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追憶の宝石  作者: ま行
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それぞれの海

 岡本さんの民宿へ戻ると、橋田も川井も倒れ込むように寝てしまった。よほど疲れたのだろう、今はそっとしておいてあげよう。


 俺が部屋を出ると、丁度雫も部屋から出てきた。


「雫、そっちはどう?」

「皆寝ちゃった。私も正直眠いんだ、だから夕食になったら起こして欲しいって頼みに行こうかと思って」

「それなら俺が伝えておくよ、マスターと岡本さん今一緒にいて色々打ち合わせしてるんだ、俺もそれ聞きに行こうと思ってたから」

「本当?じゃあ、ごめん!お願いします!」


 雫は頭の上でぱんっと手を合わせた。部屋に戻るのを見届けてから、俺はマスター達の所に向かった。


「おう光輔来たか」

「やあ尾上君、今日はありがとうね」


 二人はもう酒を開けていた。赤ら顔をこちらに向けて陽気に笑っている。


「もう酒ですか?あんまり飲みすぎないでくださいよ?」

「分かってる分かってる!明日に残すような飲み方はしねえよ!」


 あんまり信用は出来ないなとは思うが、それでも信頼はしている。酒については詳しくないので、マスターの裁量に任せる事にした。


「皆の様子はどうだい?」


 岡本さんに聞かれて俺はそのままを答えた。


「皆へとへとで眠りこけてます。すみませんが、夕食の準備が出来たら部屋まで呼びに来てくれませんか?」

「勿論、了解したよ」

「やっぱりキツそうか?」


 マスターの問いかけに俺は頷く。


「そうかあ、まあ忙しかったもんなあ」

「でも皆要領がいいし、元気は有り余ってるのですぐ順応しますよ。特に女子勢はバイタリティありますから」


 特に東野と西辺りは掴みつつあると思った。疲れてはいるものの、東野はお客相手に物怖じしないし、西は笑顔を作ったまま適度に力を抜くのが上手い。どちらも接客向きだと感じた。


「それでもやっぱり今日のような事が続くとキツイな。俺も予想外だった」

「僕も様子を見に行ったけれど、大盛況でしたねえ。あれだけお客さんが入っているのは初めて見ました」


 あの事態を予測していたのは俺だけだったという事か、それでもマスターは一番忙しくしていたのにケロリとしているのが流石だ。


「彰彦、ちょっと開店時間を遅らせてもいいか?準備に時間かければ少しは違うだろ?」

「元々今年は諦めるつもりだったんだ。それが浩也と皆のお陰でこうして開店出来ている、僕としては好きにしてもらって構わないよ」

「じゃあ俺からもちょっといいですか?店の外に出してるテント席は減らしませんか?もしくは飲み物販売だけで目的を絞るとか」

「そうだな、テーブルは無くして販売だけしよう。オーダー取るのに手間取っていたから、単純作業の方がいいはずだ」


 俺はそのままマスターと岡本さんと一緒に明日からの相談を行った。流石二人とも接客業をしているだけの事はある、みるみる内に作業内容の効率化と、手順の確認が決まっていった。




 ついつい話が弾んでしまい、俺も疲れていたのに休む間もなく夕食になってしまった。まあ夜ぐっすり眠れば十分休息は取れるだろう。


 広間に用意された夕食を皆で囲んだ。どれも美味しいが、やはり魚が美味い。海が近くだから新鮮なのだろう、どの魚料理も絶品だった。


 夕食を食べる前は元気のなかった皆も、食べていく内にみるみる元気を取り戻していった。単純な事だけど食は大切だ。一杯食べてエネルギーをしっかり補充しておかないと、俺もご飯をおかわりしてまで最後まで堪能した。


 美味しいご飯を腹いっぱいに食べて、皆大満足だった。余韻に浸って動けないでいると、一人の女性がこちらに近づいてきた。


「挨拶が遅れてごめんなさいね、私彰彦の妻の奈々ななみです。海の家のお手伝い、本当にありがとう。そしてご苦労さま」


 くつろいでいた俺たちは全員居住まいを正すと奈々美さんに挨拶をした。奈々美さんは湯呑にお茶を注いで全員に配ってくれた。


「暑いし大変だったでしょう?それに今日はお客さんが多かったって聞いたわ。大丈夫だった?」

「本当にもう大盛況でした…」


 北村は心底疲れ果てたとばかりに言った。事実だけに咎められないなと、俺は思った。


「でも全員、貴重な体験が出来たと思っています。海の家は利用する事はあっても逆はありませんでしたから」

「皆が助けてくれて、短い間でもお店が開けてよかったわ。最近じゃ後継者不足で廃業してしまう事も珍しくないから」

「そうなんですか?」


 お茶を飲んでいた橋田が聞いた。奈々美さんは頷いて続ける。


「シーズンも限られてるからね、兼業してる人が殆どだし、先立つものもなければ続けられないわ」

「何か、結構当たり前のようにあるものだと思ったのに、大変なんですね」


 少し寂しそうにして西が言った。俺も同じような事を思ったし、皆もうんうんと頷いていた。


「ごめんなさい、辛気臭い話しちゃったわね。先の事より今の事よ!皆、明日からは花火大会も始まるからよろしくね!」

「はい!」


 全員でそう返事をすると、奈々美さんはにっこりと嬉しそうに笑った。それから他愛のない雑談を交わしていると、民宿を訪れていたお客さんからも声をかけられて、次々と話題の輪が広がっていき、広間はちょっとした雑談場の様相を呈していた。




