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六英雄キ -異世界編-  作者: 上野鄭
第一章 邂逅

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1話 気になる出会い

※2025/11/11 改稿しました

 ――目を覚ますとそこは、()()()()()()森の中だった。


 慌てて飛び起き周囲を見渡す。


「……ちっ」


 思わず舌打ちが零れた。

 周囲には人の気配もなく、魔法の痕跡も、残留魔力も、何もかも感じない。

 俺を強制転移させた相手に繋がる情報は何一つとして残っていなかった。


「……厄介な。誰の仕業だ、こんなこと」


 面倒な仕事を終え、いつものように休んでいたはずが、俺の知らぬ間に森へ()()()()()()()なぞ、相当な術者の仕業であることは想像に難くない。

 普段であればこんな失態は犯さないのに、あの()()()()()()()()が終わって気が緩んでいたようだ。


「ふぅ……」


 静かに息を吐いて肩の力を抜く。


 念のため、転移の際に何か細工をされた可能性を考慮して、体の異変を確かめる。

 周囲の警戒はしたまま、体中、隈なく魔力を流して、生き物を構成する三体――肉体、魔素体、霊体も注意深く探る。

 あまり心配はしていなかったが、どれも普段と変わらず。()()()()()()()は見当たらなかった。

 敵の魔力が僅かでも残っている可能性に賭けたが、残念ながら、これといった手掛かりはない。


 ついでに、普段から展開している魔法も確認した。

 魔力の乱れや改竄(かいざん)、破綻もしておらず、今も問題なく機能しているのが解かる。


 ――よかった、そっちは無事で。


 確かな手応えを感じ、無意識に息が漏れる。

 今の俺の状況こそおかしいとはいえ、慌てるようなことじゃない。

 この場所さえ分かればいつでも転移で帰れる。


 ひとまず落ち着いて、周囲の様子を探る。

 見える範囲には、人はおろか目立った動物も存在していない。


「……?」


 付近を調べるため、いつものように魔素を取り込むと、謂われようのない()()()を覚えた。

 眉をひそめて大気にある魔素やら何やらを調べても、いつもとさして違いが見受けられない。この程度の違いなら、国を跨ぐほど移動すればよくあることだ。それでも、どこか、引っ掛かりを感じる。

 試しに(てのひら)を出し、魔法を生じさせる。

 炎、氷、雷――。

 それらは普段と変わらず、拳大の弱々しさを見せるだけ。空間魔法も問題なく機能する。

 その他、思いつく限りの能力や技術を試してみるも、特段おかしな様子はなかった。


 ――疲れている?

 いや、そんなことはない。この程度で音を上げるような体じゃない。


 ――じゃあ、まだ気が動転しているのか?

 そんなつもりはない。あるとすれば、この不可解な現状を(もたら)した()()が気になるぐらい。

 それも、何が何でも突き止めてやろうという気概もない。また手出しされたときの対策を考えるぐらいで、その時に下手人を捕らえられればいいかと思うだけだ。


「……」


 釈然としないが、この件は一旦棚上げにする他ない。

 そんなことよりも、今はこの場所の特定が優先だ。


 湧き上がる違和感を無視して、再び周囲を探る。

 大方の地形や街の方角を確認すると、俺は街へ向かって歩き出す。

 辿り着けば、ここがどこだか分かるだろう。後は転移で帰るだけだ。


 街までは歩いても明日の昼頃には着くはずだ。

 最近は孤児院に頻繁に帰ることがなかったから、数日ぐらい空けてもいいだろう。

 ()()()も今は顔を合わせづらいだろうから、ちょうどいい。


 急ぐ必要はないので、先ほどの違和感について考えながら、草木をかき分けて進んだ。



 ◆◆◆



 歩き始めてしばらくして。

 まだまだ道程の三割にも満たない頃、街道と思しき道から外れた森の先、少し開けた空間に人が集まっているのを探知した。

 ここからは数キロメートル離れているが、いずれそこを横切ることになる。

 無視しようかと思っていたが、場所を尋ねるにはちょうどいい。

 大人共が集まって何しているのかは、正直どうでもいいが、そいつらの元まで歩みを進めた。


 人だかりの近くまで到着すると、今時珍しい木製の馬車が目を引いた。

 木の陰から様子を窺う。

 連中は二つの勢力に分かれているようで、片方は馬車を背に、それを守るよう武器を構える。もう一方はそいつらを取り囲むようまばらに存在し、三倍以上の数でじわじわと迫っていた。

