2話 数奇な縁
あれから、我に返った少女たちが助けてくれたお礼に、馬車で街まで送ると言い出した。
「危ないところを助けていただいて、ありがとうございました。折角ですので街までご一緒しませんか。馬車にも余裕がありますので」
「それなりの身分なんだろ? 聞きたいことだけ聞ければそれで十分だ」
「ここからですと、街までそれなりに距離があります。馬車であれば本日中には着きますよ」
なぜか少女は俺を引き留めようとする。
急いでいないとはいえ、周りの反応が鬱陶しい。
「怪しいやつと一緒に乗るのはまずいだろう」
言外に否定してみる。
従者らしき人や騎士の連中も俺の言葉に頷いている。
「そんなことはありません。危機を救っていただいたのですから、問題はありません」
柔和な笑みを浮かべて首を振る。
周りの反応は少女とは裏腹に渋い顔をしている。
「なら、馬車の上にでも乗せてくれ」
「いけません。助けて頂いた方にそのような無体な行いはできません」
仕方なしに妥協案を出しても少女は頷かない。
すると、少し困った表情を浮かべて言葉を続ける。
「……ご迷惑でなければ話し相手になっていただけませんか。だめ、でしょうか」
多少の打算はあるにしろ、これ以上彼女の言葉を突っぱねるのは気が引けた。
頭をかいてため息をつく。
「――わかった。面白い話はできないが、文句は言うなよ」
「はいっ、ありがとうございます!」
俺が答えると少女は花が咲いたような笑顔で嬉しそうにお礼を言う。
そんなこんなで、周りの複雑な視線に見守られながら馬車へと乗り込み、街へと出発した。
◆◆◆
馬車には少女の他に二人ほど乗り込んだ。
一人は先ほど見た従者らしき老人。もう一人は召使いみたいな女。
どちらも俺を警戒しているのか、男は俺の隣に、女は少女の隣に座り、こちらに意識を向けている。
素直に入り口側に座り、頬杖をついて外を眺める。
さっきの戦い、こいつらが出ればすぐ終わっただろうにな。
何のためかは知らんが、邪魔するつもりは毛頭ない。
そんな俺の胸中を知ってか知らずか、二人の剣呑な雰囲気に気付いた少女が慌てたように取り成す。
「助けて頂いたのにそのような態度は失礼ですよ」
「お嬢様、それとこれとは話は別にございます。この方は始めに、”条件次第でどちらでも手を貸す”とおっしゃいました。最終的に助けられたとはいえ、そのような不誠実な方を警戒するなというのは難しいのです」
「クリフ、警戒するなとはいいません。しかし、そのような露骨な態度はいただけませんよ。私の客人としてもてなしてください。リタ、あなたもですよ」
「――承知いたしました」
「かしこまりました」
少女の言葉に不承不承ながら二人は頷き、表面上は取り繕っている。
二人の様子に顔を曇らせながらも、少女はこちらを振り向いて頭を軽く下げる。
「ご不快な思いをさせて申し訳ありません。二人に代わり謝罪いたします」
「ん? ああ、別に気にしてないから謝罪はいらない。それよりも、ここがどのあたりか教えてくれ」
あっけらかんとした態度に面を食らったのか、少し呆けた顔を浮かべる三人。
気を取り直した少女は自己紹介から始めた。
「ご挨拶がまだでしたね。私はアルシア・フォン・ルミナート。この国、ルミナート王国の第二王女です」
座ったまま優雅に一礼する少女はまさしく王族にふさわしい気品が漂っていた。
彼女の身なりからある程度予想がついていたとはいえ、少女の言葉に思わず眉をひそめる。
「ルミナート、王国の王女……?」
「はい、そのとおりです」
「それはどこにある国だ」
思わず出た俺の言葉に少女は困惑の表情を浮かべた。
他の二人からは疑念と警戒の眼差しが飛んでくる。
「えっと、今いる場所がルミナート王国ですが……」
「地図はないのか? 周囲の国や地形が知りたい」
言葉を探すように紡ぐ少女に思い付きで尋ねる。
「えっと――」
