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六英雄キ -異世界編-  作者: 上野鄭
第一章 邂逅

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19話 護衛の扱い

 決闘が終わると王都を後にした。

 急ぐほどの用事はなかったが、アルシアの要望で日程を早めた。

 周囲の目に居たたまれなくなったらしい。


「王都に顔を出し辛くなりました……」


 侍女たちに慰められながら黄昏(たそが)れるアルシアが印象的だった。


「これでアルシアに手を出す輩は減るだろ」

「そうかもしれないですけど……」


 恨みがましく睨んでくるアルシアから顔を背ける。

 執事は用があると言っていたので王都に置いてきた。

 アルシアたちを乗せた馬車は道を外れ、森の中へと進んでいく。

 監視の目を気にせずに、一同転移で辺境伯に戻った。



 ◆◆◆



「おかえり、二人とも」


 戻って早々、辺境伯に呼ばれた俺たちは簡単な顛末(てんまつ)を伝えた。


「――なるほど。概ね要望通りと言ったところで、よかったじゃないか」

「……本当にそう思っていますか?」


 ジト目のアルシアが問いただすと、そっと目を逸らした。


「……まあ、これで変な横やりが減るならいいじゃないか」

「そのうちに()()()()()でも噂になりそうね」


 居合わせた叔母の言葉で全員固まる。

 アルシアが錆びついた機械のような動きで首を巡らせた。

 笑ってはいるが、目に生気が宿っていない。


「すまない、失念していた」


 素直に頭を下げて謝る。


「……過ぎたことは仕方ありません。でも、これからは気を付けてくださいね」


 しょうがないといった様子でため息を零すと、どうにか許してもらえた。



 ◆◆◆



 軽い咳払いの後、辺境伯が話題を変える。


「アルシア、今後はどうするつもりだい?」

「ひとまずは冒険者に慣れようかと思います。その後で、ギルデニアを離れて世界を巡ろうと思います」

「なるほどね。なら、次の行き先は考えておくといい。興味があるものでも、やりたいことでも、知りたいことでも……、とにかく目的地は定めた方がいい」


 辺境伯の助言にアルシアは頷いた。

 確かに意味もなく彷徨(さまよ)い歩くよりは建設的だ。

 実際、俺の知りたい情報は概ね大国の首都にあるだろう。

 近場の国を目指しながら、寄り道したりしてのんびりと向かえばいい。

 今はまだそれほど興味をそそられるものはないが、後々出てくるかもしれない。

 そうでなくても、寄り道した方が俺の転移場所を考えるうえでも大いに助かる。


「俺もその意見には賛成だ。転移の都合上、場所を知っているほうが何かと便利だからな」

「どういうことですか?」


 アルシアの疑問に答える。


 俺の転移に特別な制限はない。

 前に聞きかじったところでは、人によって転移に制限がある場合もある。

 自分が行ったことがある場所じゃないと転移できない場合や転移先の座標が分からないとできない場合、転移用の印――魔道具や 魔法陣を設置しないとできない場合があるそうだ。

 俺は座標が分かれば転移できる。

 単身で転移するなら、今いる場所と行きたい場所の大まかな距離と方向さえ分かれば可能だ。

 そのうえ、転移先に魔力的に分かりやすい目印があれば、座標が分からなくても転移できる。

 もしくは、今の場所から北に何キロ、西に何キロ、とざっくりと行きたい場所の方角や距離が分かるだけでも十分だ。

 もっとも、俺の転移は即席型だから大量の人や物を運ぶのには適していないが。


「転移にも種類があるのですか?」


 アルシアのもっともな質問に補足をする。


「ざっくりと二つに分けられる。即席型――俺が使っているような人や物を一つ一つ狙って転移させるやり方だ。そして、据置型――転移用の入り口や道具を設置して自由に行き来できるようなやり方だ」

「なるほどね、迷宮遺跡(ダンジョン)にある魔道具はゼイン君で言うところの後者に当たるみたいだ」


 辺境伯の弁では、迷宮遺跡には転移で階層を超えられる機能が備わった場所があるらしい。

 残念ながら、すべての迷宮遺跡にある訳ではないそうで、転移のない大きな迷宮遺跡では一か月以上も潜り続けることも、ざらにあるそうだ。

 そういう迷宮遺跡では必ずといっていいほど、運搬用の魔道具が()()()()()()()らしい。

 それも、迷宮遺跡内部の至る所に。


「……それ、怪しすぎないか」


 訝しむように目を細めると辺境伯は苦笑を浮かべる。


「ははは、確かにね。でも、今までにこれと言って実害があった訳ではないんだ。制約として、迷宮遺跡を出ると魔道具もその中身も消えてなくなること、生き物は入れられないこと、物によって大きさが異なること、ぐらいかな」

