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追憶の宝石  作者: ま行
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親切の予定

 季節は夏に差し掛かっていた。じわりじわりと肌を焼く日差しが忌々しい、しかしこの空の青さだけは好きだ。大きく背の高い雲も季節を感じさせる。


 暑さだけはどうにもならないが、バイト先のヤドリギ店内は空調が入っていて涼しい、お客様もそうだが、働く側も暑くてはやってられない。


 店内には丁度雫と東西南北ズがいた。雫はいつも通り俺についてきたのだが、四人は暑さにまいって涼みに来たらしい、冷たい飲み物の注文を取ってマスターの所へ行くと、珍しくうんうんと唸っていた。


「マスター、注文入りました」

「ん、ああ、悪い悪い」

「何か悩み事ですか?」

「まあそうなんだが…」


 妙に歯切れが悪いので気になった。


「力になれる事ならなりますけど」

「あー、そう言ってもらえるのはありがたい…。だけどちょっと光輔向けじゃないんだよな」


 俺向きじゃないとはどういう事だろうか、まあマスターがそう言うのなら仕方がないか、そう思った時「いや待てよ」と呼び止められた。


「何ですか?」

「今雫ちゃん達店に来てるよな」

「来てますけど」

「よっしゃ!お前も来い光輔!」

「あっちょっと!」


 マスターは俺からトレーをひったくると、腕を掴んで引っ張られた。




 店内に客が少ない事、常連さんだけなのをいいことに、雫たちと同じテーブル席に俺は座らされていた。マスターもその辺の椅子をひっつかんで座っている、輪を囲むようにしてから、マスターは悩み事の内容を話し始めた。


「海の家ですか?」

「そうそう、民宿やってる古い友人が毎年出店してるんだけどな。どうも最近盛大に腰やっちまったらしい」


 それは気の毒だ、腰の怪我は動くに動けない。日常生活にも支障が出そうだ。


「大丈夫なんですか?その人」


 雫が聞くとマスターは頷いて言った。


「もう治療は済んだよ、後はリハビリだ。しかし動き回るには大変だからな、民宿も嫁さんと息子の一人が手伝って回してるが、海の家は今年は諦めるしかないかって嘆いてたのよ」


 それはそうだろうと俺は思った。しっかり養生しないと後に響く、残念ではあるが、来年にはまた再開できる筈だ。


「でだ!俺はそいつにでかい借りがあってよ、何とか力になってやりたい。そこでだが、皆は夏休みを使ってアルバイトする気はないか?」

「えっ!?」

「なあにそんなに難しい仕事じゃねえよ。忙しいのは確かだけどな、でも夏の思い出としてはいいと思わないか?」


 それを聞いて北村が納得したようにああと言った。


「私達に頼みたい事ってそういう事ですか」

「そうそう!どうかね結衣ちゃん?」

「力になってあげたいけど…」


 北村は皆の顔を見て言いよどむ、俺は仕方ないと声を上げた。


「うちの学校、アルバイトに厳しいんですよ。範囲とか時間とか決まりごとも多いし、難しいと思います」

「あれ?そうなの?」

「なあ皆、俺の他に誰かアルバイトしてる生徒って知ってるか?」


 俺が皆に話を振ると、一様に首を横に振った。俺が他の生徒の事を知らないのは当たり前だが、皆が知らないならやっぱり数が少ないのだと思う。


「そうかあ、光輔がよく働くからその辺緩いのかと勘違いしてたな」

「俺は上限ギリギリまで入れてますから」

「じゃあ無理かあ…」


 マスターには悪いけれど仕方のない事だ、そう思った時、雫が手を上げて発言した。


「ちょっと待って、ねえマスター、その海の家って毎日手伝う訳じゃないでしょ?マスターだってお店ある訳ですから」

「まあそうだな」

「一番忙しくって人手が必要になるのは?」

「それは花火大会のある時だな、二日間行われるんだが、地元民も観光客も集まってそりゃ盛り上がるぜ」

「私良いこと思いついちゃった!マスターも皆も聞いてくれない?」


 雫はぱっと顔を明るくして皆の注目を集めると、自分の考えを嬉々として話し始めた。




「マスターのご友人は気の毒ですが、今年海の家を開き続けるのは無理でしょう。でも、一番忙しい時に合わせてお店を開くのは出来ると思いません?お客さんが確実とは言えないけれど、そこそこ見込める訳だし」

