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六英雄キ -異世界編-  作者: 上野鄭
第一章 邂逅
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3話 王女の存在

 一同を乗せた馬車は何事もなく街へとたどり着いた。

 街に入るために必要だった身分証と入市税は王女が肩代わりした。

 今日泊まる宿屋までゆっくりと馬車で進む。

 街の風景を眺めていて、ふと解決していない問題を思い出した。


「そういえば、魔道具が使えない問題はどうするんだ。それで『稀人』を判断しているんだろ」

「――あっ」


 始めはピンときてなかったが、「稀人」で気づいたようで誰ともなく声を上げる。

 (すが)るような視線が老人に集まる。

 視線を受けて、しばらく考えていた老人がおもむろに口を開いた。


「――実際に使用してから判断するしかないでしょう。()()()の魔道具であればもしかしたら、ということがあり得るやもしれませんので」


 俺の言葉を信じていないわけではないようだったが、一縷(いちる)の望みにかけて……といった風に話す。

 無理だろうとは思うが、その魔道具に興味もある。

 試してみるのも悪くはない。


「そうか。で、この街にその魔道具はあるのか」

「はい。王都と辺境を繋ぐこのグランディアであればございます」

「時間があるなら一度試してみるのも悪くない」

「――そのように手配いたします」


 案外乗り気なのを察したのか、少女に目配せして確認をとった老人が恭しく礼をする。

 そんな俺に興味を持った少女が話しかけてきた。


「魔道具にもお詳しいのでしょうか?」

「本職たちに比べればそうでもない。使えるのも一部だけだな」

「えっ、使えないことがあるのですか?」


 どう説明したものか――。

 腕を組んで首を傾げる。

 魔法が分からない相手に上手く説明できる自信はない。

 少し思い悩んで探るように説明する。


「ざっくりと説明すると、俺の魔力を元に起動・操作するタイプはほぼ使えない。魔石とか外部魔力で動かすタイプはおおよそ使える――あーまあ、扱えるものと扱えないものがあるという認識でいい。詳しく知りたいのならそのうちな」


