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狐と祭りと遊び上手と。  作者: 淡雪みさ
第一章 ようこそきつね町
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立夏の川開き




 青空に白く大きな雲が浮かんでいる。

 きつね町にも夏がやってきた。最近はところてん売りや風鈴売りが町を練り歩いており、あちこちで風鈴が見られるようになった。市でも、風に揺れる風鈴の音色が夏の静けさに涼しげな響きをもたらしている。


 今日はそんなきつね町の川開きの日だ。小珠は、市に通い始めて仲良くなったからかさ小僧と河童、二口女たちと川で遊ぶ約束をしている。護衛の野狐たちも付いてきてくれるそうだ。


「最近少し暑くなってきたわね」


 小珠の隣を歩く二口女が空を見上げながら言う。その額は少し汗ばんでいた。


「そうですね。昨日はお夕食に初鰹が出ました」

「……初鰹? 前から思っていたけれど、小珠の家ってお金持ちなの?」


 二口女が怪訝そうな顔で小珠を見つめてくる。


(この反応ってことは……)


 昨日辛子を付けて食べた鰹とやらは、きつね町では高級魚だったのかもしれない。慌てて頭の中で言い訳を探す。しかし、幸いにも二口女はこれだけで小珠を狐の一族だとは結び付けなかったようで、いつもの調子で話している。


「北の方ではかなり流行ってると聞いたわ。〝初物を食べると百日長生きする〟なんて言われているんでしょう?」

「え、ええ、はい……」

「よく分かんないわあ。たった百日伸びるだけなのに何が良いのかしら」


 寿命は妖怪の種によって様々らしいが、二口女は比較的長生きな妖怪だと聞く。そんな二口女にとって、百日はかなり短い方なのだろう。


 市の近くにある川の水面には子供たちが作った小さな色とりどりの舟の玩具が浮かんでいる。その周りに、きゃっきゃと水遊びに興じる妖怪の子供たちが見られた。


「うはぁ~っ涼しいねえ!」


 その近くで、からかさ小僧が足だけ川に浸かってばしゃばしゃと遊んでいる。河童と一緒に先に川に到着していたらしい。河童は慣れたもので、すいすいと水の中を泳いでいた。

 二口女はあまり水が好きではないようで、傘を差して川辺でその様子を眺めると言った。小珠も泳げないので、二口女の隣に立っていることにした。

 二口女は一人であの茶店を回しているため滅多に遊びに付いてくることはない。しかし、今日は瑞狐祭りの前準備で客がいないらしく、少しだけ付き合うと言ってくれた。珍しいことだ。


「河童はやっぱり川で泳ぐとなると凄いわね」

「見てくれてるかい? 二口女さん」


 二口女に褒められた途端河童の泳ぎが速くなった。相変わらずの女好きである。

 二口女は少し呆れたように笑いながら、川にいる河童に軽く手を振った。


「……ところで、そいつらは泳がないの?」


 二口女が小珠の隣に立っている野狐たちをちらりと見る。野狐たちは天狗の姿に変化しており、狐の一族であることは他の妖怪から見て分からないようになっている。


「泳ぐ?」


 野狐たちに聞いてみると、片方の野狐が懐から和紙を取り出して広げた。


 〝お れ 泳 げ な い〟――と、歪な文字で書いてある。


「そっか。私も泳げないんだ。ここで一緒に見てようか」


 以前から、何故空狐と野狐が意思疎通ができるのか不思議だった。空狐は妖力を使って会話していると言っていたが、小珠はまだそんな器用なことができないので、最近は銀狐から和紙と筆を借りて野狐と一緒に文字を書く練習をしている。書き方は気狐たちが教えてくれた。

 幼い頃、村にあった小さな寺子屋は〝狐の子〟である小珠を受け付けてくれなかった。そのため小珠は文字を書く練習をしたことがない。

 「一緒に頑張ろうね!」と言って毎朝早起きして少しずつ野狐たちと字の練習をしているうちに、元々何となく読むことしかできなかったものを、だんだん書けるようになってきた。今はこうして和紙に字を書いてやり取りすることができるところまできた。そんなこともあり、あの屋敷で小珠にとって友達と言える存在に近いのは野狐たちだ。


「喋らない天狗も珍しいわね。茶店に来る天狗は皆お喋りなのに」

「う、生まれが違うんじゃないでしょうか? それより、瑞狐祭りもいよいよ数日後ですね!」


 二口女が不審がるので、小珠は慌てて話を逸らした。

 すると、二口女の表情が曇る。


「……そうね。今年は結局雨降らしも瑠狐花を散らすこともできそうにないわ」


 二口女が少し寂しそうに笑うので、ちくりと胸が痛む。春からずっと努力しているが、瑠狐花は一向に咲かない。力不足を痛感する日々だ。


「やっぱり、祭りの目玉はあった方がいいですよね……」

「ええ。雨降小僧は結局寝たきりのようだし、もう無理でしょうけど。……小珠、笑っちゃう話をしてもいいかしら? わたし、もし今年の瑞狐祭りが成功したら、町を出た恋人が戻ってきてくれるかもしれないなんて思っていたの。この町がまだ繁栄していること、この町の美しさが伝われば――またここへ来て、わたしを迎えに来てくれるかもしれない、って」


 言いながら、二口女の頬に一筋の涙が伝う。


「……なんて。夢物語ね」


 二口女は、きつね町を嫌って出ていった恋人のことをずっとこの場所で待ち続けている。二人で運営していた茶店をずっと捨てられずに。


 ――笑ってほしい。二口女には、こんな顔をしないでほしかった。

 きゅっと拳を握り締める。あと数日で、せめて花だけでも咲かせたいと思った。






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