第136話 教師失格
「……取り消してください」
「あら、私の聞き間違いかしらね? もう一度言ってごらんなさい?」
俺は2人の方へ向かう足を止めた。
「確かに私は駄目な教師です。だけどあの学園に通う生徒たちは才能があって真面目に努力ができる本当にすばらしい生徒たちばかりでした。ギーク先生だって平民とか臨時教師とか関係なく、とっても物知りで生徒のことを一番に考えている立派な教師です! さっきの言葉は取り消してください!」
イリス先生は先ほどまで丸まっていた背をピンと張り、ラルシュのことを真っすぐと見つめ、堂々と大きな声でそう言い放った。
「……いつも泣いてばかりだった泣き虫イリスが言うじゃない。そうね、だったら私と賭けをしましょう」
「賭け?」
「そうよ。このあと第一試合で戦うバウンス国立魔術学園とベルトルト魔術学園の試合で負けた方は教師を辞めるってのはどう?」
「っ!? そんな賭け受けるわけないじゃないですか!」
「あら、そう。なんだ、やっぱり自分の受け持つ生徒たちの実力に自信がないのね?」
「違います! 生徒たちの実力は信じていますが、生徒たちの勝敗を賭けの対象にするなんて、それでもあなたは本当に教師なんですか!!」
今までで一番大きな声でイリス先生がラルシュ相手に怒鳴った。
イリス先生の言う通りである。教え子たちが他学園の生徒と魔術を研鑽し合うこの競技会で、生徒たちの勝敗を賭け事に使うなどもっての外だ。先ほどのエリーザをひとりの生徒でなく王族としてしか見ていないような発言も含めて、この女は教師失格だな。
「……泣き虫イリスが私に説教なんて身の程知らずもいいところじゃない! いいわ、あの頃のことをたっぷりと思い出させてあげるわね!」
「っ!」
ラルシュが魔術を使おうと魔術式の構成を始める。それと同時にイリス先生の胸元にあったネックレス型の魔道具が光を放った。
これ以上は本気でまずい。
「イリス先生、こちらにいましたか。おや、そこにいるのは先日お会いしたラルシュさんでしたか。何やら取り込み中のようですが、そろそろ競技会が始まりますよ」
「ギ、ギーク先生!?」
「……ちっ。そうね、こちらで失礼するわ」
平静を装って2人が話している方へ進み、間に割って入る。
さすがのラルシュもこの状況では魔術を発動することなく、大人しくここから去っていった。イリス先生の胸元の魔道具も光が収まっていく。あの魔道具もここで発動すると少しまずい代物だから危ないところだった。
「あ、あの、ギーク先生……」
「申し訳ない、先ほどの2人の話を少しだけ聞いていた。イリス先生が正しく、間違っているのはあの女だ。賭けの内容もそうだし、生徒たちを賭けの対象にするなんてまったくの論外だよ」
「は、はい! ……ラルシュさんにあそこまで言いたい放題言われてしまってすみません」
「イリス先生が謝ることじゃない。それにあの女相手にあそこまで言い切れるなんて本当に立派だったよ」
過去にいじめられていたあの女に対してだいぶトラウマがあったはずだ。それなのにイリス先生は生徒たちのことを想って、あの女に毅然とした態度で言い放った。あれはとても勇気のいる行為だ。
もしかすると生徒たちやノクスの特訓の成果なのかもしれない。
「だけど、先ほどイリス先生の言ったことにはひとつだけ誤りがあった」
「えっ?」
「イリス先生は決して駄目な教師なんかじゃなく、ひとりの立派な教師だ。だから胸を張ってください。今から競い合う生徒たちがイリス先生のそんな姿を見たら不安に思ってしまうかもしれない」
「は、はい!」
そう言いながらイリス先生は改めて背を伸ばした。これまでトラウマのあった相手に直接反することで少しだけ自信がついたのかもしれない。
自分の生徒たちのためにトラウマのある相手に対して怒ることができ、この魔術競技会のための合宿では生徒たちのために走り回てくれた。あの女が何と言おうと、イリス先生は立派な教師である。
あの教師失格の無礼な女についてはこの競技会が終わってから、その報いを受けてもらうとしよう。
「さて、いよいよ魔術競技会が始まる。緊張している者も多いようだが、何も心配する必要はない」
あと少しで競技会が始まる。最後に出場する選手たちを集めて少しだけ話をしようとしているのだが、みんなだいぶ緊張している様子だ。
というのも、他の学園の生徒たちが座っている観客席にはうちの学園の2~3倍ほどの生徒たちがいる。今年の第一学年の生徒数はうちの学園が一番少ないらしい。その分選手に選ばれる倍率も高いのだろう。だが、勝負は生徒数の数で決まるわけではない。
「君たちはこの数か月で俺の想像以上に成長し、数々の困難を乗り越えてきた。これ以上ない早さで成長してきたことは俺が保証する。自分たちがどれほど成長してきたかを感じ、他学園の生徒と魔術を競い合うことをができる喜びを嚙みしめるといい。勝ち負けなんて二の次だ、思いっきりこの魔術競技会を楽しんでこい」
「「「はい!」」」




