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追憶の宝石  作者: ま行
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勇気のシーグラス

 交代の時間になり、俺は先に水着に着替えて雫を待っていた。海に行って遊べるような水着を持っていなかったので、北村達のように見せたくて新調した訳ではないが、俺も予め新しく水着を買っていた。


 何の飾り気もない普通の物だが、肌、というより体をさらけ出すのが恥ずかしくて、ラッシュパーカーとセットになっているやつを買った。


 だらしなくはないがビシッと引き締まっている訳でもない、そんな中途半端さが恥ずかしさを誘発するのだろうか、付け焼き刃でも筋トレでもしておけばよかったか、そんな考えが頭をぐるぐる巡っていると、後ろから雫に声をかけられた。


「やっ、お待たせ」

「いや、別に待っては…」


 今までも雫に何度も目を奪われてはきたが、関係性が変わったのと、水着という普段は見られる事のないその姿に俺は息を呑んだ。


 長い髪の毛が編み込まれて上でまとめられていて、白い肌に薄桃色の水着がよく映える。美しいのは勿論だが、これはまずい。俺は上に着ていたパーカーを脱いで雫に着せた。


「えっと、似合ってなかったかな…?」

「逆だ逆、似合い過ぎてる。あんまり人に見せたくないから、嫌じゃなかったらそれ着ててくれないか」


 ただでさえ目を引く雫が、絶対にますます目にとまると思った。


「悪いな、折角似合っているのに。ブカブカのパーカーを着させてしまって」

「いいよ!こうちゃんに見てもらうって目的は十分果たしたから。ほら行こう?」


 雫は俺の手を取るとにこっと笑って海へと駆け出した。




 一緒に歩いていると、やっぱり雫は目を引いた。


 すれ違う男は全員振り返っていたし、男女のカップルで来ていた男の方は、相手の女性の機嫌を損ねて喧嘩になっていた。


 自分で言うのも何だが、やっぱり上にパーカーを着せてよかったかもしれない。雫がジロジロ見られるのは我慢ならない。


 当の本人は気にする様子もない、まあ普段からそういう思いをしているから慣れているのかもしれない。それか本当に気にならないか、どちらも雫ならありえそうだ。


「で、雫はどこに向かってるんだ?」

「決まってるでしょ!シーグラス、探そうよ!」


 雫は楽しそうにそう言った。


「泳がなくていいのか?」

「あー、うん。実はあんまり泳ぎ得意じゃなくて。疲れちゃうしいいかな」


 大体なんでも出来る雫だが、こうしてちゃんと苦手な事もあるのか。そう思うとちょっとだけ安心した。表情に出ていたのか、雫が抗議の声を上げる。


「今笑ったでしょ!別に泳げなくはないんだからね!」

「ごめんごめん、笑ったのは馬鹿にした訳じゃないんだ。何か、雫も人の子だなって思ってさ」

「そりゃそうでしょ?」


 不思議そうな顔して首を傾げる雫に、俺はまたちょっと笑ってしまった。分からないよな、こんな馬鹿馬鹿しい考え。俺にとって雫がどんなに大切で、他の誰よりも一線を画す程の存在で、どんなに特別かなんて、知られてしまったら恥ずかしい。


