57話 使用人との顔合わせ
内装を見て回ったアルシアたちは、必要な雑貨を買い求めに市街に出向いた。
予想外にパーティの資金が余ったので、旅で使っていたものはそのままに、新たに買い揃えることにした。
「魔道具類は素材さえ手に入れれば私たちで作るわ」
「……あまり目立たないようにお願いします」
そんな会話もあったので、基本は小物だけ。
家具も簡素なものは既にキエラ作があるので、布類やマットレス等の必需品以外の個室の分は自分のお財布で買うことになった。なお、談話室や応接室もあり、そこの家具はパーティの費用で買い揃えるつもりではあったが。
お店の見当はつけていたので、昼過ぎから始めた買い物は夕方頃には終えることが出来た。
客室分――辺境伯から来る使用人分も購入し、明日の昼ぐらいには全部届く算段を取り付けた。
多少相場より高めにお金を支払ったのが功を奏したらしい。
アルシアたちは宿に戻り、最後の宿での夜を過ごした。
◆◆◆
翌朝、宿から拠点へ向かう。
すでにいくつかの荷物が届いたらしく、屋敷の前で数組の男性が待っていた。
彼らは商店ないし工房の人たちで礼を言い、後金を支払う。
ちょっとしたお詫びに、リタが手慰みで作っていたおやつを渡すと、嬉しそうに帰っていった。
全員に同じ対応を取ると、不満を漏らしていたのが嘘のようだった。長い人で二時間ほど待っていたというのだから、よっぽどだ。
屋敷の前に置かれた荷物はゼインとキエラが魔法で運び入れる。
その間に買ってきた小物の箱を次々と開け、屋敷を彩っていく。
お昼までに何度も業者が訪れながら、荷物を片付けていった。
お昼過ぎ、全部の荷物が届き内装を終えると、ゼインに手紙を送ってもらう。
昨日のうちに予め昼過ぎになる旨は伝えていたが、迎え入れる準備が整ったら再度連絡を入れるとしていた。
向こうの合図はエリオットが魔石を砕いたら。
それ用の魔石をキエラが作り、ゼインが感知する形をとった。
連絡があるまで時間があるので、アルシアたちは昼食をとる。
食後の紅茶を飲んでいると、ゼインから合図があったと声がかかる。
キエラがサッと魔法で片づけをし、移動用の部屋へと向かった。
今回使うのは転移門。
ゼインとしては普段の即席型転移で運ぼうとしていたらしいが、キエラが「もっと簡単に運びなさい」と小言を垂れたことで、据置型になった。ちなみに、必要な材料は辺境伯持ちである。
移動用の部屋――アルシアたちには“転移部屋”と呼ばれる部屋は地下に作られており、余所様に人の出入りを見られることはない。
地下には他に、食糧庫や倉庫も用意してあるが、この部屋はそのさらに奥にあり、キエラの魔法で壁はガチガチに固められた上、ゼインの魔法で侵入を拒んでいた。
転移部屋には扉サイズの金属の枠しか置いてなく、凄く殺風景だった。
「繋げるぞ」
ゼインが金属の枠に手を添えて魔力を流す。
すぐさま灰色のガラス板のようなものが金属枠に嵌まる。
「時間は五分だ」
彼の発言でリタが代表して転移門をくぐり、向こうの人たちを連れて来る。
魔石さえ用意すれば常時繋ぐことも無理ではなかったが、消費量と防犯、秘密保持を考えて、ゼインしか使えないようにした。
それならいつものでいいだろと言うゼインに、キエラは目を細めた。
「いつものは魔力を使いすぎでしょ? 隠蔽も感知も必要ないのだから、分かりやすく魔道具にしたほうがいいのよ。それに貴方、転移門を直接開けるのかしら?」
「……」
キエラの指摘はもっともだった。
普段から即席転移や跳躍を使いすぎて、直接転移門を開くのは不得手だった。収納の魔道具を見ただけでそのことに気付いたキエラは流石といえる。
結局、魔力消費が半分以下になったのだから、キエラ様様ではある。
リタが再び現れると、その後ろからはぞろぞろと女性が姿を現した。
最後にエリオットとその護衛が出てきたところで、ゼインが門を閉じる。
女性たちは整列し、エリオットがその前に躍り出た。
「数日ぶりだね、アルシア。彼女たちが交代で君たちのお世話をする人員だよ」
全部で百人近くいる彼女たちの中には、前回見かけた顔も多かった。
そんな彼女たちにアルシアが声を掛けた。
「みんな、今回は私たちのわがままを聞いてくれてありがとう。三か月は滞在する予定なので、みんなとも交流できたらと思います。よろしくね」
