を取った。


「お前は、ここにいていい。俺の番として」


「でも、私は……聖女の力も弱くて、何の役にも……」


「関係ない」


 彼は私の手を握りしめた。


「お前の記憶を見た。お前がどれだけ頑張ってきたかも、どれだけ傷ついてきたかも、全部知っている。だから言える。お前は十分に強い」


 涙が溢れた。止まらなかった。


 ルーファスは私を抱きしめた。彼の温もりが、私を包む。


 彼の中に、私の涙を見て胸が痛む感覚が流れ込んでくる。私を泣かせた奴らへの怒り。そして、私を守りたいという強い想い。


 私も、彼の孤独を知っている。誰とも触れ合えなかった長い年月。でももう、彼は一人じゃない。


「ルーファス」


 彼の名を呼ぶ。彼は私を見下ろした。


「私、ここにいてもいいですか? あなたの、番として」


 ルーファスは微笑んだ。初めて見る、心からの笑顔だった。


「ああ。ずっと、いてくれ」


 彼の唇が、私の額に触れた。


 その瞬間、互いの想いが一気に流れ込んでくる。


 彼の、私への愛しさ。私の、彼への安心感。二人とも、もう孤独ではないという確信。


 これから先、痛みも喜びも全て共有する。それは不便かもしれない。でも、私はそれでいいと思った。


 だって、もう一人じゃないから。


 ---


 それから数日が過ぎた。


 エルナはルーファスの住処で暮らし始めた。傷は彼の魔力で癒され、体調も戻ってきた。


 二人は触れ合うたびに記憶を共有する。最初は戸惑ったが、次第に慣れてきた。というより、それが心地よかった。


 朝、ルーファスが私の髪に触れる。昨夜見た夢が流れてくる。私が笑っている夢。彼はそれを見て、嬉しくなったらしい。


 私が彼の手を握る。彼が森で見つけた綺麗な花を、私に見せたいと思っていたことが分かる。


 言葉がなくても、想いが伝わる。


 これが、番ということなのだろう。


 ある日の夕暮れ。エルナは庭で花を摘んでいた。


「エルナ」


 ルーファスが呼ぶ。振り向くと、彼が真剣な顔で立っていた。


「どうしたの?」


「お前に、聞きたいことがある」


 彼は私の手を取った。記憶が流れる。彼が悩んでいたこと。私のこれからについて。


「王都に、戻りたいか?」


 私は首を横に振った。


「戻りたくない。あそこには、もう何もない」


「そうか」


 ルーファスは安堵した様子だった。彼の中に、私が去ってしまうのではという不安があったことが分かる。


 私は彼の頬に手を伸ばした。


「私はここにいたい。あなたの傍に」


「エルナ……」


 彼は私を抱き寄せた。


「俺も、お前を離したくない。ずっと、一緒にいてほしい」


 私たちは抱き合ったまま、ただ互いの温もりを感じていた。


 彼の中に流れる、私への愛情。私の中に広がる、彼への信頼。


 もう、言葉はいらなかった。全てが、伝わっていたから。


 ---


 数ヶ月後。


 森には春が訪れていた。


 エルナはルーファスと共に、森の奥で静かに暮らしていた。彼の番として。彼の愛する人として。


 時々、彼は人の姿ではなく、白銀の狼の姿になる。そんな時も、私は彼の毛並みに触れる。すると、彼の喜びが流れ込んでくる。


 お前の手は温かい、と。


 私も嬉しくなる。


 追放された時は、全てが終わったと思った。でも今は違う。


 ここが、私の居場所。


 ルーファスが、私の運命の相手。


「エルナ」


 彼が私を呼ぶ。振り向くと、彼が花冠を手にしていた。


「これ、お前に」


 私の頭に、花冠が乗せられる。彼の中に流れる想いが伝わってくる。お前を、俺の伴侶として正式に迎えたいという願い。


 私は微笑んだ。


「ありがとう、ルーファス」


 彼も微笑む。そして私の手を取り、額を合わせた。


 記憶が、想いが、愛が、全て混ざり合う。


 もう、どこまでが彼でどこまでが私か分からない。


 でも、それでいい。


 私たちは、一つになったのだから。


 運命の番として。永遠に、共に生きていく。


 孤独だった二人は、もう二度と離れることはない。


 触れ合うたび、愛し合うたび、絆は深まっていく。


 これが、私たちの幸せ。


 誰にも邪魔されない、二人だけの世界。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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