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追憶の宝石  作者: ま行
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これまでの話 これからの話

「今のお話に出てきたのが私…?」

「信じられませんよね」

「それは、勿論そうですけれど…」


 俺と雫は、あの海から場所を移して話を続けていた。これまでの話を終えて、雫の困惑は深まったようだ。


 そもそも今の雫がこの話を知っている訳がない、俺の記憶は完全に消失した。周りに協力を取り付けて、存在していた事実も丹念に消した。


 勿論全部を消し去る事はできない、でもそんな違和感も無視出来る程度には新薬の効き目は抜群だった。


 あの日雫に新薬が投与され、眠る彼女が胸に抱いていたのは、大きめのりんごサイズのダイヤモンドだった。天然で確認された最大のダイヤモンドの大きさをゆうに超える巨大な物だ。


 ダイヤモンドが持ち去ってしまう記憶は、その人が忘れたくない記憶。俺が両親の記憶から消えた時に出現した記憶の宝石もダイヤモンドだった。


 それを受け取った時、悲しみではなく勇気が湧いてきた。俺が雫と紡いできた時間はそう多くはない、それでも彼女から生まれ落ちたダイヤモンドは、これまで見てきた記憶の宝石とは一線を画していた。


 それだけ俺との思い出が大切で重要だったと、雫から伝えられたように感じられた。それを奪い去ってしまうことの残酷さも身にしみたが、尚更取り戻す覚悟が固まったとも言えた。


「尾上さんは、どうして今になって現れたのですか?」

「招待状を貰ったから、それにやっと道を照らす光が見えたんです」


 俺は封筒を取り出して雫に渡した。中身を開けてそれを取り出すと、雫は目を見開いて驚いた。


「これって…!」


 その少し古くなった便箋には何も書かれていなかった。そして反応を見るに、雫はそれに見覚えがあるようだ。


「…私がずっと書けずにいた手紙」

「…でも、何度も何度も手に取ったのでは?」

「どうしてそれを?」

「紙についた汚れで、インクが少しついていたり、よれてたり、何度も広げてペンを手にしたのが分かります」


 俺の指摘に雫は黙って頷いた。


「書こうと思ったんです。何度も何度も、でも、誰に書くのか分からなくって、いつも書けなかった。伝えたい事は山のようにある筈なのに、この感情が誰へのものなのか分からなくて」

「…辛い思いをしましたか?」

「ええ、まあ。でも、この行動にも意味があったんですね。何故あなたの所へ?」

「配達人は霞さん、あなたのお母さんですよ」


 霞さんが言った雫の心の大きな穴は、この行動の事だった。俺の記憶は完全に消え去って、その痕跡に違和感も疑念も抱かなかった雫が、この行動だけはずっと続けていた。


 説明のつかない事だが、記憶から消えても無意識下では俺の存在を探し続けていた。雫にその自覚がなくとも、消えた何かを見つけようと、伝えようとしていた。


「母がこれを…」

「雫さん、やっと準備が出来ました。長い時間待たせてしまってごめんなさい、これまでの話はもうやめにして、これからの話をしませんか?」

「これからの話?」


 俺は頷くと、今まで自分が何をしてきたのかの説明を始めた。




 雫の記憶から消えた後、俺は単身でアメリカに渡った。


 結晶解離病についての研究を行う為に、また日本から離れる事で、俺の存在を雫に触れさせない目的もあった。


 最初は英会話が中々通じずに困った。いくら知識があっても伝わらない事が沢山あった。拠点だけは用意してもらえたけれど、そこで不安に押しつぶされて、泣いたり吐いたりする期間が続いた。


 それでも立ち止まる気はなかった。俺は片っ端から結晶解離病の研究所へ赴いて自分の知識を売り込んだ。何度も何度も門前払いを食らうも、独自に集めてきたデータや記録、そして父と母が提供してくれた患者として資料を最大限活用した。


 その内ある人が俺の事に目を留めた。それがデイビス教授だ。


 教授は数少ない結晶解離病研究者の権威で、雫が使った新薬の開発にも携わった人だった。最初は父と母のデータに興味を持っただけだったが、必死に話を続けていく内に、俺の事にも興味を示してくれた。


 学位より熱意、教授は何よりも真剣さを求める人だった。肩書や学歴を誇るだけでなく、能力を示し続けるのを重要視していた。


 特別に教授の研究所への出入りを許されて、大学への入学も用立ててくれて、俺は死ぬ気で勉強した。殆ど寝ずに、同時に研究室で研究も平行していた。


 俺が着眼したのは「何故記憶が宝石なるのか」だった。宝石である理由が何かある筈だ、そこで注目したのは記憶の宝石だ。


 この宝石、成分はまったく本物と変わりがない。どうやって生成されるのかは今だ不明であるが、宝石である理由が何かあると考えた。


 教授との研究で発想に至ったのが、記憶の宝石は記憶を蓄積したものではないかという仮説だった。天然の宝石が出来る過程で鉱物が固まっていくように、記憶の宝石も、ある特定の種類の記憶が集まり固まり形成されるのかもしれない。


