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追憶の宝石  作者: ま行
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あの海へ

 約束の日、俺は喫茶ヤドリギへ一番乗りかと思ったが、そこには橋田が先にいた。


「おはよう橋田。随分早いな」

「おっす尾上」


 足元に荷物を置いてスマホをいじっていた橋田は、画面を閉じてポケットにスマホを仕舞った。


「いやー、俺昔っから遠足の時とかめっちゃ早起きするんだよね、楽しみとか興奮でさ。お前もそのくちか?」


 小学生かお前はとも思ったが、敢えて口にはすまい。


「残念ながら違う、俺の場合は時間前行動を徹底してるだけだ。無用なトラブルはこれで避けられるし、何か問題が発生しても即対応出来る。合理的だ」

「真面目だねえお前は、嘘でも楽しみでとか言っときゃ可愛げもあるのに…」

「嘘はつかない。本当に楽しみだ」


 本当に楽しみにしているし、嘘を言う必要もないだろう。俺がそう言うと橋田はにやりと笑顔を浮かべて肩を組んできた。


「なら楽しみだって素直に言っとけよ!海だぞ?ビーチだぞ?水着だぞ?楽しみでしょうがないって!」

「…まあ少しはな」

「おいおいおい尾上くん、強がるなよな。期待しているんだろう水着姿を、僕には分かるようんうん」


 橋田のうざ絡みにうんざりしていると、南部が遠くに見えた。あちらも気がついたのか手を振ってきたのでそれを返す。荷物を持って小走りで駆け寄ってきた。


「おはよう、二人とも早いね」

「そういう南部だって早いじゃん。やっぱ遠足前は興奮するよな?」

「え?いや、私は時間前行動をと思って…」


 ほらなという顔をして橋田を見た。しかしそんな俺の皮肉も意に介さず、橋田は楽しそうに海でやりたい事について熱く語っていた。


 楽しみなのは分かるが聞いてられるか、俺はそう思ったが南部は違った。橋田との会話がやけに盛り上がっている。意外な事にイベントに対する姿勢は橋田と同じようだった。


 そうこうしている内に全員が集まってきて、最後にマスターが来た。そこから駐車場へと移動して、大型のワゴン車に皆で乗り込んだ。助手席に乗り込んだ北村がマスターに聞いた。


「大きい車…ご友人の方はよく所有できますね」

「あいつ割りと小金持ちだからな。ま、そのお陰でこうして皆を運べるんだ。たまにゃあいつも役に立つな」


 マスターはそう言ってガッハッハと笑った。車を借りてる身分でそんな事言っていいのだろうか、しかし、この気安さが二人の関係性を表しているようにも見えた。


「じゃあ皆行くぞ!シートベルト締めたか?トイレ行かなくていいか?…よしじゃあ出発!」


 皆ノリノリで「いえーい!」と声を上げて拳を上げた。ノリに出遅れた俺は、少し遅れてからいえいと声を出した。


 これから三泊四日の旅行が始まる。




 車は軽快に走り、途中何度か休憩を挟みつつ、目的地の民宿までたどりついた。車から皆と一緒に荷物を下ろしていると、マスターが一人の男性を連れてきた。


「皆紹介するよ、俺の友人でここのオーナーの岡本彰彦おかもとあきひこだ」

「初めまして、いやー皆よく来てくれたね。こんなに大勢で、本当に助かるよ」


 俺たちは口々に岡本さんに挨拶をした。岡本さんは中肉中背で優しそうな顔つきの穏やかな雰囲気をまとった人で、髪の色が白、というより銀色のようだった。


 マスターは坊主頭にしているから目新しく見えた。同い年と聞いていたけれど、結構派手だなと俺は思った。


「髪の色格好いいっすね、それ自前ですか?」


 橋田は物怖じせず岡本さんに直接聞いた。


「あはは、ありがとう。半分正解だね。僕どうも白髪が多くてね、どうせならもう全部白くしちゃえってやったんだよね。いやー格好いいって言われると嬉しいな。家族からは不評だからさあ」

