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六英雄キ -異世界編-  作者: 上野鄭
第一章 邂逅

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4話 価値の証明

※2025/11/15 改稿しました

 ひとまず「真偽判定」の魔道具とやらを試してみることにした。

 男の案内のもと、重厚そうな扉の部屋に辿り着く。

 中に入ると、天井に届きそうな大きさのガラクタが置かれていた。

 横幅も大人三人分はある不格好な代物だ。

 まさかとは思ったが、これが目的の魔道具だった。


()()がそうなのか……」


 落胆する俺の呟きが聞こえたようで、案内の男がむきになって早口で捲し立てる。

 その説明を()い摘むと、質問者と回答者が左右に分かれて触れ、嘘を答えると赤く、真実を答えると白くなるそうだ。

 つまり――。


「ダメだな。使い物にならん」


 たまたま説明が途切れたせいで、俺の呟きは部屋に木霊した。


「――何がダメなのでしょう?」


 青筋を立てた男が食ってかかる。


「なに、この魔道具は俺に効かないと思っただけだ」

「それはどういう――」

「実際に使ってみましょう。話はそのあとで」


 俺の言い草に激怒した男が詰め寄ろうとしたところで、少女が手を叩いて割って入る。

 流石に彼女の言葉を無視できないのか、恭しく礼をし、準備に取り掛かった。……まぁ、俺を一度(にら)みつけてはいたが。

 男が離れたのを見て、少女が小声で話しかけてきた。


「……一度使ってみてください。彼もそれできっと納得しますから」

「だといいんだがな」


 肩を(すく)める俺に少女は苦笑を零した。


「そういえば、魔道具の解析はどこまでしていい?」

「えっと、それはどういう意味でしょうか?」


 ふと思い出した俺は、少女へ疑問を投げかける。

 分からなそうに首を傾げる少女だったが、同行していた老人と召使いの女も似たり寄ったりだった。


「ただ、どんな魔力回路をしているのか気になっただけだ。視たところ、大したものじゃないと思うんだがな」

「……その、専門知識は持ち合わせていないのですが、壊したり、変わったりしなければ、大丈夫だと思います。……たぶん」


 自信なさげに告げるが、まぁ、傍から分からなければいいだろう。

 少女の言葉に同意するように、老人も浅く首を引いていた。


 準備が整ったところで、実際に試してみることになった。



 ◆◆◆



 結果は言わずもがな。

 男が無駄に大きな魔道具に魔力を流したことで光っていたが、俺が触れた途端、物言わぬ()()に成り下がる。

 状況が()み込めず唖然(あぜん)とした男がやかましく喚くのも想像通り。

 何度試しても同じ結果の末、俺を疑い出す男に、同じ資格を有しているという老人が試してみるも、同様の結末だった。


「やはりおっしゃられた通り、『真偽判定』の魔道具では判断つきませんか……」

「だろうな。まぁ、そういう体質なんだと割り切れば、そう面倒でもないんだがな」


 固まっていた男がおもむろに魔道具に近寄り、ああでもないこうでもないとぶつぶつ呟きながら調べだす。よく分からん機器まで取り出していたが、異常が見当たらないことでドツボに嵌まり、無意味な行動を繰り返していた。

 そんな男を放っておいて、今後について話し合う。


「それでどうするんだ? 俺は別に『稀人(まれびと)』と認められなくても構わないんだが」

「可能であれば、ゼイン様には『稀人』と証明して頂けると幸いです」

「クリフ――」


 少女が(たしな)めるように老人の名前を呼ぶ。

 その視線は鋭く彼を非難していた。


「で、どうしてだ?」


 俺が意欲的とみた老人が、少女に向かって深々と頭を下げる。


「申し訳ございません、お嬢様」

「クリフ!」


 老人は彼女の責める声を無視し、俺に向き直る。

 止めようと動き出した少女を、今度は召使いの女が手を取って阻んでいた。


「リタまで?!」

「すみません、お嬢様」


 二人を尻目に老人は訥々と話し出した。


「実のところを申し上げますと、お嬢様――アルシア様は第二王女であらせられながら、他三名いらっしゃる王族の中で最も立場が弱いのです。現在ルナート王国には三つの派閥が存在し、互いに王位継承権を巡って争われておりますが、アルシア様は中立派に属し、その長であるギルデニア辺境伯様から支援を受けております。王位継承を望まぬアルシア様ですが、中立派は全体の約三割にも及びます。そうした背景を受け、第一王子派、第二王子派の両陣営から何かと()()()にされがちでして――」

