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六英雄キ -異世界編-  作者: 上野鄭
第三章 軌跡

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117話 大氾濫と負傷者

※キエラ視点です。

 私たちは街から約一キロメートル離れた場所に転移した。

 周囲は開けて遠くまで見通せる。

 視線の先では数百を超える大小様々な魔物が(うごめ)き、城壁に張り付いていた。


「あれが大氾濫(スタンピード)ってものなのかしら?」

「そうだと思います。けど、このあたりには迷宮遺跡(ダンジョン)はなかったと思うのですが……」


 眉をひそめるアルシアだったけど、考えるより先に目の前の事態に対処すべきだと首を振る。


「まずは魔物の数を減らしましょう。キエラさん、リタ、お願いできますか?」

「承知しました」

「派手にやっていいのかしら?」

「はい、城壁に被害のない範囲でお願いします」


 そういうことなら、色々と試してみようかしら?

 取り掛かろうとして、ふと、動く気配のない人が目についた。

 ゆっくりと振り返ると、ゼインは馬車の上に腰かけて魔物の様子を眺めていた。


「貴方はどうするつもりなのかしら?」

「俺か? 俺はここで状況を見守っている。危なそうなら手は出すから、心配するな」


 てっきり彼もついて来るとばかり思っていた。

 アルシアたちも同様で、走り出した足を止めて目を見開いていた。


「どうしてですか!? ゼイン様がいれば心強いのですが……」

「お前たちだけでも十分だろ。それに、俺は近づかないほうがいいだろうしな」


 よく分からない言葉を吐く彼だったけれど、それ以上説明する気はないみたい。

 怪訝(けげん)な目を送っていると、小さくため息を吐いた彼が「まぁ見てろ」と行動で示すとばかりに転移する。

 彼が向かった先は、今まさに襲撃されている城壁の上だった。

 ここからじゃ誰も肉眼では捉えられないから、魔法で視力を強化して、私の視界を皆に共有した。

 すると、どういう訳か一部の魔物が突然動きを止め、明後日の方向へと走り出した。

 私に向かって顎でしゃくる。


「倒せってことね」


 嘆息しつつ指を軽く振る。

 たちまち魔物のお腹を貫く土杭が現れ、何かへ捧げる生贄(いけにえ)の如く宙ぶらりんになった。


「――な、面倒になるだろ?」


 いつの間にか馬車の上に戻っていた彼が、さも同然とばかりに告げる。


「一気にまとめて処分すればいいんじゃないかしら?」

「そうだな。ただ、魔物共の()()()()が分からないからな。念のため温存しておくってだけだ」

「そう――。なら、そっちは任せたわ」


 ――意図あっての行動だとしても、ちゃんと言ってくれなきゃ伝わらないわよ。


 そんな愚痴を籠めてひと(にら)みした私は、苦笑するアルシアたちと一緒に魔物の群れへと駆け出した。


「……彼に言っても無駄かしら」


 ――そんな独り言も零しつつ。



 ◆◆◆



 取り囲んでいる魔物はDランクやEランクが多いみたいで、ちらほらとCランクも見受けられた。

 Cランクの魔物の攻撃でも壊れないぐらい強固な城壁みたいだけれど、如何に堅牢(けんろう)といえど、数の力には劣ってしまうようだった。

 城壁の一部にはひびが入り、中の誰かが必死になって補強していた。

 壁上の人たちは、大きめの魔物が壁に取り付かないよう、矢や投石で牽制していた。


 私は軽く指を振って修復を助ける。

 所々にあった土塊がぴったり()まり、隙間を埋める。

 驚く様子が手に取るように分かったけれど、一切合切無視して距離を詰める。


「そろそろ止まったほうがいいわね。近づきすぎると、私の結界で他の人たちも萎縮してしまうわよ」

「わかりました。――では、キエラさんを中心に戦いましょう」

「今回は私も前衛を務めます。指示はキエラ様にお願いしてもよろしいでしょうか?」

「あら、リタも魔法で攻撃するんじゃないのかしら?」


 意外なことに、リタも前に出ると申し出た。指示をアルシアに託さないのは、まだ経験が浅いから。少しずつ彼女へシフトさせていたけれど、咄嗟(とっさ)の判断が要求されるときに慌てないためだった。


