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六英雄キ -異世界編-  作者: 上野鄭
第一章 邂逅

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6話 魔力の扱い方

※2025/11/29 改稿しました

 アルシアをベッドに寝かせる。


「少しすれば目を覚ますはずだ。目が覚めたらこれを飲ませておけ」


 こっちの世界にちょうどいい魔法薬があるか知らない。

 それに魔法薬の調合は俺の専門外。人が飲む奴なんてもってのほかだ。

 気休め程度でもないよりはマシだろうと、近くにあった水差しを持ち上げ、召使いの女に手渡す。

 中を少し()()()が、まぁ気付かれてないだろうな。

 幸い、何の疑問もなく受け取ってベッド脇の机に置いていた。

 アルシアが目を覚ますまで、その辺に座って時間を潰す。


 いくらか時間が経つと、アルシアが目を覚ました。

 まだぼんやりと頭が働いていない様子で、どこか虚ろを眺めていた。


「アルシア様、お目覚めになられましたか」


 女の安堵した声が漏れる。


「……リタ? えっと、ここは……?」

「アルシア様のお部屋になります。謁見の際、気を失われましたので、こちらまでお運びしました」

「――はっ、そうです! ゼイン様はどうされたのですか!? あの方の扱いは――」

「俺ならここにいる。お前の客人として扱われるそうだ」


 どうやらあの時の国王の宣言は届いていなかったようで、俺の言葉にほっと胸を撫でおろしていた。


「そんなことより、今はもう少し安め。落ち着いてきたがまだ魔力が乱れている。水でも飲んで寝ていろ」

「そうですよ。まだ顔色も優れませんから、今はゆっくりとお休みくださいませ」


 女が水差しから注いだコップを手渡す。

 両手で包んだアルシアがそれを飲み干し、息をつく。


「回復魔法については体調が戻ってから教える。体が万全でないと教えるつもりはないから、そのつもりで」

「……わかりました。お言葉に甘えて、今は休ませていただきますね」


 アルシアの返事を確認すると、俺は部屋を出る。

 退出間際、彼女から小さな、それでいてはっきりと澄んだ声が届く。


「――ありがとうございました!」


 俺は振り返らず、軽く手を上げてその場を去った。



 ◆◆◆



 二日後、すっかり元気になったアルシアと対面する。

 魔力の乱れも落ち着き、晴れやかな顔を見せた。

 心なしか前よりも明るくなった部屋の中で、差し出されたお茶で喉を潤してから話題を切り出した。


「さて、これから魔法を教える訳だが、その前にやることが一つある」

「なんでしょうか?」


 目を輝かせるアルシアだったが、そう面白いものでもない。


「期待しているところ悪いが、まずは地味なことからだ。――こっちの魔法の常識は知らんが、魔法を使ううえで重要な“魔力操作”。それを鍛えるための魔力循環を覚えてもらう」

「魔力循環、ですか?」


 不思議そうに首を倒して聞き返すアルシア。


「そうだ。読んで字の如く、魔力を全身に巡らせる行為なんだが、これができないと何も始まらない。前の世界だと子供でも出来る技術なんだが……その様子だと、こっちにはないんだな」


 眉を下げたアルシアと(いぶか)しげに見つめる召使いの女――侍女が俺を見つめる。

 話を聞くと、側に控えるあの侍女も魔法を使えるらしいのだが、俺の説明に首を傾げるところを見れば、端から魔法の常識が通じなさそうだった。


「それで、その魔力循環はどのようにすればよろしいのですか?」


 内心ため息をついていると、意欲的なアルシアが質問をする。


「魔力循環は自分の中で魔力をぐるぐると巡らせればいい。慣れないうちは俺が魔力を流して補助をする」

「よろしくお願いします」


 己の魔力に気付けない状態の彼女には、実際にやって見せるほかない。

 早速試そうとして、これまで黙って話を聞いていた老人が口を挟む。


「横から失礼いたします。浅学で恐縮なのですが、()()()()()お嬢様に魔力を流されますと、先日のようにまた寝込まれるのではないですか?」


 そこに理解が及ぶとは思わなかった。

 アルシアの魔法適性を調べるのに魔力を流すとは一度も言っていない。

 あの光景を見ていれば多少の憶測は立つかもしれないが、どちらかといえば魔法を使ったように見えただろう。

 内心の驚きを表に出さず、平然と言ってのける。


「問題ない。前回は調べるためにそれなりの量を流したから寝込んだが、今回はほんの少しでいい。俺の魔力を呼び水としてアルシア本人の魔力を動かすから魔力酔いは起こらない。……ただ、自分の意志と関係なく魔力が流れるせいか、人によっては()()()()()()()()()らしいがな」

