15話 決心と告白
辺境伯にアルシア共々こってりと絞られた。
次からは事前に言うよう注意された。
今からやると言い出したらいい笑顔で怒られた。
アルシアにも止められてしまったので、大人しく部屋に戻ることにした。
訓練場を後にしながら先ほどの魔法について考える。
一回目はまだいい。
元の魔法陣に手を加えたせいで爆発したと説明がつく。
問題は二回目以降だ。
魔力消費は今回は無視する。
威力に関していえば一回目と二回目に差はなかった。
三回目だけ倍ぐらいは違った。
魔力の動きや魔法の発動をよく見てもおかしなところはなかったように思える。
それ以外で考えられる可能性としては、俺の魔力がそもそも合わなかったことだ。
俺の魔力は純粋な魔力とは言い難い。それが原因だとしてもおかしくはない。
確認しようにも今すぐは難しい。
アルシアにも勝手な真似はダメだと釘を刺されてしまっている。
部屋で一人ため息をついて不貞寝した。
◆◆◆
アルシアの魔法練習を眺める。
あれから他人の魔法の奪取をマスターしようと日々練習を重ねていた。
アドバイスとして、今までの回復魔法の練習も並行するよう言ったぐらいでほとんど口を出していない。
今日も今日とて生き生きとしたアルシアを眺めている。
休憩の折、アルシアが思い出したように話題を振る。
「今日は街が賑わっているそうですよ」
「そうなのか。何かいいことでもあったんだな」
「……他人事のようですけど、ゼイン様が関係していますからね」
そう言われて思いを巡らせる。
心当たりがないなと思っていると、俺の心を読んだようにアルシアが「ドラゴン」と口にする。
それで思い出した。今日が素材の搬入日だった。
数日前に素材を都市のはずれにある森の中に移動させていた。
後は辺境伯軍に委ねて早々に帰ったから忘れていた。
なんでも、ドラゴン討伐を盛大に祝っているらしく、街中大賑わいだそう。
街の様子を見てきた侍女がアルシアに伝えていた。
「街に出てみますか?」
「アルシアの好きにしたらいい」
特に興味もないのでアルシアに委ねると、少し考えた後に遠慮すると言った。
「別に俺に構わなくてもいいんだぞ」
「そういう訳ではないです。人が多いと護衛の手も煩わせますし、何より、私はここでは顔が知られていますから。無用な騒ぎは起こさないほうがいいでしょう」
微笑みながら告げるアルシアに陰が入った様子はない。
「護衛なら俺がやるぞ。ここからでも出来るし、一緒に行ってもいい」
気にすることはないと強調してもアルシアは首を横に振る。
「お気遣いありがとうございます。でも、そのうちゼイン様と辺境都市を巡ってみたいですね」
お世辞なのか本心なのか分からないが、今日は乗り気じゃないようなのでこれ以上は何も言わない。
休憩が終わると、またアルシアは魔法の練習に戻る。
俺は借りた本を読みながら過ごした。
◆◆◆
あれから数日。
俺は手持無沙汰の日々を過ごしていた。
アルシアの魔法を見てはいるが、これ以上の助言や方針を示すことができない。
ここからは自分で考えて腕を磨いていく時期だ。
勿論、相談や質問はいつでもしていいとは言っている。
とはいえ、回復魔法は専門外なので力になれるかどうか……。
アルシアは体力の回復してきた叔母とお茶会を開くようになった。
俺も呼ばれたが、積もる話もあるだろうと言って遠慮した。
できれば叔母には会いたくはない。
なんでも見透かされそうで苦手だ。
やることもなく一人ぶらついていると、軍の人間に出くわした。
どうやらこの前のドラゴン討伐に参加していたようで、声をかけてきた。
「どうかされましたか、こんなところで」
「なに、散歩していただけだ。気にするな」
「散、歩……?」
男は不思議そうに周りを見渡す。
あたりには木々が生え、獣道があるぐらいだ。
「……お強いので大丈夫かと思いますが、森の一人歩きは控えた方がよろしいかと。魔物に出くわすかもしれませんので」
絞り出すように忠告すると、他の人を連れて去っていく。
気配も探っているので魔獣が現れても問題ない。
どちらかと言えば、時折見かける冒険者のような連中のほうが面倒だ。
初めに会った連中がお節介焼きだったのもあるが、今の軍人のようにそのまま帰ってくれた方が気が楽だ。
どうやらここは初心者冒険者の狩場のようで、未熟な動きをした連中がちらほらといる。
軍の連中と一部の冒険者が見回って安全を確かめているのだろう。
所変わればなんとやら。
随分と甘い対応だと思いながら、日が傾くまで森の中を散歩した。
夕食の席でそのことをアルシアに尋ねると、今日はたまたま一緒だった辺境伯が質問に答えた。
「そうだね。あの森は訓練用に開放している森だ。成りたての冒険者や軍の新兵を育てるためにある。確か今日は冒険者の訓練に使う予定だったはずだ」
聞くところによると、普段は使われていない森のようでいつもなら誰にも会わないそうだ。
侵入禁止にしている訳ではないらしいが、特に採れるものもなく、普通の訓練には狭い。
森を駆ける訓練や新人のサバイバル訓練、あとは定期的な警邏以外では人が立ち寄らないそうだ。
散歩で入ったことを咎められはしなかったが、変な目で見られた。
アルシアには、やっぱり自然が好きなのですねと勘違いされた。
別に否定することでもないと放っておいて、夕食を終えた。
◆◆◆
「そういえば、この後はどうするんだ」
いつもと変わらない休憩時。
ふとした疑問を投げかける。
