第3話
とはいえ、二人きりにするのは色々と心配なので、菜々の準備を手伝ったあと私もろとも三条の家に移動した。もう夜だ。
「ほとんど一人暮らしだから遠慮なく泊まっていって」
「なんか夜にあんたの家来るのは新鮮ね」
「そんなよそよそしくしなくていいのに、私たちはソウルメイトでしょ」
「あんたと私はクラスメイト」
菜々は三条が盗んだ例のぬいぐるみを持参していた。頭のないてるてる坊主みたいな見た目をしている。たしかにかわいらしい。
「ねぇ菜々、これなんのぬいぐるみなの?」
「これナイトクロウラーって言うんです。UMAのぬいぐるみ」
「一説によると布を被った人間らしいよ」
「じゃあそれが正解なんじゃないの……?」
「アリスは現実主義というか夢がないよね。人生息苦しくないの?」
「……息を苦しくさせたい人ならいるけど」
私と三条を見て、菜々が楽しそうに笑う。リラックスしているのか、身体が斜めにゆらゆらと揺れている。
「ここ最近母親と喧嘩ばかりだったから、なんかこういう和気あいあいとしたのは久しぶりで」
「そうなんだ」
私は頷く。
「友達とはどうなの?」
「その……」
菜々は答えづらそうに口ごもる。あまり関係は良好じゃないみたいだ。
「ちょっと外の風に当たってきますね」
目が少し潤んでいたから、それを隠そうとしたのかもしれない。
「ねぇ三条。あんた菜々がロリポップキャンディ食べてたところ見たことあるって言ってたけど、それってどこで見たの?」
「校舎裏で、友達と」
「あんたそれ……」
それはキャンディじゃない。多分タバコだ。
私は菜々を追いかけて家の外に出た。夜風が冷たく、菜々は昔の労働者が水銀を払うみたいに、皮膚を擦り合わせている。
「どうしてお母さんと喧嘩したの?」
「金髪にしたから。でもこうしないとみんなから仲間外れにされるから」
「やっぱり髪型とか制服の着崩しとか無理矢理?」
菜々は下を向きながら小さく頷いた。
「もしかしてタバコも無理矢理やらされてるんじゃないの?」
「どうしてそのことを……?」
顔を上げて菜々が目を大きくする。
「幻滅しましたよね、私こんなふうで。でも周りの子たちに反抗するのがこわくて、やめたくてもやめられなくて……。明日学校からも呼び出されてるんです。タバコのことで」
「タバコはかわいくないね」
そう言って物陰から三条があらわれる。どうやら私たちの話を聞いていたらしい。
「ねぇ菜々ちゃん。今の友達と無理して付き合ってるってこと?」
いつになく三条の表情が真剣になる。
菜々は小さく頷いた。
「こう考えてみて。菜々ちゃんが菜々ちゃんらしくいられないのは世界の損失だって。人の一生はみな等しく一投で一つの試みって、有名な言葉があるでしょ」
三条は蹲る菜々と目を合わせる。
「明日一緒に学校行こう。ちょうど謹慎が明けるから」