性善論者
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僕はある空家の前にいる。空家というのは某県某町にある、どこもかしこも真っ黒に塗りつぶされた不気味な家だ。
どうして僕がこんなところにいるのか。それは、たまたま知り合った刑事さんから昔の事件に関わる不思議な話を聞いて、いてもたってもいられなくなったせいである。
これでもライターのはしくれだ、物書きの本能みたいなものかもしれない。
それにしても気持ちが悪いな。外壁に塗りたくられた黒は、ペンキにしてはつやのない色をしている。それになんだろう、こういうのは刷毛で塗ると普通なら毛の跡が残るはずなのに、それどころか斑さえない徹底ぶりだ。
誰が住んでたんだろうこんな悪趣味な家。
玄関は薄暗かったので持ってきた懐中電灯を取り出した。木製のドアがふたつと階段が見える。ドアの鍵はどちらも壊れていて、なおかつ錆びているので開けられそうにない。
いいのだ、僕の目当ては階段の上にあるんだから。
僕はふと足元を見た。木製のプレートがふたつ落ちている。ドアに掛けられていたものだろうか。けれどもそれには何も書かれておらず、つまりドアプレートの機能を果たしてはいなかった。何のために掛けていたのだろう。
さて、階段を昇ってみよう。木材がずいぶん傷んでいるので踏むだけでも大きな音がして心臓が跳ねた。今にも壊れそうだ。けれども今さら引き返すわけにもいかないので、僕は息を止めて慎重に一歩ずつ一段ずつ昇っていった。
二階にもドアがたくさんある。どれもこれも型に押し込んだようによく似た色と形をしたドアだ。そしてやっぱり無記名のドアプレートが無意味に提げられている。
名無しのドア。そんなことを考えた。
そのなかにひとつだけ異彩を放つものがある。これまた真っ黒に塗りあげられた代物だ。僕は思わず笑みを浮かべた。わかりやすくていいではないか。
しかしドアノブまで黒く塗るとは偏執的だ。
そして、僕はついにそれに手を伸ばす。黒い家にたったひとつしかない黒いドア。地獄への入り口とかそんな雰囲気しか漂っていない。そう、世界じゅうの偽善と怠惰を押し込めて無に帰したような色。
僕は泣きたい気持ちを抑えてそれに手をかけた。
ああどうしてこんなに胸がせつないのだろう。さっぱり意味がわからない。僕は感動ものの映画やドラマでも泣いたことはないのに、卒業式の類だって泣かなかったのに、どうしてこんな薄暗くて不気味な空家のなかでひとり理由もなく泣きそうになっているんだ。
嬉しいでも悲しいでもない。何でもない。ただただ虚しかった。
僕は震える腕を無理やり捻ってドアを開いた。よく考えたら鍵がかかっていないか確認していなかったが、なぜだか僕はそのドアが開くと確信していたし、実際なんの障害もなく安らかにドアは動いた。
肝要な部屋のなかは想像に難くないほど漆黒に塗りつくされていた。やっぱりな、と僕は思った。そこは何もかもが想像していたとおりだった。何もかもが、話(、)に(、)聞いた(、、、)とおりだった。
片隅に、ロッキングチェア。黒い革張りの高そうな椅子。
もう片隅に、誰かの死体。寒そうに身体を丸めて死んでいる。
そしてやはり僕の正面には、何よりも黒い、真っ黒ななりをした少女がいた。
(了)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ちょいちょい名前が変わることに定評のある実アラズです。
えーとですね。他の連載もあるのにどうしたの?という電波を受信したので自己消化させていただきますと、これは大学のサークル用に書いたやつです。なんで書き下ろしではないんですが(これ以外でなろうに提出してるものは大抵書きおろしてます)、どうせ書いたんならいろんな人に見てもらおうかなと思ってこっちまで引っ張りました。うん。
準備期間がひと月ちょいくらいで個人的には練り足りない部分も多々ありますが、暇つぶしにはなる量だと思うのでお気軽に読んでいただけたら幸いです。あ、これ最後に言うことじゃないや。まあいいか。
とりあえず私にはまだホラーを書くスキルはないようです。とりあえず怖いのより読後感が気持ち悪いのを目指したような気もするんですが、どうでしょうか。
次回は土の溟海でお会いしましょう。では。
2010-7/10 実アラズ




