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六英雄キ -異世界編-  作者: 上野鄭
第三章 軌跡

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94話 捕り物の方法

「皆さん、先に体を洗いましょう。食事はその後で」


 エイダの掛け声と共に、ギルドの女性職員が動き出す。

 部屋の一角、食事が並ぶ場所を眺めていた女性も、エイダの言葉に従った。

 おなかも空いているが、それより身を清めるのを優先したのは、女性だったからか。

 彼女たちの境遇を考えて、出勤していた女性職員全員を駆りだしていたので、今は受付業務も男性が対応していた。意中の相手を探し求めていた冒険者たちは、涙目だったとか。


「そういや、あの()()はどこにいるんだい?」


 女性が移動した後、キョロキョロしていたタバサがゼインに尋ねる。

 彼は無言でキエラが持つランタンに目を向けた。


「これの中よ。ゼインが煩わしいからって詰め込んだの。そろそろ出さないと、窒息して死んでしまうかもしれないわね」

「……あの人数を入れておける(ろう)なんて、ないんだがね」

「場所さえあれば私が作りましょうか?」


 少し悩んだものの、キエラの申し出を有難く受け取る。

 ギルドの裏手、資材搬入口や廃材置き場といったスペースを、一時的な牢屋とすることにした。

 今ある物は一旦脇に移動させる。破棄してもいいものは、ゼインがすべて消し去った。

 開けたところで、キエラが三階建ての牢屋を作る。

 大部屋四つに取り調べ用の部屋が三つ。

 三階建てにしたのは、これから人数が増えることを想定して、スペースが足りないと思ったからだった。


「……あんたらを敵に回したくはないね」

「あら、別に友好的じゃないからといって、誰彼構わず手を出したりしないわよ。こっちにちょっかいを掛けるなら、別だけれど」


 タバサの呟きを拾ったキエラが牽制する。

 そんなつもりはないとばかりに、タバサが肩を竦めた。


 準備が整うと、キエラがランタンを牢に投げ入れる。

 中央に転がるランタンから、突然男たちが積み重なるようにして現れた。すし詰め状態になる前に、ゼインが半分を他の大部屋に突っ込む。

 男たちはずっと動けない状態で酸欠気味になっていた所為か、動けた途端、息を荒げ安堵の表情を浮かべる。

 彼らの前にゼインが歩み出た。


「で、()()()()()()は街にもいるのか?」


 何をするのかと思えば、ほぼ分かり切った質問をした。

 男たちはだんまりを決め込んだが、ゼインは「やっぱり、いるのか」と呟くと、タバサに振り返る。


「これからこの街全体を障壁で覆う。誰も出入りできなくなるから、そのつもりで」

「は? いや、それは色々と困るんだが――」


 反論虚しく、ゼインが足で地面を二度叩く。

 (たちま)ち、晴天なのに曇ったように辺りは薄暗くなる。

 空を見上げると、淡く光る半透明の何かが遠くに見え、陽の光を遮断していた。


「ったく、人の話を聞いちゃくれないもんかね」


 悪態をついたタバサは、事態の収拾を図るべくギルド内へ向かう。

 アルシアたちも、咎めるようにゼインを見つめる。それを気にも留めない彼は、考えるように独り言を吐く。


「街中は面倒だな。いっそのこと全員捕まえて、一人一人視ていくか……」

「やめてください! 色んな人の顰蹙(ひんしゅく)を買いますから!!」


 不穏なことが聞こえたので、アルシアが全力で止めに入る。


「手っ取り早いと思ったんだがな」

「どれだけの人がいると思っているの? そんなことしてたら、時間も労力も掛かるじゃない。もっとスマートにできないのかしら?」

「とはいってもな。確実にやるなら、それ以外の方法がないんだが」


 まさかの力業にキエラが呆れる。

 よくそれで策があると言えたものだ。

 他に案はないかと頭を巡らせる。


「……そうです! 『真偽判定』の魔道具はどうですか? ゼイン様は以前、調べられていましたよね?」

「作れるが、それも時間が掛かるだろ? なら、一か所に集めて俺が視たほうが早い」


 アルシアとしてはこの都市にある魔道具を指したつもりだったが、()()()と聞いて驚きを露わにした。


「それで手分けするとか? でも、ゼインの言った通り、時間が掛かるわね」

「……とんでもない話が聞こえた気がするんだが」


 会話の途中、げんなりとしたタバサが姿を現した。


「首尾はどうかしら?」

「職員を走らせたが、まぁ混乱は必至だろうさね」

「ゼイン様がすみません……」

「まぁ、(うみ)を完全に取り除くためと思えば、必要なことではあったんだけどね」


 謝るアルシアに苦笑を返す。

 悠長にしていれば逃げられる可能性を考えれば、ゼインの行動は理解できるのだが、根回しも無しに行ったものだから、現場も大慌てだった。


「その話は置いといて、どうやって連中の一員を見つけるかだが、『真偽判定』の魔道具を作ったところで、今度は審議官が足りないよ」

「俺が作った奴ならそれは不要だ。魔力も、魔石を動力にすれば誰でも使えるだろ」


 ゼインの言葉でタバサは顔を引き()らせる。

 何てことないように話すが、魔道具の改良となると、大勢の協力が必要になってくる。そのため、多くは国家が主導して行うことが常で、大貴族に分類される家でも一握りしか取り組んでいなかった。