「見つかるかな?シーグラス」

「探さなきゃ見つからないでしょ!ほら早く!」

「そうだな、じゃあ…」


 俺は本格的にシーグラスを探そうとした時、騒がしい海水浴場で、一人泣いている小さな男の子が目に入った。


「雫、ちょっとごめん」


 手短に断りを入れて俺はその泣いている男の子の所に向かった。怖がられないように目線を合わせて話しかける。


「こんにちは、どうかしたの?」


 怖がらせないようにと心がけて、優しく丁寧に声をかけた。男の子がこちらに気がついて顔を向ける時に、一通り観察する。


 どこか怪我をしている様子はない、泣いていた理由は外傷ではなさそうだ。熱中症の類でもないだろう、それなら親が近くに居る筈だ。


 鼻水をすすって嗚咽混じりではあるが、男の子は声を絞り出した。


「ママと手をつないでたのに、ぼくが手を離したから、それで、それで」


 そこまで言ってまた男の子は泣き出した。迷子だな、そう考えていると、雫が俺の隣にしゃがみこんできた。


「ママがいなくなって怖かったんだね。大丈夫、お兄ちゃんとお姉ちゃんにまかせて。よく頑張ったね」


 雫がそう言って男の子の頭を優しく撫でると、緊張と恐怖の糸が切れたのか、雫に抱きついて男の子は泣き出した。雫は男の子を抱きしめて、優しく背中をさすってあげた。


「落ち着くまではこうしていようか」

「うん、そうだね」


 男の子に聞こえないように小さな声で耳打ちをする。はぐれてその場を動くことも出来ずに不安だっただろう。泣いて気分をスッキリさせれば、頭もしっかり働いてくれる。


 俺が男の子の足元をふと見ると、砂に埋れていたお宝を見つけた。少し掘り返してそれを手に取ると、ついた砂を払って落とした。


 これは凄い物を見つけた。初めて本物を目にするし、滅多に見られない物だ。俺は泣いている男の子が落ち着いてきた時に話しかけた。


「ねえ君、これ知ってるかな?」


 手のひらに乗せたそれを見て男の子はわあと声を上げた。


「きれい!」


 足元で見つけたのは赤のシーグラスだった。シーグラスの色の中では珍しい赤色をしている。


「綺麗だろ?まるで宝石みたいだ。宝石って知ってるかな?」

「うん!ママが好きって言ってた」


 ママさん…、子供になんてこと言ってるんだ。まあ、多分そう話しているのを聞いただけだろう。子供は大人の会話をよく聞いているものだ。


「これはね、とっても特別で貴重な物なんだ。そして君が見つけたんだよ」

「ぼくが?」

「そうだよ、君がここで泣いていたから見つかったんだ。きっとこのシーグラス、ううんこの宝石は君に見つけてほしかったんじゃないかな?」


 俺は男の子の手にシーグラスを置いて握らせた。


「君が怖くても動かないで待っていたから、偉いね、凄いねって、宝石の方から君の所に来たんだよ。元気を出してって言ってくれてるんだ」

「そうなのかな?」

「きっとそうだよ、お兄ちゃんの言う通りだよ。宝石がもう泣かないで元気だしてって、そう言っているよ」


 雫の援護のお陰で、男の子にやっと元気と笑顔が戻ってきた。俺は雫と顔を見合わせると、安堵の表情を浮かべて微笑んだ。




 迷子の男の子を監視員やライフセーバーの居る設備まで送り届けた。すぐに迷子のアナウンスがなされて、男の子のお母さんがすっ飛んできた。


 子供の事を抱きしめて何度も何度もごめんねと謝っている、混雑した海水浴場だ、無理もないことだと思うが、一人で海に入っていたらと思うと気が気じゃなかっただろう。


「本当にありがとうございました。本当に本当に助かりました」


 お母さんは俺たちや周りの人たちに何度も頭を下げた。安心したからか、目には少し涙を浮かべていた。


「見つかってよかったです。それに俺たちは特に何もしてません、この子が頑張ったからです」

「ええ、怖かったと思うのに、動かずじっとしてました。人の目から離れてしまう前に気づけてよかったです」


 俺と雫の言葉に、お母さんはまたぺこぺこと頭を下げてお礼を言った。そんなに言われるとこちらも困ってしまうなと思った。


「お兄ちゃんお姉ちゃんありがとう、ぼくこれ宝物にするね!」

「うん、今度迷子になったりした時も、その宝石を思い出すんだぞ」

「元気でね、ママの手を離しちゃ駄目だよ?」


 すっかり元気一杯になった男の子を俺たちは二人揃って見送った。何度も振り返って手を振るのが微笑ましい。


「雫、ごめんな」

「どうして謝るの?」

「折角一緒に海に来たのに、シーグラス探しも楽しみにしてたんだろ?」


 俺がそう言うと雫は笑って言った。


「何言ってるの、子供の事助けないで一緒にいるつもりだったの?こうちゃんはそんな事出来ないでしょ。それにシーグラスだって見つけたじゃない」

「でも、あれはあの子に上げちゃったし」

「私はシーグラスが欲しかったんじゃないの、こうちゃんと一緒に探す時間が欲しかったの、あの時みたいにね」


 あの時というのは、俺が雫に告白した時のことだろう。


「それに、こうちゃんかっこよかったよ。泣いてる子供見て、他の人は無視するか、心配そうに見るだけだったのに、真っ先に動いて話しかけた。それが難しい事だって私は分かるよ」

「…ちょっとだけ重なったんだ俺と、全然状況も結果も違うけどさ、でも助けたかった」


 空いていた左手がぎゅっと掴まれて暖かな体温に包まれた。


「こうちゃんのそんな所が好きだよ」


 雫がそう言ってくれる、それだけで何よりも価値がある。俺は雫にほほえみ返して、握られた手を優しく握り返した。

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