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追憶の宝石  作者: ま行
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黄昏の戯れ

 海の家最終日、皆はすっかり仕事に慣れていて、誰も最初の頃のような慌ただしさを見せなかった。


 やっぱりそれぞれがそれぞれに優秀だなと俺は思って見ていた。


 橋田は元気がよく声も大きくよく通る、力仕事も難なくこなし、気さくな性格からか、よくお客様から話しかけられていた。


 川井は冷静で仕事が的確だ、会計を任せておけば滞りなくスムーズに全部捌く。在庫や備品への管理も適切で、よく気を回し先々動きまわってくれる。


 北村は最初の内こそ忙しさに困惑していたが、慣れてくると指示出しで存分に力を発揮した。テキパキと仕事を割り振って、リーダーシップを遺憾なく発揮していた。


 東野は何故か年齢が比較的高めの層からウケていた。丁寧な言葉遣いの接客とは言い難いが、細かな気配りと、押し付けがましくない優しい気遣いが刺さったのかもしれない。


 西は一番要領を掴むのが上手だった。接客に一番向いているのは西かもしれない、笑顔を絶やさず、理不尽な文句にも柳に風、トラブルの芽は即座に摘み取った。


 南部は子供相手に苦戦していたのが、うってかわって嘘みたいに子供の感情を手玉に取っていた。感情は複雑でも反応が単純な子供相手に、適切な対処方を自分で考えたのだろう。すっかり子供達の人気者に変わっていた。


 雫は兎に角多方面から人気を集めていた。俺としては複雑な気持ちだったが、看板娘としてはこれ以上ない程だった。他の皆よりは慣れていないたどたどしさが残ったのも、逆に庇護欲を煽ったのかも知れない。


 マスターと俺はほぼずっと厨房にいたが、大きなトラブルもなく最後までやり切る事が出来た。手伝うと決まった時にはどうなることかと思ったが、終わってみれば最高の結果を残したと思えた。


「皆お疲れさん!もう終いにしようや」


 海の家は通常より早くに店じまいをした。元々数日限定の運営だったし、マスターも折角海に来た俺たちが全員で遊ぶ事が出来ない事を気にしていたのだろう。


 全員で片付けを行っていると、店を訪れてくれたお客様達に声をかけられた。また来れてよかったよとか、今年はやってないかと思って寂しかったんだとか、口々に海の家への思いを教えてくれた。


 そして最後には俺たちを労う言葉と、感謝の気持ちを伝えてくれた。それだけで達成感と充足感で俺たちの心は満たされた。


 やってよかった。この気持ちを皆で共有していた。受けた事を後悔する程忙しい時間でもあったが、かけがえのない思い出になったのも事実だ。いい経験が出来たと、心からそう思えた。




 一頻り遊んだ後、皆が民宿に戻っても、俺と雫は一緒に砂浜に座って海を眺めていた。


 夕日が見たくて俺が雫を誘った。ちらほらとまだまだ人がいたけれど、全然気にもとめない、二人だけの時間がここにはあった。


 ざぶざぶと揺れ動く波を眺めている、言葉はなくとも、繋がれた手の温もりが二人にとっての会話で、それだけで何よりも幸せを感じていられた。


「…ねえこうちゃん」

「ん?」

「またこの海に来れてよかったね」

「…うん」


 特別な場所、それに加えて皆との思い出が詰まった縁深い場所になった。俺は握った手をもう少しだけぎゅっとした。


 すると雫は、俺の肩に頭を寄せてもたれかかって来た。驚いて飛び上がりそうになるけれど、ぐっと耐えて体に力を込めた。


「ふふっ、緊張してるの?」

「まだちょっと、こういうスキンシップは緊張する」

「キスだってもうしたのに?」

「あれはあの場の勢いもあったし…」


 それにまだ、俺自身が隣に雫がいる事を信じられないと思う気持ちがあった。釣り合わないよな、その不安は常につきまとっている。


「こうちゃん、今余計な事考えてるでしょ?」


 ぎくりとして体を余計強張らせる。雫はやっぱりと呟いて言った。


「当ててあげようか?不相応だとか釣り合わないだとか、そんな事じゃない?」

「…雫様には敵いません」

「ほら、やっぱり余計で無駄な事考えてる!いい加減にしないとまた怒るよ!」


 実は以前にもこの事で雫に怒られていた。デートの最中、他のカップルを見てぽろっと「釣り合ってないよな」とこぼしてしまった。勿論そのカップルではなく、俺と雫がなのだが。


