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不可視民


 昔、僕の後輩に変わった奴がいた。村田っていうんだが。

 某大手証券会社の横領事件は知ってるかな。僕は以前その事件の捜査をやっていたんだよ。捜査というか犯人の……なんだっけ。吉岡一志っていったかな。その人が行方不明になったので、捜索しなければならなかった。

 たまたま僕は他の事件の捜査も手伝っていたものだから、その事件のことはほとんど例の村田に任せていた。村田は真面目な奴だったから僕としてはこんなに楽なことはなかったよ。

 彼から連絡がくるまでは、ね。

 怯えて? いや、そういう感じではなかった。それより異常に興奮していたと言ったほうがいいだろう。落ち着きがなかったという点ではそれも間違いではないけれどね。

 彼はひどく饒舌になって言ったよ。井島さん、吉岡を見つけました、もう死んでました、って。

 被疑者死亡っていうのはあまり気持ちのいいことではないんだけどね、後の処理もいろいろと面倒だし。でも彼はそういう発想ができる状態ではなかった。何か訳のわからないことを延々と話していた。

 僕は軽く叱責してから場所を訊いた。彼が以前に目星をつけていた地域の小さな町だと訊いて、とにかく僕もそこへ向かった。もちろんひとりではなく、何せ彼の話では吉岡が他殺か自殺か事故なのかもわからなかったものだから、鑑識官とか連れて行ったほうがいいだろう人員は片手じゃ足りないほどいたんだ。

 僕がその町に着いたのは夕前ごろ。迎え出た村田はというと、前日とは打って変わってすっかり落ち込んでいた。まさか僕に叱られたせいじゃあるまいし、と思って尋ねてみたら、あいつ何て言ったと思う?


『井島さん、あの少女がどこにもいないんです』


 なんの話だって訊き返した。村田は言った。昨日、僕、話しましたよね、って。

 うん、ほら、僕ちゃんと彼の話を聞いてなかったからね。もう一度ちゃんと聞いてやったらこうだった。

 吉岡の死体がある部屋に視覚障害のある少女がいたので、話を聞こうと思っていたのに、今日になって彼女を探したらどこにもいない。町民に彼女のことを訊いても誰も知らないという。

 確かにその状況は困る。

 けれども僕たちはまず吉岡の、いや、吉岡とされている人物の遺体を確認しなければならなかった。もしそれが吉岡でなければ別の事件になってしまう。もっとも確かに吉岡だったとしても、その死体の状態によっては違う課の人間を呼ぶ羽目になるだろうが。

 村田の案内で山に入ってゆくと、これだと説明されなくてもわかるほどはっきりとそれが姿を現した。

 ごく普通の一軒家。ただし、廃墟。

 見たところ外壁はかなりきれいに塗装されていて、それだけ見ると人家のようだったが、周囲の草むらの荒れようや封じられた窓からしてとても人が住んでいるとは思えない。逆にその状態で外壁だけどうしてこんなにこまめに塗り直した跡があるのか不思議……というか、不気味だった。

 村田はずかずかと家の中に入っていった。埃っぽい室内は思いのほか整然としていて驚いた。村田は一階にある扉には眼もくれずに二階へ上がっていった。

 階段の横には千切れたビニールテープがくしゃくしゃになって散らばっていた。もしかしたらこの階段を塞いでいたものかもしれない。

 僕らも村田に続いて二階へ上がった。廊下の左右は対称に並んだ扉があったが、やはり村田はそれらを無視してすすんでいった。廊下の突き当たりにある扉が目的地らしかった。

 吉岡の遺体はその部屋の隅に蹲るようにして転がっていた。後から聞いた話では寒さで心臓麻痺を起こしたらしい。

 苦悶の表情で死に絶えた男の顔は見る者の哀れを誘った。間違いなく吉岡一志だった。こんな恰好じゃ山の夜は辛かったでしょうね、と誰かが言った。確かに身体を抱えようとしているままの両腕は、よほど寒かったと見えて、何度も擦ったような跡があった。

 村田は言った。昨日はその椅子に少女が座っていたんです、と。見るとロッキングチェアに厚手の布を張ったような感じの高そうな椅子が吉岡のいるのとは反対側の壁際に鎮座している。どちらかというと少女よりは老婆のほうがイメージに合うような代物だった。

 見つからないのなら仕方がない。第一これは事故で、誰かから証言をとる必要もそれほどない。もちろんこれは事故だと正式に断定されたらの話だが。だからそんなに落ち込むんじゃないよと村田に言い聞かせると、そうじゃないんですよ井島さん、吉岡は待ってたんだ、待ってたのに……とかなんとかぶつぶつ言った。

 さて、僕の話はこれだけだ。もう何もない。

 もしかして、きみ、村田にも話を聞くのかい?

 やめたほうがいいよ。最初に変な奴と言ったけど、もともとは真面目な好い奴だったんだ。あの事件からおかしくなってしまったんだよ。

 あいつが会った少女というのは何者だったんだろう。それは今もって謎のまま。でも僕は知らなくてもいいと思うんだ。

 僕は超常現象の類を信じてはいないけど、しいて言うならその少女はそれに当てはまるものじゃないかと考えている。そうでなければただの狂人だ。偶然あの部屋に迷い込んで、村田をおかしくさせた狂人なんだ。

 だって考えてごらんよ。

 山の中にある誰も住んでいない家の、いちばん奥のこぜまい部屋で、死体と一緒に一週間以上も暮らす人間がいると思うかい?



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