32話 報告と衝撃の事実
「その前に証拠の確認が先です。二度手間は嫌でしょう?」
すぐにでも辺境伯のところへ向かおうとしていたゼインをブリジットが止める。
思い出したように声を漏らしたゼインが、部屋の全員を連れて「誘いの森」の塔へと戻った。
「不用意に蓋を開けたりしなければ、危ないものは無いわよ」
キエラの言葉に従って、「銀嶺の鐘」とブリジットたちが中へと進む。
証拠隠滅を防ぐために、念を入れてキエラは外で待機。
合わせて監視役にリカード、ゼイン、アルシア、リタが残った。
ネリーとセルマは周辺の警戒を行っていた。
手持無沙汰のアルシアがふとした疑問を投げかける。
「この塔ってどうされたんですか?」
「ああ、これ。私が作ったのよ。こうやって――」
キエラが足元を指差すと、地面からゆっくりと土塊が盛り上がる。
次第にレンガのように直方体を形作り、積み重なっていく。
一分とかからず、膝丈ぐらいのミニチュア版の塔が出来上がっていた。
「わぁ~、凄いです!!」
目を輝かせて出来上がった塔に近寄って、まじまじと見つめるアルシア。
隣のリタもすまし顔をしながら、興味深そうにちらちらと何度も見ていた。
その称賛にまんざらでもない様子のキエラが、少しだけ胸を張った。
「まあ、このぐらいは作り慣れているから造作もないわよ」
「石造りの色合いも素敵です! 窓の形も丸くて可愛いですね!」
「そうですね。しっかりとした建付けで強度もありそうですし、隙間もないので中は快適そうですね」
和やかな女性陣の空気とは裏腹に、リカードは渋面を浮かべていた。
「……これ、下手をしたら一夜城も作れるのではないか? このレベルで要塞を築かれたら、たまったものではないぞ」
「そうか? この程度なら魔法を一発当てるだけで崩れるだろ。最低でも数発は耐えられないと話にならん」
「……それが出来るのはゼインだけだ」
リカードの嘆きは残念ながら届かなかった。
そうこうしているうちに、ブリジットたちが戻ってきた。
両手にいっぱいの魔法薬を持ちながら、一つ一つ中身をキエラに尋ねていった。
「それは増強剤ね、筋力が上がる。そっちは毒消し。そっちは強壮薬と気付け薬ね。それは――」
次々と魔法薬の名前が並ぶ。
大半はごく普通の市販されている魔法薬と変わりなかったが、一部に劇薬が含まれていた。
「狂化薬に幻覚薬、錯乱薬まであるとはな。腐敗薬なんて聞き覚えのないもあるようだ」
分類ごとに並べられる魔法薬を眺めながら、リカードが独り言を漏らす。
「全部こっちの素材で作ったのか?」
「そうよ。見たことのないものばかりだったから、新鮮で楽しかったわ」
効果も高くなったしね、と愉快に答えるキエラに、常識人たちは何とも言えない表情を浮かべていた。
「――コホン。とりあえず、証拠はこちらの魔法薬だけで十分ですね。研究資料などは残っていなかったですが……」
「私、あまりメモを残さない主義なの。作業スペースが塞がるし、薬品がかかると危ないこともあるから、邪魔なのよねぇ」
「研究を残そうとはされなかったのですか?」
しみじみと語るキエラにアルシアがふとした疑問を問う。
「自己満足のためだから、そんな気は無かったわね」
彼女の言に、ブリジットは脇によけてある健全な魔法薬に視線を落とす。
どれも一級品と言って差し支えないレベルの魔法薬だった。
「……ここまでの腕だったら、ギルドお抱えの薬師でもよかったかもしれません」
「いやよ、そんなつまらないこと。ゼインの手伝いのほうが万倍楽しそうだもの」
明け透けに言い放つキエラ。
既に決まったことなので後の祭りだったが、先に彼女の腕を知っていればと内心で愚痴を零した。
「なら、これから辺境伯のところに行くか」
話の流れを変えるため、ゼインが提案する。
誰も反対しなかったので、その足で辺境伯の館へと転移した。
◆◆◆
事前に向かうことを知らせていたゼインたちは執務室に通される。
アルシアとゼイン、リカードとキエラ、リタ、ブリジットの計六人以外は別室で待機していた。
リタとブリジットは証拠を持って四人の後ろに控えていた。
「それで、彼女が件の人かい?」
エリオットの質問にリカードが事のあらましを説明した。
彼女が「稀人」であることはもちろん、今後の進退についても。
「――なるほどね。それで、キエラ殿はアルシアを害さないのかい?」
「もちろんよ、私にとってメリットが無いもの。それに、わざわざ彼の不興を買うなんて馬鹿げた真似はしないわ」
手を差し出して意味ありげに片目を瞑るキエラ。
ぴくりと眉を動かしたエリオットは、何事もなかったかのように目を細めた。
「その割には戦いを挑んだようだが?」