「中身も持ち出せないって、入り口でわざわざ移し替えるのか? そんなことしてたら魔獣とかに襲われるだろう」

「それが、魔道具がある迷宮遺跡――所謂(いわゆる)構造物(ストラクチャ)系と呼ばれる迷宮遺跡は入ってすぐのエリアには魔物が一切いないんだよ。他の場所から移動してくることもないし」


 ますます胡散臭い。

 そんな訳も分からないものに身を委ねるのは寒気がする。

 俺の気持ちを察したかのように、辺境伯が釈明した。


 昔の人たちは、俺と同じような考えに至ったそうで、様々な検証や研究がなされたそうだ。

 原因や理由については未だに判明していないが、用意された魔道具や安全エリアに罠が仕掛けられてはいない、使って問題ないとの結論がつけられた。

 ()()()()()()は今でも否定的で、危険だ、使うべきではないと主張しているらしいが、相手にされず、白い目で見られているそうだ。


「使う使わないはゼイン君が判断すればいい。魔道具に詳しいようだからね。ただ、あまり大っぴらに言わないほうが得策とだけ、忠告しておくよ」


 素直に頷いておく。

 腑に落ちないとはいえ、ここで議論をしてもあまり意味がない。

 実物を()()から考えればいい。

 今は頭の片隅に置いておく。



 ◆◆◆



「そうだ、一つだけゼイン君にお願いがあったんだ」


 突然、辺境伯が手を打つと俺に向き直る。


「冒険者活動のことなんだけど、あまり()()()()()()()()くれないかな」

「どういうことですか、叔父様?」


 驚くアルシアが辺境伯を問いただす。


「ゼイン君がその気になれば、どんな依頼でも一瞬で達成してしまうだろう? アルシアの協力もなしに。それじゃあ二人で冒険者になった意味がない」


 表向きのパーティって訳ではないんだろう?と、諭すように告げる辺境伯に、アルシアはハッとしてばつの悪そうな顔をした。


「そうですね。私が浅慮でした」

「まあ、どうしようもない状況に陥りそうなら、ゼイン君に助けて貰っても構わないよ。むしろそうするべきだ。ただ、アルシアの成長を考えたら、普段は頼りきりにしないほうがいいと思ったまでだよ」