 馬車を守る連中はどこぞの軍人なのか、全身鎧に身を包み、見たことのないエンブレムを胸に付けていた。

 包囲する連中は、不揃いながらも妙に整った装備をしていた。


 いがみ合う理由に興味はないが、情報をくれるのなら手を貸すのもやぶさかではない。

 どっちかに取引を持ち掛けるため、俺は(にら)みあう両者の間に炎を落とした。


「――何者だ!?」


 突然現れた炎に全員の動きが止まった。

 いち早く混乱から回復した軍人の偉そうな男が誰何する。

 男の声に応え、俺は音を立てながら草木の間から姿を見せた。


「ただの通りすがりだ。聞きたいことがあって、割り込ませてもらった」


 男は俺を見るなり顔を(しか)め、探るような視線を向けてくる。

 周りにいる他の連中も、怪訝(けげん)そうな顔をしながらもう一方の連中共々警戒をみせる。

 誰何してきた男が剣を向けながら、おもむろに口を開いた。


「聞きたいこと、とは? 正直、()()を考えて欲しいのだが」

「大したことじゃない。このあたりの都市、もしくは国の名前が聞きたいだけだ」

「……それは、こんな状況で聞くようなことではないだろう」


 男はさらに顔を(ゆが)ませ、押し殺した声をあげた。


「――あっはははは。あんた、面白いこと言うねぇ」


 大きな高笑いと共に、一人の女が茂みから姿を現した。

 そいつの部下っぽい男が、すれ違いざまに「お頭」と呼んでいたので、恐らく不揃い連中の頭目だろう。


「なに? そんなことを聞くために、わざわざ首を突っ込んできたの、坊や?」


 揶揄(からか)うように目を細めた女へ、肩を(すく)めて返す。


「別に、聞きたいことさえ聞ければ、お前らどっちの邪魔をするつもりもない」

「ふふふっ、()()を見られて『はいそうですか』って帰すわけないでしょ?」


 おわかり、と小馬鹿にしたような笑みを浮かべる女。

 その手下たちも、一緒になって笑い声をあげた。


「そうだな――なら、教えてくれるほうに手を貸そう。それならいいだろ?」


 俺の提案は、下品に響く耳障りな笑い声と共に一蹴される。


「ふっ、ふふふ……坊やひとりで何ができるのかしら? 魔法は使えるようだけど、()()()()相手じゃ何の役にも立たないわ。吐くのは提案じゃなくて懇願よ?」

「ははっ! それとも俺たちを笑い殺すつもりかぁ? それなら才能あるかもな!」


 女の近くにいた男も、さらに煽るよう大声を出した。

 そいつに賛同するよう、他の連中も笑いながらに囃し立てる。

 冗談のつもりじゃなかったが、こいつらはその程度のことも理解できないようだ。


()()()()、物の足しにもならん」


 半眼で返すと、小さく息を吐いた女が薄ら笑いを浮かべて誰何した男へ問いかける。


「――だ、そうよ。そちらさんはどうするの? この自信家の坊やの助けは必要かしら?」

「……悪党に与する者の手助けは不要だ」

「私たちもいらないわ」


 両方とも交渉は決裂したようだ。


 ……仕方がない、このまま道を進むか。


 (きびす)を返して歩き出す俺の背に、女の声が投げられる。


「――でも、このまま見逃すことはできないわ。ここで大人しく捕まっててね、ぼ・う・や」


 その言葉を合図に、女の手下が襲いかかる。

 振り返るまでもないと血に沈めようとして、大きな音が鳴り響く。

 音の発生源は馬車の扉のようだったが、俺以外の動きが止まる。

 気にせず進もうとして、続く()に、俺は思わず振り向いてしまった。


「――お願いします! 私たちを助けてください!!」


