87話 謝罪と確認
※タリオン視点です。
広場から手を引かれるまま、皇女様の後について行く。
……いや、引っ張られているのは鎖だから、あんまり嬉しくない。どこからどう見ても囚人扱いだ。すれ違う人たちも、ぎょっとして振り返るから、正直居心地は悪い。
でも、あのままあそこに居てもどうしようもなかったから、彼女について行く以外選択肢はなかった。
しばらく無言で歩いていたけど、ようやく目的地に着いたみたいで彼女が振り返る。
「とりあえずこの部屋に入れ」
素直に従うと、中は凄く広くて豪華な家具ばかりが並んでいた。
我が物顔でベッドまでずかずかと進む彼女は、勢いよく腰かけて隣をポンポンと叩く。どうやら隣に座れって事みたいだけど、ちょっと気後れする。
俺の葛藤を見抜いた彼女がむっとした表情を浮かべた。
綺麗な人は怒った顔も可愛いんだなぁ――。
さっきみたいに強引に手を引かれた俺は、そんな現実逃避をしていた。
それも仕方ないだろう。だって、今彼女は、頭を下げて床に平伏していたのだから。
「――すまなかった! 妾の所為でお主を大罪人に仕立て上げられてしもうた。あの豚にお主のことを伝えてしまったばっかりに、危うく命まで取るところだった。妾にできることであれば、何でもいい、償わせてくれんか」
「えーっと、ほら。俺は無傷だったから、それで良しってことにしない?」
「お主の名誉は傷ついたままじゃ。今度大々的に『迷人』であると証明する故、それまではどうか耐えてくれんかのう?」
「……その前に、その恰好だと話しにくいんだけど、顔上げてくれない?」
俺の質問に嫌と答えたまま、皇女様は微動だにしない。
許すと言っても顔を上げないし、話しにくいと言っても聞かない。いつまでそのままなのか尋ねると、この会話が終わるまでと言われてしまった。
……仕方ない、早めに会話を切り上げよう。
「名誉も何も、俺、全然気にしてないから大丈夫」
「しかし、あらぬ噂が流れてしまっては、今後生き辛いであろう?」
「心配は嬉しいけど、それ以上に活躍すれば問題ないかなって。……それより、その証明方法が気になるかな」
ようやく会話が終わったと思ったのに、彼女は顔を下げたままだ。
さっきの体勢のまま説明を始めた。
「異世界から来た相手を調べる魔道具があるのじゃ。……どちらかといえば、相手の話す内容の真偽を判断するだけじゃが、こちらの知らぬ単語に関して問えば一発で判断つくのじゃ」
「その魔道具って、どうやって使うの?」
「片方に質問者が、もう一方に返答者が触れることで機能する。魔力を流すのは質問者だけじゃが、返答者からも魔力を吸うそうじゃな」
詳しい機構は分からないけど、聞いた限り結構複雑な魔道具っぽい。ってことはつまり――。
「その魔道具、俺、使えないかも」
「えっ――!?」
正直に告げると、驚いた彼女の声が響き渡る。
あ、やっと顔を上げてくれた。
◆◆◆
「……まさか、『真偽判定』の魔道具が使えぬとは思わなんだ」
ようやく椅子に座りながら話せた彼女に事情を説明する。
「魔力を火とか水とかに変換するぐらいなら大丈夫なんだけど、複数のことをやろうとするとダメなんだ。機能しないだけならいいんだけど、最悪その魔道具を壊しちゃうから」
「それは困るのう。新たに作り直せるほど、『真偽判定』の魔道具は容易くないのでな」
なんでも、迷宮遺跡と呼ばれる魔境に似た、けれどそれよりずっと有益な場所があるらしい。そこで手に入る魔道具を改造して作られたものみたいで、作り方は広く知られていても、核となる魔道具がなかなか手に入らない貴重な代物だという。
それなら尚のこと、壊すわけにはいかなかった。
「それ以外の証明方法ってないのかな」
「ないのぅ。長くその魔道具による判別に頼っておったから、多くの者は他で説明しても、納得せぬだろうな」
