追憶の宝石
俺は雫と一緒に手を繋いで歩いていた。場所はいつも二人で帰ったあの下校の道だった。大人になってから二人で歩くと少し目立つ。
「何だか随分懐かしく感じるよ」
「そうなの?実は私もなんだ。なんでだろう?」
「今までの記憶と再現された記憶の整合性を取っている最中なんだろう、だから遠い日の思い出に感じるんじゃないかな」
「流石博士ですね」
「茶化すなよ」
こんな会話で笑い合えるだけで、それが何よりも幸せに感じられた。俺たちはそのまま談笑しながら、あの思い出の店を訪れた。
「こんにちは、お店やってますか?」
「いらっしゃい、ついてるなお客さん、今日はあとちょっとでしめ…」
こちらを向いて中井さんは驚きのあまり固まった。俺と雫は繋いだ手を上に上げて、空いた手をひらひらと振った。
「お久しぶりです。元気でしたか?」
俺がそう聞くと、中井さんは無言のまま俺の方に近づいてきて、がばっと苦しい程に抱きしめられた。
「馬鹿野郎っ!お前の方こそ元気にやってたのかよ!?」
「はい、お陰様で」
雫は俺の手を離した。俺は頷いて中井さんに負けんばかりに強く抱きしめた。
「ご心配おかけしました」
「お前っ、馬鹿野郎がっ!うぅっ!よかった!よかったな!」
中井さんは俺を抱きしめたまま大声を上げて泣いた。それを聞いていると俺も泣けてきた。この再会がとてもとても嬉しかった。
喫茶ヤドリギを後にして、俺たちはまた歩き出した。今度は懐かしの我が家に帰る事にした。
玄関を開けようとすると、ガチャガチャっと音が鳴ったが扉が開かなかった。どうやら鍵がかかっているようだ。
「あれ、おかしいな?今日帰るって言ってあるのに」
俺がそう呟いた瞬間、庭の植え込みからクラッカーの鳴る音と飾りが飛んできた。
「おかえり光輔!それに雫ちゃんも!」
「会いたかったわ!二人とも!」
叔父さんと梢さんがバッと飛び出してきた。俺は叔父さんに、雫は梢さんに抱きしめられた。
「光輔お前、ちょっと見ない間にデカくなりやがって!それに今じゃ博士だあ?やるじゃないかこの!」
「イテテッ!叔父さん痛いって」
「雫ちゃんよかったわね、今までごめんね、あなたの為とは言えあったことをなかった事にしちゃって」
「大丈夫です梢さん。私大事なものはちゃんと覚えてましたから」
二人とも、叔父さんと梢さんに散々もみくちゃにされた後、やっとゆっくり話ができるように家に上げてもらえた。
「えっ!?あの後雫と会ってたの?」
「会ってたというか、お客さんとしてうちに来たの。流石に私もちょっと焦ったわ」
「光輔に関連する記憶は消えてるって話だったのに、突然来たんだよな雫ちゃん」
俺が雫の方を見ると雫は頷いて肯定した。
「理由は私にも分からないけれど、何故かここに導かれるように来たの。でも今思うと、これもあの手紙の行動と同じかもね。忠弥さんと梢さんに会いたかったんだと思う」
「そうだろうな。念のために叔父さん達にも対処法を伝えておいてよかった」
「俺は心中複雑だったけどなあ…雫ちゃんと初対面のように振る舞うなんてさ」
「悪いけれど、忠さんは出来てなかったわ。大根役者にも程があるわよ」
「え?嘘だろ?」
「…確かに思い返してみると、忠弥さんだけは行動が少しぎこちなかったですね」
「…叔父さん」
「すみません…」
落ち込む叔父さんを見て俺は思わず笑ってしまった。この家も二人も何も変わっていなかった。それがすごく可笑しくって、同時に少し嬉し涙が出た。
「こうちゃん達、これからまだ行く所があるんでしょ?待たせたら悪いから行きなさいな」
「え?でも」
「こっちはいいんだよ!もう何時でも好きに会えるんだからさ!ほれ、行った行った!」
叔父さん達に促されて、俺と雫は家を出た。次に向かう先には、懐かしいあの六人が待っている。
まだ遠くにいるというのに、こちらに気がついて大きく手を振っている人がいた。離れすぎているのと、全然顔を合わせていないせいで誰だか分からない。
「あれは結衣だよ」
