1ー17 インフルエンザの顛末と健司の計画
だから患者にはすぐに飲み込まないようにしゃぶれと言っている。
そのために貴重な糖分をワクチンには混ぜておいた。
俺は、この一年の間にメープルシロップのような樹液が取れる樹木を見つけていたんでね。
その樹液から採れるシロップを加熱して、加工・精製したしょ糖を手に入れていたんだ。
料理に使おうと思って保管していたやつだけど、人助けに使えるなら出し惜しみはしない。
おかげで子供たちがワクチンをなめて、とっても喜んでいたのが印象的だったな。
この世界は、甘味がとっても少ないんだ
いずれにしろ、薬師ギルドの人員も大いに使って感染症の撲滅に努力した結果、ワクチン製造から5日目には、感染がようやく下火になった。
とりあえずワクチンは、領都ザッセンハイムの登録人口の倍の数を準備しておいた。
ザッセンハイム到着後十日目にして、流行り病の終息が見えてきたので、後は薬師ギルトに任せて俺は領都ザッセンハイムを離れることにしたよ。
ウィルスの存在が認識できない既存の薬師には、ワクチン製造の技術を伝承することができないから、その分余分にワクチンを製造しておいたわけで、このワクチンは常温で1年ほどは有効なんだ。
有効期間満了後は焼却処分とするように薬師ギルドにお願いしている。
仮に、同じような感染症が発見された場合には、俺のところに連絡をしてくれれば、相応の対応をする旨の約束をしている。
領都滞在中に、錬金術師ギルド及び薬師ギルドともに会員資格を得られたし、流行り病を収めたことにより、伯爵からは追加の褒章として白金貨十枚をいただいたよ。
何だかこの半月余りで、俺は随分と大金持ちになってしまったようだな。
おそらくは、この世界でごく普通の人物が生涯に稼ぎ出す金額の数十人分を手に入れたんじゃないかと思うよ。
日本だって50億円もの大金は、普通のサラリーマンの生涯給与十人分ぐらいに相当するんじゃないかな。
◇◇◇◇
半月ぶりに俺はカルヴィアの町に戻ったが、結構大勢の患者さんが俺の帰りを待っていたな。
俺の代わりに臨時で入ってくれていたクレマンス老は、負傷者の治療はできるが、病気の方は見られないからな。
その分、カルヴィアの薬師が頑張ってくれていたのかもしれないが、いずれにしろ俺が帰ったと知ると大勢の住民が俺のもとに押しかけてきて、当座の三日ほどは大忙しだったな。
どうも、俺はカルヴィア専属の町医者として認められたようだな。
ところで、俺の懐には使いきれないほどの金があるんで、カルヴィアの町で家を買おうかと思っている。
以前、冒険者ギルドのすぐ近くに古家の物件があるという情報を得てはいたんだ。
但し、カルヴィアの町中で家を購入するには中古であっても結構高い金が必要だし、その後の租税も結構高いものにつくんだ。
だから指をくわえてみているしかなかったんだが、今は違うもんね。
さらに言えば、冒険者ギルドの中で診療所を開設しているのは良いんだが、いかつい連中が大勢屯している中に、普通の市民達はどうも入りにくいようなんだ。
であれば、診療所を別のところに設けてそこに来てもらう方がベターだろう。
その際には、冒険者用と一般の人の入り口と受付は別にしてやることにする。
冒険者の場合は、互助会に加入している者が多いからな。
その点でも冒険者については別枠で優先してあげる必要があるんだ。
とは言いつつも、重病もしくは重傷者が居ればそっちを優先するけれどな。
この辺は冒険者ギルドのギルマスとも打ち合わせ済みだ。
あ、そうそう、もうひとつは、留守の診療所を代行してくれたクレマンス老については、新しい診療所ができたら、そこでアルバイトをしてもらうことになっている。
給金は留守番をしていた時と同じ額だ。
俺も手伝ってくれる人員が多いと安心できるからね。
いずれにせよ、冒険者ギルドでのケントの診療所生活が再び始まり、古家も商業ギルドを通じて購入し、今現在は模様替えをしてもらっている最中だ。
半月後ぐらいには、新たな診療所で冒険者ギルドと提携した町医者を始めることになる。
◆◆◆◆
俺(健司)が本格的にゆっくりと回復をさせ始めてから三か月が経った。
既にリハビリを始められるぐらいには表向き回復させており、実際のところは内緒でリハビリも不要なぐらいにまで身体能力の方は調整してあるんだ。
一応、検査のために入院はしているんだが、病院側でもこれ以上検査を続行する理由がなくなっているようだ。
何しろ、植物状態で復帰は絶対に無理と診断されていた患者がなぜか復活してしまい、健常者と同様に病院内を動き回るようになったのだから、その原因を探るために病院側もしゃかりきになっていたようだ。
だが、彼らにはどうやっても復活の理由も原因も特定できないのである。
確かに病院側も生命の維持に必要なことはできるだけやったが、実のところ特別な治療はしていない。
というよりも頸椎と脊椎が潰されている状況では、できる医療行為は至極限られていたのだった。
復活の理由が分かれば、大いなる医療貢献になるには違いないが、思いつく限りの色々な検査を行っても特別な理由は掴めなかった。
その結果、俺(健司)は入院してから一年半余りを経た2032年4月にはめでたく退院することになった。
振り返れば、事故に遭ったのは2030年の9月初めだった。
俺(健司)が務めていた会社の方は、もう半年も前に復帰の可能性が無いと判断して、体よく退職手続きを取っていたな。
労災に当たるから簡単には解雇できないのは確かなんだが、それでも1年たっても復帰の見込みが無ければ相応の理由として認められるのだろうな。