 記憶と異なる声。

 似ても似つかないはずなのに、その時の俺は、どこか懐かしさを感じ、()()()()()と錯覚してしまった。


 視線の先には、綺麗なドレスに身を包んだ少女がいた。


 ――あり得ないのは分かっている。

 髪色も、瞳も、背格好も違っている。


 ――あの子はもう。

 月の光のような銀色も、周囲の木々に負けない透き通る緑色も、あの成長した姿も――。


 些細な違いこそあれ、記憶の少女と()()()だった。


 そんな少女は、唇を真横に引き結び、俺をじっと見つめていた。

 揺れる草葉となびく銀糸。


 俺は、咄嗟(とっさ)に目を(つむ)る。

 深呼吸して気持ちを落ち着ける。


「すぅ――はぁ…………」


 再び開いた眼は、いつもの紅に染まっていた。


「――わかった」


 短く紡いだ意思。

 それが彼女の耳をくすぐると、彼女の表情は咲き誇る。


 ゆっくりと目を伏せ、音のない世界へと足を踏み入れる。

 固まっていたのは一瞬。

 次に聞こえた音は、木があげる悲鳴だった。


「それで、こいつらはどうすればいい。生け捕りか? それとも殺しても?」


 隣にいる誰何してきた男に話しかける。


「え? いつの間に……」


 近くの別の男が、間抜け面を晒して呟く声が聞こえる。

 ちらりと一瞥すると、男たちは弾かれたように俺から距離を取った。


「――それ以上こちらに近寄るな! 貴様のような得体の知れぬ者の助けは要らぬ!」


 剣をこちらに向けて威嚇するが、拍子抜けにもほどがある。

 これならまだその辺の魔獣のほうが迫力はある

 内心ため息をつき、話の通じない連中は放っておく。


「で、あいつらはどうすればいい? 殺すか、生け捕りか」


 少女に顔を向けると、視線を忙しなく動かし口をパクパクとしていた。

 彼女の様子を察した馬車の中の奴らが、少女に相談を持ち掛け、一度中へと引っ込んだ。

 さして待つことなく答えを持ってきた少女は、おずおずと口を開いた。


「えっと……、できれば命を取らず、捕まえていただきたいのですが……」

「了解。――っと、()()()()()、そこから動かないでくれ」


 俺の視線に気付いた少女は、ぎこちなく笑いながら小さく頷く。

 それを確認すると、脇目もふらず、取り囲んでいる連中へと突っ込んでいった。



 ◆◆◆



 まずは一番敵の多いところへ行き、挨拶がてらに目の前の相手を沈める。


「――なっ!? こ、こいつ、いつの間に!!」


 数人まとめて吹き飛ばすと、ようやく事態に頭が追い付いた男が声を上げた。


「遅い」


 そのまま残りも掌底(しょうてい)で気絶させる。

 状況をただただ見ているしかなかったお仲間たちへ、振り返って鼻で笑う。


「……くっ、一斉にかかるぞ!」


 怒り狂った男共が、気炎を上げて押し寄せてくる。

 迫りくる男たちを、今度はひらりと(かわ)し、すれ違いざまに蹴りや掌底で眠らせる。

 時折遠くから飛んでくる矢や石も、軽く頭や体を傾けるだけで避ける。

 お返しとばかりに炎を放る。

 うるさい喚き声も聞こえるが、すべて無視。

 死角とでも思っているのか、後ろから襲いかかる連中もいたが、逆に背後を取って地面に叩き落した。

 まだまだ序の口だというのに、こいつらどう見ても俺の動きを捉えられていない。


 数分と掛からず半壊した包囲網は、俺が視線を向けると尻込みしていた。

 ざっと二十は超えたが、学ばない連中だ。

 逃げもせず、じりじりと距離を保つこいつらに辟易していると、どうやら他の目的があったようだ。