「権力争いの()()()()ってことか? そんな面倒なのは勘弁なんだが」


 話の途中、思いっきり顔を(しか)めて吐き捨てた俺に、願いは別にあると告げた。


「ゼイン様にはアルシア様の地位を向上させて頂きたいのです。他の者たちが手出しできぬように」

「それ、言葉が変わっただけで意味は同じじゃないのか?」

「いえ、似て非なるものにございます。そこで『稀人』の話が関わってくるのですが、『稀人』を発見された方はそれ相応の地位や立場が担保され、他の方から手出しされる心配が減るのです」


 未だ話が見えなかったが、静かに先を促す。


「どうしてかと申せば、遥か昔の出来事に遡ります。当時、ゼイン様のように『稀人』が現れたことがございます。その際、その方を発見された人物を()()()()()()()まして、共に過ごすことになりました。しかしながら、当時はまだ『稀人』の保護に関して明確な取り決めがなかった時代ということもあり、武力で『稀人』様を奪おうと考えた浅ましい輩が現れました。挙句の果てに、発見された人物を亡き者にしてしまい、『稀人』様は失意に暮れ、後を追うように自害なされたという悲しい過去がございます。その教訓を経て、現在では『稀人』を発見した人物は極力傍に置き、()()()()()()()()()()となっております。――もちろん、『稀人』ご本人が望めば、その限りではございませんが」

「なるほどな。要は俺が『稀人』であるなら、身の安全は保障されるって訳か」

「左様にございます」


 そこからは俺次第だろうが、少なくとも、政治に関わらず少女への手出しを防げるとあって、老人たちは俺に「稀人」であって欲しいのだろう。

 少女はというと、複雑そうな表情で俺を見つめていた。

 どうしたものかと老人の話を頭の中で噛み砕いていたところで、とある疑問が浮かんだ。


「ん? というか、中立派なのに立場が弱いのか? 全体の三割なら、懐柔するなり、切り崩すなりするんじゃないのか? あんまり政治に詳しくないから知らんけど」

「そのことですが……」


 俺の言葉に老人は言い淀む。

 視線を伏せ、伝えるべきかと悩んでいた。

 そんな老人に代わって、少女が努めて冷静な態度で口を開いた。


「――私の母がすでに亡くなっていること、私に魔法の才がなかったことが主な原因です。他の兄弟は魔法が使えますから……」


 震える声は泣いているようにも聞こえた。

 少女の母親がいないのは予想外だったが、王宮の中で一人孤独であれば立場が弱いのもおかしくはないのだろう。

 俺にはあまり理解できないが、()()()()()()が一人で渡り合えるほど生易しいところではないのだけは解かる。見たところ、これといった能力はなさそうだから尚のこと。周りに慕われている様子はあったが、それだけでは足りないだろうからな。


 だから、あんなに俺の言葉に食いついたのか……。


 今更ながらに彼女たちの葛藤が理解できた。

 となると――。


「……面倒だな」

「申し訳ありません……」


 思わず漏れた独り言で、少女の顔が曇る。

 少女に対してのつもりじゃなかったんだが、変な誤解を生んでしまう。

 訂正しようと俺が口を開くよりも先に、少女が言葉を紡ぐ。


「……お願いしていた魔法ですが、取り消させていただいてもいいですか? ご迷惑になるくらいなら、私はいりません」

「「お嬢様!?」」


 眉は不安げに(ゆが)んでいたが、少女の瞳は決意を固めたように揺るぎない。

 驚く二人を余所に、俺を真正面から見つめていた。

 引き結ばれる口。

 俺が目を細めても、彼女は顔色一つ変えなかった。


「――いいのか?」

「はい、ゼイン様のお手間になるくらいならば。ゼイン様の望まれる情報は、助けていただいたお礼として力の限りを尽くします」

「俺にしか利点がないのに?」

「はい。……もとより私になかったものですから、魔法だけいただいても、私の手に余ります」


 くしゃりと顔を歪めてやせ我慢する少女。

 泣き笑いにも似た表情は、どこか痛々しかった。

 そんな彼女に、あいつの姿を重ね、思わず手が伸びる。

 そっと少女の頭に置かれた手を動かしながら、俺は静かに告げた。


「――()()()()()だが、手がない訳でもない」

「えっ……?」

「そ、それはどういった方法で!?」


 少女の呟きは、勢いよく食いついた老人の声に埋もれた。

 手を止めて老人を一瞥する。


「手っ取り早く、この国の王の前で『アルシアを魔法が使えるようにする』と宣言すればいい。多少時間は掛かるが、それで解決するだろ? なんなら、欠陥魔道具も一緒に直せば説得力が増すだろう」