で、俺(健司)は、些細な額の退職金と、かなりの額の損害賠償金を得たものの、無職になってしまったわけだが、これからどうするかだな。
正直なところ、元の会社に未練は無いよ。
ある意味で入社してからは、同期同士の昇進レースのようなものだったからな。
一年半も空いた状態で、戻られても会社がその配置に困るだろう。
同期で敏捷い奴は、主任についている奴もいるらしいからな。
俺(健司)が何の功績もないのにそいつらと一緒になれるわけもない。
まぁ、ここから逆転満塁ホームランもなくはないんだが、ここはすっぱり諦めて、別の道を進むことにするよ。
実は、俺(健司)のチート能力を生かして、新たに電子機器メーカーを始めようかと思っている。
俺(健司)の理解では、電子機器と魔導具とは似たようなもんなんだよ。
特にブラックボックスとして魔石を利用できたら、かなりすごい性能の電子機器が造れそうな気がするんだ。
魔石はケントが入手できそうだし、ケントのインベントリは、俺(健司)もこっちで利用ができるんだ。
だからケントがもらった大金貨や白金貨も、俺(健司)が実際に手にすることはできるが、俺(健司)の世界では意味をなさない未知の通貨になるだけだろうな。
勿論、魔石を俺(健司)の世界で利用する場合には、それなりに加工するよ。
例えば、単なるコンデンサーと見間違えるような偽装工作を魔石に施せば、その機能を確認できる者はまず居ないだろう。
おまけに、ちょっとした陥穽を仕掛けておけばよい。
基盤からコンデンサー様の部品を取り外したり、調査のための試験電流を流したりした時点で、魔石が破壊されるようにしておくんだ。
従って、第三者には見ただけでは、その動作がよくわからないコンデンサー様のものがパンクした状態で回路基盤に残ることになる。
従って、仮に代わりのコンデンサーを嵌め込んでも元々の機能は死んだままだ。
あくまで一例ではあるけれど、そんな工夫をしてコピー製品が造れないようにすればよいと考えている。
俺(健司)が造ろうと思っているのはウェラブルPCだ。
いわゆるスマートグラスであって、AI機能を有する超小型PCを内蔵するAR(Augmented Reality)グラスなんだ。
これまでもARグラスやVRグラスで高機能なものはあったけれど、操作性の問題や画面上の微細な文字等の視認機能に問題があった。
数百インチ相当の大画面とは言いつつも、さほどの精細画像が実現できていたわけじゃない。
だが、そこに魔法技術を組み込めば不可能だったことも可能にできるんだ。
単純な話、4Kであろうと8Kであろうと人間の目ではなかなか見わけがつかないレベルの高精細画像なんだが、そこに魔法を介在させると、より緻密な画像が視覚の上で見えることになる。
映画館で見る映像は非常にきれいだが、テレビで見る映像はさほどでもない。
勿論、近くで見るか少し離れた場所で見るかの違いはあるんだけれどね。
要は肉眼でどれほど光の輝点を見分けられるかの問題でもあるんだが、魔法で視覚能力の付与をしてやれば、より緻密な映像を受容できるということだ。
単純な話、グラス越しに16Kの映像を見ることができ、リフレッシュレートも240Hz超で動く映像ならば仮想現実も頂点を極めることになるだろう。
尤も、それほど高いクオリティのソフトを供給できるかどうかが問題だが、その辺はソフト会社なり、ネットプロバイダーに任せるしかない。
俺の会社は、そうしたソフトが開発できた場合に利用できる機器の下地を作るだけだし、仮想現実によって、仮想オフィスや仮想PCを利用できるようにしておけばよい。
まぁ、異世界で撮影した風景やモンスター映像(ケントに撮影してもらう)のサンプルをCGとして提供する予定ではあるけれどな。
AI機能搭載により、音声でも操作できるし、仮想キーボード等も利用できるから、必要なソフトをインストールすれば、余計な機器も無しにオフィスワークも可能だし、ネット接続も当然に可能だよ。
因みに搭載する自作MPUは0.8ナノメーターの素子で、省電力の上に発熱量が少ない代物だ。
グラスのフレームに内蔵するスピーカーは、指向型のスピーカーであり、骨伝導と併用した音声を流せる。
このために高度な立体音響の再生が可能なものになる。
おそらくは、高精細な舞台中継放送が可能であろうけれど、俺(健司)の方ではそうした可能性を示唆するだけにとどめる。
リアルな音響場を作っても、好事家がその状況を好むかどうかは不明だし、精細な映像カメラも必要になるんだろうな。
まぁ、それでも高度なデジタル音楽よりもアナログ音楽のレコードを愛好する人々はたくさんいるものだから売れるとは限らない。
そ こはもう割り切るしかないんだろうね。
資本金として、取り敢えずの一千万円程度は、事故を起こした輸送会社からの賠償金や保険会社の見舞金の一部を充てることにしているけれど、このほかにも別途資金確保を目論んでいる。
多分、当座は、社員も無しの個人経営の会社になるだろうな。
新型ARグラスの開発までは、DDR6のメモリーやM.2 SSD(2280 4TB)の製造を行い、市価よりも割安で市場に提供して資金集めと社会的信用を得るつもりだ。
これも俺(健司)の錬金術の能力が有って初めてできる製品だからな。
本来、個人のチート能力なんて大量生産にはあまり向かないはずなんだが、いろいろやっているうちに新たな能力が芽生え、既にある品物なら複製ができるようになったから、頑張ればかなりの生産も可能ではあるが、俺(健司)が死ぬほど頑張りたくはないな。
まぁ、これらの生産は飽くまでARグラス開発までの当座しのぎの製品だから、ほどほどにしておくつもりだよ。