「まだ乱戦で魔法を使えるほど熟達しておりませんので。好機となれば他の冒険者や騎士たちが打って出ると思いますが、その際、味方を巻き込まない自信がありませんから」


 口惜しそうに告げたリタだったけれど、今でも十分選び分けはできていると思う。とはいえ、悠長に話している時間はないから、首肯して彼女の意思を尊重する。

 リタとネリーは短剣を携え、セルマは長剣と小盾を手に魔物へ走り出す。

 アルシアは矢を番えて狙いを定める。

 皆の準備が整ったところで号令をかけた。


「三人は極力大きめの魔物の足を止めて、アルシアは狙いやすい魔物から順に打って頂戴。私は数を減らすのを優先して少し大きめの範囲攻撃をするわ。時計回りに進んでいきましょう」


 取り囲む魔物の数を減らすため、城壁と距離を保ちつつ、少しずつ動きながら攻撃を開始した。


 手始めに、私の三倍近い大岩を進行方向逆側へ転がす。

 これで向こうも少しは数が減ったでしょう。

 大きな音で振り返ったアルシアが、何とも言えない表情をして口元を引き()らせていた。

 正面は流石に三人がいるからやらないけれど、代わりに足元が浸かるぐらいの水流を放つ。

 激流に魔物だけ押し流され、小さい個体が姿を消す。

 リタが飛んでいる(からす)へ、ネリーが地を這う蛇へ、セルマが宙に浮く蟷螂(かまきり)へと向かっていった。アルシアは私の隣にいるまま三人の援護を行っていた。

 思ったより多くの魔物が運ばれちゃった所為で、私は手持無沙汰だった。

 手出しするのもどうかと思って趨勢(すうせい)を見守る。

 数分と掛からず、無事三人とも倒し終えていた。

 途中、襲いかかって来た魔物はお腹を撃ち抜いて黙らせておいた。

 粗方倒し終えると、次の戦場に向かって走り出した。


 都合、五度繰り返したところで、リタの言った通り、街に立て籠もっていた冒険者たちが外へと繰り出す。

 まだ外周の六割過ぎたぐらいだったけれど、戦況はすでに決していた。

 目の前の魔物を物言わぬ骸へ変え、周囲を見渡すと、ネリーが魔物の首を落とし、セルマが別の魔物に剣を突き立てていた。

 残り一体の生きた魔物へ顔を向けると、ちょうどアルシアの矢が頭に刺さり、息絶える瞬間だった。

 地に臥す音が響き渡る。

 一瞬の静寂。

 勝ちを悟った冒険者たちが、喜びの歓声を上げた。

 その叫びは空気を震わせて、遠くゼインの元まで届くのだった。



 ◆◆◆



 大きな戦いの後の事後処理は、どこの世界でも大変みたい。

 さっきまでとは別の緊迫感を漂わせて、多くの怒号が飛び交う。

 その一角、負傷者を寝かせたスペースに、アルシアと二人手を貸していた。


「ほら、もう少し我慢なさい。痛いってことは、生きている証拠よ」

「大丈夫です! 絶対に救いますから!」


 私が比較的軽傷者を、アルシアが重症者相手に魔法を施す。

 数が思ったより多くて驚いてしまった。

 なんでも最初に襲撃を受けた際、外で対処しようとして怪我人を増やしてしまったみたい。大氾濫の規模を見誤ったからと言っていたけれど、間隔を空けて立て続けに進行して来たってことだから、遠くの状況を探る術のないこの街の住人には、仕方のないことだったのかもしれない。

