70話 報告と魔力視
手に入れた情報を報告するべく、アルシアたちは一度迷宮遺跡を後にする。
明日はゼインの転移で続きから探索することにした。
外は空に赤みが差す。
冒険者の流れはまだ多くないとはいえ、そろそろ増えだす頃合いだった。
冒険者ギルドに足を運び、受付嬢のエイダに声を掛ける。
「すみません、少しご報告したいことがあるのですが……」
「どんなことでしょう」
「迷宮遺跡の上層四階で、えっと……。――あの部屋って正式名称は何と言うんですか?」
エイダに伝えようとして言葉に詰まったアルシアが、振り返りながらリタたちに尋ねる。
三人は顔を見合わせ、目をぱちくりとさせる。
「……そういえば、私も正式名称は知りません」
「“部屋”で伝わるっすからね」
「もしくは、お楽しみ部屋、か……?」
悩む様子を見せたが、エイダにはそれで伝わったらしく、「あぁ、あれのことですね!」と得心していた。
「その部屋を見つけまして、中に入って魔道具を手に入れました。そこまでの地図もありますので、念のため報告に来ました」
「なるほど、ありがとうございます! 詳しい話は別室で」
エイダに案内されるまま移動する。
部屋に入ると、少々お待ちくださいと言って退出していった。
数分して、彼女と男性職員が一人入室して来た。
「貴方は確か、家を建てた時の……」
「覚えていただき恐縮です。本職はこちら――鑑定士でして、他にも雑用を担当しております」
「カールさんは博識で、ギルドの便利屋さんなんです! 困ったときは彼を呼べば、大抵困らないので!」
エイダの紹介に、苦笑いを浮かべるカール。
褒められるのは嬉しいけれど、仕事が多くて困ってしまう、そんな顔をしていた。
今回も本職の他に、知恵袋として呼ばれていそうだった。
「アルシア様、改めてご説明頂いてもいいですか?」
「はい、実は――」
手書きの地図を広げながら説明する。念のため上層三階の地図も置き、おおよその場所が判断できるようにした。
一通りの説明を終えると、件の魔道具を取り出した。合わせて、迷宮遺跡から持ち出してきた水晶とキエラの加工品の両方を添えて。
「――ほう、確かに同じ素材のようですね。まさか、迷宮遺跡の水晶を加工できるとは思いませんでした」
「似たような品は見つかっていないのかしら?」
「すべての冒険者が報告してくださる訳ではないので絶対とは言い切れませんが、私の知る限りでは存在しませんね」
キエラの質問を、静かに首を振ってカールは否定した。
迷宮遺跡からの戦利品は、基本的には手に入れた冒険者に所有権がある。
魔物の素材や宝箱から見つかったもの全般を指すが、特定の物以外に報告義務はない。
”守護者の間”や、過去に類を見ない品に関しては報告を推奨されていたが、あくまで任意なので隠そうと思えば容易だった。
今回、アルシアたちが手に入れた魔道具は、経緯を考えて報告されたこともあり、大変貴重な品だと言える。
魔力の貯蔵機能と共有化だけではあったが、同じサイズの魔石と同等の魔力蓄積が可能なので、それなりに有用なものだ。
だいたい中層五、六階ぐらいで見つかる魔道具に似た物はあったが、そちらは魔力の貯蔵だけ。共有化の機能はついていなかった。……代わりに、魔力の貯蔵量は少なくとも倍以上あったが。
また、迷宮遺跡の水晶というのもポイントが高い。
今まで無価値とされていた水晶の活用法がすぐ目の前にあるのだ。またぞろ水晶を持ち帰る冒険者で溢れかえりそうだった。……そして、ただの石くれにするおまけ付きで。
「こちらのキエラ様作の水晶……どうやって製作されたのか、お聞きしても?」
半分冗談交じりに尋ねると、以外にも素直に教えてくれた。
「いったん込められた魔力を全部抜いてから、自分の魔力で染め上げるのよ。その後、固定化と具象化の魔法をかけるのだけれど。――できるかしら?」
悪戯っぽく笑うその顔をどこか蠱惑的に感じた。
見た目も相まって、さながら甘い蜜へと誘う魔女のようだった。
そんな己の幻視を振り切り、力なく笑う。
「ほとんど不可能ですね。――始めに、魔力を抜く行為が難しいです。出来る方もいらっしゃるとは思いますが、並大抵のことではないでしょう。魔力を込めることは可能ですが、今度は魔力量が足りるのかが分かりませんし、そもそもの話、測る術がありません。最後に、固定化、具象化といった魔法は聞き馴染みがありません。定着の魔法陣はありますので、そちらで代用できれば可能性はありますが、水晶に刻む必要がありますね。そうすると大きさが必要になるので、魔力量の問題が発生します。――以上のことから、“不可能”と言わざるを得ませんね」
