1話 気になる出会い
目を覚ますと、そこは見覚えのない森の中だった。
面倒な仕事を終えて道場跡地でいつものように眠っていたはずが、知らぬ間に森の中に飛ばされてしまったようだ。
普段であれば強制転移なんて喰らわないのに、あのくそったれな戦争が終わって気が緩んでしまったみたいで、敵の魔法に一切気づかなかった。
周囲に残留魔力も感じないから、相当な使い手の仕業であることは想像に難くない。
「……」
周囲に人の気配もなく、俺を飛ばした相手に繋がる情報はなかった。
強制転移のときに何か細工された可能性を考慮して、身体に異常がないかを確認する。
あまり心配はしていなかったが、物理的にも、魔力的にも何かされた痕跡はなかった。
敵の魔力が僅かでも残っている可能性も考えたが、残念ながらこれといった手掛かりはなかった。
普段から展開している魔法も確認する。
魔力の乱れや改ざん、機能不全等は起こっておらず、今も正常に作動している。
確認が済むと浅く息を吐いた。
周辺の様子も探る。
周囲一キロには人はおろか動物も存在しておらず、一先ずは落ち着けるようだ。
差し迫った危機はないようなので、現在地を探ることにする。
場所さえわかれば転移ですぐに帰れる。
「……?」
転移するために周囲の魔素を取り込むと、違和感を覚えた。
大気や魔素の組成はいつもと変わらないのに、どこかに引っ掛かりを感じる。
ためしに、手のひらに炎や氷、雷を出してみるも普段と変わらない。拳大の弱々しいものが現れるだけだった。
思わず眉をひそめ、考えつく限りのことを試してみたが、特段おかしな様子は無かった。
「……」
釈然としないが、この件はいったん棚上げにしてこの場所の特定を優先した。
森の中を少し歩くと、視界の開けた場所に出る。
そこは舗装されずに押し固められた土でできた道だった。
周辺の地形や街の方角はさっき確認しておいた。
この道を辿っていけば、歩いても明日の昼頃には街に着くはずだ。
急ぐ必要はないので、先ほどの違和感について考えながら街へと歩みを進めた。
◆◆◆
歩き始めてしばらく。
まだまだ三割にも満たない道半ばというところで、道を外れた森の先に多くの人間が集まっているのを探知した。
無視しようかと思っていたが、道を尋ねるにはちょうどいいと思い、視認できる距離まで近づいた。
人だかりに到着すると、今どき珍しい木製の馬車を背にし、それを守るように並ぶ統一した装備を着込んだ連中と、馬車を狙うようにまばらに配置された不揃いの格好をした連中が争っていた。
馬車を守る連中はどこぞの騎士団なのか、全身甲冑で見たことのないエンブレムが胸にあしらわれていた。
襲っている連中は大きな盗賊団なのか、人数も四十弱と多く、装備も充実していた。
争っている理由に興味はないが、情報収集のために手を貸すのはやぶさかではない。
取引を持ち掛けるため、離れて睨みあったタイミングで両者の間に炎を落とした。
「――何者だ!?」
緊迫したところで、突然現れた炎に全員の動きが止まる。
騎士集団の中央にいた男がいち早く混乱から回復し、誰何してきた。
「ただの通りすがりだ。聞きたいことがあって割り込ませてもらった」
誰何した男は顔をしかめ、探るように見てくる。
周りにいる連中も怪訝な顔をしながら盗賊共々警戒していた。
「聞きたいこと、とは? 正直、状況を考えてほしいのだが」
「なに、大したことじゃない。このあたりの国や都市について聞きたいだけだ」
「……それはこの状況で聞くようなことではないだろう」
男はさらに顔を歪ませ、押し殺したような声をあげた。
「あっはっはっは。あんた、面白いこと言うねぇ」
大きな高笑いとともに、一人の女が茂みの中から現れた。
盗賊風の男がすれ違いざまにお頭と呼ばれていたので、おそらくこの盗賊団の頭目だろう。
「なに? そんなことを聞くためにわざわざ首を突っ込んできたの、坊や?」
「別に聞きたいことが聞ければ、どっちの邪魔をするつもりもない」
「ふふふ。現場を見られて、はいそうですかと帰すわけにはいかないのよ?」
おわかり、と女は小ばかにしたような笑いを浮かべた。
盗賊たちも一緒に笑い声をあげる。
「そうだな……。それなら、教えてくれるほうに手を貸そう。それならいいだろ」
俺が提案すると、ぎゃははは、と先ほどよりもさらに大きな笑い声が響く。
「ふっふふふ。坊やひとりに何ができるのかしら? 魔法は使えるようだけど、この人数相手じゃ役に立たないわよ」
「それとも俺たちを笑い殺すつもりかぁ? それなら才能はあるかもな!」
近くにいた盗賊の男がさらに煽る。
賛同するように他の盗賊たちも笑いながらはやし立てる。
「別に冗談じゃない。この程度、造作もない」
「だ、そうよ。そちらさんはどうするの? この自信家の坊やの助けが必要かしら?」
女は薄ら笑いを浮かべて、騎士相手に問いかける。
「……盗賊たちに組するものの手助けは不要だ」
「私たちもいらないわ。でも、邪魔されるのは迷惑だから、ここでおとなしく捕まっててね」
両集団との交渉は決裂したようだ。
しかたがないので、先ほどの道まで戻って街に向かうことにする。
踵を返して歩き出すと、盗賊たちが捕らえようと近づいてくる。
邪魔する輩を除けようとした途端、大きな音を立てて馬車の扉が開いた。
