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追憶の宝石  作者: ま行
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友人 橋田透への憧れ

 俺たちは迷子の問題を解決すると、急いで仕事に戻った。着替えにかかる時間が違うので、俺が先に戻った。


 予め遅れると連絡しておいたが、如何せん詳細までは説明している時間がなかった。俺は戻ると、仕事をしながら橋田にあった事を説明した。


「じゃあ、あの迷子案内に絡んでたのか」

「見つけたからには放っておけないからな」

「ふーんそっか」


 橋田と話しながら、空き瓶の入った箱を一緒に運んでいると、遅れてきた雫が裏手に回ってきた。


「ごめん、遅れちゃって」


 息を乱している所を見るに、駆け足で来たらしい。急がなくていいと言ったけれど、そうもいかなかったみたいだ。


「大丈夫だよ、そんなに忙しくなかったし」

「そっか、ありがとう透」

「気にすんなよ」


 そう言えば雫と俺が付き合ってから、橋田と雫の間の空気感がどうなったのか俺は知らない。大体いつも他の人も一緒にいるからだ。


 気まずさやぎこちなさは見られないが、俺と過ごした時間より、雫は橋田と過ごした時間の方が長い筈だ。二人にしか分からない独特の気まずさとかはないだろうか。


「…何だよ尾上」

「何だよって何がだ?」

「ジロジロこっち見るなよ、気持ち悪いだろ」


 そんなに見てただろうか、俺は雫の方を見ると、見てたかな?という意味を込めて俺と橋田を交互に指差すと、雫は苦笑いで頷いた。


「すまん。聞いていいか?」

「聞きたい事があるならとっとと言えよ。今更遠慮とか気持ち悪いからやめろ」

「雫と気まずくなったりしてないか?もしそうだったら嫌だから仲直りしてくれ」


 橋田は盛大にぶっと吹き出した。雫も顔を背けて小刻みに震えている。


「何だ?変な事聞いたか?」

「馬鹿野郎!聞くにしても雫だけ外すとか、後にするとか、そういう気遣いが出来ないのかお前は!」


 雫は堪えきれなくなったのか笑い声を上げた。もしかして配慮が足りなかっただろうか、そう考えると途端に顔が青ざめてきた。


「悪い、そういう事に気が回らなくて。こ、答えなくていいぞ、うん後にしよう」

「アホか!それはそれで余計気まずくなるだろうが。まったく、もういいよ。雫とは別に気まずくなってねえよ、お前の思うような事はない、いいな?」

「そっか、なら良かった」


 俺は安心して胸を撫で下ろした。橋田は軽い悪態をつきながら、さっさと戻って来いよと言って店に戻った。


「なあ雫、橋田の言葉を疑うつもりはないが、本当に何もないか?」


 笑っていた雫は目の下を指で拭き取って言った。


「ないない。こうちゃんの言いたい事は分かるけど、そういうのはないよ」

「そうなのか?でも…」

「私とこうちゃんに思う所がないって言ったら嘘になるだろうけど、例えそれで態度を変えるにしても、透ならもっと分かりやすく態度に出るから」


 そう言われると確かにそうかもしれない。良くも悪くも直情的なのが橋田だ、そして付き合いの長い雫が言うのなら正しいのだろう。


「まあでも、確かに今のはこうちゃんが無神経過ぎたね」

「うっ…そうだよな…後で謝っておくよ」

「いいんじゃない?蒸し返したらそれはそれで怒ると思うし、透も気にしてないよ」


 それは確かに言われそうだ。何度も怒られるのも嫌なので、俺は大人しく雫の言う事に従う事にした。それに早く仕事に戻るのも大切な事だ。




 仕事明けでも今回は皆体力に余裕があった。疲れ果てて動けないなんてことはなく、彰彦さんからもらった花火大会のパンフレットをロビーに集まって皆で一緒に見ていた。


「すごいよ、花火大会六十年の歴史、今回が丁度開催六十回目なんだって」


 北村が読み上げた事に川井が食いついた。


「そんなに長く続いているのか、そいつはいいな。花火ってだけでもテンションが上がるが、歴史ある大会だと思うともっといい。風情が違う」

