プロポーズ
私の目の前にいる女性は、下を向き、体を折り曲げて小刻みに震えていた。怒っているのだろうか? それとも、泣いているのだろうか?
新宿のオフィスビル地下一階に入っているコーヒーショップで、私は彼女にプロポーズをしていた。
プロポーズをしたのだが──未だに彼女は椅子に座わったまま下を向き、身体を上下に揺らしていた。
彼女の耳たぶから、ぶら下がっている、あめ玉みたいなイヤリングも、トロンボーンの様に、左右に揺れている。それを見ていたら、だんだんと現実では無いような気がしてきた。
彼女は身体を起こすと、涙目だった。しかし笑っていた。ホッとすると同時に、はたして私は笑われる様なことを言ったのだろうか? という疑問を抱いていた。
私の気持ちを察してか、彼女はすぐに謝ってきた。
「ごめん、ごめん。あんまり真剣だったからさ。何かあるのかと思っちゃった」
「え?!」
私には、意味が分からなかった。けれど、急に肩の力が抜けたみたいだった。
私は、冷めきった目の前にあるブラックのコーヒーを啜った。苦さに目が覚める思いだ。
まあ、ありがちな展開だ。でも、充分だと思った。
私は、下を俯き中年太りで大きくなった自分のお腹を見下ろした。年齢は、もう四十才をとうに過ぎていた。
彼女は、まだ二十五才だ。遊びのつもりだったのだろうか──がっかりした様な、予想通りの答えでホッとした様な。ため息をつくとテーブルの上に汗がしたたり落ちてきた。
慌てて、ポケットに入れていたハンカチで汗を拭ったが、吹き出した汗は拭いきれなかった。
「いいわよ、考えておくわ。私、真面目な人、嫌いじゃないの」
「え?」
私が予想外の答えに驚いていると、彼女は「ごちそうさま」と、小さく呟き去っていった。
私は去った彼女の後ろ姿を見ながら、彼女が見えなくなるまで、ずっと見つめていた。