2
(……そうだ、彼らは無事に隣国へ辿り着いただろうか)
不意に思考が現実に戻る。
目の前では、脱税をし得た金で毎日のようにパーティを開いていた従兄が、必死に命乞いを口にしていた。
(いな、もし見つかっていたとしても、彼らも巻き込まれたものとして認識されるよう、書類は書き換えて置いた……きっと大丈夫だろう)
短い悲鳴の、最期の一音すら発することが許されず、断ち切られた従兄の次は、その妹。
次々と赤く染まった階段を登らされ、時には足を滑らせる親族だった者たちもいた。
それらを一人ひとり見送りながら、静かに祈る。
(何はともあれ……私に協力してくれた者たちが、これから先の未来を望むままに生きていけること。それだけをただ祈る。)
尤も、
「次!罪人、ジェイド・モンド!」
罪人となった自分の祈りを、聞き届けてくれる神が居るのか。分からないけれど。
今まで以上に強く引かれた鎖に、体がぐらつくけれど、最期の矜持として転ぶのだけは避けようと足に力を込め、踏み止まる。鎖を引く役人が、舌打ちをするのが聞こえたけれど、気にしない。
自らの脚で、あの場所に立つことは、最初から決めていたこと。
これまでの咎を踏みしめるように、最上段へと登り切れば、多くの視線がこの体を突き刺した。
怒り、蔑み、嘆き、また怒り。針の筵とはこういう状況のことを指すのだろう。
濡れた地面に膝をつき、頭上から、朗々と読み上げられ出す罪状。
怨嗟と憎悪が入り混じった悲痛な叫びが耳を劈く。
その全てを受け入れ、首を垂れようとしたその瞬間。
毛色の違う強い視線を感じた。
思わず、民衆たちから目線を逸らしてしまったその先に居たのは彼女だった。
リンと背筋を伸ばし、こちらを真っ直ぐに見据えた、その唇が微かに動くのが見えた。
この距離である。もしかすれば動いたと思ったのは目の錯覚だったかもしれない。
けれど、あの頃と変わらぬ、淡い水色の瞳が、期待に満ちているような気がして。
見間違いなんかではないと、思いたかった。
―――あなたの夢は。
そう、問いかけた君が幻想でも構わない。
(最期、くらいは。己の望む言葉を吐いても、許されるだろうか)
そんな考え自体が甘えであることは分かっている。
自分に夢を語る資格など無いことも。
けれど……俺は、
僅かに開いた元王太子の唇。
最期に彼が何を語るのか。
その時ばかりは静まり返った場内であるが、終ぞその口から音が発せられることは無かった。
そして最期に元国王の処刑が恙無く執行され、新たなる国の始まりと王の即位が公表されたことにより、古来より続く太陽の国モンドは幕を閉じたとされる。