5話 謁見
※2025/11/20 改稿しました
翌日、俺たちは王都へ向かった。
初めに訪れた街からは二日で着くようだ。
道中は穏やかな陽ざしの中、何事もなく進んでいった。
王都の街並みは整然として、どこも似たような通りばかりに思えた。
慣れれば迷うことないのだろうが、知らぬ人からしたら迷路のように入り組んでいた。
建物は石造りを基調としており、石畳の敷かれた大通りには多くの店で賑わっている。
そんな街並みをぼんやりと眺めていると、ひと際大きな建物が目に付いた。
「あれは?」
何の気なしに尋ねると、俺の視線を追った少女が答える。
「あちらは冒険者ギルドです」
「あぁ、なんかランク分けがあるとか言っていた奴か」
「そうですね。冒険者は魔物退治や迷宮遺跡の探索、護衛などのお仕事を請け負ってくれる方たちの総称です」
騎士が国ないし貴族の公的な軍人とすれば、冒険者は民間の戦闘集団らしい。
「ご興味ありますか?」
「特には」
「そうですか」
素っ気なく答えて、再び外へ目を戻す。
流れゆく多くの人や建物を尻目に、少女が口早に話題を持ちかける。どうやら少女は王との対面を緊張しているようだった。
仕方なく視線だけ向け、彼女の気晴らしに付き合った。
しばらくすると、門をくぐってからずっと見えていた王城にようやく辿り着いた。
「……それでは、また後ほどお会いしましょう」
硬さの残る笑みを浮かべた少女が、老人を伴って城の中へと消えていく。
残された俺は、召使いの女の案内に従って城内を歩き出す。
案内されたのは客室の一つのようで、広い部屋に落ち着いた調度品のある場所だった。
出されたお茶やお菓子を無機質に口へ運ぶ。
準備が整うまでしばしお待ちください、という女に従って、素直に部屋で待つことにした。
ソファーに寝そべり手を頭の上で組む。
「……」
天井を向き、視線を数度動かした後、目を瞑って時間を潰すことにした。
◆◆◆
不意にノックの音が響き渡る。
女が扉を開けて訪問者の男を招き入れる。
「謁見の準備が整いましたので、お客人は私について来るように」
高圧的に言い放った男は、俺の返事も待たず踵を返した。
冷めた目を男に向け、どうしたものかと控えていた女に目で問いかける。
浅く頷いた彼女は、申し訳なさそうに眉を落としていた。
「……はぁ」
小さく息を吐き、仕方なく男の後に続いた。
俺が後ろを歩いていないことに気付かなかった男は、俺が近づいても気にも留めない。
ただの案内役だからなのか、程度が低いにもほどがある。
最低限戦える奴を持ってくるかと思ったが、考え方が違うのだろうか……。
益体もないことを考えながら、迷路のような城内をひたすらに歩く。
だいぶ待たされたうえに、意味もなく城の中をぐるぐると歩き回されていた。
少女への当てつけのつもりなのだろうが、謁見場所と思しき場所に近づいたり遠ざかったりと、よくもまぁ頭の悪いことをするものだ。
いい加減うんざりしてきたところで、気が済んだらしく、ひと際大きな扉の前に辿り着いた。
男が門番といくつか言葉を交わすと、呼ばれるまで待てと再度告げられた。
目だけ動かし、沈黙を貫く。
男は忌々しげに舌打ちをして去っていく。
後には門番二人と俺、それから先に到着していた召使いの女だけが残された。
三人が緊張する中、俺は欠伸をしながら佇む。
しばらくして、俺を呼ぶ声と共に目の前の扉が開かれた。
「――ゼイン殿、ご入室!」
耳障りな音と喧騒、好奇や粘着質な視線が飛んでくる。
一切合切を無視し、俺は部屋の中を闊歩する。
正面奥に座る派手な服を着こんだ中年の男が、この国の国王なのだろう。他より少し高い場所でこちらを睥睨していた。
その男の左右には女が二人。
おそらく王妃たちで、向かって右側は、きつい目付きとじゃらじゃら装飾を身に纏っていた。反対側は一件大人しそうに見えるが、その瞳には俺を品定めする厭らしさが浮かんでいた。
右の女の後ろには少年が一人、左の女の後ろには少年と少女が一人ずつ立っていた。たぶん、そいつらの子供たちなんだろうが、その二組から離れた隅のほう、召使い共と近い場所に少女アルシアがぽつりと立っていた。
「その場で立ち止まり、跪きなさい」
王族のいる小上がりの下、一番彼らに近い場にいる見知らぬ老人が偉そうな口調で命令する。
その老人を一瞥しただけで無視して進み、腕を組んで中年男を見据えた。
「なっ――!?」
騒めく周囲の連中。
正面の王族たちも驚愕や憤怒に顔を染め、今にも食ってかかりそうな奴すらいた。
周りの奴らも激昂した声を上げ、口々に俺を罵る。
それらすべてを平然と受け流し、中年男の反応を見る。
男は僅かに眉を上げただけですぐさま元の表情に戻った。そのまま周囲へ視線を巡らせると、おもむろに片手を前に振り上げた。
