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六英雄キ -異世界編-  作者: 上野鄭
第一章 邂逅
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4話 価値の証明

「――面倒だな」


 心の中で呟いた独り言は、知らず知らずのうちに声に出ていたようで、少女の顔が曇る。


「申し訳ありません……」


 老人も痛ましそうに少女を見つめるだけで掛ける声が見つからないようだった。

 ざっくりとした方法は思いつくが、果たして上手くいくだろうか――。

 考え込んでいると、おもむろに少女は決意に満ちた表情で口を開いた。


「……お願いしていた魔法についてですが、取り消して頂いてもよろしいでしょうか? 報酬の件は助けて頂いたお礼として、提示された三つともきちんとお渡しいたしますので」

「お嬢様!?」


 少女の突然の提案に驚きの声を上げる。

 そんな少女を興味深げに眺める。

 しばらく少女と見つめあっていたが、彼女は顔色一つ変えずこちらを覗き込んでいた。


「いいのか」

「はい。ご迷惑をお掛けするぐらいならば。元よりなかったものです。今の私には手に余ります」


 俺の意地悪な質問にも静かな笑みを浮かべて淡々と答える。

 彼女の態度に無意識に笑みが零れ、手が持ち上がった。

 そのまま頭の上に手のひらを乗せて優しく撫でまわす。

 突然の俺の行為に戸惑いが隠せない様子でこちらを見上げる。


「強引な方法だが、手がない訳ではない」

「えっ?」

「それはどういった方法で!?」


 俺の言葉にアルシアの頭が上がる。

 予想以上に隣の老人の食いつきが激しい。


「手っ取り早く王の前で彼女が魔法を使えるようにすればいい。何ならその欠陥魔道具も一緒に直して見せれば箔もつくだろう」

「なっ――!?」


 あんまりな提案に老人は絶句する。


「『稀人』の証明には弱いかもしれないが、今まで出来なかったことが出来るようになるんだ。『稀人』の疑いがあるとなれば、下手に手を出せないだろう」

「それは――たしかに。ですが、仮に詐欺や不敬に問われたら如何なさるのですか?」


 追加の説明を聞いた老人は一理あると認めながらすぐさま懸念点を挙げる。


「そんなもの、決まっている――」


 もったいぶって一度言葉を切る。


「――アルシアを連れて逃げるだけだ」


「ふ、ふざけないでください!お嬢様に、一生日陰者として生きろと申すのですか!!」

「冗談じゃない。何なら王国を沈めてもいいぞ」

「なっ――!?」


 激高した老人が掴みかかってくる。

 抵抗せずに畳みかけるよう言葉を続けると、絶句した老人は後ろによろめいた。


「そ、そんな、そんな大それたことが可能とでもいうのですか……」

「出来るんじゃないか? 魔法の防諜レベルも低いみたいだし。三日もあれば王国を更地に出来ると思うぞ」

「――っ」


 平然と告げると、信じられないものを見たかのように怯えた表情をしていた。

 アルシアに視線を移すと目を見開いていたが、その瞳には畏れも拒絶もない。

 俺の視線に気付くと、一度深呼吸をして真剣な表情を浮かべる。


「――あなた様のこと、詳しくお聞かせください」


 アルシアの問いに首肯で応えると、代官の館から宿屋の彼女の部屋に移動することになった。

 ずっと欠陥魔道具を調べていた男を引き剝がして館を後にする。

 案内役の男へ口止めをしようとしていたアルシアに、話が漏れないよう魔法で遮断していたと伝えると、少し考えて、念のためにと男に今日のことを口外しない旨をお願いしていた。



