2ー5 ケントの世界 その二
俺の場合、健司の世界にある先進の品物を入手することもできるわけだが、どこまでそれを秘密裏に使えるかが問題なんだ。
余りに隔絶した先進的な品物は、目立ちすぎるし、貴族等特権階級に狙われる一因にもなる。
正直なところ成人して間もない俺にこの世界を変えるほどの力も人望もない。
もし可能であれば、小国を打ち立てても構わないが、それは苦難の道になることが分かり切っているし、周囲の者を死に追いやる結果になるやもしれないんだ。
俺が並外れた能力を持っていたとしても、確実に守れるのは数十人程度じゃないかな。
王政や貴族体制に逆らえば、間違いなく体制側の王家や貴族が牙をむく。
それに健司の世界でも、先進の物品を入手するにはそれなりの金が必要だ。
健司の世界で目下その算段をしているわけだが、当面手に入れられるものがあるとしても高価な品や数を揃えるのは無理だな。
健司の予算にも限りがあるんだ。
こちらで入手できる品物を、健司の世界で換金できるならば良いんだが、生憎とそれも難しい。
端的に言って、こちらの世界で生産できるものは、向こうの世界ではあまり価値が無く、売れないか若しくは非常に安い価格になってしまうんだ。
仮に売るとすれば、金などの希金属、若しくは宝石などになるんだが、俺の世界でも希少品だし、健司の世界で売りさばくためには、入手先の特定等結構な面倒ごとが多いことから、簡単には売りさばけないのが実情だ。
特に、高額な品になるほど周囲の監視の目(例えば税務署等)は厳しくなる。
金や宝石はその最たるものだ。
それを売りさばける闇ルートもあるようだが、そんなのに手を出すと碌なことにはならないだろうな。
俺としても、健司の世界で動くのは、まさに俺自身に他ならないわけだから、面倒はできるだけ避けたいのである。
それから、健司の世界には見られない物であって、俺の世界での特産物と言えば、魔石それにポーションや魔導具の類だよな。
でも、こいつも健司の世界に無い物だから使いどころが難しいんだな。
例えば、ポーションを持ち込んでも、正規の薬品として認可されるまでが大変だろうし、製薬会社に売り込んでも実際に金になるまでには数年を費やすことになるだろう。
ポーション生産を健司の世界の製薬会社が行うにしても、健司の世界には薬草が無いんだ。
似たようなものはあっても、俺の世界のものとは成分が違うし、薬効も少ないんだ。
実際に、健司が試しに造ってみたから間違いはない。
とすれば俺の世界の薬草を持ち込むことになるわけだが、製薬会社に膨大な量の薬草の採取を頼まれても追い付かないことになる。
仮に、冒険者ギルドに依頼したところで、単価は上がるだろうし、採取量はたかが知れているんだ。
江戸時代の富山の薬売りの時代ならばともかく、大量生産時代の製薬会社にトン単位の薬草採取を頼まれてもできないだろうな。
そうして、怪我についてはポーションもそれなりの効果が有るとわかってはいるが、そもそも俺の保有する治癒魔法はそれなりの怪我にも病気にも使えるとわかっている。
そもそも俺の治癒魔法は、再起不可能と思われた俺の大怪我をも治癒させたんだ。
実際問題として、健司の世界では治癒魔法師は居ないことになっているし、医者がいても彼らは魔法は使えないんだ。
そんな世界で他の者に分かるように治癒魔法を発動したら、絶対に面倒ごとが待っている。
俺の世界だからこそ治癒師や錬金術師は存在できるが、治癒魔法でも治らない病気があった場合に恨みを買うことにもなりかねない。
また、健司の世界では、場合によっては魔女狩りに出会うかもしれないし、状況にもよるが、いずれは国の権力者等に取り込まれるのがオチだろうな。
特に俺の持つ、魔法は治癒能力だけでなく、モンスターに対する盛大な攻撃も可能だから、ある意味で軍人よりも強力な武力になりかねない。
従って、そんな能力を保持していることがバレたら、少なくとも健司の世界で自由を求めるのは不可能になるだろう。
その意味では、健司の世界で余り目立たずに普通の商売で金を儲けるのが一番良い方法でもある。
とは言いながらも、目の前で傷病人が居て放置すれば死ぬとわかっている時に、健司の世界で何もせずにいられるかどうかと言うと、正直なところ俺の能力を隠し通せる自信は無いな。
それは、ケントであれ、健司であれ、同じなんだ。
寝るたびに行ったり来たりはしているけれど、俺自身の考え方は同じだからな。
ただ、状況により、それぞれの世界で隠すことの内容が違うだけの話なんだ。
その意味では俺の家の便利さにギルマスの娘である14歳のシーラと12歳のヒルダが気づいていることが少々気懸りではある。
電化製品なんぞは持ち込まずに、似たような機能を有する魔導具を造って設置することで誤魔化してはいるんだが、便利なものに出会うと人間と言うものはすぐに堕落する。
