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追憶の宝石  作者: ま行
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動き出せ

 俺と彰彦さんが話している所に、彰彦さんを誘いに来たマスターがやってきた。


「おっ二人で何話してるんだ?」

「君の話をしていたんだ浩也」

「中井さん、いい話が聞けましたよ」


 マスターは変な事言ってないよなと慌てていたが、彰彦さんは特に何も言及せずにニコニコと微笑むだけだった。中々いい性格をしている。


「ったくよお、光輔に弱みとか握られてないだろうなあ」

「そんな事心配しなくても中井さんの弱みは全部梢さんが握ってますよ」

「それもそうだった!ガッハッハ!」


 笑い事ではないと思うが、まあマスターが笑っているならよしとするか。


「そう言えば中井さんが彰彦さんにあるでかい借りって何ですか?」

「何だそれ?僕、君に何か貸しでもあったかな?」

「あーそれな、まあ何というか、俺が勝手に借りてるだけなんだ」


 マスターは彰彦さんの隣にどかっと座った。


「俺はな、会社勤めってのがどうにも性に合わなかった。ぶっちゃけ嫌で嫌で仕方がなかったんだ。だけどな、何か働いてるなら頑張らなきゃいけないって空気に流されて無理してた。まあ俺は無理が効く体だったって事だ」

「同調圧力ですか?」

「うーん、ちょっと違う気もする。まあ俺にもよく分かってない、だけど兎に角性に合わなかった。働けど働けどな」


 まあ俺もマスターが会社ビルの一室でデスクワークしている姿は想像もつかない、性に合わなかったのは本当の事だろう。


「そんな時さあ、彰彦の心が限界になったのを見た訳よ。それで俺、ここに心を縛り付けるものは何もないなって気がついたんだ。大体よお、生き方なんて人それぞれなんだ。上手くいかなくたって別の手を考えりゃいい。他人はとやかく言っても何もしてくれないんだからな」


 マスターは腕を組んでふんぞり返った。相当勤め先がストレスフルだったのだろうか、言葉の端々に棘を感じた。


「で、もしかしたらお前はもう彰彦から聞いたかもしれないが、この海に連れてきたのは俺だ。別にこの海に何か思い入れがあった訳じゃない。ただ旅行雑誌を見たら載ってただけなんだ」

「そうだったのかい?それは知らなかったなあ」

「無計画でもいいかって思ったんだよ。海が気に入らなかったら山に登りゃいいかって。海外に行ってもいいしな。まあ結果として、ここが彰彦にバチッとハマったんなら、そりゃ運命みたいなもんじゃないか?」


 それもそうかと思った。偶然だろうがなんだろうが、彰彦さんの心が救われた事に変わりはない。寧ろ救いという切っ掛けは偶然の産物が多いのかもしれないと、最近の出来事から俺は考えていた。


「それで、僕は何を君に貸したのかな?」

「おお、そうそう。お前が元気になっていく姿を見てな、俺は嬉しくなるのと同時に欲がわいてきた。で、思い切って会社を辞めた訳だ。金が無くて生き難くても、苦しくて息が詰まる方が嫌だったんだ」


 そんな大胆で重大な決断をさらっと出来てしまうのもすごいが、それが苦難の道と知った上で一歩踏み出す勇気もすごいと思った。


「俺は彰彦の背中を押したつもりだったけど、結局自分の背中を自分で押していたんだ、お前の手も添えられてな。で、小さい頃憧れた喫茶店のマスターになった訳よ!コーヒーなんて粉溶かして飲んでた俺がな!ガッハッハ!」

「それはまた思い切りましたね、じゃあ、今のコーヒーの腕前と味は勉強したんですか?」

「色々と試行錯誤してな!意外な事にそっち方面の才能があってな。人間なんでもやってみないと分からんもんだな」


 ずぶの素人から腕前を上げて喫茶店として成立させているのだから、その努力は並大抵のものではないだろう。


 格好つけかもしれないが、自分のそういった側面を見せないマスターの性格が、俺は好きだし尊敬していた。時々お調子者だけど、頼れるし、頼るべき大人の姿だ。


「という訳でだ、俺は生き方を決める重要な決断を彰彦に手伝ってもらった。お前にその自覚がなくてもな、俺はお前に救われて、でっかい借りができたって事。勝手に借りて勝手に返すから気にすんな」