 ◆◆◆



 宿屋に戻ると、老人と馬車で一緒だった侍女を後ろに控えて座るアルシアと対面した。


「――改めて、あなた様のことをお聞かせくださいませ。始めは話したがらないご様子からお聞きしませんでしたが、王族としてさすがに看過できなくなりました」


 柔らかな笑みを浮かべながらも真剣な眼差しで見つめていた。

 彼女の問いに答える前に人差し指を立てて確認する。


「気付かれないだろうが、先に断っておく。盗み聞きされないように遮音障壁を張る、いいよな」

「ええ、お願いします」


 分かりやすいように指を縦に下ろす。それを合図に障壁を張った。

 座った時に出された紅茶に手をつけてから先ほどの問いに答えた。


「俺の名前はゼイン。ソール連邦の特務準執行官と客員連邦議員を勤めていた。賢人会の許可証(ライセンス)ランクはS-、以上」


 簡潔な自己紹介を終えると、部屋には沈黙が流れた。

 アルシアは眉間に皺を寄せ、顎に手をやり考えるような仕草をする。

 小声で独り言を呟いた後、姿勢を正してこちらに向き直った。


「……『ソール連邦』という国は聞いたことがありませんね。いくつか聞き馴染みのない単語もありましたし。――いくつか質問してもよろしいですか」

「ああ、いいぞ」

「ひとつめですが、『ソール連邦』とはどういった国なのですか?」


 いきなり答えられない質問がきた。

 俺自身、あの国のことをよく知らない。

 面倒な政治とかはすべて丸投げ、権限も放棄していた。

 議員の末席に着いていたから情報は入ってきていたが、ほとんどが俺にとってはどうでもいいことだったので気にも留めていなかった。

 口を出したのも数えるほどで、議員に席を置いていたのももっぱら議員が持つ()()()()()のためだ。

 それも、戦闘後の契約や捕虜の扱いで身動きが取れなくなるのを回避するためで、それ以外で使った記憶がない。

 その旨を簡潔に伝えると、アルシアは呆れたような、驚いたような複雑な顔でため息を漏らした。


「連邦が接していたのは『ミスルト教国』『エルム連合王国』『アケル公国』『マグノリア自治区』『クエルクス貿易都市』『フラクシヌス帝国』『レルヒュ共和国』だな」


 不要かもしれないが他の国の名前も出す。

 どれも聞いたことがなかったようで首を傾げていた。


「辺境のその先や別大陸という可能性も無くはないだろうが、そっちの話を聞くに、別世界の可能性が高いだろうな」


 口に出しておいて、自分でもありえないと気付き、思わず肩を竦める。

 これほどの人間が集まっている場所だ。

 昔、大陸周辺を調べたときに気付かないはずがない。

 残っていた紅茶を一気に飲み干す。

 アルシアの考えが纏まったのか、質問を続ける。


「ふたつめ。執行官や客員議員または許可証ランクを証明できるものを今、持っていますか?」

「いやない。馬車で話したとおり、墓に花を添えた後、木にもたれかかって寝たら知らない森の中にいたから。花を持ってくる前に寄った孤児院に荷物は置いてきたし。……あるのは小銭ぐらい」


 そう言って懐から数枚の銅貨を取り出してテーブルの上に置く。

 老人が手に取って確認した後、アルシアに手渡した。


「見たことのない銅貨ですが、これだけでは弱いですよね」

「お嬢様のおっしゃる通りかと」


 残念そうにしながら手に持っていた銅貨をテーブルに置いて返す。


「身分を証明するものは常に持ち歩かないのですか?」


 アルシアは小首を傾げて問いかける。

 純粋な疑問なんだろう。アルシアには責めた様子はない。


「持ち歩くんじゃないか? 俺は使いたい時に転移で()()()()()()から持ち歩かないが」

「えっ、転移が使えるのですか!?」

「ああ、使えるぞ」


 予想以上の食いつきに理由を尋ねると、この世界では失われた技術扱いで、古代魔道具(アーティファクト)としてのみ存在するようだった。

 古代魔道具も迷宮遺跡(ダンジョン)と呼ばれる魔獣の巣窟の中から見つかるそうで、それらを集める「冒険者」と呼ばれる職業があるらしい。

 賢人会の許可証もそれと似たようなものと思ったらしく、別ものと説明したら驚いていた。


「――『賢人会』は、とても強大で優れた、殊勝な組織なのですね」


 感嘆するように呟くアルシアの反応に微妙な気持ちになる。

 個人的に連中は、司法権力を持った流行り好きの野次馬集団の集まりだと思っている。

 言わぬが花だろう。

 そんな俺の心境を読み取ったわけではないだろうが、アルシアは話を進める。


「みっつめ。ゼイン様、あなたの実力はどの程度なのですか。護衛部隊長――盗賊襲撃時にゼイン様が話しかけられた騎士のことですが、その人と比較していただけると判断しやすくて助かります」