便利屋と呼ばれるだけはある、とキエラは感心していた。
いくつか解決できそうな方法を模索しつつも、現状では難しいことが彼の説明から窺い知れた。
それならば、すでに方法が確立されている魔石に利便性も応用力も軍配が上がる。わざわざコストを掛けるほどのメリットはないだろう。……もしくは、キエラに幾つか作ってもらうしかない。好事家相手には珍しさでそれなりに売れるだろうから。
「なるほどね。この水晶は珍しいけれど、他でも代用は効くってところかしら。なら、私たちが使っても問題ないわよね?」
「もちろんです。ただ、物珍しさで目を付けられる可能性はありますから、その辺りはお気を付けください」
「分かりました。忠告ありがとうございます」
カールの言葉にアルシアが素直にお礼を述べた。
「お宝部屋についても、ギルドのほうで一度確認させていただきますね。情報は間違っていないと分かりますが、規則でして。……あと、”上層で出た”って情報はあまり広めないでいただけると嬉しいです。ギルドで管理しておきたいので……」
言いづらそうなエイダにアルシアは了承する。
元からそのつもりであった。
下手に発信すると統制が取れなくなるだけでなく、アルシアたちが付きまとわれたり、疑われたり、最悪、力づくでどうこうしようとする輩まで現れる恐れがあった。
ゼインたちがいるから安全は問題なのだが、いわれのない風評被害は御免だと考えていた。
幸い、手に入れた魔道具は傍目には迷宮遺跡の水晶と分からない。
能力についても口外しなければ、アルシアたちが狙われることはまずなかった。
「では、お願いしますね」
挨拶をしてアルシアたちは冒険者ギルドを去る。
サンプルとして、キエラの作った水晶は残した。
「私たちは少しだけ情報を集めてから帰るっす」
予定よりも早く帰還できたので、ネリーとセルマは冒険者ギルドに残った。
残りの四人は一度拠点に戻るのだった。
◆◆◆
「時間もあることだし、少しだけ魔法の練習でもしましょうか」
キエラの言葉でアルシアたちは訓練場に移動した。
昨日の続きで他人の魔法を奪う練習だ。
「昨日も言ったけれど、一番の肝は相手の魔力を感じられることね。触れずに魔力を流す方法や浸透のさせ方なんかはまた後で。まずはしっかり捉えることからよ」
そう言ってキエラは水の球を作り出す。
アルシアが触れながら魔力を流すと、目を閉じるよう声がかかる。素直に従ったアルシアの手から水の球が離れると、彼女の制御から外れた魔力が霧散する。
どうやら、目を閉じて自分の魔力に集中することで、他人の魔力を感じさせようとの魂胆らしい。
「うーん、やっぱり手を離すと魔力の制御が利かなくなるわね」
「そうですね。目を閉じているので少しは分かるのですが、離れるほどに魔力を感じられなくなります」
「なんだ、魔力を把握させられないのか」
悩む二人にゼインが口を出す。
簡単そうに言っているが、出来たら苦労なかった。
ちょっとだけ棘を混ぜて言い返すと、何てことなさそうに解決策を提示した。
「要は魔力を当てればいいんだろ? 殺気みたいに」
「当てるって個人に? そんな器用なことできないわ」
「接近戦やる奴は大抵できていたぞ。お前もできるんじゃないか?」
「ならできないわ」
当然のように言われたが、キエラは純粋な後衛だ。
本人も体を動かす系はそれほど得意ではないと自覚している。
第六感的なものは何となく分かるが、純粋な近接戦闘職の人たちと比べたらだいぶ鈍い。殺気なんて朧気にしか出してないうえ、自分で操れない。彼みたいな遠近両用タイプではないのだから。
そんなことを滔々と語り、非難がましい目で否定した。
「……そうか、悪かった」
居た堪れない様子のゼインが謝る。
そこから、彼が実演して見せることになった。
「軽めからいく」
数歩離れたゼインが掛け声の後、アルシアに魔力を当てる。
瞬間、彼女の肩がびくりと跳ね上がった。
隣にいたキエラもリタも無風状態で何も感じていない。
「……今、ちょっとだけ鳥肌が立ちました」