「横から失礼いたします。貴方様は地図を気軽にご覧になられるような地位にいらっしゃるのですか」
言葉に詰まる少女を助けるように老人から声が上がる。
言われてふと考え込む。
地図そのものはそれなりに見てきたが、見せてくるのはいつも決まった数人だった。
そいつらも国では上の地位についていた。
それ以外で地図を見る機会はなかったように思える。
「……いや、だいたい同じ奴が見せてくれてたが、よくよく考えたら一般的じゃなかったかもしれない。普段は地図とか気にしなかったし」
「左様ですか――」
考えながら答えると、老人たちは依然として警戒する様子をみせた。
「宜しければ貴方様のことをお聞きしてもよろしいでしょうか。あの場に居合わせたことなど」
「ああ」
そこからこれまでの簡単な経緯を説明した。
「――なるほど。もしかしたら『稀人』なのかもしれません」
黙って聞いていた少女が考え込むように言葉を続ける。
「稀人? なんだそれは」
「私も詳しくは知らないのですが、時折こことは違う別の世界から迷い込むように現れる人のことです。たしか王国にも、数十年前にいらっしゃった記録が残っています。私よりもクリフのほうが詳しいかもしれません」
彼女はそう言って老人に水を向ける。
「お嬢様の説明に補足させていただきますと、『稀人』は『流れ人』とも呼ばれ、数十年に一人の割合で存在が確認されております。『稀人』は何かしらの才を持ったものが多く、どの国においても保護の対象となっております。王国では八七年前に、直近ですと帝国で二六年前に保護されたと記憶しております」
「保護ね――」
「ご懸念はごもっともかと存じますが、『稀人』は希少な存在でございます。その有能さ・希少さ故、狙われることが多々あります。しかしながら、『稀人』が必ずしも武に秀でているとは限りません。そのための保護であり、当人の自由を迫害する意図はございません」
老人の説明に胡乱な目を向けても、淡々と説明を続けていた。
「それでその『稀人』とやらはどうやって判断しているんだ」
「審議判定の魔道具がありますので、『稀人』と思しき方はその前でいくつかの質問に答えて頂き、判断いたします」
老人の答えを聞き、僅かに目を細める。
その判断方法だと、俺は難しそうだ。
別に「稀人」として扱って欲しい訳ではないが、今後の動きに支障が出る。
仮にここが別の世界だとして、戻る方法を探すうえで国の協力が必要になるかもしれない。
そこまで考えて、ふと、戻る必要があるのかと思い悩む。
――向こうでの脅威はあらかた取り除いた。
――あいつらの後見人も問題なさそうな奴を見つけた。
――孤児院の経営も資金や人材にかなりの余裕がある。
――そろそろ上の子たちが自立する頃合いだ。干渉しすぎもよくないだろう。
――しばらく顔を見せないことも多かった。よく心配するあいつにだけ、そのうち連絡を入れられれば問題ないだろう。
長いこと物思いに耽っていたようで、少女が恐る恐る声をかけてきた。
「あの、どうかされましたか? 何か心配事でも――」
「いや、なんでもない。ただ、魔道具が機能しない体質だからその方法は使えないと思っただけだ」
「魔道具が使えない体質、ですか。初めて聞いたのですが、よくあることなのでしょうか」
きょとんとしたあどけない表情で少女は首を傾げる。
そのまま、おもむろに老人に視線を向けると、老人はゆっくりと首を振って無言で応えた。
「魔道具が使えないんじゃなく、解析系の魔法は通じないといった方が正確だ」
「申し訳ありません。私は全く魔法が使えず詳しくないので……」
勘違いを訂正すると、少女は申し訳なさそうな表情を浮かべて言葉を詰まらせた。
少女の言葉に眉を上げて、ぞんざいに聞き返す。
「――は? そんなに魔力があるのに?」
俺の言葉に場の空気が固まった。
少女は面を食らったように小さく「え――?」と呟いて動かない。
