36話 お説教と門出祝い
※アルシア視点です。
お二人の作られた魔道具は、とてもではないですが片手間に作られたものとは思えませんでした。
「貴方って、こっちの方でも非常識なのね」
キエラさんは呆れていましたが、彼女も大概です。
食材を冷やす魔道具も、調理用の火を熾す魔道具も、たった一人でどちらも小一時間ほどで作り上げていました。
私もあまり詳しくはないですが、こういった魔道具であっても、何人もの手が必要で数日から数週間かけて、一つの魔道具を作っているはずです。
決して一、二時間で作れる代物ではないです。
製作時間について指摘したら、キエラさんからはこう返答が返ってきました。
「箱の中身を考えるのに時間がかかっただけだから、同じものなら次はもっと早く作れるわよ」
今までの常識人そうな言動に反して、やっぱりゼイン様と同じ特別な方なのだと認識を改めました。
エリオット叔父様も、笑顔のまま口を僅かに痙攣させていましたので、間違ってはいないと思います。
ゼイン様は、その……。
存在そのものが、もう滅茶苦茶です。
伝説の転移を使えるだけでも驚きましたが、その後の活躍を拝見していると”出来ないことは無い”という錯覚に陥ります。
しかも、本人がしでかした事の大きさに気付いていないことに驚きです。
国宝級の魔道具をポンと無造作に渡されたときは、あまりの無神経さにどう叱ろうかと真剣に悩みました。
彼の赤い瞳を見つめていると、勘違いしたゼイン様が心配ないとおっしゃりました。
「壊れてもすぐに取り出せるし、必要ならまた作り直せばいい」
私の頭の中では、ゼイン様の頬っぺたを引っ張って、こんこんとお説教が繰り広げていました。
……さすがに今やるべきではない、とその場では自重しましたが。
◆◆◆
リタたちに旅の準備をお願いした後、私はゼイン様とキエラさんを自室へ招きました。
「――お二人とも、なぜ連れてこられたのかお分かりですか?」
お二人を椅子に座らせてから静かに問いかけます。
リタが全員分の紅茶を用意してから部屋を去っていきました。
せっかくの淹れたてですが、お話が終わる頃にはきっと冷めてしまうでしょう。
そのことを心苦しく思いながら、二人を見つめました。
「さぁ?」
「ゼインは分かるけれど、私も?」
なぜでしょう。
お二人のふてぶてしい態度に、怒りが沸々と湧き上がります。
ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着けます。
そのまま笑顔を浮かべて、切々と語りました。
「お作り頂いた魔道具についてです。どの魔道具でも、私たちでは持て余します」
「広い分には問題ないだろう」
「使った回路はどれも一般的よ?」
キエラさんは別として、ゼイン様はここまでくるとわざとなのかと疑いたくなるレベルです。
静かにため息をついて、一から説明します。
「――まずはゼイン様から。今回作られた魔道具はどれも国宝級と呼ばれるレベルです。空間拡張された魔道具自体は、貴族であれば時間はかかりますが入手は可能です。多くが馬車や野営用のテントに施されていますが、広さは元の二、三倍程度です。値段は最低でも金貨数百枚――数百万からになります」
値段を示しても、気に留めた様子もなく飄々としていらっしゃいます。
本当に分かっているのでしょうか? 不安になってきました。
「問題のこちらですが、手軽に持ち運べるにもかかわらず、広さが倉庫並みです。王城の宝物庫にも似た魔道具があるのですが、叔父様に確認したところ、広さはこちらの半分程度だとか。魔道具の大きさも扉と大差ないそうなので、どれだけ破格なのかはご理解いただけるかと思います」
私の説明に頷きながら、考えるような仕草をされました。
次の言葉には我慢の限界でしたが……。
「ふーん。なら、金に困ったら似たようなのを作って売ればいいんだな」
「全然わかってないですっ!! トラブルの元なのでやめてください!」
思わず地団駄を踏みそうになりましたが、ぐっと堪えて叫ぶだけに留められました。
キエラさんが優雅にカップを傾けながら、憐れみの目を向けてきたことには納得いきませんでした。
「盗まれでもしたら大変だということです!」
「なら大丈夫だ。アルシアたちの魔力でしか反応しないようにしたし、失くしても俺が引っ張ってこれるから」