「いやいやギンギラで渋いっすよ。気にする必要ないですって」


 何だか知らないが橋田があっという間に岡本さんと打ち解けている。あの社交性の高さは見習いたいものだ、俺にはまったくないものだから。


「おおい彰彦、話し込むのもいいが荷物はどこ運びゃいい?」

「おっとすまんすまん。楽しくてつい。さあ皆部屋に案内するからついてきてくれ」


 俺たちは各自荷物を持って岡本さんの後ろをついて行った。外観も立派なものだったが、内装も負けず劣らずだ。民宿というより旅館みたいだった。


 広めな部屋を二部屋用意してもらった。部屋は向かい合っていて、男子組と女子組で分かれた。


「女の子達は人数多いからちょっと狭いかもだけど、いいかい?」

「全然構わないです!寧ろそっちの方が楽しいし!」

「そうそう!何かこういうのワクワクします」


 女子達はキャッキャと騒ぎながら部屋へと入っていった。俺たちも部屋の鍵を受け取ると中に入って、荷物を下ろした。


 マスターは玄関口のカウンターで別に荷物を預けていた。俺たちと一緒の部屋ではなく、どうやら岡本家の方でお世話になるらしい。積もる話もあるだろうし、何より俺たちに配慮してくれたのだろう。


 そしてもう早速海の家の方へ出て準備を始めている。俺は最低限の荷物だけ持つと、急いでマスターの元へ向かおうとした。


「あれ?尾上荷物それだけ?水着とかは?」

「あのなあ、忘れてるかもしれないが俺たちは海の家の手伝いに来たんだぞ。俺は遊ぶより、そっちを優先するよ」


 橋田が抗議するように文句を口にする。川井はそんな橋田をたしなめながらも、俺に言った。


「しかし俺も透程じゃないが、少しは楽しんでもいいと思うぞ?」

「いや俺も別に遊ぶなって言いたい訳じゃないんだ。気持ち的には一緒だよ。でも、何か予感がするんだよな」


 俺の言っている予感の中身が分からないのだろう、橋田も川井も揃って首を傾げた。


「何だよ?悪い予感か?」

「まあ杞憂で終わればいいんだがな、俺たちは裏方に回るだろ?それで女子達は主に接客に回ってもらう。夏だし、それなりに薄着だろう。それに加えてどうだ?皆外見が揃いも揃って一等級だ。そこから導き出される答えは…」




 客の嵐だった。どんどん注文が来て、内部はパンク寸前だった。


 お喋りな橋田もそのなりを潜めてがむしゃらに動き回っている、川井は顔色こそ余裕そうに見えても、作業量の多さに手が追いついていなかった。


 やっぱりこうなったかと俺は思いながら、マスターと一緒になって馬車馬のように働いていた。海を見たり、橋田の期待するような甘い幻想はここには存在しなかった。


 看板娘五人組の集客力たるやすさまじいものだった。アイドルの如き扱いを受けて、一緒に写真を撮りたいとまでお願いされていた。


 口コミがまた次の口コミを呼び、全員が遊ぶ暇などないくらいに働きに働いた。店じまいをして、俺とマスターが片付けを終えると、浜辺では皆が膝を抱えて座り込んで海を眺めていた。


「どうした?海入らないのか?」

「もうそんな気力ないよ」


 本当にこいつは橋田か?そう思ってしまう程弱々しい声が返ってきた。


「まさかこんなに忙しいなんて…」


 北村は呆然と海を眺めながら呟いた。計画は最初から破綻した。


「時間で交代なんて幻想だったな」

「…うん」


 本当にこいつは北村か?それくらいしおらしい姿を見せるので驚きが隠せない。


「何か数えきれないくらいナンパされた。超モテモテだった。嬉しくないけど」

「遊ぶ暇があるなら注文を取るって叫んでたのはお前か東野」


 覇気も気力もない東野の目は虚ろだった。


「かき氷食べたい、いや浴びたい」

「イライラしてたもんな西」


 暑いだけでなく、人が押しかけてきた熱気が更に温度を上げる。西は笑顔こそ崩さないものの、ストレスが溜まっていそうだった。


「子供の相手ってあんなに大変なんだね」

「あのキャーキャー騒いでた子達を相手してたのは南部だったのか、ご苦労さま、重労働だっただろ?」


 南部は俺に返事する元気もなく、ハハッと乾いた笑い声だけが漏れ出ていた。


「うみ、きれい」

「雫、しっかりしろとは言わん。今はただ休め…」


 雫は特に人に囲まれていた。人気も人気、この海で一番の人気者だったと言っても過言ではなかった。


 夏の海、繁忙期、花火大会と祭り、これだけ重なれば結果は目に見えたように思えていたが、皆は割りと軽く受け止めていたらしい。遊ぶ暇なんてあるかなと思っていた俺の考えがばっちり当たってしまった。


 ざざんざざんと小気味よい波音、砂浜に横並びになって膝を抱える七人の高校生達、戦いに疲れた戦士達の疲労を波がさらっていってくれる事を願おう、俺は心の中でそんな事を考えていた。

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