「時間をかけて……ってのは無理なのかな?」
「無理ではないが、何時までも疑念を抱く者が存在するであろう。明確な証拠を出せれば別じゃが、これといったものはないじゃろう」
牢屋で話した以上のことは何もない。
魔道具が作れたり、分かりやすい魔法が使えたりすれば別なんだろうけど、生憎とそんなものはなかった。
持ち物も、さっき皇女様のお付きの人から返してもらった。許可証とか、お金とかも証明には弱いと言われてしまってはお手上げだった。
「昔はどうしてたの? ずっとその魔道具があったわけじゃないよね」
「疑わしき者を保護し、時間を掛けて答えを出してみたいじゃな。ただ、騙りも多くてのう。『迷人』と偽る行為を重罪としてからいくらかマシになったとはいえ、詐称する者が後を絶たなかったのじゃ」
丁重な扱いを受けて、豪華な暮らしができるとなれば、邪な考えを持つ人も多かっただろう。「迷人」を手荒な扱いにすると、他国からも非難されるみたいだから、自称「迷人」を無視することもできないらしい。……そういうのを嫌って、知識とお金だけ渡して後は好きにしろって国もあるらしい。
拾われた経緯があれだけど、俺はこの国で良かったのかもしれない。だって、親身になって話を聞いてくれる人がいるのだから。
「うーん、じゃあ俺もそっちの方向で行こうかな。流石に貴重な魔道具は壊せないから、他の魔道具で色々実演して見せて」
「よいのか? お主の尊厳が損なわれたままであるのじゃぞ」
「うん、いいよ。顔も知らない人たちの評価なんて。それよりも、身近な相手に理解してもらえるほうが、何倍も嬉しいから」
心の赴くままに吐露する。
俺の言葉に面食らったように、皇女様は目をぱちくりさせていた。
それも束の間で、すぐに貫禄のある笑みに戻ってしまった。
「ふふっ、面白い奴じゃの。――よかろう。地道にお主のことを周知させるとしよう」
取り急ぎ、俺の扱いは彼女の客人とするみたい。
別のお付きの人に、あれこれ指示を出していた。それが終わると、今度は俺の言葉を確かめる準備に取り掛かった。
◆◆◆
「お主を疑っているわけではないが、説明するにも確認は必要でな。それと、できればどの程度の魔道具なら使えるのか、把握しておきたいのじゃ」
皇女様の意見は理解できたから、素直に頷いた。
流石にこの部屋で確認することは出来ないので、案内に従って訓練場へと移動した。
到着すると、そこには一人の女性が待っていた。
「急に呼び立ててすまんな、ノーラ」
「いえいえ、殿下のお呼びとあれば、すぐにでも駆け付けますよ」
背の高い女性が俺に気付いて挨拶をする。
「初めまして、私はノーラ・グライスナー。宮廷魔道具技師を務めています」
「こちらこそ初めまして。俺はタリオン・ルーガー。帝国防衛軍第一師団所属です」
「はて? 帝国軍はいつから騎士団以外を組織したんですかね。私が研究所に籠っている間となると、随分と早い結成ですね」
「此奴は『迷人』でな。帝国とはいっても、異世界にある帝国のことじゃ」
「――あぁ、なるほど!」
思わずいつものように挨拶をしてしまった。
首を傾げていたグライスナーさんが、皇女様の説明で拳を手のひらに打ち付けた。
「となると、お求めは護身用の魔道具ですか? ……あれ? でも先ほど、軍に所属しているっておっしゃってませんでしたか」
「それにはちょいと事情があってな――」
皇女様が掻い摘んだ説明をする。
「……なるほど、魔道具を壊してしまう体質ですか。――失礼ですが、初めて聞く体質ですけど、そちらではよくあることなのですか?」
「あー、壊すのは俺ぐらいかな。壊しちゃう理由も、俺の魔力量が桁違いに多い所為なんで、魔道具側に問題があるわけじゃないんですよ」