「彼の実力をこの目で確かめたかっただけよ。同じ『十傑』だったけど、風の噂ぐらいでしか知らなかったのだから」
さりげなく告げられた事実に一同の顔が曇る。
ゼインの反対側に並んでいたアルシアが、おもむろに口を挟んだ。
「……あの、『十傑』ってなんですか……?」
「あら、彼から聞いてなかったの?」
驚いたようにキエラがゼインを振り向く。
視線が集まった彼は思い返しながら「言ってなかったかも……」と小声で零していた。
「はぁ、重要なことだと思うのだけれど。――『十傑』っていうのは、十年に一度選ばれる十人の強者に送られる称号のことよ。色々とルールがあるみたいだから、その十人が世界の“トップ10”って訳じゃないけれど、少なくとも上澄みであることだけは確か。彼はその中でも図抜けた実力の持ち主で、三本の指には必ず入るわよ」
そう言って彼女は九人の名前を口にする。
ミスルト教国所属のランクS+。「使徒」セオドア・ルカン。
エルム連合王国所属のランクS+。「軍勢」レイフ・シールズ。
バーチ共和国所属のランクA+。「守護」セドリック・ダンスター。
イーレクス王国所属のランクS-。「狂気」クレナ・ファーロウ。
レルヒェ共和国所属のランクS-。「重爆」ウォーレン・ホークス。
クエルクス貿易都市所属のランクS-。「要塞」メリオラ・リンド、ティルザ・リンド。
フラクシヌス帝国所属のランクS-。「超人」タリオン・ルーガー。
ファーグス諸島国所属のランクA+。「不捉」マヤ・モーフェス。
ここにゼインとキエラを加えた計十一人が、今期の「十傑」だった。
キエラの説明を受け、またしてもゼインに視線が集まる。
賞賛や羨望、驚嘆、畏怖といった眼差しに、無頓着に首を傾げていた。
「そこまで凄かったんですね、ゼイン様……」
「別にそれで、俺の何かが変わるわけでもない。言いたい奴には、好きに言わせておけばいい」
アルシアの称賛の声にもすげない態度だった。
「正直、ゼインって向こうでも腫れもの扱いで畏れられていたのよねぇ。いつも素っ気ないし、悪事とかの隠し事もずけずけと暴いていたしで。戦闘も苛烈で、怒らせると国ごと滅ぼしにかかっていたわね。間に入れる人が何人かいたからよかったけど、いなかったら大変なことになっていたでしょうねぇ」
感慨深そうに懐かしみながら語るキエラに、話を聞いていた一同の表情が固まる。
とあることを思い出したアルシアは、恐る恐るゼインを問いただす。
「……もしかして、以前話していたことって本気でした?」
「ん? どれのことだ?」
「王国のことです。その、『稀人』認定されなかった場合の対応でして……」
「ああ、本気だぞ。恨みはないが面倒だったから、黙らせるのが一番だと思ってな。他の国もでばってくるようなら、都度潰して回るつもりだった」
「……」
あっけらかんとした態度にアルシアは思わず絶句した。
横で話を聞いていたリカードも頭を押さえながら呻く。
「……聞かなかったことにするが、その発言だけでも危ういからな。実行した暁にはもれなく指名手配犯だぞ」
「なら、文句が言えなくなるまで叩けばいい。国全て無くなれば文句も言えないだろうからな」
「貴方、暗黒国家でも作るつもり? 一人の為にそこまでするの?」
キエラまでドン引きしてゼインを見つめる。
後ろに控えていたブリジットに至っては、「前のあれって冗談じゃなかったんですか……」と魂が抜けたように呆けていた。
リタも隣で血の気が引いていて、まるで立ったまま気絶しているように微動だにしていなかった。
「一人だろが何人だろうが、相手に喧嘩を売る以上、そのぐらいは覚悟するべきだ」
「……けんか相手が人類とか、そのレベルよ? 貴方のは」
「大切な相手を守るためだ。その程度、わけない」
ゼインの様子に栓無しと言わんばかりにキエラは肩を竦めた。
何となく、彼の異常性の一端を垣間見た気分だった。
(だからあんなことをしでかしたのかしらね……)
揺るぎない紅玉を眺めながら内心でため息をつく。
誰のためにやったのやら――。
その事実を知る由はなかった。
ふと、奥に見える銀髪の少女に目を移す。
あどけなさを残す彼女は、彼を見上げたまま驚いた表情で固まっていた。
(悲しむような結末に、ならないといいのだけれど――)
目を細めて胸の中で独り言ちる。
未だ動かない彼女の体の中で、緑の瞳だけが揺れていた。
◆◆◆
「――コホン。一先ず、当初の予定通りにしようか。キエラ殿に『奴隷の首輪』をつけて。準備は整っているからね」
そう言ってエリオットは手元のベルを鳴らす。
すぐさま執事が現れると、布のかかったトレイを手にしていた。
「これが『奴隷の首輪』だよ」
言葉と共に布が取り払われると、そこには革製の黒い首輪が置かれていた。
