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六英雄キ -異世界編-  作者: 上野鄭
第三章 軌跡

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87話 謝罪と確認

※タリオン視点です。

 広場から手を引かれるまま、皇女様の後について行く。

 ……いや、引っ張られているのは鎖だから、あんまり嬉しくない。どこからどう見ても囚人扱いだ。すれ違う人たちも、ぎょっとして振り返るから、正直居心地は悪い。

 でも、あのままあそこに居てもどうしようもなかったから、彼女について行く以外選択肢はなかった。


 しばらく無言で歩いていたけど、ようやく目的地に着いたみたいで彼女が振り返る。


「とりあえずこの部屋に入れ」


 素直に従うと、中は凄く広くて豪華な家具ばかりが並んでいた。

 我が物顔でベッドまでずかずかと進む彼女は、勢いよく腰かけて隣をポンポンと叩く。どうやら隣に座れって事みたいだけど、ちょっと気後れする。

 俺の葛藤を見抜いた彼女がむっとした表情を浮かべた。


 綺麗な人は怒った顔も可愛いんだなぁ――。


 さっきみたいに強引に手を引かれた俺は、そんな現実逃避をしていた。

 それも仕方ないだろう。だって、今彼女は、頭を下げて床に()()()()()()のだから。


「――すまなかった! 妾の所為でお主を大罪人に仕立て上げられてしもうた。あの豚(ヤーコブ)にお主のことを伝えてしまったばっかりに、危うく命まで取るところだった。妾にできることであれば、何でもいい、償わせてくれんか」

「えーっと、ほら。俺は無傷だったから、それで良しってことにしない?」

「お主の名誉は傷ついたままじゃ。今度大々的に『迷人(まよいびと)』であると証明する故、それまではどうか耐えてくれんかのう?」

「……その前に、その恰好だと話しにくいんだけど、顔上げてくれない?」


 俺の質問に嫌と答えたまま、皇女様は微動だにしない。

 許すと言っても顔を上げないし、話しにくいと言っても聞かない。いつまでそのままなのか尋ねると、この会話が終わるまでと言われてしまった。

 ……仕方ない、早めに会話を切り上げよう。


「名誉も何も、俺、全然気にしてないから大丈夫」

「しかし、あらぬ噂が流れてしまっては、今後生き辛いであろう?」

「心配は嬉しいけど、それ以上に活躍すれば問題ないかなって。……それより、その証明方法が気になるかな」


 ようやく会話が終わったと思ったのに、彼女は顔を下げたままだ。

 さっきの体勢のまま説明を始めた。


「異世界から来た相手を調べる魔道具があるのじゃ。……どちらかといえば、相手の話す内容の真偽を判断するだけじゃが、こちらの知らぬ単語に関して問えば一発で判断つくのじゃ」

「その魔道具って、どうやって使うの?」

「片方に質問者が、もう一方に返答者が触れることで機能する。魔力を流すのは質問者だけじゃが、返答者からも魔力を吸うそうじゃな」


 詳しい機構は分からないけど、聞いた限り結構()()()()()()っぽい。ってことはつまり――。


「その魔道具、俺、使()()()()かも」

「えっ――!?」


 正直に告げると、驚いた彼女の声が響き渡る。


 あ、やっと顔を上げてくれた。



 ◆◆◆



「……まさか、『真偽判定』の魔道具が使えぬとは思わなんだ」


 ようやく椅子に座りながら話せた彼女に事情を説明する。


「魔力を火とか水とかに変換するぐらいなら大丈夫なんだけど、複数のことをやろうとするとダメなんだ。機能しないだけならいいんだけど、最悪その魔道具を壊しちゃうから」

「それは困るのう。新たに作り直せるほど、『真偽判定』の魔道具は容易くないのでな」


 なんでも、迷宮遺跡(ダンジョン)と呼ばれる魔境に似た、けれどそれよりずっと有益な場所があるらしい。そこで手に入る魔道具を改造して作られたものみたいで、作り方は広く知られていても、核となる魔道具がなかなか手に入らない貴重な代物だという。

