追放された私が森の魔獣に拾われたら、触れるたび記憶を共有する運命の番だった
森の奥へ、奥へと足を引きずる。
背中の傷が痛い。足首も腫れている。でも止まれない。止まったら、あの声が追いかけてくる気がする。
「お前の聖女の力は弱すぎる。王太子妃には相応しくない」
婚約破棄を言い渡した王太子の冷たい声。周囲の貴族たちの嘲笑。そして、二度と王都に戻るなという追放令。
エルナは唇を噛んだ。涙はもう枯れた。今はただ、誰もいない場所へ行きたかった。人の姿が見えない場所へ。
木の根に足を取られて転ぶ。地面に手をついた瞬間、痛みが走った。
ああ、もう無理かもしれない。
視界が霞む。空が暗くなってきた。夕暮れだろうか。それとも、私の意識が途切れそうなだけだろうか。
温かい。
誰かが、私を抱き上げた。
「……人間の女か」
低い、でも優しい声。
エルナは薄目を開けた。白銀の髪をした青年が、私を見下ろしている。月光のように白い肌。琥珀色の瞳。人間ではない、何か別の存在だと直感する。
「魔獣、様……?」
「よく分かったな」
青年、いや魔獣は苦笑した。そして私の額に手を置く。
その瞬間。
頭の中に、映像が流れ込んできた。
広い森。月明かりの下で一人佇む白銀の狼。誰も近づかない、誰とも触れ合わない孤独。何百年も続く、永遠のような静寂。
「あ……」
声が漏れる。これは、この魔獣の記憶だ。
同時に、私の記憶も逆流していく。王太子との出会い。婚約の喜び。そして裏切り。追放。全てが、彼の中へ流れていく。
魔獣は目を見開いた。
「これは……記憶の共有?」
「なん、で……」
「触れ合った者同士の記憶が混ざり合う。それは、運命の番にしか起こらない現象だ」
番。
その言葉の意味を理解する前に、エルナの意識は闇に沈んだ。
---
目を覚ますと、柔らかい寝台の上だった。
体を起こす。傷に包帯が巻かれている。部屋は石造りで、窓から月光が差し込んでいた。
「起きたか」
振り向くと、あの魔獣が椅子に座っていた。人の姿のままだ。
「ここは……」
「俺の住処だ。森の奥にある」
彼はゆっくりと立ち上がり、私に近づいてくる。
「お前の名は?」
「エルナです」
「エルナ。俺はルーファスだ」
ルーファス。その名を口にした瞬間、また記憶が流れ込んできた。彼が幼い頃、人間に傷つけられたこと。それ以来、誰も信じず、誰とも関わらずに生きてきたこと。
私は胸が締め付けられた。彼の孤独が、まるで自分のもののように感じられる。
「なぜ、泣いている?」
ルーファスが眉をひそめた。
私は頬に触れた。涙が流れていた。
「分からない、です。でも、あなたが、寂しかったから……」
「……お前は変わった女だな」
ルーファスは私の頭に手を置いた。また記憶が流れる。でも今度は痛みではなく、温かさだった。彼が私を抱き上げた時、傷だらけの私を見て感じた怒り。誰がこんなことをしたのかという憤り。
彼は、私に怒ってくれたのだ。
「ルーファス様……」
「様はいらない。ルーファスでいい」
彼は私の隣に座った。
「番というのは、魔獣の間で使われる言葉だ。運命で結ばれた相手。触れ合うたびに、記憶も感情も全てが共有される。痛みも、喜びも、全て」
「それは……」
「ああ、お前と俺は、そういう関係らしい」
ルーファスは苦笑した。でもその瞳は優しかった。
「今まで、誰とも番になったことはなかった。何百年も一人で生きてきた。だが、お前が現れた」
彼の記憶が、また流れてくる。私を見つけた時の驚き。抱き上げた時の戸惑い。そして、記憶が共有された瞬間の衝撃。
お前を守りたい、と思ったこと。
顔が熱くなる。私の感情も、彼に流れているはずだ。彼の優しさに触れて、胸が温かくなっていること。初めて、誰かに大切にされていると感じたこと。
「エルナ」
ルーファスが私の手を取った。
「お前は、ここにいていい。俺の番として」
「でも、私は……聖女の力も弱くて、何の役にも……」
「関係ない」
彼は私の手を握りしめた。
