第8話
短くだけど事情を伝え聞いて、私は息を吐いた。部屋の壁に背中をつける。
思い返せば、私は三条に救われた経験がある。中学時代の同級生たちに街中で絡まれたときのことだ。
「あれ、有栖川じゃん。レズの」
「な、なに?」
「まだ生きてたんだ」
私は足早にその場を去ろうとして、囲まれ、腕を掴まれた。
そのとき偶然通りかかったのが三条だった。
「誰、あんた?」
「三条雷香」
「あ、もしかしてこいつの友達? 知らないと思うけどこいつレズだから関わらない方がいいよ」
「知ってる」
「あ?」
「有栖川は私の彼女だから」
三条が私の手を力強く握った。
自分の同性に対する気持ちに気付いたのは中学のときだった。そのことは、気を許した相手にしか話していなかったのに、いつのまにか校内に噂が広がり、私はいじめを受けるようになった。深く傷ついた私はだからこそ、ほとんど知り合いのいない高校を選び、自分のセクシャリティをひた隠しにするようになった。
「あなたたちこそ二度と有栖川に関わらないで」
三条に助け出され、中学の同級生から解放された私は、移動先の公園で経緯を説明した。三条も同じように拒否反応を示すと思った。
「気持ち悪いでしょ。今までみたいに私を部屋に上げるの」
私は自分から三条と距離を取ろうとした。でも彼女はそれを看過しなかった。
「私はアリスと離れるつもりはない」
「え?」
「アリスは辛くて悲しい思いをいっぱいしてきたわけでしょ。だからこれからも私がそばにいて、楽しくかわいい思い出に上書きしないと。それに、朝のジョギングのあと私の家に寄れなくなったらアリスが困る」
私がその言葉にどれくらい助けられたか、計り知れない。
私は目を開け、三条を見る。
「かわいいで世界を上書きして救うなら、まずあんたの世界を上書きして救わないと」
「アリス……」
今度は自分が、とそういう気持ちだった。三条を傷つけるなら、私はその部屋を壊し、彼女の言葉を借りるなら——。
「あのかわいくない部屋をかわいくしよう」
私は言ってクローゼットの中を開ける。
「今まで隠してたけど」
三条の写真はないけど、動物とかマスコットのぬいぐるみが詰め込まれている。
「私もかわいいの大好きなんだ」