便利で快適な方に流れてしまうものなんだ。
ここのところ、ほぼ毎日のようにシーラとヒルダが俺の家に上がり込んでいる。
家に冷暖房が有って、快適に過ごせること、水やお湯が何時でも使えて、俺の世界では貴族ぐらいしか持てない風呂が有ること、うまくすれば美味い料理にありつけることなどが彼女たちを俺の家の滞在へと志向させるようだ。
お願いされると断り切れないのが俺の悪いところだな。
但し、余り頻繁だとやはり世間体が悪い。
成人前の娘が頻繁に男の家に通っていると周囲から見做されれば、俺も彼女らも厄介ごとを抱えることになる。
近所で少し評判になったのか、ハンナさんが見かねて注意を与えたようで、三日に一度ぐらいの訪問に変わったが、来ると長居するのは変わらないんだ。
俺もいろいろ考えて、ギルマスの家に、エアコンの魔導具、手押しポンプ、揚水機、重力タンク、水道を含む温水器の魔導具を買わないかと持ち込んだよ。
作動原理は健司の世界の利器を参考に造っているが、まごうかたなき魔導具だ。
ならば俺が造って販売しても何ら問題は無い。
但し、大量生産はこっちの世界ではできないからな。
俺に複製の能力が派生したから、素材が有れば比較的簡単に複製品は作れることはわかっているんだが、物によっては結構な魔力を費やすことになるから、それこそ大量生産には向かないんだ。
まぁ、冒険者稼業と治療院稼業の傍ら、手隙の時に造る程度の話だからそんなにたくさんの品数を造れるものじゃない。
それでも、ギルマスの家に設置すると、口コミで広まり徐々に俺に注文が入るようになったよ。
一軒分の機器を製造するのに7~10日前後の日数をかけて作ることが俺の仕事の一つになったな。
その分冒険者稼業にも影響を与える。
魔導具の製造は夕刻からでも、設置は半日がかりになってしまうから、どうしてもその日は、冒険者稼業もお休みにするしかない。
ギルマスの家に魔道具一式を納品してから1ヵ月後には順次注文が舞い込み始め、三か月後の現在では、半年先までの受注が入っているよ。
おまけに、領主の耳にも入ったことから領都にまで呼ばれる羽目になった。
領都までは片道三日がかりだからね、出張販売も楽じゃない。
やむを得ないから領都にある錬金術師ギルドを動かして、生産と設置をギルドが請け負うようにできないか折衝しているよ。
魔導具は、登録により健司の世界の特許と同様の効果を生ずるんだ。
従って、ギルドに各製品を登録し、その製造にかかわる技術も公開することで、製造が他の錬金術師でもできることにはなっている。
但し、俺の造った品は錬金術師であればだれでも造れるという品でもなかったようだ。
水道にかかわるパイプ、蛇口、つなぎ手、重力タンクなどは、錬金術師や鍛冶屋でも生産が可能であったが、エアコン、揚水機、温水器については、制御回路に必須の魔法陣が描ける者が少ないらしい。
少なくとも複雑な魔法陣を描けるのは、かなり上級の錬金術師でなければ難しいのだそうだ。
因みに上級クラスの魔法師ならば魔法陣を描くこともできるらしいが、依頼料が高く付くとのことで、勢い俺のところに魔法陣による制御回路の受注が舞い込むことになった。
まぁ、それでも俺のところへの受注の集中が幾分かでも避けられたので良しとせねばなるまいな。
いずれにせよ、俺の仕事を減らすために将来的には弟子を育成することを考えねばならないようだ。
但し、相応の素質が有るものを探し出し、それを指導するということになるから時間がかかるよな。
それでも、俺が将来的に楽をするために弟子を育てなければと思い、カルヴィアの町の貧民街等で有能な者が居ないか探しているところだ。
貴族なんかは、一定年齢になると教会に行って鑑定により保有能力などを調べてもらうらしいんだが、平民の場合は余程金が有る者でなければ、能力そのものを知ることはできないんだ。
各種ギルドにおいて適性の有無を調べる魔法の水晶玉はあるようだが、ラノベでよくあるスキルを神から与えられるような儀式めいたものは無い。
従って、多くの者は自分にそれなりの能力が有っても知らぬままで過ごしている場合が多いんだ。
俺の場合は鑑定能力が有るから、人の能力や状態を観ることができる。
従って、潜在能力を見出すことも比較的簡単なんだが、それをするためにはひたすら歩き続け、鑑定をかけまくらねばならないことになる。
そんなことを一日中続けたら魔力が底をつくことにもなりかねないから、7日に一度程度にしているところだ。
スタンピードの際に大量の魔物を討伐した関係で保有魔力は膨大な量になっているらしく滅多なことでは枯渇しないはずなんだが、それでも大量の魔力を消耗すると気分が悪くなることを経験済みだから、できるだけ制限しているところではあるんだ。
魔力を使い過ぎた場合、午後からの治癒院での仕事に差し支える恐れがあるからね。