「なっ――!?」


 俺の大胆不敵な提案に老人たちは絶句する。


「『稀人』の証明には弱いかもしれないが、お前たちの常識を覆すんだ、『稀人』の疑いとしては十分だろ。それなら下手に手出しできなくなるんじゃないか?」

「それは……確かにそうですが、仮に詐欺や不敬に問われたら、如何なさるおつもりですか!?」


 老人は俺の意見を認めながらも、なおも食い下がる。


「そんなもの、決まっている」


 もったいぶって、一度言葉を切る。

 老人や、――少女までも、固唾を呑んで見守っていた。

 辺りが静まり返る。

 皆が動かず、まるで時間すら止まっている錯覚に陥る。

 遠くで今なお無意味な行動を続ける男だけが、時間の経過を告げていた。

 ちらりとこの場を包んだ遮音障壁に目をやると、俺は言葉を吐きだした。


「――()()()()()()()だけだ」


「なっ――!? そ、そんな、そんな()()()()()()が、可能だとでも言うのですか?!」

「できると思うぞ。この規模の街ですら、魔法の防諜レベルが低いようだからな。魔法技術も()()()()()()()。一週間もあれば、王国を更地にできるだろうな」

「――っ」


 平然と告げると、老人や召使いの女は信じられないものを見るかのように顔を強張らせ、(おのの)いていた。

 少女も目を見開いて唖然としていたが、どういう訳か、俺の言葉に恐怖を抱いた様子が見受けられない。ただただ、ぽかんと夢を見ているような表情を浮かべていた。


「……その後は、その後はどうなさるおつもりなのですか? 残されたお嬢様のことは!」

「ん? 好きにしたらいいんじゃないか? やりたいことがあれば手伝うし、静かに暮らしたいってんなら、それでもいいし」

()()()()()()()をしておいて、静かに暮らせると?」

「できるだろ。やった当事者を知らなければな」


 もしかして、わざわざ口上を垂れて攻め入るとでも思っていたのか?

 そんな阿保なことはしない。街を飲み込むほどの炎でも降らせれば、天災か何かと勘違いするだろう。

 人間も、大丈夫そうな奴なら手頃な街にでも送ればいいし、悪人はもれなく焼けば後腐れない。

 無差別でもいいが、少女が気に病みそうだからな。()()にするべきだろう。

 そんなことを考えていると、そっと俺の服を少女が引いていた。


「どうした?」

「……その、本当にルナート王国を()()()()のですか?」

「「お嬢様?!」」


 二人は素っ頓狂な声を上げていたが、少女の目は真剣そのものだった。


「そうだな。さっき見た地図の縮尺は知らんが、ざっと周辺を探った限りでは一週間で足りると思う」

「そういうことではないのですが……。――わかりました」


 少女は顔を伏せ、呼吸を整えていた。

 再び上げた顔には、為政者に似た使命感を帯びていた。


「――()()()()()()を採用したいと思います」

「滅ぼすのか?」

「違いますっ!!」


 声を荒げた少女は、先ほどまでとは一変して、あどけない、年相応の表情で柳眉を逆立てていた。


「王の御前で私が魔法を使えるようにすると宣言するんです!! どうしてそう物騒な手段に出るのですかっ!!」


 むっとして(つか)む力を込める少女は、怒りながらも、どこか嬉しそうな雰囲気を醸し出す。「まったく、もう……」と呟きながら、その口角は僅かに上がっていた。


「――そういうことでしたら、手配は私めにお任せくださいませ。盗賊の襲撃から()()()()()()()()()()()()()として陛下とお会いできるよう取り計らいます。その後、魔法に精通した『()()()()()があること、その縁でアルシア様に魔法を授けられることをご説明いたします。ある程度の期間を頂き、()()()使()()()()()()()()()と示すことで『稀人』であると証明できるように致します」

「お願いね、クリフ」

「承知いたしました」


 恭しく礼をした老人に指示を出すと、少女は俺に向き直った。

 そして、腰に手をあてて子供っぽい仕草で俺を窘める。


「すぐ強硬策に出ないでくださいねっ! ますは話し合いから、始めるんですよっ!」

「分かった分かった」


 素っ気なく答えたからか、さらに眉をひそめて念押ししてくる。

 その姿に、なんだか世話焼きのあいつを思い出す。

 ふと、年下の彼女と、目の前の少女の姿が重なった。


「――大丈夫だ。何があっても、()()()()()()()()から」


 不意に零した宣言。

 思わず不敵な笑みを浮かべて、目の前のアルシアの瞳を(のぞ)き込む。

 自然と口を衝いた言葉だったが、思った以上にしっくりと来ていた。


 少女は面食らったように目をぱちくりとさせていたが、緩やかに表情を崩し、輝く笑顔で声を弾ませた。


「――はい、よろしくお願いします」


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