第30話 花火
「あれはもう5年以上も前のことになります。ギル大賢者様は基本的に表舞台へ姿を現さないのですが、大賢者の称号を授与する際に一度だけ王城へ来たことがあるのです」
ふむ、確かに一度だけだが、俺が王城へ行ったことがあるのは事実だ。そうか、エリーザは第三王女だし、ソフィアはそのお付きとして王城にいたから、その際に俺の姿を見たということか。
「恥ずかしながら当時の私はとても腕白でして……ソフィアと一緒に城の中を駆け回っておりました。そんな中、私はあろうことか、初めて王城へやってきてくださいましたギル大賢者様にぶつかってしまったのです。周囲の大人がとんでもないことをしてしまったという雰囲気になりましたが、ギル大賢者様は私を咎めることなく、優しく私の頭を撫でてくれて、火の魔術でとても綺麗な花火というものを見せてくれました」
「………………」
思い出してみると、確かにそんなことがあったな。
王城なんて行きたくもないところに行って、面倒な貴族の相手をしていた時に女の子がぶつかってきた。貴族の相手をしているよりも、子供の相手をしている方が100倍良かったから、国王との謁見までの間、その女の子に魔術で作った花火を見せてあげたんだっけ。
確かにその子ともうひとり、メイド服を着ていた女の子がいた気はするけれど、それがエリーザとソフィアだったのか。当時は小学生くらいの女の子だったが、今では魔術学園へ入学できる年齢になったようだ。
月日の流れは早いものだなあ。なんかおっさん臭いか……
「あの時ギル大賢者様に見せてもらった魔術は今でもずっと私の心の中に残っております。ソフィアなんて、ギル大賢者様に一目惚れしてしまって、将来はギル大賢者様のお嫁さんになるなんて可愛らしいことを言っておりました」
「ひっ、姫様!?」
「………………」
ソフィアが顔を真っ赤にして慌てている。
なんだか、ものすごくこの場に居づらいのだが……
「いいじゃないですか、ソフィア。私は第三王女として、国の利益になる殿方と結婚することが決まっている身ですが、思えばあれが私の初恋だったのかもしれません。ギル大賢者様は本当に優しくて、とても格好いい男性でした!」
「………………なるほど」
ようやく納得がいった。それでエリーザは俺がギル本人ではなく、その弟子と思っていたわけか。
エリーザとソフィアが俺と直接会ったのに俺と認識していないことには理由がある。実は王城へ行った時、魔術を使って変装をしていたのだ。
面倒な貴族とかに顔を覚えられてもいいことなんて何ひとつないからな。さすがに国王へ謁見する時は解除したが、それ以外の時は魔術で顔と声を変えていた。服も白衣ではなく正装だったから、今の俺の姿とはまったく違う。
「あの方にお会いしたからこそ、私は普通の学園ではなく、この魔術学園に入学したのです」
「そうなのか?」
「はい。入学当初はあのギル大賢者様の母校であるこのバウンス国立魔術学園に入れてとても嬉しかったのですが、正直に言って教諭の質の低さにがっかりしておりました。そしてこんな時期に入ってきた臨時教師であるギーク教諭を良く思っていなかったことにつきましては正式に謝罪いたします」
「……それについては学園側の責任だから気にする必要はない」
そりゃ憧れていた魔術学園に入って教師の質が低かったらがっかりするよな。加えて入学してたった数か月で教師が辞めて代わりに臨時教師が入ってきたとしたら、その臨時教師に腕はないと思うのは当然のことだ。
そのあたりはシリルやゲイルたちと同じようだな。
「ギーク教諭の魔術は本当に素晴らしかったです。今後はよろしくご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「ギーク先生に散々失礼な口を利いてしまって申し訳ない! 私は姫様を守るためにどうしても強くなりたいんだ。どうか未熟な私に戦い方を教えてください!」
エリーザとソフィアが俺に向かって頭を下げる。俺の答えはすでに決まっている。
「ふむ、魔術を学びたいと言うのなら、もちろん歓迎しよう」
以前のソフィアの物言いなど気にしてはいない。それよりも魔術を学びたいという若人の気持ちの方が重要だ。
エリーザとソフィアがほっとしたような顔をする。多少は俺が断るということも考えていたのかもしれない。
「ありがとうございます。ギーク教諭は放課後もこちらで希望している生徒に教えていると聞いております。そちらにも参加させていただいても大丈夫でしょうか?」
「もちろん構わないが、平民特待生の者も参加している。身分などは一切気にするつもりはないから、参加するならそのつもりでいることだ」
「ええ、もちろんです」
「わかりました!」
「それと、他のSクラスの者を大勢連れてくるのは勘弁してくれ。もちろん本当にやる気のある生徒なら歓迎するが」
今いる他のSクラスの生徒は魔術を学びたいという気持ちよりも第三王女であるエリーザと仲良くしたいという気持ちの方が大きいだろうからな。
「承知しました。それでは朝早くから大変失礼しました」
再び頭を下げて椅子から立ち上がり、教室から出ていこうとする。
「……そして願わくば、私たちが優秀な成績を修めたら、一度だけでいいのでギル大賢者様とお目通りさせていただけることを期待しております」
最後に一言だけ言い残して、エリーザとソフィアは教室から出ていった。
「そっちの問題についてはどうしたものかな……」
お目通りも何も、俺はさっきからずっと目の前にいたんだがな。