 説明の途中で理解できなかったのか、眉をひそめた少女を見て、ざっくばらんとした説明に切り替えた。


「申し訳ありません。説明は朧気(おぼろげ)ながら理解できたとは思うのですが、どの魔道具のことを指しているのか分からなくて……」

「いや、いい。魔道具を使うだけであれば違いが分からなくても無理はない。見た目や使い方だけだと分かりにくいものも多いし」


 慰めにもならないだろうが、言い訳のようなフォローをする。

 それが分かっている少女は苦笑いを浮かべていた。

 何とも言えない空気が漂う。

 丁度いいことに大きな建物の前で馬車がゆっくりと停車した。

 それ幸いと会話を切り上げ、馬車から降りた。


 扉をくぐるとこの街でも有数の宿屋のようで、丁重にもてなされた。

 性に合わないが仕方ない。

 案内されるままに宛がわれた部屋で休んだ。

 少女から夕食に誘われたが、旅疲れを理由に断った。

 食事マナーや味の違いなど分からないのに、わざわざ気を遣わせるのも億劫(おっくう)だった。

 部屋で夕食をとった後、明日すぐにでも「審議判定」の魔道具が使える手筈が整ったと、老人から伝えられた。

 いつでも構わない旨を伝えると、明日の朝食後に行く運びとなった。

 その夜、確かめることを確かめて明日に備えた。



 ◆◆◆



 翌朝、俺はこの街の代官館にやってきた。

 なぜか付き添いとして王女の少女も一緒だった。


「なんでこんなところに目的の魔道具があるんだ」


 館への道すがら、何の気なしに少女に尋ねる。


「それは代官が司法のお仕事もされているからですよ」

「これから行くところは代官の家だろ?仕事場じゃなくて」

「代官の館は居住区と業務区で別れているのです。今回は業務区に置いてある『審議の間』に向かっています」


 俺の勘違いに丁寧に説明してくれる。

 連邦と違って司法も行政も、住居ですら一緒くたにされているらしい。

 向こうでも王国の行政体系とか気にしたことがなかったから、そんなものかと気のない返事がでた。

 そんなこんなで代官館にたどり着いた。


 館の前では中年の男が待っており、代官を名乗った。

 代官からは胡乱(うろん)な目を向けられたが、王女の前だからか口には出さず、客人であると告げられてからは下に置かない対応を見せた。

 少女が対応しているなか、視線を感じて顔を背ける。

 窓から顔を覗かせている野次馬以外にも、遠くで身をひそめてこちらを観察している者もいる。

 大した奴もいなそうだったので、念のためと魔力を()()だけで、それ以降は気に留めないことにした。


 話が終わったのか、案内役の男を先頭に館の中を進む。

 とある一室の前で立ち止まると、重厚な扉を開け広げる。

 ここが目的の魔道具がある部屋のようで、中に入ると予想よりも大きな魔道具が置いてあった。

 天井に届きそうな高さがあり、横幅も三人分ぐらいはありそうな、なんとも不格好な代物だった。


「これがそうなのか……」


 訝しむような独り言が聞こえたのか、案内役の男はムキになったように早口で聞いてもない説明をしだした。


「ええ。こちらが『審議判定の魔道具』でして――」


 長ったらしい無駄な説明を聞き流す。

 要は質問者が右側、回答者が左側で魔道具に触れ、回答者が真実を話すと青く、嘘を話すと赤く光るらしい。

 つまり――。


「ダメだな。使い物にならん」


 男が話している最中に呟いたにもかかわらず、耳に入ったようで、説明を止めるや否や食ってかかってきた。


「――何がダメなのでしょうか」

「なに。この魔道具だと機能しないと思っただけだ」

「それはどういう――」


 俺の言い草に激怒した男がさらに言い募ろうとしたところで、少女が手を叩いて中断した。


「実際に使用しているところを見せて頂いてもよろしいでしょうか」

「――承知いたしました。準備いたしますので、少々お待ちください」


 男は少女に恭しく礼をすると、一度俺のことを睨みつけてから準備に取り掛かった。

 男が十分に離れたのを見て、少女が小声で話しかけてきた。


「……だめも承知で一度使ってみてください。それで彼も納得しますから」


 こちらを非難するでもなく提案してくる少女に肩を竦める。


「魔道具の解析はどこまでしていい。魔力を流して回路を見るぐらいは問題ないか」


 作業する男を横目に些細なことを尋ねる。

 言葉の真意は分かっていない様子だったが、付き添いで来ている老人と小声で相談を始めた。

 しばらくして、相談が終わった少女が改めて近づいてきた。


「……えっと、専門知識は持ち合わせていないのですが、魔道具が壊れるようなこと、機能が変わるようなこと等、今の状態に何かしら影響があるようなことはだめですからね。――私たちが分からないからって好き勝手してはだめですよ。だめですからねっ」


 少女の答えを聞いている途中、たいした制約がないなと思ったのに気づかれたのか、少女が慌てたように言葉を重ねる。最後には泣きそうになりながら顔を近づけて怒ったように注意をしてきた。


「わかったわかった、大丈夫」

「本当にだめですからね。お願いしますよ」


 軽い口調だったからか、再度念を押してきた。


「あっ、そうです! 何をしたか、調べたか、後で教えてください」


 少女の咄嗟の思い付きで出された条件に、思わず渋い顔を浮かべる。

 俺の様子に思いのほかいい手だったと悟った少女は、俺の手を握って畳みかけてきた。


「絶対ですからね! 約束ですよ」


 満面の笑みで告げる少女に、俺が返せる言葉は一つしか残されていなかった。


「……分かった」



 ◆◆◆



 案内役の男の準備が整ったことで実際に魔道具を使ってみることになった。

 男が魔道具の右側に陣取り、刺すような視線を俺に向ける。

 何食わぬ顔で左側に向かって魔道具に触れる。


「――始めますよ」


 男の合図とともに魔道具に魔力が通い、全体が光で仄かに白く輝く。

 普段通り――。

 そう思われた矢先、突然魔道具の左側から光が失われていき、ついには全体が暗く元の無骨な置物に成り下がった。


「えっ……?」


 状況が呑み込めず唖然とする男。

 予想通り機能を停止した魔道具を見てため息をつく。


「き、貴様何をした!?」


 今にも掴みかかりそうな剣幕で男が詰め寄ってくる。

 視線だけを男に向け、冷静な態度で投げやりに応えた。


「特に何も。ただお前が起動した後に触れただけだ」

「そんなはずがない! 貴様が何か猪口才(ちょこざい)なマネをしたから魔力が失われたんだろう!」

「――横から失礼いたします。貴方様が不可解なのは承知ですが、いきなり決めつけるのは如何なものかと。ここは貴方様が横で監視したうえで、もう一度行ってみてはいかがでしょか」


