49話 三人の魔力循環
その夜、流石に陽も暮れたので、魔法の実演は後日となった。
「練習は腰を落ち着ける場所へ移動してからが良いかと思います」
「それなら、結界や異空間を張ってもらえばいいんじゃないかしら?」
リタの意見にキエラが提案するも、首を振る。
「翌日に響く可能性を考えると、移動中は避けるべきです」
一人ぐらいなら問題なさそうではあったが、四人一緒にと望んだのでその通りにした。
これは、わざわざ一人一人に手を煩わせる訳にはいかないという思いと、先に魔力を感知できるようになりたいと思ったリタたちの考えからだった。
「なら、先に魔力循環の方法からかしら。やり方は知っているの?」
「……私がまだリタたちの魔力を動かせず、上手な説明も出来ていないので……」
以前、ゼインに言われてから、アルシアなりに色々と手は尽くしていたが、リタたちの会得には至っていなかった。
ゼインとしては、とっくに出来ていると思っていたばかりに、その件について聞くことは無かった。
リタたちも遠慮して、また、当時の言い方から教える気が無いのだとばかり思っていたのも、足枷となっていた。
言い淀むアルシアに、キエラがまずはそっちからやりましょう、と告げる。
「……ネリーからやってもらったほうがいいでしょう。一番魔力量が少なかったのですから、効果を実感しやすいかと」
「え、いいすっか。じゃあ、お願いするっす」
リタの一言でネリーがキエラに近寄る。
「座って手を出して。気分が悪くなったり、視界がぼやけたりしたら自分で手を放すのよ。それと、人によってはくすぐったいらしいから、それは我慢なさい」
「了解っす!」
元気よく返事をするネリーに、リタは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「――始めるわよ」
宣言に従い、キエラはゆっくりと己の魔力を流していく。
「ひぁっ!?」
突然の悲鳴と共に、弾かれたようにネリーが手を引っ込める。
いつもと違う可愛らしい悲鳴に、全員の視線が彼女に集まる。
気恥ずかしそうな笑いを浮かべたネリーが、頬を赤く染める。
「大丈夫かしら?」
「だ、大丈夫っす! ちょっとビックリしただけっすよ」
誤魔化すように笑いながら、おっかなびっくりと再びキエラと手のひらを重ねる。
少しだけ躊躇ったものの、やる気に水を差すのも野暮かと思い、キエラは再び魔力を流し始める。
「……んっ」
今度は何とか堪えたネリーだったが、全身ガチガチに緊張していて、プルプルと震えていた。
そんな姿を見て、キエラはゆっくりと丁寧に魔力を全身巡らせる。
「あっ……ちょ、んんんっ――。っあ、んんっ……、あぁっ……」
体をくねくねと動かしながら、顔を赤らめ、艶っぽい吐息を零すネリー。
手を離さないのをいいことに、キエラは魔力を流す手を止めない。
時間にして一分程度。
本人からすれば、一時間は経ったと思うほどの長さで、キエラは魔力を止めた。
「っはぁ、はぁ、はぁ……」
肩で息をしながら、じんわりと汗を滲ませるネリーの姿に、アルシアは顔を真っ赤にしていた。
リタも僅かに頬を染めながら、申し訳なさそうに目を背け、セルマは同僚の艶やかな姿に愕然とし、自分の順番が来るのを恐れ慄いていた。
「お疲れ様。どう? 魔力を巡らせる感覚は伝わったかしら?」
ネリーの状態を気に留めていないキエラが質問を投げかける。
「いや……、それどころじゃなかったっすよ。何となく体の中で動く感じは分かったっすけど、自分じゃ出来ないっすね」
まだ息の整わないネリーが手を振って無理だと告げた。
次のキエラの一言でネリーは動きを止め、顔を引き攣らせた。
「じゃあ、もう一度やる必要があるわね」
「へ……?」
またしてもあの惨状を繰り返すという事実に、ネリーの顔は青ざめる。
「だって、まだ出来ないんでしょ? なら、出来るようになるまでやるしかないわ」
「そ、そこを何とかならないっすか……?」
「無理ね」
藁にも縋る気持ちだったネリーは、バッサリと否定されて項垂れてしまう。
そんな彼女を尻目に、アルシアがとあることに思い至り、ぎこちなく隣のリタに振り向く。
「……リタ。私の時もあのような状態だったのですか……?」
「……ネリーよりは、幾分か大人しかったです」
「――ッッ?!」
口ごもって視線を逸らすリタに、声にならない叫びを上げながら顔を隠した。
まさかここまで酷かったとは思いもしなかったアルシアは、顔から火が出そうな勢いで耳まで真っ赤に染め上げる。
すぐにとあることに気付き、指の間からおずおずとゼインを見つめる。
彼はネリーの乱れた姿に何とも思っていない様子で、大きな欠伸をしていた。
流石ともいえるその態度に、むっとしたアルシアが、立ち上がってずんずんと彼に近寄る。
「ゼイン様は見ちゃだめです!」
「ん? 俺は気にしないが?」
「私たちが気にします! 馬車の中で、終わるまでこっちを覗かないでください!」
顔を真っ赤にしたままのアルシアに、凄い剣幕で責められたゼインは、よく分からなそうにしたまま素直に従った。
「魔力でも見ちゃだめですからねっ!」
念押しするアルシアに、手をひらひらさせて馬車へと乗り込んだ。
「そういえば、ゼインも居たのよね。……気配が薄すぎて気付かなかったわ」
夕食が終わってからこの方、一言も発せず動く音もしなかったゼインの存在に、今更ながら気が付いたキエラがぽつりと独り言を零す。
リタたちも同じような気持ちだったのか、ハッとした表情を浮かべていた。