「彼女たちは八人一組になって一週間のローテーションにするつもりだよ。アルシアとゼイン君たちのために、二人は専従を付けて」
当初の予定では専属は一人のはずだったが、アルシアとゼイン、そしてキエラには専属を付けたほうがいいとの考えで、二人は常に迷宮都市に残るようしたのだった。
なお、キエラに専属を付けるといらぬ憶測を生みかねないので、ゼインとキエラはまとめて一人にしていた。……そもそもゼインが専属の使用人を付けられるのを嫌ったというのもあったが。
「専従するのは、ライラとシーラだ。ライラが全体のまとめ役、シーラが交代要員の引継ぎとその指導を担当してもらうよ」
エリオットの言葉で二人が集団から歩み出る。
一人は髪をグレーに染めた年嵩の女性だった。
顔や手には皺が刻まれ、積み重ねた年月を物語っていたが、背や腰はピンと伸び、立ち振る舞いからは年齢を感じさせない。
もう一人は集団の中では年上の雰囲気のある女性だった。
ほとんどがリタたちぐらいの年頃に見える中、彼女は大人の色香を漂わせ、落ち着いた印象を抱かせる包容力に満ち溢れていた。
どことなく雰囲気の似た二人が一礼して自己紹介をする。
「お久しぶりにございます、アルシア様。そして、お初にお目にかかります、ゼイン様、キエラ様。私はライラ・パターソンと申しまして、そこにいるシーラは私の娘にございます。辺境伯閣下からご紹介がありました通り、ここでの纏め役を仰せつかりました。ご用があれば、私共に何なりとお申し付けください」
ライラと名乗った女性がたおやかに一礼する。
それに合わせて、シーラと後ろの人たちが一斉に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
代表してアルシアが答える。
嬉しそうなアルシアとは裏腹に、リタたちの表情が硬い。
そのことに気付いたキエラが、小声でどうしたのかと尋ねた。
「……ライラ様は辺境伯の元侍女頭です。数年前に引退されたはずですが、今回の件で抜擢されたのでしょう。シーラ様は現在も侍女をやられていまして、幹部のお一人です。次期侍女頭候補筆頭とも呼ばれているお方ですので、随分と張り切られたな、と……」
「……そっすね。私はよくお二人に叱られたっす。おかげで今の地位につけてるっすから感謝はしてるっすけど……」
「……私も似たようなものです。動きがぎこちないと、色々とご指導いただきました」
リタたち三人とも、苦手意識があるのは一目瞭然だった。
小声で話していて聞こえていないはずなのに、顔を上げたライラの目がすっと細くなり、彼女たちを見据えていた。
「――っ」
「ひっ――」
「ぅ……」
体を強張らせた彼女たちを興味深げに眺めながら、キエラはそっとしておくことにした。
そんな四人を余所に話は進む。
「ひとまず、みなさんにこの屋敷を案内しますね。一度に全員は見て回れないのでグループに分かれてもらいますが、いくつか注意するところもありますので」
「承知しました。私の案内は……そちらのリタにお願いしてもよろしいでしょうか。使用人としての目線でご説明頂きたく」
そっとしておけたのは束の間だけ。
水を向けられたリタが、僅かにぎこちない笑みを浮かべていた。
女性たちは既に決まっているローテーションの組に分かれる。
全部で十組。
分かれた彼女たちに説明の後、数組ごとに内見する旨を伝えた。
エリオットやライラたちをアルシアに任せて動き出そうとしたリタは足を止める。
ネリーやセルマに、後は任せろとばかりに肩を叩かれ、内心で嘆息する。
「なるほど。リタ、お願いできますか?」
「――畏まりました、アルシア様」
彼らに向かって一歩進み出たリタが、皆を先導して屋敷を紹介していった。
◆◆◆
「このお屋敷は三階建ての地下付きでして、全部で四階層あります。
大まかに、地下は物置等のスペース、一階は共用スペース、二階は個人スペース、三階は使用人スペースとなっております。
まずは地下から。先ほどの部屋は転移部屋と呼んでおりまして、普段は鍵を閉めております。
次に向かって右側は倉庫でして、ゼイン様に空間拡張を施して頂きましたので、実際よりも広いスペースが広がっています。今はほとんど何もありませんので、軽く覗く程度に留めておきます。