 男の行動を遮るように肩を押さえて老人が立つ。

 少女が不機嫌そうに男を眺めているのをみるに、彼女が暴発する前に宥めにかかったみたいだ。


「幸い、私めは審議官の資格も有しておりますので、魔道具を起動することは可能でございます」

「――わかりました。この男の不正を監視します」


 睨みつけてくる男に肩を竦めて答えると、舌打ちを返された。

 男の態度を無視して老人も配置につく。


「――それでは始めさせて頂きます」


 先ほど同様、魔道具が白い光に包まれる。

 その様子を確認した後に、男にちらりと視線を移す。

 親の仇でも見るような視線で俺の一挙手一投足をつぶさに観察している。


「じゃ、触れるぞ」


 一言断ってから魔道具に触れる。

 魔道具の様子も先ほどと同様、左側から光が失われていき、最終的には起動が止まった。


「は――?」


 素っ頓狂な表情で固まったまま動かない男。


「やはり、おっしゃられていた通りダメでしたな」

「ああ。そういう体質なんだと割り切っている」


 固まっていた男はおもむろに魔道具に近づくと、何かの器機を取り出して調べだした。

 しかし、異常が見当たらないことでドツボに嵌まったようで、同じようなことを何度も繰り返して無意味なことを繰り返していた。

 そんな男を放っておいて今後のことを話し合う。


「それで、どうする。俺は『稀人』じゃなくてもいいんだが」

「可能であれば、貴方様には『稀人』であって頂けると幸いなのですが……」

「クリフ」


 困り顔の老人に少女は鋭い声をかける。

 少女の態度に気付かないふりをして俺は老人に質問する。


「どうしてだ」


 老人は少女と俺の間で視線を彷徨わせる。

 少女は真剣なまなざしで静かに首を横に振る。

 しばらくして、眉を落とした老人は一度唇を結んでから口を開いた。


「申し訳ございません、お嬢様」

「クリフ!」


 一度少女に頭を下げた老人は体ごと俺に向き直って話し出した。


「実は――」


 老人の説明は簡潔だった。

 少女――アルシアの王族としての地位が低く、それでいて彼女の母親の生家である辺境伯の存在が疎ましく思われ、度々嫌がらせを受けていること。

 そんな彼女が「稀人」らしき人物を招き入れることで不穏分子とされかねないこと。

 ここで俺が「稀人」であれば大きな功績となるが、間違っていた場合、最悪不敬罪に問われて命が危ういこと――を説明された。


「辺境伯って公爵より下じゃないのか?」


 王妃の生家はティスランド公爵と言っていたのに、ギルデニア辺境伯のほうが力を持っているような説明だった。


「爵位としては公爵のほうが上ではあります。しかしながら、ギルデニア辺境伯は中立派の長、ディスランド公爵は王国派の幹部の一人というお立場です。現在の派閥状況は王国派が隆盛ではありますが、全体の四割程度。中立派は三割程と大きな差があるわけではございません。そのため、目の上のたんこぶのような存在として、何かと目の敵にされがちでございます」

「それでいて王族としての立場が弱いのか。よく分からんな」


 どこも政治や金が絡むと面倒ごとが多いみたいだ。


「そちらに関しましては、その……」

「――母がすでに亡くなっていることと、私に魔法の才がなかったことが原因です」


 言い淀む老人に代わり、少女が努めて冷静な態度で口にする。

 だから俺の言葉にあれだけ喜んでいたのかと、今更ながらに納得した。


「なるほどな。で、俺が『稀人』だとどうして安全になるんだ。普通は殺してでも奪おうとしないのか」

「それに関しましては、以前同じように考えた方がいらっしゃったのですが、当時の『稀人』が発見された方を大層気に入られまして。『稀人』を強引に連れ去り、挙句、その発見された方を亡き者にしたのです。それを知った『稀人』本人も、その方の後を追うように自害されたという過去があります。

 それ以降、発見された方は何らかの形で『稀人』に付き添うようにしたのでございます。もちろん、『稀人』本人が拒めばその限りではないですが」


 それほどまでに「稀人」という存在は大事にされているらしい。

 証明できないとなると「稀人」としないほうがいいのかもしれない。

 しかし、そうなると彼女が魔法を使えるようになった理由に説明がつかなくなる、と。


 ……何とも面倒なことになった。


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