 雫はその言葉を聞いて激怒した。宥めるが大変で、梢さんと霞さん、それぞれに俺が泣きついてようやく仲直りできたのだ。


 あの時の雫の怒り様は凄まじかった。もう絶対仲直り出来ないと思ったが、霞さんだけ笑って「あんなの可愛いもんよ」と言っていた。


 雫は更に俺に体を預けてきた。


「やめてよね、そういう事思うのも。言わないからいいって事じゃないよ?」

「ごめんな、思わないように努力するから」

「…ん」


 何とか妥協してくれたのか、雫の怒りが静まるのを感じる。態度にも顔にも出ないが、確実に怒っていると分かるのが雫だ。


 でも、冷静に考えられない訳でもない。考え方がそう簡単に変わらないのも理解しているし、俺がそう思う理由も分かっているのだろう。だから努力するという言葉でも納得してくれる。


 俺は肩にもたれかかる雫に、自分の頭も寄せた。雫は何の抵抗もなく受け入れてくれる。


「俺は雫の事が好きだ」


 唐突な言葉に少し体を反応させるが、雫はすぐに口を開く。


「私もこうちゃんの事が好き」

「ならそれでいいんだな。いや、きっとそれが一番大切なんだ」

「…うん」


 そしてしばらく、二人で身を寄せ合いながら夕焼け空を見つめていた。青い海が橙色に染まり、陽の光がその海に溶けていくようだった。頬を撫でる潮風に、さざ波の音、空には星が顔を覗かせ始めた。


「肌寒くはないか?」

「平気、隣にこうちゃんいるし。それに私、寒さに強いの」

「そうなのか?」

「うん、冬も辛いなって思った事ないよ」


 それは何とも羨ましいと思った。俺は寒くなると亀の如く布団に潜り込んで動きたくなくなってしまう。冬は特に辛い。


 でも、それでも、隣に雫がいるのならきっと寒くはないのだろう。俺も雫と同じ気持ちだ。きっとずっとそうに違いないと思った。


「夕日が綺麗だね」

「うん」

「ホットケーキに似てる」

「そうか?俺は卵黄に見える」

「卵黄って、料理じゃないじゃん、食材じゃん」

「料理で例えるのか?うーん…じゃあどら焼き」

「丸さだけじゃない?」

「ホットケーキだってそうだろ」


 他愛のない会話がたまらなく可笑しくなって、俺たちは二人で笑った。二人でいればきっと何が起きても面白い、そんな事を思わせてくれるのが雫の魅力の一つだ。




 夜の花火大会も、今度は二人で見ることにした。部屋は男子部屋を使わせてもらう事にした。


 橋田は民宿のお客と卓球で盛り上がったらしく、腕自慢でトーナメント戦をやると言っていた。川井は相変わらず屋上で、自前のチェアに座って優雅に花火鑑賞をしている。


 もしかしたら態々気を使って部屋を空けてくれたのかもしれないが、二人共理由がそれらしくて絶妙に判断しにくい。


 それでもこの状況を作ってくれたのはありがたかった。夕日も雫と一緒に見れた。その上花火まで一緒に見れるなんて贅沢この上ない。


「本当に綺麗だね花火」

「うん。この花火を見に、毎年訪れる人がいるのも頷ける」

「歴史もあるしね」

「長く続くには理由があるって事だ」


 ドーンという音とビリビリと響く衝撃、暗くした部屋が照らされると、雫の姿がうっすらと見える。


 とても神秘的な雰囲気と美しさに心臓が跳ねた。この鼓動の早さは、花火を見た高揚感か、それとも雫に見とれているからなのか。いや、両方だろうな、そう思った。


「雫」

「うん?」

「雫は夕日より花火より綺麗だ」

「ふぇっ!?」


 薄暗いから雫の顔色までは見れない、だけど今確実に赤面しているだろうと確信していた俺は思わず笑ってしまった。


「もう!今のは態とやったでしょ!!」

「態とって、俺の雫に対する評価は何時だって本当で本物だよ」

「…もういい!」


 雫はそう言ってそっぽ向いてしまった。怒らせてしまっただろうか、そう思って俺が雫に近づくと、伸ばした手をぐっと掴まれて引っ張られ、雫は俺にキスをした。


「お返し。ドキドキしたでしょ?」

「…心臓がいくつあっても足りない」

「そうしたらまたキスするから大丈夫、きっと飛び起きるでしょ?」


 ケラケラと笑う雫に、俺は彼女には敵わないなと思い微笑を浮かべた。夏の思い出がまた一段と深まっていく、この海での出来事は、俺にとって特別な思い出となった。

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