「調べてもいいか?」
「もちろん」
ゼインが一言断ってそれを手にとった。
軽く魔力を流して確かめると、隣のキエラに差し出した。
「あら、いいのかしら?」
「ああ」
ゼインの言葉の後、確認するようにエリオットにも視線を向けた。
一瞬の逡巡を見せたが、エリオットは静かに頷く。
それを見てからおずおずと手にとった。
「なるほどね……」
「どうかな?」
「私じゃ解除できないわね。――結界を除いてだけれど」
しばらく魔力を流していたキエラが静かに告げる。
「それじゃあ、結界は使えないのかい?」
「いいえ、首輪の主人次第ね。おそらくだけど、主人がゼイン以外なら時間はかかるけど、いずれは結界で破れるわ。……ゼイン相手じゃ、手を抜かれない限り不可能だわ」
少しだけ悔しさを滲ませながらキエラが話した。
「それはどういうことだい?」
「この魔道具の仕様上、一定期間ごとに主人の魔力を流さないといけないのだけど、私の結界ならそれすらじわじわと魔素に還してしまうわ。無力化までにかかる時間は魔力を流されるたびに短くなっていくのだけれど、それも相手の魔力操作の力量次第。視たところ、一番腕の立つアルシアで二、三か月ってところかしら?」
さっきまでいた人たち含めてね、と補足したキエラに、何とも言えない表情を浮かべるエリオット。
思った以上に短く、無意識に頭を押さえたリカード。
そんな中、小首を傾げてゼインなら? とアルシアが尋ねる。
「……そもそも、彼の魔力を還せる気がしないわ。この魔道具って、主人の魔力を緩やかに奴隷に沁み込ませる仕組みもあるのだけれど、彼ならきっとそれを利用して、底なし沼のようにずぶずぶと私の魔力を侵食すると思うわ。結界って私の魔力を元に異物をより分けているから、時間をかければかける程、手遅れになってしまうのよ。かといって、すぐ還せるほど魔力操作が下手な訳ないじゃない」
キエラの弁にゼインを見上げると、頷いて肯定していた。
「侵食しないようにしても、数十年はかかるんじゃないか。消費魔力を考えれば、俺なら年一回の補充で済みそうだしな」
暗に侵食はデフォだと言わんばかりにゼインは補足した。
「それなら主人はゼイン君で決まりとして、結界でアルシアたちを守れないのかい?」
「出来るわよ。定期的な準備が必要になるけれど、大した手間じゃないわ」
「本当かい。それはどうやるのか聞いても?」
キエラの答えに喜色を浮かべて聞き返す。
「この魔道具に似ているけど、専用の魔法薬に血を一滴垂らしたものを私が飲めばいいわ。……道具類は難しいけれど」
「――お前、服とかはどうしてるんだ?」
なんとなしにゼインが疑問を口にする。
他の面々が少しだけ気恥ずかしそうに顔を背ける中、キエラたちの会話は続く。
「これ? 私の魔力で作っているのよ。……でも、そうよね。何か考えないと、結界内ですっぽんぽんになってしまうもの」
「お前の魔力で全員分の服を作るか? その服って具象化の魔法だろ。作り終えれば魔力を消費しなかったはずだよな」
「そうね。でも、私との相性によっては魔力酔いが起こるわよ? それに、下手に攻撃を受けると解けてしまうの。私じゃそこまで耐久を上げられないから」
「攻撃はすべて俺が防ぐか? ただ、別行動中とかだと動きの邪魔しそうだしなぁ」
二人が頭を抱えて悩んでいると、アルシアが遠慮がちに口を挟んだ。
「……その、ちょっとした疑問なのですが、専用の魔法薬に血を混ぜただけで、どうして大丈夫になるのですか?」
「その手があったわね!」
今にも手を掴みそうな勢いで近づいてきたキエラに、思わずたじろぐアルシア。
「あぁ、血を媒介にすればいいのか。魔法薬か何かで増強して振りかければ、道具類もいけるかもな」
一人納得したように呟くゼインと、満面の笑みでアルシアを覗き込むキエラ。
ハッとして空咳をしたキエラが襟を正す。
「――血にはその人の魔力が豊富に含まれているの。よく儀式や魔法の強化に使われるぐらいにはね。それを魔法薬に混ぜることで、私の魔力と誤認させて排除されないようにするってわけ。一応、即席でも出来なくはないけれど、他のことにまで手が回らなくなるから、それは緊急手段かしら」
キエラの説明に納得の声を漏らした。
他に問題もなさそうだということで、主人をゼインにして魔道具を取り付けることになった。
「さぁ、始めましょうか――」
なぜか当人が一番乗り気で、あでやかに微笑んでいたが――。
30話で、キエラの服パァーンも考えていたんですけど、
ゼインなら障壁とかを警戒して内部直接かなぁと思って却下しました。
個人的には服パージのほうが好みです。見てみたかったなぁ……。
2025/11/16 「十傑」の名前を全員出しておきました。