俺のそんな表情を読み取ったのか雫が教えてくれた。北村か、確かに彼女がいの一番に手を振ってきそうな気がする。懐かしくって嬉しい。
一人、こちらに駆け出して来た。流石にそいつが誰だか俺にも分かる。我慢出来なかったのか、それとも早く文句が言いたかったのか、その両方だろう。
「おーがーみー!!!」
「橋田ってずっとあんな感じ?」
「透は多分ずっと変わらないと思う」
走って近づいてきた橋田は俺の両肩を掴むとがくがくと揺さぶった。
「てめえこの野郎!散々連絡してやったのにことごとく無視しやがって!!」
「無視じゃないって!忙しくて返事出来なかったんだよ!」
「帰ってくる報告くらい出来るだろうがあ!!」
それは確かにそうだ。でも、雫の事で頭が一杯だったのですっかり忘れていた。結局皆には事後報告になってしまった。
「悪かったって!それは確かに忘れてた!」
「アア゛!?」
突然、揺すられていた体がびたっと止まった。何事かと思って橋田の方を見ると、川井いつの間にか後ろにいて橋田を止めていた。
「やめろって、いくら尾上の事が心配だったからってやり過ぎだぞ」
「だっ誰がこいつの心配なんか!」
「おかえり尾上。その様子だと上手くいったみたいだな」
「無視すんな!!」
橋田と川井は、外見こそ大人びていたが関係性はあの時のままだ。雫の言う通り、橋田はこのまま変わらないだろうし、それに付き合う川井も変わらないんだろうなと思った。
「ただいま。事後報告になって悪かったな」
「そんな些細な事で気を揉むのは透くらいだよ。まあでも、女性陣からの追求には協力出来ないからな」
「雫、やっぱり今から別の場所へ…」
雫は何も言わず俺の手をがっちりと掴んで女性陣の元へ引っ張っていった。ああ、東西南北ズに囲まれるのは絶対に大変な事になる。気が重いけれど仕方がないと腹をくくった。
「皆ただいま!!」
「おかえり雫!!」
雫は皆に囲まれた。それぞれの目には涙が浮かんでいた。雫と特に付き合いがある四人には苦労をかけた。おかえりにはその意味も込められているのだと思う。
「記憶は全部戻ったの雫?」
「まだちょっとはっきりしない所もあるけど、こうちゃんが言うのには徐々に馴染んでいくだろうって」
北村は心配そうに雫にそう聞いた。俺から事前にやることを聞いていたとはいえ不安だったのだろう。
「こうちゃんだって、雫ったらもう光輔の毒牙にかかったのね」
「人聞きの悪い事言うな東野」
東野はからかうような笑顔で俺に言った。このやり取りもとても懐かしいものがある。
「雫、左手見せてよ」
「いいよ」
「うわぁ凄く綺麗!これ本当に光輔が作ったの?」
西は雫と指輪の話題で盛り上がっていた。そんな西の左手の薬指にも指輪が光っていて、俺はそれについて聞いた。
「西、お前その指輪って」
「ああ、私雫達よりお先に結婚しました。光輔も知ってる人だよ」
「誰だ?」
「水族館で会ったお兄さん、覚えてない?」
「え?あっ!ええ!?西の好きな人ってその人だったのか!」
以前西から好きな人がいるとは聞いていたが、まさかそれがあのお兄さんだったとは思いもしなかった。そしてすでに結婚しているのも知らなかった。
「何だよ、言ってくれたらよかったのに」
「言ってもどうも出来ないでしょ」
「梨々子ちゃんなりに気を使ったんだよ。光輔くんが一番忙しそうな時期だったし」
南部がさりげなくフォローを入れた。確かに極偶に連絡を取っていたとはいえ、何か出来たかと言われれば何も出来なかっただろう。
「それにしてもよかった。雫ちゃんも光輔くんも、やっと一緒になれたんだね」
「南部、色々とありがとうな」
「私は全然。二人の方がもっと大変だったんだから」
南部には皆の内でも特に学校での立ち回りについて細かく指示をしていた。先生と協力して、痕跡消しを手伝ってくれた。感謝してもしきれない。
「おい皆、そろそろ先に行って準備手伝おうぜ。尾上、まだ行くとこあんだろ?俺たち先行って待ってるからな」
「ああ、ありがとう橋田」
