10話 感じた違和感
あれから後続部隊が到着するまで、ドラゴンの動きはなかった。
どういった理由でここまで移動してきたか分からないが、周辺に似たような気配はなかった。
討伐にあたるのは、後続部隊が休憩を入れた後。
具体的には一日の休みを挟み、その翌日の朝からだった。
もちろん、その前にドラゴンに動きがあればすぐにでも討伐を開始する予定だったが、幸いにも大きな動きはなかった。
◆◆◆
討伐開始日。
天幕の前に部隊の人たちが並ぶ。
ざっと見た限り百人程度はいるだろう。
一部は遠くで控えるとはいえ、半数以上はドラゴンと対峙することになる。
各々が緊張や決意の籠った形相を見せていた。
「――諸君、これよりドラゴン討伐を行う。寝耳に水で驚くものや人数の少なさに不安を持つものもいるだろう。しかし、安心したまえ。此度は『稀人』であるゼイン殿がついている。知らぬものが多いだろうが、ゼイン殿は戦闘に長けた『稀人』だ。ドラゴンなぞ、星の数ほど屠ってきた。その彼がドラゴンは任せろと仰せだ。我々は逃げた魔物を狩るだけでいい。
――恐れるな。神は我々に味方している」
隊長の激励で見る見るうちに兵士たちの士気が上がる。
俺のことを知らないはずなのに、よくもまあここまで口が回るものだ。
感心して見ていると号令がかかる。
「――作戦開始!」
最後の掛け声とともに各部隊動き出す。
俺はゆっくりとアルシアの傍に近づいて合流した。
「お疲れ様です」
労いの言葉に軽く頷いて返事をする。
号令をかけた隊長が指揮を執り、ドラゴンの元へ移動を始める。
◆◆◆
小一時間歩くと行軍が停止した。
ある程度開けた場所だが、目の前を木々が遮りドラゴンから見つかりにくい場所のようだった。
目視できる距離に近づいたことで感じるものがあったのか、アルシアが身震いした。
「大丈夫か」
「……はい、大丈夫です」
気丈に振る舞っているが魔力に気圧されているのは丸わかりだ。
他の連中はドラゴンに怖がっているように見えたかもしれないが、あながち間違ってはいない。
アルシアは魔力操作を鍛えたことで、多少は他人も魔力を感じられるようになった。
ただ、周囲の人間の魔力が少ないこともあって、いまいち実感がなかったものが、ドラゴンとかいう巨大な魔力の塊を見たことで驚いてしまったんだろう。
間が悪いような気がしないでもないが、落ち着かせるために背中をさする。
それに合わせて魔力を薄く流して循環を促す。
慣れないうちに大量の魔力を感じると起きるパニック現象だ。
こうしておけば、そのうち治るだろう。
乱れた呼吸が戻ってきたところで手を離す。
「……ありがとうございました」
少し恥ずかしそうにお礼を口にした。
やはりセンスがいい。
パニック状態でも魔力を流したことがわかったようだ。
アルシアの言葉に手をひらひらさせる。
「あれがドラゴンか。ただの羽が生えたトカゲみたいだな」
「元の世界にはいなかったのですか?」
「ああ。聞いたこともない」
俺の答えに少しだけ不安そうな顔をするアルシア。
安心させるように頭をぽんぽんと叩き、手を振って歩き出す。
部隊の先頭までつくと、隊長が声をかけてきた。
「――いけるか」
「ああ」
足を止めずに短く答えて通り過ぎる。
ふと疑問を一つ思い出して振り返る。
「周辺の被害はどのぐらいまで抑えればいい」
「――気にするな、と言いたいが、抑えられるに越したことはない。討伐に支障がない程度に気にかけてもらえると助かる」
しばらく考えて口を開いた隊長に、了解と告げて手をあげる。
そのまま歩いて木々の間を抜けた。
◆◆◆
ドラゴンの目と鼻の先まで辿り着いた。
眠っているのか俺に気付いた様子もなく丸くなっている。
近くでしげしげと眺める。
ちょっとした小山ぐらいの大きさはありそうだ。
閉じられた羽は体と同じかそれ以上で尻尾の長い。
四足歩行をするのか手も足も同じぐらい太い。