 それなら尚のこと、壊すわけにはいかなかった。


「それ以外の証明方法ってないのかな」

「ないのぅ。長くその魔道具による判別に頼っておったから、多くの者は他で説明しても、納得せぬだろうな」

「時間をかけて……ってのは無理なのかな?」

「無理ではないが、何時までも疑念を抱く者が存在するであろう。明確な証拠を出せれば別じゃが、これといったものはないじゃろう」


 牢屋で話した以上のことは何もない。

 魔道具が作れたり、分かりやすい魔法が使えたりすれば別なんだろうけど、生憎とそんなものはなかった。

 持ち物も、さっき皇女様のお付きの人から返してもらった。許可証(ライセンス)とか、お金とかも証明には弱いと言われてしまってはお手上げだった。


「昔はどうしてたの? ずっとその魔道具があったわけじゃないよね」

「疑わしき者を保護し、時間を掛けて答えを出してみたいじゃな。ただ、(かた)りも多くてのう。『迷人』と偽る行為を重罪としてから()()()()()()になったとはいえ、詐称する者が後を絶たなかったのじゃ」


 丁重な扱いを受けて、豪華な暮らしができるとなれば、邪な考えを持つ人も多かっただろう。「迷人」を手荒な扱いにすると、他国からも非難されるみたいだから、自称「迷人」を無視することもできないらしい。……そういうのを嫌って、知識とお金だけ渡して後は好きにしろって国もあるらしい。