「――ねぇ、居るとは思えないけれど、ゼインみたいな空間魔法使いに破られる心配はないのかしら?」
私の心配はゼイン様に伝わらず、会話がすれ違ってばかりです。
そんな中、キエラさんが別の心配事を挙げました。
そこまで気が回ってはいませんでしたが、確かにその通りです。
尋ねるようにゼイン様を見ると、なんてことないように答えました。
「それも大丈夫。異空間の座標がバレないよう内部の壁に細工をしているし、その魔道具のパスも毎回変えてある。俺でさえ、事前に場所が分からなければ探すのに数年はかかる。偶然見つけても、ダミーが近くにたくさん設置してあるし、ピンポイントで特定されることはまずない」
「…………えぇぇ」
キエラさんがカップを持つ手を止め、思いきり顔を顰めました。
私にはちんぷんかんぷんなのですが、彼女の反応からして、きっと非常識なことなのでしょう。
そんな私に、一度喉を潤わせたキエラさんがかみ砕いて説明してくださいました。
「簡単に言うと、砂漠中から砂粒大の金を見つけるようなものかしら。しかも、ご丁寧に偽物も混ぜて。その魔道具は本物の金を誰にも知られずに直接手繰り寄せているってところね」
「…………」
思わずテーブルに置いた魔道具に視線を落とします。
そんな大それたものが二つも……。
「……正直、聞かなければよかったです」
「私もよ」
喉から絞り出すような声が零れました。
「――ああ、そうだ。それには生き物も入れられるぞ。長時間入れていると、窒息してしまうけどな」
思い出したように追加情報を与えるゼイン様。
宝物庫の魔道具は、生き物を入れたまま扉は閉められないと言っていました。
改めて魔道具を見つめます。
だんだんとこの魔道具が憎らしく思えてきました。
私は無言でゼイン様の背後まで歩み寄ります。
そして、淑女にあるまじき行為とは思いつつ、衝動を抑えられませんでした。
「なんだ……?」
「……いいから、アルシアの気が済むまで殴られてなさい」
キエラさんの言葉に従って、ゼイン様はしばらくの間、無言でぽこぽこと叩く私の成すがままにされました。
◆◆◆
「……すみませんでした」
冷静になった私はゼイン様に向き直って頭を下げます。
思い返すだけでも顔から火が出そうです。
我に返った瞬間は、あまりの恥ずかしさに顔を隠してその場にしゃがみ込んでしまいました。
「気が晴れたならいい」
ゼイン様の優しさが、今はとても心に刺さります。
「そうよ。元はと言えば、ゼインがとんでもない魔道具を作るから悪いのよ」
「便利なほうがいいだろう」
「限度があるのよ。ね?」
キエラさんの同意を求めるような眼差しに、しっかりと首肯します。
「――今後はどんなことでも、相談してから行動してくださいね」
魔道具に限らず、ゼイン様の行動は斜め上すぎます。
突飛なことをされますと対応できませんから。
力不足かもしれませんが、最大限ゼイン様の意に沿うように尽くします。
いらないトラブルを巻き起こさないためにも必要なことです。
そのことを、よくよく説いて伝えました。
それなのに、なぜが渋るゼイン様。
なんでも打ち明けて欲しいとは思いますが、無理強いするつもりはありません。話したくないことまで言う必要はないのですから。
ただ、トラブルや面倒事はゼイン様の目的からしても不要なものです。
それを回避するためのお手伝いをしたいだけとも伝えたのですが、首を縦に振ってくれません。
その頑なな様子に強硬手段を取ります。
「――それでしたら、ゼイン様にはずっと私と手を繋いでもらいますよ? 戦いでも日常生活でもずっと。いいんですか? 邪魔になりますよ」
あまりこの手段は取りたくはありません。
……正直、気恥ずかしすぎて私の心臓が持つか分かりませんから。それに、ゼイン様の優しさにつけ込むようで、心苦しくもあります。
「別に構わないが? 戦いも魔法を使えば問題ないし、生活も特に困らないな」
決意を込めてゼイン様を見つめていると、当人は平然と受け入れました。
……異性として一ミリも意識されないのは、それはそれで辛いです。
思い悩むこちらがおかしいみたいではないですか。
そんな心の内を見透かされたように、キエラさんの私を見つめる視線が痛いです。
内心でしょげていると、キエラさんがゼイン様に流し目を送りながら揶揄うように告げます。
