第1話
三条雷香はかわいいものに目がない。というか中毒の域にいた。
「かわいくない全校集会をかわいくする!」
そう言ってハートやユニコーンの風船を体育館に打ち上げ、堅苦しい雰囲気を一変させてしまった三条は謹慎処分の真っ最中。なのだけど、私たちは毎日顔を合わせている。
陸上部に所属する私のジョギングコースに彼女の家があり、休憩ポイントとして利用しているからだ。
「今日もランニングお疲れ様、アリス。毎日走ってよく飽きないよね。敵ながら感心するよ」
「私たちって敵だったんだ……」
「だってアリスが私のかわいいを認めてくれないから」
「百万回言ってるけど、私の名前は有栖川黒巳 。アリスって呼ぶな」
「だってそっちの方がかわいいじゃん」
それが彼女の口癖で行動指標だった。
「かわいいは二十一世紀の文化の代表だよ。中世でいうルネサンスとかと並んで」
「勝手に並べないで」
三条はピンクの髪をツインテールにして、ハートのイヤリングとクマのヘアピンをつけている。服はゴスロリだ。ボタンとかリボンとかとにかく装飾が多い。全体としてパッチワークの印象を受けるけど、内面の様相は真逆だった。
「どのくらい走ってたの?」
「二十分くらい。というか、あんたも一緒にランニングしなさないよ。謹慎中でどうせ暇なんでしょ」
「汗と吐瀉物はかわいくないから走らない」
「普通に走ってたら吐瀉物は出ない」
「私は出るの!」
「汚っ……」
ピンクのキャンディを舐めながら三条は私を睨む。
私はあらためて真っピンクの部屋を見渡す。キャンディボックスとかぬいぐるみとか、ハートのクッションとか、そういうもので埋め尽くされている。
「あれ、またなんか新しいぬいぐるみ増えてるし」
私は棚の上を指差す。なんかのキャラクターだろうか、白くてのっぺりとしたぬいぐるみだ。
「ああ、それね。庭に干してあってかわいいなって」
「どこの庭?」
「知らない民家の庭だけど?」
「窃盗じゃん!」
「違うよ。風で足元に転がってきたから窃盗じゃない」
私は三条に顔を近付ける。
「今すぐ返しにいきなさい」
「それは私にとってソーセージだ、ってドイツのことわざ知ってる? ソーセージが簡単に手に入るドイツならではの言葉なんだけど」
「知らない」
「それは私にとってどうでもいいことです、って意味なの」
「……ぶん殴るぞ」
「ぼ、暴力反対! 口論推進!」