「皆の者、静まれ――!」
そいつの言葉で、部屋は波が引いたように静けさを取り戻す。
未だ刺す眼差しは向けられたままだったが。
「その者は『稀人』の疑いありとして、此度招集したのだ。此方の礼節を知らぬも仕方なし。そう糾弾することもなかろう」
「しかしながら。この者はこちらの命令に背き、あまつさえ不敬を働きますれば――」
「そなたらの行いの意趣返しであろう。まず己が行為を恥ずべきである」
「――っ」
反論してきた老人は、口惜しそうに口を噤む。
他にも中年男に視線を向けられた連中が、素知らぬ顔で目を逸らす。
どうやら嫌がらせについては、目の前の男も知るところであるみたいだ。
一度目を閉じた男が、今度は俺を真っ直ぐ見据えてきた。
「して、そなたの名は何という?」
「なんだ、聞いてないのか」
ちらりと少女に視線を送る。
「聞いておるとも。しかし、こうして顔を合わせ、互いに言葉を交わしたいと思ったまでよ」
「……」
男の真意を探るよう無言で視線を交錯させる。
しばらくそうしていたが、向こうは本気でそう思っているようで、意図までは読み切れなかった。
小さく息を吐き、組んでいた腕を解いた。
「……俺はゼイン。ソール連邦のしがない執行官だ」
「そうか、ゼインというのか。良い名だな。――余はアイザック・フォン・ルナート。この国の国王である」
高らかに宣言したとて、俺の態度は変わらない。
男は僅かに口角を上げたのち、本題に移った。
「して、聞き覚えのない国と役職ではあるが、そなたが『稀人』であると証明に値するのは如何なものか?」
「そこの少女、アルシアに魔法が使えるようにする。魔力があるのに使えないのはあり得ないからな」
「――ほう、“あり得ぬ”とまで断言するか。そもそも彼奴は『魔法鑑定』の魔道具で“魔力無し”と出たのだぞ。今更淡い期待を抱かせるのは酷なことと思わぬのか?」
男が目を細めて俺を試してくる。
周囲も怪訝な、疑惑の籠った目で睨む。
俺は肩を竦めて嘆息した。
「お前らの理屈は知らんが、魔力を視れば有無ははっきりする。そこそこ魔力があれば魔法は何かしら使えるからな。がっかりさせることはないだろうよ」
「――お言葉ですが、『魔法鑑定』の魔道具が間違っていると聞こえたのですが」
突然、知らない男が口を挟んできた。
ローブに身を包んだその男は、中年男に断りを入れて異を唱えた。
「そう言っている。端からそんな欠陥魔道具に頼るから目を曇らせるんだ」
「ッ、『魔法鑑定』の魔道具は古くから用いられている由緒正しい魔道具です! それを、ぽっと出の『稀人』か定かではない者が、不遜にもケチを付けるなど甚だおかしいのです! そもそもの話、『真偽判定』の魔道具が機能しないというのも眉唾ではないですか? あることないこと並びたてて、煙に巻いているに違いありません!」
「なら先にその骨董品を持ってこい。ついでに視てやる」
「ッ、いいでしょう。精々吠え面をかかないよう気をつけるんですねッ!」
そう言って肩で風を切って退出していくローブ男。
他の連中もそいつの肩を持つように下品な笑みを浮かべていた。
中年男は一連の様子を静かに見守っていたのだった。
◆◆◆
しばらくすると魔道具を持って現れたローブ男。
その後ろを運搬係が数人続く。
「持ってきましたよ。さあ、あなたの舌先三寸もここまでです!」
「――どれが魔力を測る魔道具だ?」
男を無視して運搬係に近づく。
ローブ男は顔を真っ赤にし、今にも爆発しそうな様相だった。
問いかけられた男が、目を彷徨わせながらおずおずと差し出す。
手渡された魔道具は思ったよりも小さく、手のひらサイズの箱型だった。中央に水晶のような石が嵌まっており、それ以外は特徴のない陳腐な代物だった。
軽く魔力を流すと分かるが、判別できる魔力の質が限られ、適合しないと端から魔力量が測れないようだ。
人によって魔力の質は千差万別なのに、この魔道具は変な足切りが存在していた。これを使っているなら、少女の魔力が測れないのは理解できた。
魔道具を観察していると、ローブ男が我慢の限界に達したらしく、怒鳴り散らして詰め寄ってきた。
「どこまで虚仮にすれば気が済むんですか!」
「ん? 準備は終わったのか。なら、さっさと終わらせるぞ」
「いい加減にしなさい! あなたの化けの皮を剥いでやりますよ!!」
足を踏み鳴らしながら離れるローブ男だったが、そこからはいつぞやの焼き増しみたいな光景が広がった。
発光する粗大ごみは、俺が触れると光を消す。
その現象を理解できない阿呆共が騒ぎ散らす。
何度も何度も現実を突きつけても信じない……と、面倒極まりなかった。
中年男の疑問でようやく流れが途絶えた。