 さっきから()()()()()()()()()()とは思ったが、頭目を逃がすためだったとは――。

 見るからに烏合の衆のくせに、意外と人望はあるみたいだった。

 もしくは、何か弱みでも握っているのか。

 魔力視で周囲を探ると、馬車を守る連中は遠巻きに見ているくせして、頭目の動きに気付いていなかった。

 ほとんどが俺を見て呆けているだけだった。


「……ちっ、使えない」


 思わず悪態が漏れる。


「うおおおぉぉぉ!!」


 今吶喊(とっかん)してきたこいつらのほうが、よっぽど優秀だ。

 俺が気付いたと悟った途端、注目を集めて気を逸らそうとしているんだから。


 ――だからといって、慈悲を掛ける筋合いはないがな。


 心の声が聞こえるはずもないが、そんな呟きと一緒に掌底をお見舞いし、地べたの抱擁を授けた。



 ◆◆◆



 逃げ出した連中以外が片付くと、ようやくそれに気付いた阿呆(あほう)共が慌てだす。

 倒れた連中を拘束する姿を尻目に、俺は再び少女に尋ねる。


「逃げ出した連中も捕まえたほうがいいのか?」

「……できればお願いしたい」

「お前には聞いてない」


 誰何した男が割り込んできたが、そちらを振り向かず、にべもなく切り捨てた。

 愕然(がくぜん)とする阿保を無視して少女を見つめる。

 視線が彷徨(さまよ)う彼女だったが、小さな声で呟いた。


「……お願いしてもよろしいですか? その、お礼はしっかりとお渡しします」

「分かった」


 少女の答えを聞くと、その場から少しだけ離れる。

 直接出向いて捕まえてもよかったが、手っ取り早く魔法を使うことにした。

 大義名分さえあれば、大きな魔法を使っても小言はないだろう。

 仮にセオドアあたりが何か言ってきても、あの阿呆共のせいにしておけばいい。


 ついでに、さっきの()()()()()()も調べておく。

 体に異変がなかったから関係ないとは思うが、念のため。


 目を閉じて、魔素の動きや自分の魔力の流れに集中する。

 逃げた連中全員の位置は、今も把握している。

 走って逃げているから、空間魔法や魔道具の心配も低い。

 他に知らない手立てがあるかもしれないから、反撃や魔法返しにも注意を払う。


 準備は上々。

 狙いも十分。

 使うのは……まぁ、氷でいいだろう。

 そのほうが防ぎやすい。


 すべてが整うと、俺は静かに指を鳴らした。


 たちまち魔法が発動する。

 遠くからパキパキと豪快な音を立て、氷柱が数本現れる。

 その中に数人の逃げた連中が埋まっていた。


「取り逃がしはなし、と……」


 呟いて目を開く。

 魔力の動きから魔法の発動まで、今までと変わった点は何もなかった。

 違和感の正体は未だ分からず仕舞いだが、それ以上の()がすぐそこにある。


 周りから起こるどよめきを無視して、少女の元へ戻る。


「逃げた連中はすべて確保した。後は一つずつ近寄って捕まえていけばいい」

「……ありがとう、ございます……」


 気の抜けた声の少女は、未だぽかんと小さく口を開けたままだった。

 後は聞きたいことを聞くだけだが、先に提示した条件から、()()()()()()()追加してもいいだろうか……。

 そのことを尋ねる前に、まずは彼女が現実に戻ってくれないことには話が進まない。


 声を掛けてもお礼しか言わない少女。

 彼女が正気に戻るのを待ちながら、俺はずっと彼女を見つめていた。


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