その隣は食糧庫でして、ゼイン様、キエラ様両名によって食材が痛まないよう常に冷えた空気が生じる広い空間となっております。棚ごとに名札を付けて使いやすくしましたので、それに従っていただけると幸いです。
二つの部屋の反対側は訓練スペースとなっております。ここで魔法や体力づくり等が出来るようになっていまして、音や振動を外に漏らさない仕組みが組み込まれています。
――基本的には地下部分のみ、このような魔法や魔道具が施されております」
地下の説明で訝しげな表情を浮かべていたエリオットやライラたちに向けて、リタが一言補足した。
流石に外から見える部分に空間拡張を施すのはどうかと思い、上物部分は広さを弄っていなかった。
地下だけと聞き、彼らは安堵を見せる。……照明やら調理用やらの、まだ一般的な魔道具は一階より上にも置いてあったのだが。
そのまま一階に上がる一同。
廊下の手前が厨房となっており、その先が食堂、居間、応接室と次々に見て回る。
一度玄関から外に出て、外観と馬小屋を遠目から説明した。
再び屋敷に入り、二階に上がる。
「二階は個人スペースとなっておりますが、客間や会議室、談話室も設けております。浴室もスペースの都合上、この階になっていますが、魔道具で用意できるようになっていますので、労力は少ないはずです」
個人スペースは主に、アルシアの部屋、キエラの部屋、ゼインの部屋で半分を占めていた。
……ゼイン部屋と言っているが、彼が不要と勝手に研究室に転用していた。研究室といっても器具も機材も何もない、机と棚、申し訳程度のベッドがあるだけの部屋だったが。
リタたちの部屋は三階に用意されていた。
ライラたちとすぐ顔を合わせる間取りに、アルシアの意見を採用しておけばと思わなくもなかった。
最後に三階を見て回った一同は一階の居間でくつろぐ。
元から内見に参加していなかったゼインは既に居間にいた。
アルシアとキエラ、エリオットは彼の傍に座り、ライラやシーラ、エリオットの護衛は背後に立っている。
リタがお茶の用意を終えて戻ると、ネリーが他の組に説明を始めたと告げた。
「なかなか過ごしやすそうな拠点じゃないか」
「ありがとうございます。ゼイン様が大金を出していただいたので、ここまでの余裕がありました」
「大金? ――あぁ、賭け事に勝った時のか」
すぐさまエリオットも理解したらしく、予想以上の快適度に驚いていた。
足りないものもそのうち出るかもしれないが、今見た限りでは十分そうだった。
今回エリオットも来ていたのはその確認のためでもあった。不足分を彼が補おうと考えていたのだが、またしてもゼインにいいところを持っていかれてしまっていた。
ライラには密かに、足りないものがあれば言付けてくれと話していたが、無駄になるかもしれない。
そんなことを考えながら、彼女に率直な意見を尋ねた。
「……そうですね。いくつか懸念点はございますが、私共で対処可能な範囲かと思われます。一点だけ確認させて頂きたいのですが、夜番はどのようなお考えなのでしょう」
アルシア……というよりは、リタに向けた質問。
彼女が口を開こうとした矢先、だらりとしていたゼインが口を挟む。
「それは俺がやる。お前らは寝てていいぞ」
「いえ、流石にその言葉は承服しかねます。迷宮遺跡に挑まれるのですから、お体を休ませて頂かなくては私共がいる意味がございません」
きっぱりと拒否するライラにゼインは目を細めた。
彼の次の言葉を遮るように、エリオットが言葉を発した。
「アルシアたちが潜っているときのこともある。普段から夜番を出したほうがスムーズだろうから、手のいるいらないに限らず用意して損はないんじゃないかな」
「確かにそのとおりね。ゼインも迷宮遺跡に一緒に潜るんでしょ? なら、いない時のことも考えなくちゃね」
キエラの言葉に目を閉じて無言になったゼイン。
肯定したとみなして話を進める。
「私たちは彼と私がやるわ。そっちは好きにして頂戴」
二人とも睡眠の必要が薄いことを話したキエラが、勝手に決めていいと言った。
少しだけ考えたライラが三人を三交代制で回すと言い、担当の人間は週の始めに伝えることにした。
「これからよろしくね、ライラ、シーラ」
「よろしくお願いいたします、アルシア様」
諸々と決まった後、アルシアが改めて挨拶する。
ライラたちは深々と頭を下げるのであった。