「あの程度なら良くてB-だろうし、あれが何人いても話にならない」


 アルシアの説明に記憶の中思い起こす。

 ほとんど印象に残っていないが、あの集団でそこそこ出来そうだった奴を思い浮かべてバッサリと切り捨てる。


「ランクSというのはそれほどまでにお強いんですね……」

「いや、同じランクでもピンキリだ」


 アルシアの勘違いを正す。


「そうなのですか?」

「基本、魔力量と戦闘能力が高くないといけないが、どちらも高いからと言って強い訳じゃない」

「えっと、それは同じことではないのですか?」


 困惑した表情のアルシアに説明する。


「違う。魔力量も戦闘能力も、言ってしまえばただの数字でしかない。判断基準も魔力は総量によってざっくりとランク分けされていたし、戦闘能力も一撃の威力や(さば)ける人数ばかり見ていて、大した能力のない奴も多かった。遠距離しかできなくて近寄られたら為す(すべ)ない奴とか、その逆の奴、魔力の扱いが雑ですぐにバテる奴とか、A以上だったとしても()()にいた」


 そこでいったん言葉を切り、アルシアの様子を伺う。

 完全には理解できていないようだったが、真摯に受け入れていた。


「――本当に強い奴はどんな不利なで絶望的な状況でも、勝ちの目を諦めずに足掻く。魔力の扱いも繊細で、少ない魔力で最大限の効果を発揮しようとする。それに、自らの力に(おぼ)れず鍛錬を怠らない。戦うとわかるが、技量がとんでもない。それらは魔力量の多さや雑な能力の確認だけじゃ測れない」

「なるほど……」

「そういう意味では、あの場にいた奴らの大半は弱い奴ばかりだったな」


 俺の酷評に思い当たる節があるのか、控える老人が苦虫を噛み潰したような顔をした。

 アルシアは考え込みように顔を下げる。

 しばらくすると視線だけこちらに向けておもむろに口を開いた。


「……仮に、ですが。()()()()()()()()()()として、本当に可能なのですか?」

「お嬢様?!」


 突然のアルシアの言葉に、後ろに控えていた老人が素っ頓狂な声を上げた。

 隣の侍女も口を開いたまま目をしばたいて顔を彼女に向けていた。


「おそらくは。広さは知らないが、()()()()()()()()人が多く集まる場所をすべて潰せば終わるだろ。ざっと()()()()()()()()()()()に絞れば大半が被るだろうし」

「馬車で十日は周辺とは言わないですよ」


 アルシアが苦笑しながら顔をあげる。


「一応訂正しておくと、別に人は狙わず建物だけ壊すつもりだ。もちろん、人ごとまとめてでもいいが」

「それはやめてください。出来るかどうかを聞いただけで、やって欲しい訳ではないですから」

「そうなのか、残念」


 気のない声で返事をする。

 そっちの方が楽で後腐れもないと思ったが、アルシアの真剣な眼差しを見て、肩を竦めるにとどめる。

 彼女はティーカップを持ち上げ、冷め切った紅茶を口にする。

 ゆっくりとティーカップを置くとかしこまった態度で座りなおした。


「最後に、差支えなければゼイン様が使える魔法をお尋ねしてもよろしいですか」


 先ほどまでと違った柔らかな声音で問いかけてきた。

 今までも丁寧で優しく落ち着くような声色ではあったが、今は年相応の無邪気な好奇心をはらんだように感じた。


「”使える”としっかり言えるのは空間魔法ぐらいだ。一応、身体強化と炎、氷、雷も使えなくはない」

「四つも扱えるのですね、凄いです」


 アルシアは両手を合わせて目をキラキラと輝かせる。

 後ろの二人も目を見開いていた。


「アルシアもそのうち使えるになる」


 少しこそばゆく、ぶっきらぼうに告げると、アルシアは眉を八の字にして嬉しそうな、それでいて困ったような顔をした。

 老人がわざとらしい咳をするとアルシアはハッとして今後の方針を語った。


「ひとまずは、お父様にゼイン様を盗賊の襲撃から助けてくれた恩人として紹介します。その後、魔法に詳しいこと、『稀人』の疑いがあること、そして――私に魔法を授けることを話します。それからの流れは予想がつかないですが、少なくともすぐに罪に問われることはないはずです。私がすぐに魔法を使えるようになれば、それで『稀人』認定されると思いますので」

「ああ、分かった」

「すぐに強硬策に出ないでくださいねっ。まずは話し合いから始めるんですよ」


 素っ気なく答えたからか、また念押しされた。

 なんだか世話焼きのあいつを思い出す。

 ふいに、年下のあいつと目の前の彼女の顔が重なった。


「大丈夫だ――。何があっても守ってやるから」


 不敵な笑みを浮かべてアルシアの瞳を見据える。

 自然と口から出た言葉は思ったよりもしっくりときていた。

 目を見開いたかと思うと、すぐに表情を崩し柔らかな笑みで口を開いた。


「――はい、よろしくお願いします」


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