「でも、()()()()()可能性を考えたら、無闇に作らないほうがいいわ」


 キエラが(たしな)めると眉をひそめたが、そういうこともあるのかと了承した。


「そうすると、やっぱり時間は掛かっちまうかねぇ」


 タバサが呟くように嘆くと、皆も浮かない顔を浮かべた。


「……しょうがない。精度は落ちるが、後はあいつらに聞くとするか」


 考え込む一同に、ゼインがため息をついた。


「何か妙案でもあるのかい?」

「さっきも言ったように、一人一人視ていく」

「それは――」

「ただし、街全体を俯瞰(ふかん)しながらな」


 反論しようとしたキエラの言葉を遮ってゼインが言い切る。

 意味が分からず首を傾げていると、彼はいくつか確認を取る。


「キエラ、俺の声を街全体に広げられるか?」

「できるけれど……」

「なら、後は全員建物の外に出せば十分だ。――できるか?」


 次はタバサに視線を向けた。


「まぁ、お触れを出せば大半は従ってくれるだろうが、全員は不可能だね」

「それでいい。外にいない奴も怪しいとみて、まとめて捕まえる。間違ってても、従わない奴が悪い」

「……そん時はこっちで詫びを用意しとくよ」


 やれやれと言いたげな表情でタバサが告げる。


「残りは全部迷宮遺跡(ダンジョン)内だから、入り口で調べればいいだろ。人数と名前は後で確認できるだろうしな」


 何かしらの用事で迷宮都市の外に出ている可能性もあるが、そこは迷宮遺跡と同じ対応でもいいかとタバサは考えていた。

 聞きたいことはそれだけのようで、タバサに準備ができたら教えてくれと伝える。

 彼女が再びギルドへ消えると、キエラがゼインに向き直る。


「で、何をするのか教えてもらえるのかしら?」

「さっき言った通りだ」

「じゃあ質問を変えるわ。どうやって視るつもりなのかしら?」


 言い逃れしようとして、先回りされてしまう。

 まだ時間はたっぷりあると、キエラはゼインの腕を取って居座る構えだった。

 ため息をついて諦めたゼインが、簡単な説明を始めた。


「言葉通り、魔力視で街中すべての人間の魔力を視るだけだ。流石にただの魔力視だけじゃ街全体を確認できないから、空間魔法で補強するがな」

「魔力を視てどうするの?」

「嘘かどうか見抜く」


 まるで、真偽の見分けがつくと(のたま)うゼイン。

 これが他の人であれば鼻で笑ったところだが、彼が断言した以上、本当にできるのだろう。

 じっと見つめる瞳は揺るがない。


「今までもそうでしたけど、どうやって見抜いているのですか?」

「そうですね。演技や表情を取り繕うのが上手な人もいます。そういう相手は判断が難しいのではないですか?」

「魔力を視れば嘘かどうか判断つく。どれだけ誤魔化そうとな」


 アルシアやリタの質問に、ゼインは何てことないように話す。

 魔力視を極めればそんな芸当もできるのかと感心するアルシアたちだったが、隣のキエラの表情を見て考えを改めた。


「……私、初耳なのだけれど」

「他の奴もできるとは聞いたことないな」


 実質、ゼインだけとなると、安心でもあり不安でもあった。


「それだと証拠としては不十分かしら? さっき話していた魔道具も使う必要あるかもしれないわね」

「今まで一度も間違ったことはない。もし信じられないというならそれでもいいが、手っ取り早く脅せば吐くだろ」

「脅すって、もしかして盗賊に使った()()のこと?」


 思い当たることを尋ねると、無言で頷くゼイン。

 アルシアたちの表情が曇る。