 俺は話し合いで沸く広間をこっそりと抜け出した。見知らぬ人が多いとその分疲れてしまう、皆に黙って出てきたのは悪いと思ったが、話を遮ってまで言う事でもないと思った。


 部屋に戻って休むのもいいかと思ったが、折角またあの海に来たのだ。昼間はそう見られなかったから海でも見に行こうかなとぼんやり考えていた。


「おや、光輔君じゃないか。広間が随分楽しそうだけど、君は参加しないのかい?」


 玄関ホールで彰彦さんにばったり出くわした。


「ええあの、あまり大人数の中にいるのはちょっと苦手で」

「そうかそうか、そういう事もあるよね。具合が悪かったりはしないかい?」

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 すんなりと受け入れてもらった事、そして俺の体調を気遣ってくれた事に少し驚いた。素直にありがたいと思ったが、すっと理解されるのも不思議な感覚だ。


 俺の考えが顔に出ていたのか、彰彦さんが言った。


「僕が君の苦手に理解があるのは不思議かな?」

「すみません、顔に出てましたか?」

「謝る事じゃあないよ。僕はね、昔は浩也と同じ会社に勤めていたんだ。ああ、ええと、面白い話でもないけれどちょっと僕とお喋りしないかい?」


 丁度いいと思った。目的もないし、一対一で話すのなら支障はない。俺たちはホールにある椅子に座った。




「浩也とは同期でね、切っ掛けは忘れてしまったけれどあいつは気さくで良い奴だろ?多分自然と仲良くなったんだろうな」


 その様子は目に浮かぶようだった。マスターは身内贔屓に見ても話しやすいし、距離感も丁度いい、決して踏み込みすぎないし、からかうにしても一線を越えてくる事はない、友人になるにはうってつけの人だ。


「浩也はそれはもう優秀でね、会社でも重宝される人材だし、上には目をかけられて下からは尊敬されていた。同期皆に慕われていたよ。それに比べて僕は何をしてもパッとしなくてね、目立ちもしないし、居ても居なくてもいい、そんな存在だった」


 何と声をかけていいのか分からない、こういう時気の利いた言葉の一つでも出てくればいいのだが、俺にはそれが難しい。


「…はははっ、そんな困った顔をしなくていいよ。でも気を使ってくれてありがとう」

「すみません。何も言葉が見つからなくって」


 彰彦さんは大丈夫と手でジェスチャーした。


「それでね、ある日僕は仕事で些細なミスをした。本当に誰も気に留めないような小さなミス。だけど社員としてそれを報告しないのは絶対にあってはならない事だ。でもね、僕はそれを中々言い出せなかった。理由は分からないけどね」


 少しだけ話しにくそうに視線を下に落とした後、彰彦さんは話を続けた。


「そんな時助けてくれたのが浩也だった。僕が悩んでいるのを見て、話を聞いてくれたんだ。すると僕のミスを肩代わりして自分の落ち度とした。皆浩也にしては珍しいミスだなと口々に言ったが、そういう事もあるだろうと話はあっという間に風化した」

「…何だか中井さんらしい話ですね」

「そうだろう?僕はそれからますます浩也と仲良くなったけれど、逆に仕事はどんどん手がつかなくなってきた。一挙所一投足何もかもが重く苦しくてね、ついには会社に行けなくなった。うつ病だよ」


 うつ病、そうか、成る程なと俺は思った。本当に根拠もなにもないのだが、少し彰彦さんとは似通った空気を感じていた。


「僕がそんな調子だから浩也は酷く心配してね、でも、心配されればされる程僕は苦しくなった。それが見て取れたのかな?浩也は会社なんか辞めてしまえと僕に言ったよ。そして海を見に行こうって誘ってくれた。本当は行きたくないなと思ったけれど、気持ちを無下にするのも気が引けてね、それに…」

「無理やりは誘わなかった?」

「そうだ。決して無理やりには言わなかった。僕は浩也の誘いに乗った。無気力なままだったけれど、そんな僕を連れて浩也はこの海に連れて来てくれた。潮風が薫り、キラキラと光を反射させる海を見て、僕は一瞬で目を奪われた」


 それから彰彦さんは、海であった出来事をそれはもう楽しそうに語った。寄せる白波、歌う海鳥、肌を焼く日差し、砂浜を駆ければ心が満たされた。そうして心をゆっくりと癒やしていったそうだ。


 そして彰彦さんは運命の人と出会った。奈々美さんだ。奈々美さんのご両親が経営していた民宿を引き継ぐ事になり、彰彦さんの心を救った海が故郷となった。


「僕は浩也に心も救われたけれど、同時に命も救われたと思っている。僕が光輔君の気持ちが分かったのは、多分君も浩也に心を救われた事のある同士だからじゃないかな?」


 俺はその言葉に微笑んで言った。


「そうですね、その通りだと思います」


 彰彦さんも俺の言葉ににっこりと微笑んだ。

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