「…そうか、ならその貸しはずっと持っていてくれて構わないよ。僕も君から大きなものを勝手に借りていてね、お互い様さ」

「なら、俺たちはそれを返し合っていかねえとな」

「ああ、そうだね」


 マスターの一面をまた一つ知った。そして彰彦さんから聞けた体験談はとても貴重なものだった。


 自らを助くもの、俺は雫のお陰で多くのそれらに気がつく事が出来た。優しくない事も一杯あったけれど、優しさはそれを帳消しにして余りある。俺は何だか、無性に父と母の声が聞きたくなった。


 この旅行から帰った時、お土産話を沢山持って帰ろう。話しきれないほどに思い出を抱えて、ありったけを渡せたらいい。そんな事を思った。




 海の家二日目、花火大会が今日明日とある。客足は増えていたが、分散されて一日目よりも減ったように感じた。


 それに美味しいご飯をたらふく食べてぐっすりと眠った後だ、疲れを取ってエネルギーを十分に補充した俺たちは、目に見えて働きが違った。


 マスターが色々と考えて工夫してくれているとは言え、やっぱり皆勘もよくて飲み込みも早い、コツを掴んだのか仕事は実にスムーズだった。


「大分余裕が出来ましたね」

「ああ、皆優秀だな。全員うちで雇いたいくらいだ」

「…それは勘弁してください」


 厨房で忙しなく動き回っていた俺とマスターも、会話を挟む余裕が生まれていた。体力的にも随分楽になったと思う。


「マスター、ちょっといいですか?」

「どうした結衣ちゃん、何かトラブルか?」


 北村が注文を取ってくるでもなく厨房を訪れた。そういう時は大体トラブル絡みだったので、俺は少し身構えてしまった。


「いえ、順調そのものです。順調過ぎてちょっと余裕が出来てしまうくらいでして」


 皆あれだけ頑張っているしそれもそうか、俺は取り敢えずトラブルでなかった事に胸をなでおろした。


「それで、計画してた通り交代でちょっと遊びに出てもいいですか?私達も色々見て回ってみたくて…」

「あーそうだな、この様子なら大丈夫だろ。いつでも連絡つくようにしておいてくれれば、好きにしてくれて構わないぞ」


 北村はマスターのその言葉に喜んで、皆と相談して取りまとめたシフト表を見せて詰めの話し合いをしていた。頑張っていただけに、役に立つ時がきてよかったなと、俺は心の中で思った。




「じゃあ皆ちょっとだけよろしくね!」

「この為に水着新調したんだから!男子共、特別に拝見の許可を出そう」


 最初に北村と東野、そしてそのお供に橋田が抜ける事になった。後は西と南部に川井、最後に俺と雫という順番だ。


「ほらっ!感想感想!褒め称えよ!」


 北村も東野もそう言って憚らない、自信があるのか、それとも単純に褒めて欲しいのかは分からない。が、似合っているのは事実だ。


「可愛い、似合っている」

「右に同じく」


 俺がそう言うと川井が続いた。女子二人はにんまりと笑って満足げだ。


「ほれほれ、透はどうした?嬉しいでしょ?」

「うるせえな、はいはい似合ってる似合ってる」

「あんたはホントに…、そういうとこだぞ」

「何だよ!俺も和也と尾上みたいに褒めただろうが!大体何で女子二人に男子一人なんだよ!」


 憤慨する橋田に北村はため息をついて言った。


「ボディーガードが一人必要でしょうが、虫よけの為にも。それが例え透でもね」

「何だと!?」

「はいはい、透ちゃんは私達と遊びましょうね。ねえ結衣、砂の城作って透埋めない?」

「ナイスアイデア!ほら行くよ!」

「あっ!ちょっ!浩也!尾上!見てないで何とか言え!」


 俺と川井は二人に引きずられていく橋田を敬礼で見送った。多分橋田は誰と組まされてもおもちゃにされるだけだろう、そして俺と川井にそれを止める手立てはなかった。


「まっ、後でかき氷でも奢ってやろう」

「そうだな、透はそれで許してくれるだろ」

「じゃあ仕事に戻りますか、結衣達も無茶はしないでしょ」


 俺たちは顔を見合わせて頷くとそれぞれの持場に戻って行った。

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