 話には聞いていたが、かなりスプラッタな光景だったと顔を青くしたリタの様子が印象的だった。直接見たリタなんかは、血の気が引いたような表情を浮かべている。

 キエラも悩ましげに眉を曲げる。

 一般人からしたら、()()()()()()の光景は不味いだろうと考えたが、かといって他にいい案もない。

 精々が尋問を生業とする人に任せるぐらいだったが、それだと人数が途方もない。彼女自身が精神魔法を使えれば話が早かったのだが、生憎と適性はなかった。


「……できれば、あんまりその方法は使って欲しくないのだけれど」

「ちゃんと嘘を吐いた連中にだけ見せるつもりだ。お前らも、見なくていいぞ」


 そうは言っても、ゼインの他に誰か同伴する必要はある。

 キエラは付き合おうと考えていたが、冒険者ギルドからも一人は欲しいと思っていた。


「……タバサには悪いけれど、彼女しかいないかしらね」


 キエラの独り言は、横にいたゼインにしか届かなかった。



 ◆◆◆



「お触れは出してきたよ。次の鐘の後、五分間だけ外に出るように言ってある。その間に頼むよ」

「十分だ」


 戻ってきたタバサが時間を指定する。

 今から約十五分後に鐘の音が聞こえてくるはずだ。


「それで、タバサにもう一つお願いがあるのだけれど――」


 キエラが先ほどの話を要約して伝える。

 始めは感心したように聞いていたタバサだったが、尋問の立ち合いを頼まれると、嫌そうに顔を(しか)めた。


「でも、他の人に任せるわけにもいかないじゃない?」

「それはそうだがね……。もっと穏便な方法はないのかい?」

「これが一番手っ取り早い。下っ端と真ん中あたりの連中を順にやれば、ペラペラしゃべってくれるだろう」


 こなれた様子に呆れ果てるタバサ。

 心を折るにはやりすぎな気もするが、悪事に手を染めた人間に掛ける情けは持ち合わせていなかった。


「……分かったよ。あたしが参加する」


 誰か他の職員に任せてもよかったが、(むご)たらしいからと代わるのは流石に気が引けた。

 肩を落として了承するタバサをキエラが慰める。

 そんなことをしていたら、時間を告げる音が鳴り響く。


「おっと、時間だよ」


 タバサの言葉でゼインが動き出す。

 といっても、元から座っていた彼は足を組みかえて座り直しただけ。後は探るように視線を行ったり来たりさせていた。


「まだ建物に残っている奴らがいるな」


 約一分経ったところでゼインが口を開く。

 どうやら街の人々の動きを調べていたようで、大半が命令に従う中、一握りの人間は動くそぶりを見せなかった。


「やっぱり捕まえるのかい?」

「あぁ。嘘を吐いた連中とは別の部屋に入れておく。そっちもあいつらに聞けばいいだろ」


 素直に従わない人も一人一人後で確認することにして、ゼインはキエラに魔法を頼む。

 彼は瞑想(めいそう)するように目を(つむ)った。


「はい、準備はできた。いつでもいいわよ」

「じゃあ、いくぞ。――“中層四階の()()()()の存在がバレた!”」


 ゼインの声が街中に響き渡る。

 感心したのも束の間、牢の中に次々と人が現れる。

 数にして三十ほど。捕らえた人数のおよそ四割に及ぶ数だった。……なお、建物の中に入っていた人々は、その倍以上いたのだが。

 人の流れが途絶えると、ゼインは目を開いて立ち上がる。


「とりあえず、あの部屋のことを知っているだろう連中はこれだけだな。後はきょとんとするか、純粋に驚いているかのどっちかだった」


 振り返ったゼインはそう告げるのだった。


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