「まあそうだよね、その花火大会に合わせて来る人がいるんだから」


 雫の言葉に東野が頷いた。


「だが、お店を開いたとして俺たちが働ける訳じゃないぞ?」

「そこそこ、光輔くんそこだよ。働くんじゃなくて手伝うの、マスター、ご友人は民宿をやっているって言ってましたよね?」

「うん、結構大きいぞ」

「私達、夏休みを利用してそこに旅行に行きます。で、そこで困ってるマスターを見つける、海の家を代わりに開くつもりが人手が足りない。私達はそんなマスターを見捨てられなくてお手伝いをする。ね、いい案だと思わない?」


 また大胆なペテンだ、俺は聞いてすぐに呆れたが、東西南北ズは違った。


「いいじゃん!名案!」

「海行きたいねって話してたし丁度よくない?」

「マスターには何度もケーキごちそうになってるし恩返ししたいよね」

「私もいい案だと思うな、困ってる人を見捨ててはおけないよね」


 実に乗り気になっている、この五人の話が盛り上がり始めたら誰も止められない。そして恐らく、次の展開も俺の想像通りだと思った。


「ねっ光輔、困ってるマスターを見捨てられないよね?」

「しかしだな北村」

「彼女は海に行くのに、彼氏はそこについていかないの?いいのかなあ?雫だよ?絶対ナンパされるよ?」

「やめろ東野卑怯だぞ」

「ヤドリギでお世話になってるのは何も私達だけじゃないよね?」

「そりゃそうだが西」

「お手伝いするのは正当な活動だと思わない?」

「南部お前まで…」


 ほらやっぱり、もう話はほぼ決まっているんだ。俺はもう引き込まれるしかない、そして雫が行くという事は俺に行かないという選択肢もない。


「…分かったよ。行こう」

「よっしゃ!いいぞ皆!雫ちゃんもナイスアイデアだ!俺が話を通して民宿には無料で泊まれるようにしてやる。アルバイトじゃなくてお手伝いの報酬だな」


 マスターの言葉に皆手放しで喜んだ。旅行に行って宿泊費がかからないというのは大きい、正直俺も助かる。大きな出費はしたくなかった。


「じゃあ今年の夏は皆で海!決定!」


 雫がそう言うと皆はオーッと掛け声を上げた。何故かマスターまで拳を突き上げて声を上げている。店の迷惑にもなるし恥ずかしいので、俺は小さく目立たないようにちょっとだけ拳を上げた。




 バイトを終えて俺は雫とベンチに座って話していた。


「まさか民宿のある場所が、勉強合宿で行ったあの海とはねえ」

「…驚きはしたが、俺は結構嬉しかったな。もう一度雫とあそこに行きたいと思ってたから」


 あそこは俺にとってとても思い出深い土地となった。なにせ人生初の告白をした場所で、今それを受け入れてくれた彼女が隣にいる。縁深い場所になったように思えて嬉しかった。


「そうだね、私ももう一度こうちゃんと海が見たかった。シーグラスもね!」

「そうそう見つからないぞ?」

「こうちゃんとなら見つかるよ!あの時もそうだったでしょ?」


 上手く見つかってよかったが、本当は見つからないかと思ってドキドキしていた。見つからなくても告白はするつもりだったが、相当間抜けになる。


「あれ見つかったからよかったけど、あのまま見つからなかったら俺たちただ砂を漁っていただけになるよな」

「それでもいいじゃん、小さいカニとか見れて楽しかったよ?」

「虫もな、雫じゃなくて俺が悲鳴あげてたけど。雫が虫平気なのは意外な発見だったな」


 雫は虫を見つけても、手のひらに乗せてそっと脇へ避けていた。その動作の淀みなさに俺は驚きを隠せなかった。


「何で?可愛いじゃん。毒があれば私も流石に怖いけど」

「また一つ雫の尊敬する所が見つかったよ、俺なんて家に虫が出たら叔父さんと一緒に震えてるだけだから」

「じゃあ梢さんが対処するの?」

「梢さんガーデニングが趣味だから虫平気なんだ」


 そんな他愛のない会話を交わして俺たちは笑い合う。不安も波乱も未来にはきっとまだまだある、だけど今この時は幸せを感じられる大切な時間だった。

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