いち早く衝撃から立ち直った老人がにじり寄って問いただしてきた。
「それは一体どういうことでしょうか!? お嬢様に魔力があると、何を根拠に!」
「視ればわかるだろ? 魔力ぐらい」
「”魔力を視る”など聞いたことはございません」
今にも掴みかかりそうな老人が語気を強めて答える。
その非常識と言いたげな態度に、むしろ俺の頭痛がしてきそうだった。
魔法の基礎ともいえる魔力視が一般的ではないとは――。
頭を抱えたい気持ちを抑えて質問を続ける。
「じゃあ、どうやって魔法の有無を測っているんだ?」
「それは専用の魔道具がございます。魔道具に血を一滴垂らし、両手で持つことで魔力の有無を調べることが可能です」
「なら、その魔道具が欠陥品なんだろ。――魔力視は基礎の技術だったぞ」
「なんと……」
老人の答えに辟易しながら投げやりに吐き捨てる。
少女を見やるとまだ感情を飲み込めていないのか、複雑な表情を浮かべて侍女に介抱されていた。
「――それでは、お嬢様は魔法が使えるのですか?」
「適性を調べないと何とも言えないが。まあ、何かしらは使えるだろ」
「今すぐにでも調べられますか?」
「できる。――が、今はやめといたほうがいい」
期待を込めた視線を向けてきたが、念のためにと水を差す。
俺の答えが不服だったのか、眉をひそめて不快感を露わにした。
「それはなぜでしょうか?」
「俺が適性を調べると相手がしばらく寝込むからだ。もともとそっち方面が得意じゃないってのもあるが、単純に俺の魔力との相性が悪いからだろうな」
俺の魔力が普通じゃない、という言葉は心の内に留めた。
老人は少しだけ考えるような仕草を見せたが、小さくかぶりを振って真剣な面持ちで頭を下げた。
「どうかこのまま王都までご一緒していただけないでしょうか。魔法につきましては王都に戻ってから調べて頂けますと幸いです」
「ん? お前が勝手に決めていいのか?」
疑問に思って聞いてみると、先走ってしまったようでばつの悪そうな顔を浮かべていた。
どうしたものかと思って少女に視線を向けると、ようやく立ち直ったようではっとした表情を浮かべる。
これまでの会話を老人が掻い摘んで少女に説明する。
話を聞いた少女は驚きながらも真摯に受け止め、老人の考えに同意するように頷いた。
「私からも改めて。お願いしてもよろしいでしょうか。報酬につきましても可能な限りご用意させていただきますので」
わざわざ改まってこちらに向き直り、真剣な表情で頭を下げた。
「「お嬢様!?」」
老人と侍女が慌てた声を上げる。
一国の王女といえど、気軽に頭を下げられないらしい。
そのあたりはお偉いさんと同じみたいだ。
「構わないぞ。代わりにこの世界のこと、『稀人』のこと、あとは出来れば元の世界に戻る方法について、手助けしてくれれば十分だ」
「分かりました。三つとも精一杯尽力させていただきます」
俺のお願いに。少女は胸の前で拳を握って必死な顔で頷く。
少女の「どれだけ力になれるか分かりませんが……」と囁くような独り言が漏れ聞こえる。
何を思い悩んでいるのか不明だが、そこまで重く捉えないでもらいたい。
「別に無理する必要はない。過去の記録とか関連資料を見ることが出来ればそれでいい」
「ですが――」
「いいんだ。魔法については大したことじゃないし、ある程度の取っ掛かりさえ見つかれば後は何とかする。元の世界に特に未練もないしな。ただ、そのうち連絡を入れておきたいと思っただけで」
俺の飄々とした態度に、不承不承といった様子で少女は引き下がった。
それで終わりとばかりに俺は馬車の外に顔を向ける。
彼女については気になることがあったので、魔法については渡りに船だった。
ガタゴトと馬車に揺られながらのんびりと到着まで流れる景色を眺めていた。
2025/8/18 少しだけ文章追加しました。後々分かりにくい所を補足しました。