 拾われた経緯があれだけど、俺はこの国で良かったのかもしれない。だって、親身になって話を聞いてくれる人がいるのだから。


「うーん、じゃあ俺もそっちの方向で行こうかな。流石に貴重な魔道具は壊せないから、他の魔道具で色々実演して見せて」

「よいのか? お主の尊厳が損なわれたままであるのじゃぞ」

「うん、いいよ。顔も知らない人たちの評価なんて。それよりも、身近な相手に理解してもらえるほうが、何倍も嬉しいから」


 心の赴くままに吐露する。

 俺の言葉に面食らったように、皇女様は目をぱちくりさせていた。

 それも束の間で、すぐに貫禄のある笑みに戻ってしまった。


「ふふっ、面白い奴じゃの。――よかろう。地道にお主のことを周知させるとしよう」


 取り急ぎ、俺の扱いは彼女の客人とするみたい。

 別のお付きの人に、あれこれ指示を出していた。それが終わると、今度は俺の言葉を確かめる準備に取り掛かった。



 ◆◆◆



「お主を疑っているわけではないが、説明するにも確認は必要でな。それと、できればどの程度の魔道具なら使えるのか、把握しておきたいのじゃ」


 皇女様の意見は理解できたから、素直に頷いた。

 流石にこの部屋で確認することは出来ないので、案内に従って訓練場へと移動した。

 到着すると、そこには一人の女性が待っていた。


「急に呼び立ててすまんな、ノーラ」

「いえいえ、殿下のお呼びとあれば、すぐにでも駆け付けますよ」


 背の高い女性が俺に気付いて挨拶をする。


「初めまして、私はノーラ・グライスナー。宮廷魔道具技師を務めています」

「こちらこそ初めまして。俺はタリオン・ルーガー。帝国防衛軍第一師団所属です」

「はて? 帝国軍はいつから()()()()()()()()()()んですかね。私が研究所に籠っている間となると、随分と早い結成ですね」

「此奴は『迷人』でな。帝国とはいっても、()()()()()()()()のことじゃ」

「――あぁ、なるほど!」


 思わずいつものように挨拶をしてしまった。

 首を傾げていたグライスナーさんが、皇女様の説明で拳を手のひらに打ち付けた。


「となると、お求めは護身用の魔道具ですか? ……あれ? でも先ほど、軍に所属しているっておっしゃってませんでしたか」

「それにはちょいと事情があってな――」


 皇女様が()い摘んだ説明をする。


「……なるほど、魔道具を壊してしまう体質ですか。――失礼ですが、初めて聞く体質ですけど、()()()ではよくあることなのですか?」

「あー、壊すのは俺ぐらいかな。壊しちゃう理由も、俺の魔力量が桁違いに多い所為なんで、魔道具側に問題があるわけじゃないんですよ」


 誤解がないよう、俺が原因だとしっかりと告げる。

 ……魔道具を使えない人なら一人思い当たるけど、今は関係ないからいいか。


「多いだけでしたら問題ないのではないですか? 過剰供給されないような安全装置もありますし、流れる量を一定にする機構があれば解決するのでは?」

「あー、それは……」


 帝国の皆と同じ意見をグライスナーさんが口にした。


 彼ら彼女らも俺でも使えるようにと、あれこれ試行錯誤してくれた。魔力を規定量だけ流れる仕組みや、余剰分を排出して正常に作動するようにする仕組み、チャージ式にしてそこから必要量取る仕組みなどなど。

 それでも、この問題を根本的に解決することはできなかった。

 成果は使える魔道具が多少増えたぐらい。俺としてはそれだけでも大助かりだったんだけど、皆は納得しなくて、大戦が終わってもずっと研究してくれていた。

 それがとても嬉しくもあり、申し訳なくもあった。

 俺のほうで頑張って()()()()()()を少し上げたほうが、遥かに使える魔道具が多くなっていたから――。


 それが判明したのは、ふと、一年でどれだけ魔力操作の腕が上達したのか確認した時だった。

 始めは皆の頑張りのおかげで、魔道具を使えるようになったと思い込んでいた。実際、改善後の魔道具は、俺の魔力にも耐え、今まで以上に長く使用できていたから。

 確認のために使用した物と同じ魔道具を、一年後使ってみたら、前以上に長く使用することが出来てしまった。

 一度で壊れていた物が、()()使()()()

 普通であれば、素直に喜べばいいのだろうけど、俺はその事実をひたすらに隠していた。皆が改善した同じ効果の魔道具も()()……。残酷な事実を突きつけられるほど、俺は強くなかった。

 ――ただ、救いもあった。

 一年経っても使えなかった魔道具でも、同じ効果の皆が作った魔道具だったら使えたのだから。


「どうかしたの?」


 不意に過去へと思いを馳せていた俺に、不思議そうな顔をしたグライスナーさんが問いかけてきた。


「いえ、なんでもないです。――前に同じ意見の魔道具技師たちが、魔道具のほうで調整してみたんですけど、ダメだったんですよ。たしか、俺の魔力の密度が大きすぎるって話でした。どうにかして調整できないかと研究してくれたんですが……」

「なるほど、すでに検討済みだったのね。……あとで何を試したのか聞いてもいいかしら?」

「構わないですけど、俺は魔道具にそこまで詳しくないので、専門的なことはちょっと……」


 なんちゃら理論とか、並列うんたらの陣だとか、分散かんとか技法とか言われても、ちんぷんかんぷんだ。

 かみ砕いた説明は教えてくれたから、それでも良ければと答えると、問題ないと返ってきた。


「うむ、とりあえずはどの魔道具が使えるか、確かめてみるかの。お主も、無手は困るであろう?」

「一応、身体強化メインで戦えるようにしてるから大丈夫だけど、魔道具が使えるに越したことはないから、助かるよ」


 俺一人だけであれば、魔道具がなくても大抵の攻撃が効かないから問題ない。遠距離攻撃も、気にしなければいいだけだしね。

 ただ、誰かを守りながらとなると、そうも言ってられなくなる。時間をかけられない相手に、受け身でいるのは下策だから。


 そんなことを考えつつ、一つ一つ魔道具を試していった。

 検証は陽が暮れるまで続いた。


 その日、俺が壊した魔道具の数は、百近かったと思う。

 三十を超えたあたりから、怖くなって数えるのを止めた。

 うずたかく積まれた瓦礫(がれき)の山を見ながら、ぶるりと身震いした。


 どうか、魔道具の代金を請求されませんように――。


「真偽判定」の魔道具、今まで「審議」と間違った表記にしていたことに、今更ながら気付きました。

正しくは「真偽」です。

……”審議の間”に引っ張られていましたね。

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