 こうして私たちが手を貸すことになったのは必然だった。


 魔物を倒し終えた後、この街の冒険者の代表らしき人が近づいてきた。


「助太刀、本当にありがとう。あのままでは街がどうなっていたことやら」

「いえ、偶然通りかかった際、襲われているのを目にしまして」


 嘘ではないけれど、ゼインを知らない彼らには分からないこと。ゼインが城壁の上に転移した時も、誰にも気付かれた様子はなかったから、目の前の彼が知る由もない。


「怪我人はどちらにいますか? 私は回復魔法を使えますので、少しでもお役に立てたらと」

「本当か!? 是非とも協力してもらいたい! 今はポーションで誤魔化しているが、圧倒的に手が足りてなくて」

「わかりました。どちらへ向かえばよろしいですか?」

「こっちだ! ついて来てくれ」


 別の男性が名乗りを上げる。代表っぽい彼が「彼に案内してもらってくれ。私はこの場の後始末をしなくてはならなくて」と言ったことで、案内人の後に続くことにした。


「私とセルマはこちらに残って事後処理の手伝いをしますので、キエラ様、アルシア様をお願いできますか? 念のためネリーもつけますので」

「任されたわ」


 そうしてアルシアとネリーの後に続いて、街中の救護スペースへと赴いた。


「こっちは粗方片付いたけれど、アルシアはどうかしら?」

「まだっすね。手足を食い千切られた人やバキバキに骨を折った人が多くて、なかなか治療が終わらないっす」


 ちらりと目を向けると、損傷の酷い人が多くて、他の回復魔法使いや医者はどうしようもないといった様子だった。そんな中で、アルシアは汗をかきながら必死になって回復魔法を掛けていく。

 治せる人から順にではあるけれど、一人一人確実に救っていた。


「……このままだと、全員は無理ね」

「……っすよね」


 ネリーも気付いているみたいで、力なく相槌を打っていた。


「私は、延命はできるけれど、下手に手を出せないのよね」

「どうしてっすか?」

「私の場合、治すんじゃなくて()()()()()()()()だけなのよ。今それをしちゃうと、私以上の魔力で回復させないと治せなくなるのだけれど、今のアルシアじゃ無理ね」


 自然治癒の範囲であれば問題ないのだけれど、ここまで怪我の状態が酷いと無理な話だった。延命したところで、苦しみの先延ばしでしかない。それならいっそのこと一息にやってしまうほうが彼らのためになる。


 アルシアもきっと、この場の全員を救えないとは薄々勘づいているはず。

 その証拠に、彼女は唇を噛んでしきりに目を動かしていた。


 あの様子じゃ、魔力操作もいつもより落ち込んでいるんじゃないかしらね。

 どうしたものかと思い悩んでいると、ふと、人影が私の隣に映り込む。


「あら、こんなところに何の用かしら、ゼイン?」


 気配も魔力もなく現れた彼は、私を一瞥しただけで、すぐさま倒れた人たちへ視線を巡らせると、そのままアルシアの元へと歩み寄る。

 彼の行動を黙って見守る。

 何をするのかと思えば、そっと彼女の肩に手を置いた。

 驚いて魔法を中断するアルシア。

 患者から手を離した彼女は、困惑したまま彼に(とが)めるような眼差しを送っていた。

 私たちも首を傾げて状況を見守る。


「えっと、ゼイン様? どのようなご用件ですか? 今は手が離せないのですが――」

「そのまま回復魔法を掛けろ」


 彼女の非難を異に返さず、己の用件だけ告げるゼイン。

 戸惑いながらも再び怪我人に触れ、回復魔法を使った。


 (まばゆ)い光がアルシアから(ほとばし)る。

 反射的に顔を手で覆う。

 驚く間もなく光は収まっていた。


 何をしたのかと目を向けると、ぽかんと口を開けたままのアルシアが、患者だった人を見下ろしていた。

 あまりの光景に言葉を失う。


 どう見ても、あの一瞬で回復できるほど軽い怪我じゃなかったはず――。


 同じ感想を抱いたアルシアが、ギギギと首を鳴らしてゼインを振り返る。


「……あの、ゼイン様――」

「こいつら()()()()んだろ? 疑問はその後だ」

「――っ、は、はい!!」


 弾かれたように立ち上がり、次の患者の元へと駆け寄るアルシア。

 そんな彼女に付き従いながら、肩に手を置くゼイン。

 先ほどよりは小さな光だったけれど、倒れた人の数だけ光り輝いていた。


 蓋を開けると私たちの予想に反して、この場の皆全員、静かな寝息を立てて横たわっていた。

 一仕事終えたアルシアは、頬を上気させながら汗を(にじ)ませる。


「ありがとうございました、ゼインさ――」


 感謝を告げるアルシアは、途中で力尽きて気を失う。

 その姿に慌てたネリーを――私は引き留めた。


「大丈夫よ、ただ魔力を使いすぎただけだから。それより、――ね?」


 視線だけで彼女に意思を伝える。

 振り向いたネリーは小さくあっ、と零し、すぐに顔を緩めた。


 私たちの視線の先では、柔和な笑みを浮かべた騎士が、そっと倒れた姫を労っていた。

 さらりと銀の髪を揺らしながら、赤い月がひっそりと見守る。


「お疲れさま、アルシア。――良い夢を」


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