「お前の記憶を見た。お前がどれだけ頑張ってきたかも、どれだけ傷ついてきたかも、全部知っている。だから言える。お前は十分に強い」
涙が溢れた。止まらなかった。
ルーファスは私を抱きしめた。彼の温もりが、私を包む。
彼の中に、私の涙を見て胸が痛む感覚が流れ込んでくる。私を泣かせた奴らへの怒り。そして、私を守りたいという強い想い。
私も、彼の孤独を知っている。誰とも触れ合えなかった長い年月。でももう、彼は一人じゃない。
「ルーファス」
彼の名を呼ぶ。彼は私を見下ろした。
「私、ここにいてもいいですか? あなたの、番として」
ルーファスは微笑んだ。初めて見る、心からの笑顔だった。
「ああ。ずっと、いてくれ」
彼の唇が、私の額に触れた。
その瞬間、互いの想いが一気に流れ込んでくる。
彼の、私への愛しさ。私の、彼への安心感。二人とも、もう孤独ではないという確信。
これから先、痛みも喜びも全て共有する。それは不便かもしれない。でも、私はそれでいいと思った。
だって、もう一人じゃないから。
---
それから数日が過ぎた。
エルナはルーファスの住処で暮らし始めた。傷は彼の魔力で癒され、体調も戻ってきた。
二人は触れ合うたびに記憶を共有する。最初は戸惑ったが、次第に慣れてきた。というより、それが心地よかった。
朝、ルーファスが私の髪に触れる。昨夜見た夢が流れてくる。私が笑っている夢。彼はそれを見て、嬉しくなったらしい。
私が彼の手を握る。彼が森で見つけた綺麗な花を、私に見せたいと思っていたことが分かる。
言葉がなくても、想いが伝わる。
これが、番ということなのだろう。
ある日の夕暮れ。エルナは庭で花を摘んでいた。
「エルナ」
ルーファスが呼ぶ。振り向くと、彼が真剣な顔で立っていた。
「どうしたの?」
「お前に、聞きたいことがある」
彼は私の手を取った。記憶が流れる。彼が悩んでいたこと。私のこれからについて。
「王都に、戻りたいか?」
私は首を横に振った。
「戻りたくない。あそこには、もう何もない」
「そうか」
ルーファスは安堵した様子だった。彼の中に、私が去ってしまうのではという不安があったことが分かる。
私は彼の頬に手を伸ばした。
「私はここにいたい。あなたの傍に」
「エルナ……」
彼は私を抱き寄せた。
「俺も、お前を離したくない。ずっと、一緒にいてほしい」
私たちは抱き合ったまま、ただ互いの温もりを感じていた。
彼の中に流れる、私への愛情。私の中に広がる、彼への信頼。
もう、言葉はいらなかった。全てが、伝わっていたから。
---
数ヶ月後。
森には春が訪れていた。
エルナはルーファスと共に、森の奥で静かに暮らしていた。彼の番として。彼の愛する人として。
時々、彼は人の姿ではなく、白銀の狼の姿になる。そんな時も、私は彼の毛並みに触れる。すると、彼の喜びが流れ込んでくる。
お前の手は温かい、と。
私も嬉しくなる。
追放された時は、全てが終わったと思った。でも今は違う。
ここが、私の居場所。
ルーファスが、私の運命の相手。
「エルナ」
彼が私を呼ぶ。振り向くと、彼が花冠を手にしていた。
「これ、お前に」
私の頭に、花冠が乗せられる。彼の中に流れる想いが伝わってくる。お前を、俺の伴侶として正式に迎えたいという願い。
私は微笑んだ。
「ありがとう、ルーファス」
彼も微笑む。そして私の手を取り、額を合わせた。
記憶が、想いが、愛が、全て混ざり合う。
もう、どこまでが彼でどこまでが私か分からない。
でも、それでいい。
私たちは、一つになったのだから。
運命の番として。永遠に、共に生きていく。
孤独だった二人は、もう二度と離れることはない。
触れ合うたび、愛し合うたび、絆は深まっていく。
これが、私たちの幸せ。
誰にも邪魔されない、二人だけの世界。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
よろしければ☆で応援してもらえると、とっても嬉しいです٩(ˊᗜˋ*)و




