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狐と祭りと遊び上手と。  作者: 淡雪みさ
第一章 ようこそきつね町
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きつね町



 牛車はゆっくりときつね町の中へと入っていった。

 道の途中、活気溢れる市のような場所があった。彩り豊かな旗や提灯が風に揺れ、町に優しい賑やかさをもたらしている。

 一つしか目のない男の子や、首がとても長い女性など、明らかに人ではない者たちがそこには居た。――妖怪だ。彼らは美しく彩られた着物や不思議な装飾品を身につけ、品々を売りに出している。商売をする声や交流する声など、楽しいお喋りが聞こえてくる。


(妖怪も日本語を喋るんだ)


 小珠は実物の妖怪たちを見て驚いたが、妖怪たちの方も牛車が近付いてくることに驚いたようで、小珠の隣にいる空狐を見た途端頭を低くして静かになった。一瞬にして市がしんと静まり返る。皆平伏し、空狐たちが通り過ぎるのを待っている。彼らは空狐の存在に怯えているようにも見えた。


 ――きつね町の統治者。妖怪たちの態度を見るに、それは確かなようだった。妖狐の一族はこの町にとって特別なものなのだろう。



 しばらく行くと細かな石畳で舗装された道が現れた。その近くを小川が流れており、澄んだ水の中で色とりどりの鯉が泳いでいる。

 小川を渡った先に、大きな屋敷が佇んでいる。道には細かい砂利が敷き詰められていた。


「到着しました。ここが我々の屋敷です」


 空狐に手を引かれ、牛車から降りる。歩く時は必ず手伝わなければならなかったキヨを手伝おうと振り返るが、キヨは随分と軽やかに牛車から降りて歩き始めた。小珠は唖然としてしまった。

 先を行くキヨを追いながら、こんなに立派な家があるのか、と屋敷を見上げて少し気が引けた。大きな門、その両脇には燈籠があり、門を潜れば広々とした庭園がある。朱塗りの屋根が青い空と重なって鮮やかに映え、屋敷の美しさを一層引き立てていた。


 履物を脱いで上がろうとすると、待ち構えていたかのように真っ白な着物と真っ黒な着物を着た長身の男二人が立っていた。どちらも狐目で、髪色はそれぞれ銀色と金色。双子なのか全く同じ顔、同じ背丈をしている。髪の色と着物の色が違うこと以外、見た目の違いはないように思えた。


「ようおこしやす~。小珠はん」

「ほんまはもっとはよう会いたかったんやで。迎えに行くんおそなってごめんなあ」


 二人とも声まで同じだ。喋り方には小珠の聞き慣れない訛りがある。


「ちゅうか銀狐、小珠はんは自己紹介せんと俺らのこと分からんのとちゃうん?」

「ああ、せやせや。俺は銀狐」

「俺は金狐ですぅ」


 順番に挨拶された。髪が金色の方は金狐で、銀色の方は銀狐。分かりやすい名前だ。


「私は、小珠です……」

「知ってます~」


 ぺこりと頭を下げた小珠に対し、銀狐はからからとからかうように笑った。そして、意味ありげな視線をじろじろと向けてくる。


「それにしても、玉藻前さまの生まれ変わりっちゅうからどないなド美人やろって期待しとったけど……案外乳臭い子ぉやなぁ」

「それ俺も思たぁ。思とったより普通の子やね。拍子抜けやわ」


「――金狐、銀狐。無駄口を叩きに来たのですか?」


 空狐の冷たい声一つで、ひんやりとした空気が漂った。小珠を馬鹿にしたように笑っていた金狐と銀狐は空狐の言葉で黙り込み、はは、と誤魔化すような笑い方をした。


「冗談やんかぁ」

「堪忍な、空狐はん。俺ら珍しいからからかいに来ただけやねん。もう退散するわぁ。天狐様は奥の部屋で待っとりますよ」


 ひらひらと手を振って、足音も立てずに去っていく金狐と銀狐。小珠がその背中をぼんやり見つめていると、隣のキヨが腹立たしげに文句を言った。


「なんだい、嫌な若者たちだね」

「彼ら、貴女よりは年上だと思いますよ。キヨさん」


 妖怪は人間よりも長生きである、と聞いたことがある。金狐と銀狐は見た目は若者だが、実際の年齢は見た目では推し量れない。



 小珠とキヨは空狐の後に続いて廊下を歩き、一番奥にある広い部屋に招かれた。畳の間の奥に、天井に頭が付くほど大きな真っ白な狐が座っている。その体躯は小珠の何十倍も大きいだろう。神秘的な姿に圧倒され、咄嗟の挨拶もできずに黙り込んでしまった。


「玉藻前か」


 大きな狐――天狐が口を開く。嗄れた声だった。

 問いかけられ、小珠は背筋を伸ばしてようやく口を開くことができた。出てきたのは小さな声だった。


「こ……小珠、です」

「ああ、そうか、今の名は小珠じゃったな。一石キヨ、そなたも大義であった。よくぞここまで小珠を安全に育ててくれた」


 天狐が小珠の隣にいるキヨに労いの言葉をかける。


「これからおぬしらにはこの屋敷で暮らしてもらう。何か望みがあれば何でも叶えてやろう」

「では、おばあちゃんの薬が欲しいです」


 はっきりと即答した小珠に、天狐は目を細め質問を返してきた。


「その話は先に到着したうちの使いから聞いておる。明日にでも町一番の医者をこの屋敷に呼び出そう。それはそれとて、おぬし自身が欲しいものは何だ?」

「誠にありがとうございます。……私が欲しいもの、ですか?」

「着物でも、櫛でも、おしろいでも。欲しい物は何でも与えてやろう」


 小珠は少し考えた。急に欲しい物をやると言われても、これまでずっとキヨのことばかり考えて生きてきたのだから返答に困ってしまう。自分の欲しい物について考えたことなど、もう何年もなかった。

 ここで暮らすとなれば足りないもの。キヨと暮らしたあの家にあってここにないものと言えば……。


「では、良い土と、日当たりの良い場所と、鍬などが欲しいです」

「……なんだって?」

「出過ぎた発言でしたら申し訳ありません。農作業ができる田畑が欲しいと思いまして……」


 小珠の願いを耳にした天狐は目を丸くしてしばらく黙った。すると、隣にいるキヨが弾けるように大きな口を開けて笑う。


「こういう娘だよ、この子は。着飾るより体を動かす方が好きなんだ。専業農家だからね」

「……玉藻前には似とらん」

「生まれ変わりとはいえ、この子は玉藻前じゃない。この子らしく生きさせてやっとくれ」


 キヨの言葉で、天狐はふむ……と少し驚いているような表情で納得したように頷いたのだった。





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