誤解がないよう、俺が原因だとしっかりと告げる。
……魔道具を使えない人なら一人思い当たるけど、今は関係ないからいいか。
「多いだけでしたら問題ないのではないですか? 過剰供給されないような安全装置もありますし、流れる量を一定にする機構があれば解決するのでは?」
「あー、それは……」
帝国の皆と同じ意見をグライスナーさんが口にした。
彼ら彼女らも俺でも使えるようにと、あれこれ試行錯誤してくれた。魔力を規定量だけ流れる仕組みや、余剰分を排出して正常に作動するようにする仕組み、チャージ式にしてそこから必要量取る仕組みなどなど。
それでも、この問題を根本的に解決することはできなかった。
成果は使える魔道具が多少増えたぐらい。俺としてはそれだけでも大助かりだったんだけど、皆は納得しなくて、大戦が終わってもずっと研究してくれていた。
それがとても嬉しくもあり、申し訳なくもあった。
俺のほうで頑張って魔力操作の腕を少し上げたほうが、遥かに使える魔道具が多くなっていたから――。
それが判明したのは、ふと、一年でどれだけ魔力操作の腕が上達したのか確認した時だった。
始めは皆の頑張りのおかげで、魔道具を使えるようになったと思い込んでいた。実際、改善後の魔道具は、俺の魔力にも耐え、今まで以上に長く使用できていたから。
確認のために使用した物と同じ魔道具を、一年後使ってみたら、前以上に長く使用することが出来てしまった。
一度で壊れていた物が、三度使える。
普通であれば、素直に喜べばいいのだろうけど、俺はその事実をひたすらに隠していた。皆が改善した同じ効果の魔道具も三度……。残酷な事実を突きつけられるほど、俺は強くなかった。
――ただ、救いもあった。
一年経っても使えなかった魔道具でも、同じ効果の皆が作った魔道具だったら使えたのだから。
「どうかしたの?」
不意に過去へと思いを馳せていた俺に、不思議そうな顔をしたグライスナーさんが問いかけてきた。
「いえ、なんでもないです。――前に同じ意見の魔道具技師たちが、魔道具のほうで調整してみたんですけど、ダメだったんですよ。たしか、俺の魔力の密度が大きすぎるって話でした。どうにかして調整できないかと研究してくれたんですが……」
「なるほど、すでに検討済みだったのね。……あとで何を試したのか聞いてもいいかしら?」
「構わないですけど、俺は魔道具にそこまで詳しくないので、専門的なことはちょっと……」
なんちゃら理論とか、並列うんたらの陣だとか、分散かんとか技法とか言われても、ちんぷんかんぷんだ。
かみ砕いた説明は教えてくれたから、それでも良ければと答えると、問題ないと返ってきた。
「うむ、とりあえずはどの魔道具が使えるか、確かめてみるかの。お主も、無手は困るであろう?」
「一応、身体強化メインで戦えるようにしてるから大丈夫だけど、魔道具が使えるに越したことはないから、助かるよ」
俺一人だけであれば、魔道具がなくても大抵の攻撃が効かないから問題ない。遠距離攻撃も、気にしなければいいだけだしね。
ただ、誰かを守りながらとなると、そうも言ってられなくなる。時間をかけられない相手に、受け身でいるのは下策だから。
そんなことを考えつつ、一つ一つ魔道具を試していった。
検証は陽が暮れるまで続いた。
その日、俺が壊した魔道具の数は、百近かったと思う。
三十を超えたあたりから、怖くなって数えるのを止めた。
うずたかく積まれた瓦礫の山を見ながら、ぶるりと身震いした。
どうか、魔道具の代金を請求されませんように――。
「真偽判定」の魔道具、今まで「審議」と間違った表記にしていたことに、今更ながら気付きました。
正しくは「真偽」です。
……”審議の間”に引っ張られていましたね。