見れば見るほど、デカい羽根の生えたちょっと厳ついトカゲにしか見えない。
「さて、と」
実力を見せつける目的もあるが、この世界の魔獣について調べる絶好の機会だ。
この未知の生物に色々と検証させてもらおう。
左手の掌を胸まで持ち上げて魔法を発動する。
「ギャアァァ――!!」
熱波と轟音とともに目の前の生物からつんざくような悲鳴が聞こえた。
「ただの牽制だぞ。大したダメージにならないだろうに」
地面を蹴って空へと逃げる小山にもう一発お見舞いする。
今度は天から貫くように雷を浴びせて叩き落す。
「グゥアァァ!?」
背中から衝撃を受けて驚いたような鳴き声がした。
後ろのほうからどよめきが聞こえる。
そんな声をよそに、俺は顔をしかめて目の前の奇怪な生物を見据える。
「――おかしい」
思わず声が漏れる。
木々の奥からは歓声や驚嘆の声で盛り上がりを見せているが、それとは対照的に俺の心の中では疑念が渦巻く。
牽制でそこまで威力がないとはいえ、無防備な状態で直撃しておいて傷一つ見当たらない。
障壁や魔力密度で防いだ様子もない。
俺の魔法の威力が落ちている訳でもなかった。
それを証明するように、最初に放った炎や上から落とした雷の余波で、周囲が焼けこげたり抉れたりしている。
今まで同様、込めた魔力量や魔法の規模に見合った被害が出ている。
不思議に思って周辺の逃げ惑う魔獣向けて魔法を放つ。
さすがに離れすぎて目視で見ることはできないが、しっかりと仕留めることが出来た。
「――あ?」
いや、よく視ると思ったよりも傷が浅い。
それでも内部に届けば焼き切れているようで、死因の大半はこちらのようだった。
検証のため、他の魔獣も残らず屠る。
炎、雷、氷、空間魔法。
いずれも元の世界と比べると効きが悪い。
氷や空間だと解りやすかったが、魔法が触れた瞬間、僅かな抵抗を感じた。
これはこの世界の魔獣の特徴なのか、はたまた俺に異変があるのか……。
確かなことは分からないが、一つ言えることは、いつもより魔法を強くしないと効果がないということだ。
これは面倒なことになった。
一人渋面を浮かべていると、自らの身体の確認を終えた奇怪な生物が火を吐く。
後ろにも及ぶほどの規模で、込められた魔力も相当だ。
目の前を遮る木々が燃えつき、集団に火が迫る。
念には念を入れ、普段の五倍魔力を込めて魔法を発動する。
悲鳴や怒号が聞こえていたが、目前で火が止まると安堵の声が広がる。
隊長は腕を組んで立ち、不動の姿勢を見せていた。
そんな彼から声が飛ぶ。
「護ってもらえるのは嬉しいが、心臓に悪い。もう少し余裕をもって防いでもらえないだろうか」
手を投げやりに振って了解を伝える。
どこか嘆息したような声が聞こえた。
「――ギョア?」
火が止むと間抜けな声が響く。
この程度でけりがつくと思われていたらしい。
侮られたものだ。魔法が多少効かないからと図に乗ったようだ。
ため息を吐くと横っ面に掌底をお見舞いする。
俺の速さに目が追い付いていないようで、間抜け面のまま横に吹っ飛んでいった。
「なるほど。直接は問題ない、と……」
こうなるとあれが効くか試したくはある。
こんなドラゴン相手に勿体ないと思う反面、いざという時に使えないのは問題だ。
どうしようかと悩んでいると、あのドラゴンは、あろうことか羽を広げて逃げ出した。
「はぁ、しょうがない」
呆れてものも言えない。
たかだか軽く小突かれたぐらいで逃げ出すとは。
大人しく俺の礎になってもらおう。
ざわめく外野を無視して、俺はゆっくりと手をかざす。
二本の指を小者に向け、静かに振り下ろす。
「ギョガ!?」
二対の羽に雷の槍がそれぞれ突き刺さり、大穴を開けて墜落した。
じたばたもがくドラゴンの元に跳ぶ。
「ギャ、グゥゥグワァァァ!!」
今更威嚇しても形無しだ。
目の前に現れた俺に火を吐くが、口を氷で縫い付ける。
「――ッ」
ゆっくりと歩み寄ると、手を使って薙ぎ払いをしてきた。