「ご助言ありがとうございます」


 軽く頭を下げるアルシアに頷くと、俺に確認を取る辺境伯。

 異論はないが、気になることを一つ尋ねる。


「それで構わないが、どの程度まで手を出せばいい? 戦闘もそうだが、周辺の警戒やら移動やら」

「うーん、そうだね……」


 手を顎に当てて考え込む。

 しばらく悩んだ様子だったが、おもむろに口を開いた。


「ひとまずはランク相応ぐらいかな」

「それがよく分からん」

「おっと、そうだったね」


 失敬失敬、と再び考える辺境伯。

 うんうん唸っていると、静観していた叔母が提案してきた。


「――アルシアの護衛を数人連れて行けばいいのではないかしら。表向きは複数人パーティってことにして、ゼインさんには見守ってもらえればよろしいのではなくて?」

「あー、確かにそれは妙案だ。アルシアが冒険者になったことで、護衛部隊もほとんどがうちに併合されたしね」


 叔母の意見に同意する形で辺境伯が頷く。



 ◆◆◆



 辺境に戻る前、アルシアの護衛部隊について、ふと疑問に思った。

 そのことをアルシアに尋ねると、アルシアが快く教えてくれた。

 なんでも、当初、アルシアの護衛部隊を解散するという話が持ち上がったそうだ。

 旅に出るとなると、部隊を存続させる理由が少なくなるからだ。

 数百近い数を徒に養う義理はない、との主張らしい。

 出所は容易に想像できたが、気にしないでおく。

 結局は、辺境伯の代理で王都に来ていた執事の老人が話を纏めたそうで、辺境伯軍と統合することで護衛部隊を存続させたらしい。

 王位継承権を破棄して旅をするとはいえ、王族としての身分は残る。

 もしもの時に護衛部隊がいないと、王国としても格好がつかない、と言いくるめて費用や管理、指揮を辺境伯が受け持つことで渋々ながらも同意を得たそうだ。


 あとから、アルシアが申し訳なさそうに費用の一部を提供すると言っていたが、辺境伯はそれを断固として拒否していた。

 俺が前に倒したドラゴン討伐のお礼や叔母の治療の件も兼ねているとのことで、アルシアは躊躇いながらも引き下がっていた。

 気に病むようなら、辺境伯が大変な時にでも助けてやればいいとだけ、アドバイスしておいた。


「そうですね……」


 助言のおかげか、幾分かアルシアの表情は晴れやかになった。

 それ以降、意気込むように回復魔法の練習に取り組んでいたので、まあそのうち気も晴れるだろうとは思う。



 ◆◆◆



「で、誰を連れて行くんだ」


 物思いにふけっていたが、直球で結論を問う。


「そうだなぁ。――アルシア、君が決めるといい」

「よろしいのですか?」


 思案顔の辺境伯がアルシアに目を留めると、そんなことを言い出した。

 驚くアルシアに頷いた。


「もちろん。一緒に旅をする仲間になるんだ、自分で決めたほうがいいだろ? 私の方から話は通しておくけど、無理強いはしないこと。後で希望者を集めるから、その中から選ぶといい」

「ありがとうございます、叔父様」


 嬉しそうなアルシアにちょっとした疑問を尋ねる。


「アルシアはどこまで戦えるんだ?」

「えっと、……護身術を(たしな)んでいるぐらいです」


 視線を落として気恥ずかしそうに呟くアルシア。

 となると、攻撃と索敵ができる奴がいればいい、のか?

 悩んでいる俺を勘違いしたのか、辺境伯がフォローを入れる。


「貴族の、ましてや王族の令嬢といえばそういうものだよ。中には騎士を目指していて戦えるご令嬢がいたりもするけど、一握りだ」

「端から戦闘能力は求めてない。ただ、そうなると他に戦闘ができる奴がいないとな、と思っただけだ」

「……確かにそうだね。偽装するならそれ相応の腕が必要になるか」


 またしても辺境伯が考え込んでしまった。

 難しい顔をして唸っている。


「腕が立つとなると限られてくるな……。人を集めれば解決するけど、あまり多すぎても問題か……。とはいえ、アルシアの護衛を考えると渋るのは下策……。う~ん」


 ブツブツと独り言を呟く辺境伯。

 考えを纏めさせるために俺の考えを口にする。


「アルシアの護衛は俺がやるから気にしなくていい。冒険者経験のある奴を適当に見繕えばいいんじゃないか? 回復はアルシアが出来るんだから、あとは攻撃と索敵がいれば何とかなるだろ」

「う~ん、そこを頼ってしまっては本末転倒な気がするんだけど」

「いいんじゃないかしら。後々アルシアたちがどんどん成長して、ゼインくん無しでも戦えるようになればいいのよ。その頃にはもっとメンバーが増えて、頼らなくてもいいようになるかもしれないのだし」


 辺境伯が難色を示していると、叔母が横から助け船を出す。


「そうですよね。今は未熟でも、これから頑張ればいいのですから」


 そう言って、アルシアは決意に満ちた表情で叔母の意見に頷く。

 叔母はその姿を嬉しそうに見守っていた。

 二人の様子に辺境伯が目尻を下げてわざとらしくため息をつく。


「分かったよ。今は素直にゼイン君を頼ろう。――ちなみに、どういう人材がおススメとかあるのかい?」


 同意した辺境伯に人選のアドバイスを求められた。


「さあ? とりあえず前衛っぽいのが一人いればいいんじゃないか」

「おや、ゼイン君は戦闘にはあまり口を挟まないタイプなのかい? 相性とか連携とか、そういったことは重要でしょ?」


 不思議そうな顔をする辺境伯の言葉をすっぱりと切り捨てる。


「俺は、()()()()でしか戦ったことがない。他の奴がいても、離れて戦うか、時間稼ぎをしてもらうぐらいだったし」

「それは、なんともまあ……」


 引き()ったような顔をしながら辺境伯は言葉を飲み込んだ。

 他の二人を見ても同じような表情を浮かべ、目が合うと愛想笑いをして目を逸らされてしまった。


「――人選はアルシアと相談しながら後で決めるとして、とりあえずは希望者を募っておくよ」


 辺境伯のその一言でお開きとなった。


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