「…それと、おかえり。そんでおめでとう。あとよくやったな。じゃあまた後でな」
俺と雫は顔を見合わせて笑った。橋田きっとこっちが言いたかったんだろうな、それがすごく橋田らしかった。
雫の家へと行くと、父と母もそこにいた。聞いていなかったので、俺は心底驚いた。
「父さん!母さん!どうしてここに?」
「五十嵐さんが是非にって呼んでくれたんだ」
俺は霞さんの顔を見た。楽しそうにピースサインをすると、霞さんは話し始めた。
「尾上さん達、パパの研究に大いに協力してくれたでしょ?その御礼がしたくってさ、ちょちょいとね」
「すまないね光輔くん、言い出したら聞かなくって」
「お母さん!迷惑かけちゃ駄目だよ!」
雫に詰め寄られて霞さんはたじろいでいた。それを嗜める大河さんを見て、俺は安心感を覚えた。五十嵐家はずっとこうでいてくれたんだな、それがどれだけ難しい事だったか、想像に難くない。
「光輔」
「あっ、何父さん?」
父は何も言わず俺の事を抱きしめた。母も重なるように抱きしめてくれた。俺はもう何も言えなくって、どうしようもなく涙が出てきて、声を上げて泣いた。
俺の研究は二人の記憶を取り戻す事にも繋がる、叶わないと思った願いを叶える事が出来る日が来るとは、これまでの苦労や道のりが涙となって溢れてきた。
二人とこうして抱きしめ合うことが出来た事、この日を手に入れられた事、みんなみんな感謝してもしきれない事ばかりだった。
「雫」
「うん、聞いてるよ」
「紹介するよ、俺の、俺の自慢の父さんと母さんだ」
雫は俺の両親に向き直ると、すっと三つ指をついて丁寧に頭を下げた。
「初めまして、五十嵐雫と申します。私を光輔くんと結婚させてください。お願いします」
「えっ?」
この場にいる雫以外の全員が同じリアクションを取った。まさかの交際宣言をすっとばし結婚の申し込み、しかも雫から、全員が面食らうのも無理もないと思う。
霞さんが誰よりも驚いていたが、あなたあっての雫ありだと俺は思った。口にすると面倒なので言わないが。
俺たちは雫の家も出て目的地に向かっていた。
「まったく、突然すぎるんだよ」
「ごめんごめん、でも早い方がいいでしょ?こうちゃんがお父さんとお母さんに言ってもどうせすぐオッケーって言われて終わりだし」
「雫が俺の父さん母さんに言ってもすぐオッケー出されて終わるよ、でも、誰もあのタイミングで言うとは思わないだろ?」
「でもさー、ずっと言いたかったんだもん!いっぱい我慢したんだから!」
まあそれもそうか、雫は仕方がないとはいえ理由を告げられず記憶を消されて、それを隠されたまま生活を送っていた。我慢している自覚はなくとも、ずっと我慢していたのだ。
「これで思い出巡りは済んだかな?」
「まだまだ挨拶してない人はいるけど、多分もうヤドリギで待ってるからね」
そう、俺たちは皆が待っている喫茶ヤドリギに向かっていた。今日は店を貸し切って、俺と雫のお祝いをしてくれる。俺たちの両親も、叔父さんも梢さんも、先に行って待っている。
「なあ雫」
「ん?」
「どの思い出も、どんな宝石よりも輝いてるように感じるよな」
「そうだね、私もそう思う。でも、この指輪の輝きには敵わないけどね!」
「そりゃそうさ、その指輪の宝石には、俺の全部を詰め込んだからな」
「ね!これは失った記憶じゃなくて、未来の為の宝石なんだよ。これから先も記憶は続いていく証、もう絶対離れないって誓い」
「うん、過去に思いをはせるのはもう終わりだ。今度は二人で一緒に、未来を作っていこう」
「ずっと一緒にね!」
かくして宝石を巡る追憶は終わりを告げる。これから先、問題はまだまだ山積みで、きっと上手くいかない事ばかりで、壁に突き当たる事もあるだろう。
だけどもう一人じゃない、隣にいる人を愛し離れないと誓った。二人でいれば、どんな事だってきっと乗り越えていける。
俺たちは二人で一緒に扉を開いた。皆の待つ未来へ、俺たちは共に進んでいく、輝く宝石のような思い出を胸に抱いて。
了