「そうですね……。特に行く場所を考えていなかったです」
始めは首を傾げていたアルシアだったが、すぐに思い至ったようだ。
「辺境での目的はすでに済ませた。魔法の練習も一朝一夕じゃ行かないからな。ここに留まるならそれでもいいが、何かやることがないと暇でな」
「そうですよね……。ゼイン様が元の世界に帰るための手がかりを探さないと、ですよね」
「別に帰らなくてもいいが、向こうに連絡の一つでも入れたい。どうやってこの世界に来たのか分かればどうにかなると思うんだが――」
アルシアが思いつめたように言葉を零す。
気に病むことでもないのに大袈裟だ。
慰めの言葉はノックの音に阻まれる。
「――失礼します。お嬢さま、こちらが王都より届いております」」
久しぶりに見かけたアルシアの執事の老人が一枚の封筒を手渡す。
一緒に渡されたペーパーナイフで内容を確認したアルシアは顔を曇らせる。
「どうかしたか」
「えっと、その……」
困った様子で視線を彷徨わせる。
ただ、すぐに決心を固めたのか、目を瞑って一呼吸置くと手紙を差し出しながら説明を始めた。
「――王都への帰還要請です。具体的な内容は伏せられていましたが……恐らくは私の縁談かと」
説明を聞きながら手紙に目を通す。
確かに手紙には王都で会いたいとあった。
ただ、どうも上から目線で命令しているきらいがある。
署名のところは知らない人物が書いてあった。
「その手紙の差出人はアベッティ侯爵家の嫡男。以前、私の許嫁だった方です」
「ふーん」
淡々と告げるアルシアに気の抜けた返事を返す。
そして俺の様子を伺うと、アルシアは言い淀むように言葉を続けた。
「……その方は、血統魔法の使い手です」
「ふーん」
さっきと同じ言葉を発したが、今回は熱の篭った返事をした。
俺が興味を持つのが分かっていたアルシアは躊躇いがちに尋ねる。
「……ゼイン様はお会いするべきだと思いますか?」
「好きにしたらいい」
「――え?」
予想外だったのか、ぽかんと口を開いて固まる。
その反応は心外だ。
「興味があるからと言ってわざわざアルシアの負担を増やすつもりはない」
「でも、ゼイン様のお世話をするのが私の役割ですから――」
「そんな役割無視すればいい。俺はアルシア――お前が好きに、自由に生きる姿を見ていたい」
アルシアは唖然として息を呑む。
何度も目を瞬かせたあと、微笑みを堪えながら問うように囁く。
「……なぜそこまで気に掛けていただけるのですか? 私はゼイン様にそこまでして貰えるようなことは一つもないはずです。むしろ、ゼイン様への恩が増える一方です」
どこか寂しさをはらんだアルシアの問いかけに、ばつが悪くなる。
紛らわすように頬をかいて、そっぽを向きながらか細い声で答える。
「――アルシアが、昔の仲が良かった女の子に似ているから」
アルシアは少しだけ切ない表情を浮かばせる。
「その方のために元の世界にお帰りになりたいのですか?」
静かで優しい物言いのはずなのに、どこか棘があるように感じた。
ちらりとアルシアを見ると、柔和な微笑みをたたえているだけで、険がさした様子はない。
「……いや、そいつはもういない。幼い時に亡くなったから」
「ごめんなさい、無神経でした」
「こっちのほうこそ、勝手に他人と重ねてすまない」
気まずい空気が流れる。
互いに無言のまま、目を逸らして明後日の方向を向く。
アルシアはいじけたように長い髪をくるくると弄っていた。
流れを変えるように、わざとらしい咳をする。
「んん。向こうに連絡を取る手立てが分かれば、元々一年ぐらいはこっちでぶらぶらするつもりだった。目的無くうろつくよりは、アルシアと一緒に居たい」
「……そうおっしゃって頂けると嬉しいですけど、心配なさる方がいらっしゃるのではないですか?」
「心配する奴はいるが、最近は数か月会わないこともざらだった。一年ぐらいなら後から小言を言われるだけで問題ない」
「そうですか……」
あいつの顔がよぎったが、まあいい。
最後に会ったときは泣きじゃくって、その後恥ずかしそうに逃げていった。
あの状態になったあいつは、気恥ずかしいのかしばらく俺を避ける。
数か月会わなくても大したことないだろう。
不意に笑みが零れる。
アルシアは思案顔で目を伏せている。
結論が出るまで黙って待つ。
カップを傾けていると、決まったのかゆっくりとこちらを見上げる。
「私は王都へ戻ろうと思います」
「ほう」
決意を秘めた顔つきのアルシアに先を促すように目配せする。
「この一か月ほど。ゼイン様と過ごす時間は私にとってもかけがえなく、今までで一番充実した日々と言っても過言ではないです。ゼイン様が私に優しくしてくださる理由がどうであれ、私もゼイン様と一緒に居たいと思えるようになりました」
そこで一旦言葉を区切ると、唇を一度引き結び、熱を帯びた眼差しで俺を見つめる。
真剣な表情に俺も襟を正して見つめ返す。
「――貴方様と一緒にいるために、私は一度王都へ戻り、過去を清算しようと思います。その後は冒険者として共に世界を見て回りましょう。……こんな私じゃだめですか?」
今までの勢いは何処へやら――。
最後のお誘いは不安と気後れがない交ぜになったようで、泣きそうな声だった。
思わず頬が緩む。
半ば呆れ交じりに鼻を鳴らすと、目を細めて答える。
「歓迎だ。精々楽しむとしよう」
花が咲き誇ったような笑顔でアルシアは破顔する。
「よろしくお願いします――!」