「なるほど、差し出がましいことを申し上げました」

「いや、いい。気付かないと思って説明を省いただけだからな」


 頭を下げる老人へ、アルシアたちは感心した眼差しを向けていた。

 どうやらそいつはご意見番としての役割もあったみたいだ。

 ならちょうどいい。


「俺もこっちの魔法について少しは情報を仕入れたい。何か、初めに読んでおくような教本でもあれば読んでみたいんだが」

「用意させますね」


 アルシアの指示で老人が恭しく礼をし、部屋を出て行った。

 割とすぐ用意できるとのことで、それを待つ間、俺はアルシアに魔力循環のやり方を伝授するのだった。



 ◆◆◆



「とりあえず、自分の魔力を感じるところからだ。――手を出して」


 両手を差し出すと、アルシアが少し気恥ずかしそうにそっと手を重ねる。


「右手から魔力を流す。何か感じたら声を掛けてくれ」

「わかりました」


 緊張した面持ちで余計な力が入っているが、まぁいいだろう。

 僅かな魔力を流し、彼女の魔力を掌握する。


「んっ……。な、なにか、私の手に触れましたか?」

「おっ? ()()気付いたのか」


 まだ魔力を掌握しただけで動かしてもないのにそれに気付くとは、意外と才能はあるのかもしれない。


「今も何か感じるか?」

「えっと、その……言語化が難しいのですが、自分の体のような、そうではないような、不思議な感触が体のあちこちにあります」

「それがお前の魔力だ。今は一部を俺の制御下に置いたが、本来の感覚とそう大差ないはずだ」

「これが、魔力……」


 自らの手を見つめて呟いていた。


「自分の魔力を感じ取れたなら話は早い。次は魔力循環を教える」

「あっ、はい。……お願いします」


 慌てて手を戻したアルシアが真剣な表情で見つめる。


「今度は右手から順にゆっくりとアルシアの全身を巡らせる。何かあれば声を掛けてくれ。もしくは、耐えられないと感じたら手を離せ。それで止めるから」

「……わかりました」


 どこか覚悟を決めたように身を強張らせているが、そんな大それたことはない。せいぜいむず(がゆ)く感じるぐらいだ。


「始めるぞ」


 気負うことなく告げ、もう一度魔力を掌握してから動かした。


「んっ……」


 アルシアの吐息が漏れる。

 それに構わず右手から腕、体、足先へとゆっくりと魔力を動かしていく。


「っ、んんっ――」


 時折、肩をびくりと動かし、誤魔化すように咳ばらいを零す。

 僅かに頬を染め、視線を揺れ動かしていた。


「大丈夫か?」

「へ、()()ですっ!」


 やせ我慢する必要もないんだが、本人がそう言うのであれば仕方ない。


「ゆっくりと動かすとダメって奴もいたが、もう少し早く巡らせたほうがいいか?」

「……試してみてもいいですか?」


 逡巡(しゅんじゅん)したアルシアだったが、躊躇(ためら)いがちに申し出た。


「構わない。行くぞ」


 断りを入れ、循環速度を上げる。


「ひゃぁ!!」


 驚いた可愛い声が漏れたが手は触れたまま。

 継続の意志ありとみて、構わずに続けることにした。


「っん……、んんんっ――。んあっ……」


 さっきよりも吐息を出し身(もだ)えていたが、手は離れない。

 静止の声も掛からないので、そのまま彼女の好きにさせ、魔力循環を教え込んだ。



 ◆◆◆



「はぁ、はぁ、はぁっ……、っん、はぁぁ……」


 十分ぐらい続けると、流石に魔力酔いの兆候が出始めたのでやめる。

 終了と告げた途端、アルシアが肩で息をし、椅子にもたれかかってぐったりとした。

 側に控えて一部始終を見守っていた侍女が心配そうに近づく。


「……お加減はいかがですか?」

「……飲み物を、いただける?」

「ただいまお持ちいたします」


 足早に離れた侍女と入れ替わるように、数冊の本を抱えた老人が部屋に入ってきた。


「何事ですか!?」


 侍女が戻るまで慌てふためく老人の姿があったが、アルシアのあの様子なら魔力循環の感覚は(つか)めていそうだった。


「――こちら、魔法の教本となります」


 事情説明を受けた老人から冷ややかな視線を向けられながら、手渡された本を受け取る。

 一旦脇に置いておき、休憩を終えたアルシアに向き直る。


「これで魔力循環のやり方は分かったと思う。一人でできないようなら、また俺が補助するから言って欲しい」

「……ありがとうございます。感覚は掴めたと思いますので、大丈夫だと思います」

「ならいい。とりあえず、慣れないうちは長くやりすぎないことだ。初心者の陥りやすい失敗として、自分の限界に気付かず過剰に行い、己の魔力で魔力酔いを起こしてしまう場合がある。下手すると、自分の魔力なのに拒絶反応が起こり、魔法が使えなくなるから気をつけるんだな」