「ふ~ん。アルシアに手を引かれないと生活できないなんて、ゼインもまだまだ子供っぽいのねぇ」
その一言で、ゼイン様の様子が一変しました。
全く動じていなかったそれまでの態度が嘘だったかのように、見たことないほどの渋面を浮かべて、苦々しげに否定されました。
「――子供じゃない」
「そう。なら、アルシアの提案、飲むわよね?」
「……わかった」
「何がわかったのか、ちゃんと言いなさいよ」
「……可能な限り、相談してから行動する」
「可能な限り?」
「……言えないこともある」
「ふーん。まぁ、このあたりが落としどころかしらね」
想像以上に子供扱いされることを嫌がったゼイン様。
あれよあれよと、キエラさんに転がされたゼイン様から言質を取ることが出来ました。
ゼイン様にこのような弱点があったのですね……。
申し訳ないですが、この事実に少しだけ嬉しく思いました。
……もしかしたら、どこかで使えるかもしれませんから。
「約束、ですよ?」
だめ押しとばかりに、私は小指を差し出します。
むすっとしたゼイン様がそっぽを向きながらも小指を出し、私の小指に絡めました。
そのまま指切りをして約束を取り付けます。
「それじゃあ、私はこれで」
「はい、ありがとうございま――って、まだお話は終わっていません!」
そのまま立ち上がって去ろうとするキエラさんを、すんでのところで引き留めました。
「覚えていたのね……」と小声で零したキエラさんを再度座らせます。
「キエラさんもゼイン様と同じです」
「あら? 私の魔道具はそこまで風変りじゃないけれど」
「キエラさんは完成までの速さです。もちろん、魔道具の機能も目を見張るものがあり、世間に出回っている魔道具よりも高品質なのも問題ですが、一番は製作過程です。そちらではどうか分かりませんが、こちら基準で考えるとあまりにも速すぎます。このレベルを個人で、さらに小一時間かからず作るのは非常識です」
非常識、とキエラさんは小声で呟いて考え込んでしまいました。
思ったよりも落ち込むキエラさんに慰めの声を掛けます。
「あの、ゼイン様と同様に相談していただければ大丈夫ですから。お二人の邪魔をしたいわけではなくて……。私も世間に疎いので、リタたちに助けてもらっていますし――」
「ありがと。そうするわ」
ふふっ、と優しく微笑んだキエラさんは素直に頷きました。
これが大人の余裕ですか……。私も見習いたいです。
結局、お二人を解放したのは夜も遅くなってからでした。
あとでリタから、部屋の外まで声が聞こえていたと教えられて、私はまた顔を真っ赤にしました。
◆◆◆
準備を終え、出発を明日に控えた夜。
今日は叔父様主催のささやかなパーティーが開かれました。
参加者は叔父様とご家族三名に叔母様。
あとは、私たちの冒険者パーティ六名です。
始め、リタたち三人は使用人であることを理由に辞退していました。
「リタたち三人も、私たち冒険者パーティの仲間です。門出をお祝いされるのですから、リタたちも一緒ですよ」
「アルシアの言う通りだ。今夜の催しは身内だけ、しかも使用人たちも参加できるようにしたからね。上座のほうにずっと居なくてもいいけど、挨拶の時にはちゃんと顔を出すんだよ」
叔父様の粋な計らいで、私の護衛騎士たちも参加できるようにしてくれたそうです。
長く離れることになるので、しっかりと顔見せする場を設けてくださいました。
叔父様のお気遣いに感謝しつつ、皆さんとお話しできる嬉しさに心躍らせました。
パーティーはつつがなく開催されました。
豪勢な食事に楽しげな音楽、明るい笑顔溢れる、楽しいひと時でした。
これも、すべてゼイン様のおかげです。
この三か月は想像もつかないことだらけ。驚きの連続でした。
一人無愛想に佇んでいるゼイン様にそっと近づきます。
「――いかがですか?」
私の曖昧な問いかけに、少しだけ考える素振りを見せたゼイン様でしたが、ふっと柔らかな笑みを浮かべました。
「――楽しくやれている。ありがとな」
どこか大人びた雰囲気を醸し出すゼイン様に、心からの笑顔を送ります。
「こちらこそ、ありがとうございます!」
こうして、賑やかな夜は更けていきました。
本当はもっとパーティー風景が長くなる予定が、お説教九割になってしまいましたね。
第二章が終わりそうな雰囲気を出していますが、まだまだ続きます。