「そうなの? 全然分からなかったわ」
「私も、殺気や気配は全くといって感じませんでした」
本当に個人にだけ魔力をぶつけたらしく、魔力視でも分からなかった。
そのことについて聞いてみると、別に魔力の塊を放っている訳ではないからと返ってきた。
「人にもよるが、俺は漏れ出る魔力を飛ばしたい向きに誘導しているだけだからな。普通の魔力視で感じる量が変わるわけじゃないから、それには映らない」
いくつかバリエーションがあるらしく、知らないキエラにしてみればどれが普通なのか判断つかなかった。……まぁ、ゼインがやることだから一般的ではないだろうと考えていたが。
「で、他人の魔力は感じられたか?」
「薄っすらとは。近くにいないと分からないですね」
先ほどの衝撃が大きかった所為か判別つかないが、今までよりもキエラやリタから感じる魔力が増えたような気がしていた。ゼインは相変わらず不明のままだったが。
「なら、次はもう少し離れて同じ強さで当てる。それに気付けばどんどん離れて行って、途中からは魔力を弱めていく」
たぶんそれで出来るようになると話すゼインに、お願いしますと訓練を開始した。
再び離れるゼイン。
掛け声と共に魔力を当てていく。
一度では感じ取れなくても、何度も繰り返すことで少しずつ距離を伸ばしていった。
十メートルを過ぎたあたりで、今度は始めの距離に戻り魔力を徐々に弱くしていく。
五段階ほど刻んでゼインは終了を告げる。
「そのままさっきの奴、やってみろ」
ゼインの指示通り、キエラが水の球を作ってアルシアが魔力を流した。
今度は目を開けた状態のまま、彼女の手から放していく。
「わぁ!」
「出来たわね」
数メートル離れた場所に持って行ってもアルシアの魔力は流れたまま。霧散せず、自分の魔力を保てていた。
「さっきよりも、キエラやリタの魔力を感じられるだろ? これが魔力視だ」
隣のリタならいざ知らず、三メートルは離れているキエラの魔力も隣にいたとき同様、しっかりと感じ取れていた。
自分の魔力を体から話した状態で保持できてもよし、遠くから魔力を当てられて自覚させてもよし。魔力視を身に付ける方法はいくつもあった。
「ありがとうございます、ゼイン様、キエラさん!」
満面の笑みでアルシアがお礼をする。
ようやく魔法使いとしての第一歩を踏み出せた。
◆◆◆
「それにしても、あれだけ掴みあぐねていたのに、十数分で出来るようになるなんて、流石ゼインね」
「いや、元々アルシアが魔力感知に長けていたからな。後はきっかけ次第だろ」
ちょっとだけ拗ねたように肩を寄せるキエラに、ゼインが淡々と答える。
今はキエラの魔法を奪うため、水の球の魔力をぐるぐると回し、色々と試しているところだった。
「それでも、魔力を個人に当てるのは、私は出来なかったわ」
魔力を活性化させれば出来るだろうが、それだと強すぎてしまう。良くて気絶、悪いとトラウマになる恐れがあった。そんな博打は流石にできない。
「弱めの結界ならいけるんじゃないか? あれも周りに魔力をまき散らすだろうが、魔力を溢れさせるよりは加減が効くだろ」
ゼインの提案にキエラが目を丸くする。
確かにゼインの言う通り、結界であれば強弱の融通は効く。
本人はいつも中心にいるため気付かなかったが、あれも周囲へ恣意的に魔力を放つため、気付かせるという目的に適うものだった。
「……なるほどね。確かにいけそうだわ」
強弱だけ初めに確認してもらえれば、今後も使える手法だった。
「ありがと」
お礼に彼の頬へ軽くキスした。
アルシアは魔法に集中して気付いていなかったが、その現場を目撃したリタが、ぎょっと目を剥く。
すぐに目をそらして見なかったことにしていたが、些か挙動不審だった。
「うぅ……、難しいです」
魔法に流した魔力がなくなったアルシアが振り返る。
リタの様子に首を傾げていたが、今は気にせず二人の元へと近づく。
「さっきのは回復魔法になっていたからな。魔法にしようとしなくていい」
「感覚を掴むためにも、一度ゼインの魔法を操作してみたらどうかしら?」
二人の様子はいつもと変わらず、アルシアの練習に付き合う。
「練習にならないと思うけどな」
そんなことを言いつつ、ゼインは炎を生み出す。
先ほどとは違い、直接触れないので注意を促した。
アルシアたちは夕食の時間まで、魔法の練習をするのだった。