 目を丸くするアルシアが、少しだけ不安を帯びる。


「……目安はどのくらいでしょうか?」

「自分の調子と相談しながらだな。疲れや痺れ、酔いを少しでも感じたらやめておけ。今のお前の状態なら、十分以内に留めておけば問題ない」

「わかりました。肝に銘じておきます」


 アルシアは居住まいを正して素直に頷いた。


「魔力操作に関してはこれでいいとして。……本来ならもう少し先と考えていた、魔法の練習に取り掛かるか」

「よろしいのですか!?」


 魔法を教えると告げると、目の色を変えて前のめりになるアルシア。

 待ち望んでいただけに、その喜びは大きいのだろう。


「あぁ、思った以上に魔力の把握が早かったからな。回復魔法は魔力循環と並行して覚えられるから、どうせなら一緒にやったほうがやる気も上がるだろ」


 褒めたつもりなのに、アルシアはどこかぎこちない笑みを浮かべていた。


「? 不安なら、もう少し後にするか?」

「いえっ、今すぐにでもお願いします!」


 ずいっと身を乗り出したアルシアは、すぐさま顔を真っ赤に染めて椅子に座り直した。顔は下がっていたが、目はこちらに向けていた。


「やる気なのはいいことだと思うぞ。――とりあえずの目標として、回復魔法で外傷を治せるようになればいい。内臓の損傷や病気については後回しだ」

「……それは、どうしてでしょうか?」

「純粋に技量不足だ。魔力操作の腕が上がればそのうちできるようになるだろうが、どれだけ頑張っても一年近くなるはず。知り合いの上達が早い奴でも、最低それぐらいは掛かっていた」

「……そう、なのですね」


 さっきまでの勢いはどうしたのか、今は萎れた花のように(はかな)げだった。


「……何か、急ぎたい理由でもあったのか?」


 思わず疑問が口を衝く。

 正直、誰だろうと俺には関係のないことだったが、浮き沈みする彼女の姿を見ていられなかった。

 アルシアはしばらく躊躇(ちゅうちょ)して口を引き結んでいたが、じっと見つめていると、観念した様子で話し出す。


「……実は、私の叔母が病に臥していまして。現在は辺境伯領で療養しているのです」

「どうして辺鄙(へんぴ)なところで療養しているんだ? 王都のほうが治療設備や道具が揃っているんじゃないのか?」

「私も詳しくは教えてもらっていないのですが、辺境伯領でしか採れない薬草が必要みたいです。日持ちもせず、他の素材も周辺で採れるそうですからと、療養地にしたそうです。あとは、現在の辺境伯が実の姉弟ですから、その縁もあります」


 なんでもその人物は実母の妹らしく、だからこそアルシアは辺境伯からの後援を受けられていたようだった。


「容態はよくないのか?」

「芳しくないそうです。薬も、病の進行を抑えるくらいで治る見込みはなく……」


 顔を伏せるアルシアは、病床の叔母を亡き母親と重ねているのかもしれない。

 この世界の医療技術のほどは知らんが、治せないレベルの病であれば、最低でも数年、下手すると回復魔法では治療できない可能性もある。


「……実際にその叔母の状態を()()()ことには判断がつかないが、もしかしたら、アルシアが回復魔法の腕を上げる時間は稼げるかもしれん」

「本当ですか!?」

「分からん。最悪、回復魔法じゃ治らない可能性もあるが、病気によっては俺でも対処できる。症状を聞いても俺の知っている病じゃない可能性もあるから、実際に視ないことには確かなことは言えない」

「でしたら、一度――」


 そこではっとして、言葉を切ったアルシア。

 身を乗り出していた彼女は、伏し目がちに椅子に座り直して誤魔化した笑みをとる。

 その痛々しい姿に、俺は無性に腹が立った。


 ――何を遠慮する必要があるのか。もっと()()()()()()()()のに、と。


 そこまで考えて、ふと我に返る。

 なぜそんなことを思ったのかと。


 彼女とはまだ出会って間もないはずだ。

 俺の悩みは杞憂(きゆう)だったはず。

 その証拠に、()()()()はあれから感じなくなった。

 だというのに、俺は……。


 刹那の時、静かな自問自答を繰り返す。

 目を細めていた俺は、彼女の姿を凝視して、不意に目を開く。


 ――あぁ、そうか。俺は――。


 姿()()()()()()()のは、どうやら俺も一緒のようだった。


 ただ彼女の悲しむ姿を見たくない。

 彼女の行く末を見守りたい。

 彼女に幸せが訪れて欲しい――ただ()()()()だった。


 自然と口元が緩んでいた。

 張り付けた笑顔のアルシアに、俺は静かに告げた。


「――俺が一度、その叔母を視てみよう。俺が()()()()()


 見開かれる瞳。

 僅かに離れる唇。

 揺れる若葉が、次の言葉を探していた。

 彼女に紡がれる前にと、俺は不敵に笑って発破をかけた。


「完治させられるかは()()()()()()だがな」


 瞳に生気が宿る。

 引き結ばれた唇は、ゆるりと自然に弧を描く。


「ありがとうございます! 私、頑張ります!!」


 優しい闘志が瞳の奥で萌えていた。


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