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ふわりと漂う、甘い紅茶の香り。
開け放たれた窓の際に、羽を休めようと舞い降りた小鳥が奏でるメロデイーに浸る、昼下がり。
「全て、終わりました。」
穏やかな時の流れに終止符を打ったのは、扉のすぐ傍に控えていた年若い男の一声だった。
「―――そう」
透き通るように白い、苦労などひとつとしたことが無いと伺える、柔らかな指の腹が、つっと持ち上げたティーカップの持ち手をなぞる。
「参りますか?」
「……いいえ」
僅かな揺れに波紋を浮かべる琥珀色から、そっと視線を逸らした淡い水色の瞳が窓の外へと向けられる。そこにはもう、愛らしい歌声を囀っていた小鳥の姿は無い。
あるのは、風に身を任せ、揺れるコニファーの碧い葉々。何も知らず、いつものように……
「……あと、」
もう少しだったのに。もう少しで、あの蕾が、花を。
不意に視線を感じ、途中まで過っていたらしからぬ思想が霧散する。不可思議そうな意味を孕んだこの視線の持ち主は、確認するまでもない。この部屋には、青年以外の他人は居ないのだから。
「―――そうね、あまり待たすのは、よろしくないもの」
静かにカップをソーサーに戻し、細やかな刺繍の走るドレスの裾を正す。
最後にもう一度だけ、窓の外へと視線が惹かれるけれど、染み付いた生き方がそれを阻んだ。
「参りましょう。案内、してくださる?」
サンチュクアリス歴525年、三の月、飛んで三日。
この日、数百年に及ぶ栄華を誇る輝かしき太陽の国モンド王国は、その歴史に幕を落とした。
たった一つ、生み出された不信感が火種となり、芽吹いた怒れる国民たちの手で。