 そして記憶の宝石には何の不純物も混じっていない、人工的に作り出した宝石にも存在することがあるそれを、持たいない理由が何かあると調べ始めた。


 実はそちらの研究の方は中々前進しなかった。その代わり、別の方向性から思わぬ着眼点を得た。


 俺は雫と別れる際に大量の記憶の宝石を引き取った。その加工についても学んでいた。これについては外谷さんが紹介してくれた業者が積極的に協力してくれた。


 宝石を研磨し形を整えていく過程で、加工した記憶の宝石にだけ内部に極小のキズが現れる事に気がついた。目には見えないサイズのキズは、一定のパターンを持っていて符号のようだった。


 記憶の宝石に情報の蓄積がなされているのであれば、符号を読み取り再現する事が出来るのではないか、俺たちの研究はここから大きく前進を見せた。


 鍵はメモリージュエルにあった。


 ただ闇雲に加工しただけでは現れない符号は、宝石と人に合わせた加工を行うと必ず現れる事が判明した。


 そうして加工が施された宝石を、ジュエリーにして身につけると結晶解離病の症状が大幅に抑制された。更に宝石の配列や組み合わせによって、記憶の再現も実現する事が出来た。


 メモリージュエルを身に着けていると結晶解離病の症状が落ち着くという風説は元々あった。しかし確認も取れていない眉唾物で、符号の発見がなければただの噂に過ぎないものだった。


 しかしその風説も符号の発見によってひっくり返る事となる。その人の記憶の宝石をその人に合った方法で加工する、そしてそれを身につけると結晶解離病の進行の抑制、記憶の再現、何より急性化を完全に防ぐ事が出来る事が分かった。


 記憶の宝石の加工と研究、俺の方向性が定まった瞬間だった。そして同時に目的も決まった。


 雫の残してくれた宝石を使い、雫の空白の記憶を取り戻す。約束を果たす道筋が立った。




 俺は立ち上がると雫の前に跪いた。そしてポケットから小さな箱を取り出すと、目の前でそれを開いて見せた。


「尾上さんこれは…」


 雫が目をぱちぱちとさせて見るそれは、俺が研磨したダイヤモンドがふんだんにあしらわれた指輪だった。何から何まで俺がデザインした渾身の一作だ。


「雫さん、今のあなたに俺の記憶はない。だから俺の事を信用する事も難しいでしょう、いや、出来ないといった方が正しい。だから俺は、何の小細工もなしにはっきりとこれだけ言います。俺の事を信じて指輪を受け取ってもらえませんか?」


 これは賭けだ。雫からしてみれば、俺はありもしない思い出話を延々と語る変人にしか映らないかだろう。


 だけどあの何も書かれていない汚れた手紙を見た時に思った。記憶は消えても俺という存在は、雫の中から完全には消えなかった。雫は俺との思い出をすべて消した筈だが、何か一つ、一欠片でも残っている筈だ、だから賭けに出た。


 長く、長く彼女を待たせてしまった。後はこの思いを伝えるだけだ。


「私の…」

「はい」

「私の記憶の中に、どう探しても尾上さんの存在はいません。私が体験した事のない話を聞かされても、どうしたらいいのか分からなかった。だけど、ただ一つだけ思い当たる事があるんです」


 そう言うと雫は首元のネックレスを持ち上げた。そこにあった物を見て、俺はまさかと驚いた。


「そ、それは…」


 俺が初めて雫に贈った自分で作ったあのネックレスだった。


「このネックレス、父と母から何度も捨てるようにと言われました。だけど私はそれを拒否しました。ならば預かるだけでもと言われました。それでも私はこのネックレスを手放す気になれなかった。自分で買った覚えはありません、なら人から贈られた?いつ、どこで、誰に?何一つ分からなかったけれど、このネックレスとだけは絶対一緒にいたかった」


 雫が俺の記憶を消した後、その痕跡を残さない為に大河さんと霞さんに、雫の所持品の中から俺に関する物はすべて処分してもらった筈だった。


 しかしこのネックレスだけは肌身離さず身につけていた。だからまとめて一緒に処分出来なかったのだろう。


 ならば雫に残った一欠片の記憶はこれの事だったんだ、このメモリージュエルが俺と雫をか細い糸でつなぎとめていた。残っているとは思っていなかったので驚いたが、過去の絆が今の瞬間を照らしてくれていた。


「身につけていると安心するんです。隣に誰かいてくれるような、励ましてくれているような、そんな気持ちにさせてくれました。このネックレスとあなたは似ている、そしてその理由は、いつも私の事を守ってくれていたからなんですね」


 雫は俺の目を真っ直ぐに見つめて左手を前に差し出した。


 俺はその手を取り、指輪をそっと薬指にはめた。元からそこにあったかのように、指輪は雫の指で輝いていた。


 雫の手はするりと俺の手から離れた。そして彼女は手を上に掲げてその指輪を見つめていた。俺は鼓動の高鳴りを感じながら、雫の言葉を待った。


「…すごく綺麗。でもいきなり左手の薬指に指輪をはめるのはどうなのかな?こうちゃん」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は雫の体をしっかりと抱きしめていた。もう絶対に離さない、どんな事があっても絶対に彼女と一緒に在ると心に誓った。

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