「とりあえず、ゼイン様が見ていない隙にやりましょう。……このことは乙女の秘密ということで」
既に見られたネリーとしては複雑な気持ちだったが、アルシアの意見に皆、賛同した。
◆◆◆
早い方がいいということで、ネリーももう一度やることにした。
ただし、他二人が済むまで休憩することにして。
「リ~タぁ~」
こうなることを知っていたと思わしきリタに、ネリーが詰め寄る。
逃げようとした彼女を、後ろからセルマが羽交い絞めにする。
「セルマ!? あなたまで」
「これはリタが悪い」
「そうっすよ! ――ってことで、次はリタの番っすからね」
表情を強張らせたリタが、二人に連れられてキエラの前に座らされる。
観念したように脱力するリタの肩を、ネリーだけ未だに掴んでいた。
「キエラさん、リタにはとびっきりをお願いするっす!」
いい笑顔をキエラに向けるネリーに、いいの? とキエラが問いかける。
「で、出来れば普通でお願いしたいのですが……」
「魔力を流す量は危ないから変えられないのだけれど、流す速度はそれなりに変えられるわよ?」
「じゃあ、出来るだけ速くお願いするっす」
「……なぜネリーが答えるのですか」
弱々しく反論したものの、結局は速めに全身巡らせることになったリタ。
震える手をキエラに乗せ、お願いしますと目を瞑る。
「始めるわよ」
始めはゆっくりと魔力を流していく。
「……ふぅ」
思ったほどでもなかったのか、安堵のため息が漏れる。
目を開き、ゆっくりと顔を上げると、悪戯っぽい笑みを浮かべたキエラと目が合った。
嫌な予感がしたのも束の間、体の中にある異物が全身を撫でる。
「きゃっ!?」
神経をくすぐられた感覚と共に、体が飛び跳ねる。
すぐさまネリーに押さえつけられてしまい、余韻が体に残る。
「ね、ネリー、お願いだから、手を離してくれないかしら……?」
涙目で後ろに立つ彼女を振り返ると、良い笑顔のままにべもなく断った。
「い・や・っ・す」
口角を引くつかせ、絶望の表情を浮かべるリタ。
「じゃあ、続けるわね」
残酷な言葉と共に、リタの嬌声が夜闇に響き渡った。
◆◆◆
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
全身を真っ赤に火照らせ、息も絶え絶えに力尽きるリタ。
その姿を満足げに眺めるネリーと、流石に可哀想になって心配そうに見つめるアルシアとセルマ。
ゼインが引っ込んだタイミングで、外に声が漏れないよう周囲に結界を張っていたとはいえ、あまりにも大きな声を上げたリタに、キエラは驚いた様子を見せた。
「まさか、ここまで魔力の感度がいいとは思わなかったわ」
本来なら嬉しいことのはずなのに、今はそんな自分を恨めしく思うリタが、惨状を取り繕おうと動く。
「今は休んだほうがいい」
手を貸すセルマに、感謝を告げながらアルシアの隣に座らされた。
「大丈夫ですか? リタ」
「はい……、問題、ありません――」
気丈に振る舞うリタに、下手に触れないほうがいいだろうと、アルシアは水を差しだすに留めた。
今の状態で回復魔法を使うと、更に鞭を打つようなものだとキエラに言われたこともあり、アルシアはそっとしておくことにした。
次はセルマの番だった。
覚悟を決めてキエラの前に座る。
「お願いします」
硬い声で頼むセルマにリラックスするように伝える。
先程までの二人を見て落ち着けるはずもなく、ギクシャクとした動きでキエラの手に触れる。
「始めるわ」
キエラが今まで通りにゆっくりと魔力を流す。
「……」
無言のまま真剣な表情のセルマに、失敗したかと思いつつ、魔力はしっかりと流れているので気にせず続けた。
全身を巡らせても終始無言のままセルマも、一分ほどで循環を終わらせる。
「ふぅ……」
セルマは長い息を吐き、張り詰めた空気が弛緩する。
「どう? 分かったかしら?」
「はい、何とか。今すぐは……ちょっと厳しいですが、落ち着いた後であれば出来るかと」
「なら、良かったわ」
セルマもリタと同じく、一度で魔力循環の感覚を掴んだようだった。
「あ~、次はまた私っすか……」
落ち込んだ声で、渋々キエラの前に向かうと、未だに座っているセルマに触れる。
「ひゃあっ!!」
悲鳴をあげて倒れるセルマ。
体はぴくぴくと震え、まるで痺れているようだった。
「あー、もしかして、動けなかったっすか?」
瞳を潤ませ、いつもの凛々しさはどこへ行ったのやら。
頬が上気し、口をわなわなと震わせながら、ネリーを睨んでいた。
「全身麻痺した感覚なのかしら? 下手に触ると辛いわよね」
セルマの顔を覗き込んだキエラが、目だけで肯定するセルマを魔法で運ぶ。
流石に座れるほど回復していなかったので、横にしたままアルシアの側に置く。
「最後はネリーね。次は頑張りましょう」
「……はいっす」
気落ちしたネリーは静かに椅子に座る。
キエラの手の上に置く己の腕は鉛のように重く感じた。
「始めるわね」
宣言と共に始まる刺激に、ネリーの声が漏れる。
「んんっ……、あっ、はぁんっ……。んぁ……、あぁん……」
魔力の流れを掴むために集中すると、殊更に感覚が研ぎ澄まされ、悩ましい声を上げてしまう。
どれだけ我慢しても、堪えた吐息は治まらなかった。
結局、ネリーは魔力循環を覚えるまでに、三度も艶めかしく悶えた。
三人の恰好を見たキエラは、一度身繕いする必要があると、アルシアたちを伴って汗を流すことにするのだった。