「――お願いします、私たちを助けてください!!」
女の声に振り返ると、そこには綺麗なドレスに身を包んだ少女が、馬車の中から身を乗り出してこちらに嘆願してきた。
その少女を見た瞬間、思わず動きを止めてしまった。
銀髪の長い髪にやわらかな緑の瞳。
髪型や髪色、瞳に違いはあれど、記憶にある少女と瓜二つだった。
……いや、少し成長しているのか、顔立ちは記憶よりやや大人っぽかった。
「――わかった」
固まっていたのは一瞬。
彼女の要望に小さな頷きで答え、手近な盗賊たちを突き飛ばす。
吹き飛んだ盗賊たちは木にぶつかるとそのまま気絶した。
「それで、こいつらはどうすればいい。生け捕り? それとも殺しても?」
馬車のそばに移動して、先ほど誰何してきた騎士の男に話しかける。
「――え?いつのまに」
尋ねた騎士の近くにいた他の騎士が間抜けな面を浮かべて小声で呟くのが聞こえた。
「――それ以上近寄るな。貴様のような得体のしれないものの手は借りぬ」
話しかけられた騎士が呆然としていたのは一瞬だけで、剣をこちらに向けて威圧してきた。
騎士の中で一番偉そうなやつに聞くのが手っ取り早いかと思って話しかけたが、逆に面倒くさそうだ。
ため息一つついて、改めて少女に尋ねる。
「で、盗賊たちはどうすればいい。殺すか、生け捕りか」
「えっと、できれば殺さずに捕まえていただきたいですが……」
周りの騎士たちが喚く様子にたじろぎつつ、少女は近くの従者らしき老人と相談してから答えた。
「了解。面倒だからその場から動かないでくれ」
それだけ伝えると脇目もふらず盗賊の中に突っ込んだ。
◆◆◆
まずは一番敵が多いところに行き、挨拶がてら目の前の盗賊を沈める。
「なっ!? こ、こいつ、いつの間に!」
突き出した掌をおろして挑発するように鼻で笑う。
「一斉にかかるぞ!」
驚いていた残りの盗賊たちは怒り狂って襲い掛かってくる。
迫りくる盗賊たちをひらりと躱し、すれ違いざまに蹴りや掌底を入れる。
時折、遠くから矢や石が飛んでくるが、軽く体を傾けて避け、代わりに炎を投げ返す。
死角になっていると思っているのか、後ろから襲いかかる盗賊もいるが、逆に背後にまわって地面に叩き落す。
どう見ても、盗賊たちは俺の動きを捉えられていない。
沈めた盗賊が二十を超えると、尻込みしたのか盗賊たちの足が鈍る。
ふと、頭目のほうに視線を送ると、撤退しようとしていた。
さっきからこそこそと何かやっているとは思ったが、逃げる準備だったとはな。
どうやら俺のほうに来ていた連中は捨て駒らしく、こいつらは足止めと時間稼ぎが目的のようだった。
騎士連中のうち二人ぐらいはそのことに気づいているみたいだが動きはない。ほとんどの連中は俺のほうを見ていて呆けているだけだ。
「……ちっ、使えない」
思わず悪態が漏れる。
「うおおおおおぉ!」
今突貫してきたこの盗賊のほうがよっぽど優秀だ。こいつは俺が撤退の様子に気づいていたと悟って、捨て鉢でも注意を逸らそうとしているんだから。
だからといって慈悲をかける筋合いはない。
残りの盗賊も今まで同様、地べたで寝かせた。
こちらが片付いてようやく気付いたのか、騎士連中が慌てたように動き出す。
倒れた盗賊を騎士たちが拘束するのを尻目に、再度馬車に近寄り少女に尋ねる。
「で、逃げ出した連中も捕まえたほうがいいのか?」
「……できるのならばお願いしたい」
「おまえには聞いてない」
誰何してきた騎士が割り込んできたが、一瞬だけ視線を向けて切り捨てた。
「なっ!?」
なぜ応じてもらえると思ったのか、愕然とした男を無視して少女を見つめる。
「……お願いしてもよろしいでしょうか。お礼はしっかりとお渡ししますので」
「わかった」
少女の答えを聞いてその場を離れる。
直接出向いて捕まえて回ってもいいが、ちょうどいい機会だ。
先ほど試さなかったことを試してみる。
違和感を覚えたときは、大規模な魔法を使わないようにしていた。
いくら周辺を調べて人がいないのを確認したとはいえ、下手に目立つのは得策ではないと思ったからだ。
今回はその辺にいる使えない騎士共が隠れ蓑に使えそうだった。
普段のように即着で使用しても構わないが、魔素の動きや自分の魔力の流れを詳しく捉えるため、あえて地面に手を置いて発動する。
逃げている盗賊たちの位置は最初からずっと把握し続けている。
数人単位でまとまり、それぞれ別の方向へ示し合わせたように逃げている。
可能性は低いが念のため。タイミングを合わせて捕まえる。
息を吐いた後に魔力を込めると、遠くのほうからパキパキと豪快な音を立てて氷柱が数本現れる。
一つの柱に数人が埋まった状態で捕まえた。
これですべての盗賊を確保できた。取り逃しはない。
周りからはどよめきが起こり、驚愕や畏怖の表情を浮かべてこちらに目を向ける者もいる。
それらをすべて無視して少女のもとに戻る。
「これで盗賊はすべて確保した。あとは近寄って一人ずつ捕まえればいい」
「……ありがとうございます」
驚きが抜けないのか、気の抜けた声で少女はお礼を告げる。
これであとは聞きたいことを聞くだけだ。
できればこの少女についても何かわかるといいのだが……。
そう思いながら俺は、少女が我に返るのを待つことにした。