それを飛び上がって躱し、そのままドラゴンの頭に乗る。
振り落とそうと必死に頭を動かすが、構わず歩いて首根っこを捕まえる。
「――なるほど」
ドラゴンに魔力を流して原因を探る。
流している間、借りてきた猫のように静かになった。
根本的な理由は不明だが、魔法の効きが悪いのは魔力の相性差のようだ。
さっきまでの検証と合わせて、三倍の威力があれば強引に打ち破れそうだ。
無理やり合わせることもできるが、代償が大きい。
それをするぐらいなら魔力消費が増すが、威力をあげたほうがよっぽどましだ。
確認も済んだことだし、そろそろこいつともおさらばだ。
俺の心を読んだ訳でもないだろうに、小刻みに震えだすドラゴン。
「じゃあな」
言葉とともに手に力を込めてくびきる。
頭を失った身体は土煙をあげて倒れた。
手にした頭を投げ捨てて、アルシアの元に移動した。
◆◆◆
「終わったぞ」
突然現れた俺に驚く連中を無視してアルシアに声をかけた。
「あ、はい。ありがとうございました――え?」
反射的だったのか、気のない声で答えていたが、途中で首を傾げる。
「あの、ドラゴンは飛び去ったのではないですか?」
「ああ。だから追いついて首を落としておいた」
どうにも飲み込めていないようで、傾けた首を今度は反対に向ける。
タイミングを図ったように、後ろから隊長の声がかかる。
「――すまない。ドラゴンを終始圧倒し、逃げたところまでは把握している。だが、離れすぎて、その後のことまでは確認できなかった」
どうやらドラゴンを退けただけと思われていたようだった。
そういえば展開した部隊がいない方向に飛んでいったな。
それに連絡手段が乏しいようだから、一番近くの連中からも情報は伝わっていないのか。
「ああ、どうも俺の牽制で放った魔法の効きが悪かったようで。直接殴ったら尻尾を巻いて逃げ出したから、追いかけて首をねじ切った」
「……あの威力で牽制だと!?」
小声で呟かれた独り言を無視して説明を続ける。
「場所はあっち。ここからだいたい四kmいったところに落ちてる」
墜落現場の方向を指さすと、釣られるように隊長が顔を向けた。
「――わかった。人を向かわせて確認しよう」
言うや否や部下に指示を出して数人を派遣する。
「では、残りの魔物の掃討は我々が行おう」
「それも終わった」
「――は?」
俺が説明しようとしたタイミングで、展開した部隊からの伝令が来る。
「――報告します! 周囲に散らばっていた魔物が死体で発見されました。いずれも火や氷、その他未確認のもので首を貫かれていた模様です。現在、未確認魔物の存在や討ち漏らしの捜索を行っております」
伝令の言葉を聞いた隊長は、錆びついた動きで首を回して俺を見る。
「ドラゴンがうろちょろしてるときに炎や氷、雷で首を狙った。展開してる範囲にいた魔獣は全部やっておいた」
「――だ、そうだ。念のため討ち漏らしがないかの確認をしたら引き上げろ」
しばらく解せない表情でいた隊長がおもむろに伝令に向き直り、指示を出す。
「――へ? あ、はい。承知しました!!」
棒を飲み込んだようになっていた伝令が、隊長の声で我に返る。
そのまま似たような内容の伝令が他からも届いた。
同様に伝えるように指示をしていた。
この場にいる連中からは信じられないものを見る目が向けられる。
「――助力に感謝する」
律儀にも隊長は頭を下げる。
「ああ」
素っ気なく返したが、隊長は気にした様子もなく部隊を纏めるために立ち去った。
後ろ姿を見送ると、未だに現実逃避をしているアルシアに声をかける。
「アルシアもそのうちあのドラゴンぐらいなら倒せるだろう」
「――無理です! 絶対に無理ですから!!!」
我に返ったのか一生懸命に否定する。
抗議をしてくるアルシアの頭を撫でながら、心の中で独り言ちる。
「動けないトカゲなら、過回復させれば肉塊にするぐらい訳ないと思うんだけどなぁ」