「和也ってそんなに花火好きだったの?皆で一緒に見に行こうって誘った時来なかったのに」


 西がそう聞くと、川井は当たり前かのように言った。


「そりゃそうだ。俺はじっくりゆっくり人のいない所で楽しむ派なんだ。祭りの喧騒の中で見る花火も悪くないが、一人静かに眺める花火は段違いにいいぞ」

「あーそういうことね…」


 俺は川井が花火好きと言ったのは、手伝いに来てくれる事の方便かと思っていた。どうやらあの熱く語る様を見ると違うみたいだ。本当に心から花火が好きらしい。


「皆、ちょっといいかな?」


 川井の花火談義が盛り上がっていると、彰彦さんが声をかけてきた。


「何ですか?」

「ちょっと皆集まって耳貸して」


 彰彦さんが俺たちを集めて小声で言った。


「ここの部屋からでも花火が見られるんだけど、皆を特別にとっておきの場所に案内するよ。だけど、他の人やお客様には内緒だよ」


 そう言って彰彦さんは人差し指を口に当て、しーっというジェスチャーをした。


「とっておきの場所ってどこですか?」


 南部がそう聞くと、彰彦さんはニヤリと笑って言った。


「ここの屋上だよ、立ち入り禁止なんだけど、皆海の家でよく働いてくれるからね。どうだい?」

「絶対行きたいです!アウトドアチェア持ち込んでもいいですか?」

「いいけど、君そんな物持ってきてたの?本気だねえ」

「やけにでかい荷物があると思ったら椅子かアレ…」


 川井の花火への本気ぶりに橋田が呆れたように言った。


 でも実際、ここで花火大会を何度も経験している彰彦さんの言う事なら、間違いなくいいスポットなのだろう。そう考えるとちょっとワクワクしてきた。俺たちは全員行きたいと返事した。




 夕食を終えて、こっそりと階段を上がっていく。待っていた彰彦さんが鍵と扉を開けてくれて、俺たちは屋上に出た。


 建物の高さも丁度よく、周りに景色を遮るものもない。確かに絶好のポイントだと思った。


 借りたレジャーシートを敷いてそこに座る、川井だけは持ち込んだアウトドアチェアを広げてゆったりとくつろいでいた。体勢が少し斜めに沈み込んでいるので、空を見るのにはうってつけの形だ。


「差し入れ持ってきてやったぞ!」


 そう言って袋一杯に食べ物を詰めてきてくれたのはマスターだった。海の家の残り物を使って、焼きそばにお好み焼きにイカ焼きと、祭りで食べられそうな物が一通り揃っていた。


 マスターの差し入れに皆で夢中になっていると、背中にドンッと大きな音の波がぶつかった。辺りは明るく照らされて、一発目の花火が打ち上がったのだと分かった。


 夜空に広がる様々な形と色を見せる花火は、とても幻想的で心奪われた。お腹の底に響くような音も、その迫力の大きさを実感させてくれる。


 花火の仕組みをどれだけ知っていても、その美しさと豪快さがどれだけ骨身に沁みていようとも、今この時、皆と一緒に見る花火には敵わないだろうなと思った。


 花火が上がる度に、皆のはしゃぐ声も聞こえてくる。夜空に咲く大輪の花が広がると、俺たちの間にも笑い声が広がった。


「おい尾上!見たかよ今のやつ!デカかったな!」

「ああ!音もビリビリ響いたよ!」


 橋田は子供のようにはしゃいでいた。雫にも普通に話しかけている、わだかまりは一切なくて、すっかり気持ちを入れ替えているように見えた。


 正直俺は、橋田の事がちょっと羨ましかった。ああして素直に感情表現が出来る事、気持ちに真っ直ぐであり続けられる事、確かに直上的ではあるが、自分の感情に素直になれる人はそういない。


 橋田は竹を割ったような性格そのものだ、そして俺に持ち得ない稀有な資質だ。知り合った切っ掛けも、行動をともにするようになった動機も、友達になった経緯も全部奇妙な縁だったが、今こうして皆の輪の中で一緒に花火を眺める事が出来る事を俺は嬉しく思っていた。


 打ち上がり、爆ぜ、広がる、夜空を彩る花火を眺めながら、俺はそんな事を思い耽っていた。

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