「ゼインよ。『真偽判定』の魔道具が機能しない理由を、そなたは説明できるか?」
「簡単だ。俺の体質で他人の魔力を弾いてしまうからだ。魔力を失った魔道具が沈黙するのは分かるだろ?」
挑発的に尋ねるも、中年男は静かに頷いて意に介した様子はない。
続いてローブ男にも同様の疑問を投げかけたが、そいつは要領を得ない言葉しか吐きださない。
結局、まともな回答ができず項垂れた。
周りの連中も、苦虫を噛み潰したような顔をするか、まだ疑いの目を向ける顔をするやつばかり。一握りは感心した表情を浮かべていたが、少数派だった。
◆◆◆
「――して、『魔法鑑定』の魔道具も欠陥であるのだろうか?」
部屋が静まり返った頃、中年男が再び俺に問いかける。
「そうだな。判別できる魔力とできない魔力があるせいで、一部の人間に反応しなかったようだ」
「では、そなたはそれを判別できると?」
「できる。なんなら、魔法適正も調べられるな。……まぁ、解析系の魔法は得意じゃないから、調べた相手はしばらく寝込むことになるがな」
「ふむ――」
中年男は口元に手をあて思案する。
目はそいつと合わせたまま。
紫の瞳がじっと俺の姿を映す。
どれだけの時間が流れたのか――。
不意に男が目を伏せ、首を僅かに捻る。
「アルシア」
肩越しに少女の名を呼ぶと、緊張した面持ちで足を踏み出した。
静かに姿勢正しく歩みながらも、唇を真一文字に引き結び、その揺れる碧眼は彼女の心を表しているようだった。
そんな少女が俺の目の前で立ち止まる。
「準備はいいか?」
「……はい、お願いします」
震える声はまだ硬さを残す。
見上げる瞳は、どこか怯えていた。
そんな彼女へ、俺は眉を下げて、口元に笑みを浮かべた。
「心配ない、俺に任せろ」
努めて優しい声音で告げた。
効果があるかは分からない。
それでも、声を掛けずにはいられなかった。
少女は軽く目を見張り、目を閉じて祈るように手を組んだ。
「お願いします」
軽く下げられた彼女の頭に、そっと手を添える。
小さく「いくぞ」と告げてゆっくりと魔力を流す。
仄かに光り輝く少女。
彼女の長い銀糸が、夜空の星のように煌めく。
巡らせた魔力でゆるりと舞い上がる髪が、より幻想的な光景を生み出していた。
周囲から感嘆にも似た息が漏れ聞こえる。
それすら邪魔に感じた俺は、自身も目を瞑り、意識を集中させる。
――巡る魔力。感じる温もり。微かな息遣い。
彼女の体を詳らかに調べる。
魔法の根幹たる魔素体も、霊体も――。
時間を掛けて調べ終えた俺は、おもむろに目を開く。
「何か不満でもあったのかね?」
「……いや、なんでもない」
僅かに眉をひそめたのを見咎められたようで、男が疑問を呈してきた。
軽く首を振って否定すると、俺は少女への魔力供給を止めた。
途端、脱力して倒れ込むアルシア。
彼女の体を抱き止め、体を支える。
ギリギリ意識は保っていたが、上気した顔で今にも気絶しそうだった。意識を失わないのは結果が知りたいからだろう。
その縋るような眼差しに微笑みかけ、俺は彼女の魔法適正を開示した。
「アルシアの適正は回復魔法だ。肉体の損傷や病気に作用する、な」
周囲がどよめく。
中年男たちも目を丸くして驚きを露わにしていた。
視線を彼女に戻すと、涙を浮かべ、弱々しくも喜色満面で安堵を滲ませていた。
「ひとまずアルシアを休ませる必要がある。魔法の証明に関しては元気になってからだ」
「そなたは回復魔法が使えるのか?」
「使えない。ただ、回復魔法の特訓方法は知っている」
「そうであるか」
少し考える素振りを見せた国王だったが、すぐさま結論を出した。
「よかろう。お主の扱いは追って沙汰を下すが、今はアルシアの客人として遇そう」
それを聞いた途端、限界が来たようでアルシアは意識を失った。
彼女の表情は安心しきっており、俺に身を委ねているよう手を体に添えていた。
そんな彼女を優しく抱きかかえ、踵を返す。
「どこへ行くのだ?」
「アルシアを休ませる」
背に降りかかる問いに振り返らず、歩みを進めた。
中には不敬だという輩もいたが、全部無視する。
部屋を出る前、これが最後の質問だと言う中年男の声に足を止めた。
「――して、お主は褒美に何を望む?」
徐々に開かれる扉を横目に、肩越しで答えた。
「いらん。全部アルシアに聞いておけ」
にべもなく吐き捨てると、俺は男の反応も見ずに部屋を出た。
扉の外で控えていた召使いの女が慌てた様子でアルシアに近寄る。
「体力を消耗して気絶しているだけだ。どこか休めるところへ向かってくれ」
「かしこまりました、ご案内いたします」
早口で告げると、女は足早に先を進む。
彼女の案内に従って、そっとアルシアを運んだ。
アルシアの寝顔は幸せそうに口元が緩んでいた。




