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追憶の宝石  作者: ま行
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友人 川井和也との喧嘩

 最近、昼休みは決まって橋田と川井と一緒に居るようになった。別に切っ掛けがあった訳でもないし、何となく集まるようになったのが継続している、そんな感じだ。


 しかし今日姿を見せたのは川井だけだった。あれと思い俺は聞いた。


「橋田はどうしたんだ?」

「あいつこの前のテストで、解答欄が一個ずつズレてたらしい。解答は正解していて、欄が正しかったらいい点数だっただけに教科担当の先生も困っててな、今呼び出し食らってるよ」


 俺はその話を聞いて呆れた。勉強を教えた時に、テストで解き終えた後もう一度落ちや欠けがないかチェックしろと散々言ったのに。


 点数がよかったという事は、自分でも出来がいい手応えを感じてそのまま確認を怠ったという所だろうか。今はまだうっかりで済むが、受験や様々な資格試験では致命的だ。


「実に橋田らしいな」

「まったくだな、まあ説教で済む内はいいだろ。反省出来ない奴じゃないし、次はやらないさ。先に飯食って待ってよう」


 川井の言葉に頷いて俺たちは昼食を広げた。そして黙々と食事をする。


 いつもの騒がしさが嘘のように静寂が流れる。何だか若干気まずい思いだった。静かで丁度いいと、昔はそう思っただろうに、今は少し違った。


 別に川井とは会話しない訳ではない、話し始めれば橋田よりも会話が弾むし、趣味嗜好も割りと似通っているので気安い。だけど、どちらかが会話の切っ掛けを作る訳ではなくて、大体橋田が話題を提起してくれる。それがないだけで、こんなにも会話に困るとは思わなかった。


 自分でも信じられないが、橋田が早いこと来てくれないかなと思っていた。そんな事を考えていると、急に川井が口を開いた。


「聞いてもいいか?」


 簡潔な一言だ。俺も簡潔に返す。


「内容による」

「出来れば答えて欲しい、何で五十嵐を選んだ?」


 質問の意図が分からない、川井にしては珍しい曖昧な質問の仕方だった。


「選んだって、彼女は物じゃないぞ」

「そういう意味で言っているんじゃあない、分かっているだろ?」


 思った以上に本気の問いかけらしい、ならばと思い俺も真剣に返した。


「それは俺が雫を愛しているからだ、十分な理由じゃないか?」

「…それでも、何で五十嵐だったんだよ」


 本当に訳が分からなかった。そんな事に本来理屈も理由もない、好きだから好き、シンプルで重要な答えだ。


「手っ取り早くいこう、川井は俺に何が言いたいんだ?」


 この問いかけに、川井は少しの間沈黙して俯いていた。こんな煮え切らない態度の川井を見るのは初めてだった。やがて顔を上げると、俺の目を見て川井は話し始めた。




「俺には主体性がない。まったくない訳ではないが、まあ人よりはない方だ」


 急な物言いに面食らうも、俺は頷いて続きを促した。


「適度に友人がいればいいし、自分が嫌な思いをしないくらいの距離感があればいい、他人との関わりあいは必要最低限で、過度に好かれもしないが嫌われる事はない。それが俺の思う俺だ」

「冷静で的確な自己評価だな」


 実際その通りだと思う、見た限りではだが。


「俺は主張をしない、人にくっついてまわって、その立場を防波堤のように使う。自分でも酷いとは思うが、それでもいいと思っていた。俺が平穏に過ごせればいいってな」


 川井の言は耳に痛かった。俺は川井とは違って他人にすり寄っていかなかったが、思っていた事はほぼ一緒だ。自分さえよければいい、鬱陶しくちょろちょろされなければそれでいいと思っていた。


「これまでその生き方してきて、バレた事はなかった。その人間が上手く立ちいかなくなればこっそり離れて、しれっと他の人の所に行ったりしてた。でもな、透だけは違ったんだ、俺のそんな態度を一目で見抜いた。何故かは分からんがな」


 橋田はたまに妙に鋭い所があるし、恐らくは雫を近くで見続けていたというのもあるだろう。雫の状況は強制されたものだが、俺や川井のは意図的なものだ。それでも似たような状況を知っていたには違いない。


「橋田にはなんて言われたんだ?」

「つまんねーことすんなって言われた」

「それはまた」

「で、喧嘩になった」


 えっと声を出して驚いた。喧嘩は予想外だ。


「どんな喧嘩したんだ?口喧嘩?」

「いや、殴り合いだ。ごちゃごちゃ言われてムカついたんだよ。で、透もムキになるから、後は泥仕合だな」

「手を出したのは?」

「俺だ」


 先程から驚きの連続だ。それは流石に想像がつかない、先に手が出るのは橋田の方だと思っていた。俺は食らった方だから。


「透って猪突猛進だろ?それでたまに視野が狭くなるけど、基本いい奴なんだ。俺と違って人気者になるタイプだな。結構意気地なしだし、ミスもやらかすけど、そういう隙が人を安心させるんだと思う」

「それは俺にも分かるな」

「で、自分からばーんと行動する奴に、俺の今までの生き方を否定された訳だ。普通ならスルーだが、相手が透だからな。俺もムキになったよ」


 橋田の態度に引っ張られて、川井も頭に血が上ったという事か。しかし行き着く所が殴り合いって、ちょっと古風な気もする。


「喧嘩した後言われたよ、自分から息苦しい事するなよって。どうしようが人の勝手だけど、いつか自分に返ってくるぞって」


 その言葉は重かった。俺も痛い程実感したから。


「俺はその時こう返したよ」

「うん」

「うるせえ馬鹿ってな」

「うん…うん?」


 てっきり熱い友情が結ばれるかと思って俺は思いっきり肩透かしを食らった。俺の動揺からそれが見て取れたのか、川井はちょっとだけ笑った。


「そうそう人は変わらないさ、俺も結局主体性はないままだしな。でもそれから、やけに透が絡んでくるようになってな、最初は鬱陶しかったけど、段々慣れてきて、今では一番の友人だって胸を張って言えるよ」


 そう言い切る川井の顔は晴れやかだった。切っ掛けは褒められた事じゃないけど、友情はちゃんと芽生え深まったようだ。


「事なかれ主義はやめた?」

「誰かの影に隠れるのはやめた。でも結局透の後をついて回っているだけだから、本質はあんまり変わってないかもな」

「それでも、前の川井よりずっといい。俺はそう思うよ」

「…ありがとう」


 川井は照れくさそうに礼を述べた。ここで終わればただのいい話だが、続きを聞かなければ。


「それで、この話が雫とどう関係してくるんだ?」

「ああ、悪い、脱線したな。すごく身勝手で失礼な事を言うけれど、俺は五十嵐と透が結ばれて欲しかった。透がどれだけ五十嵐を大切に思っていたか知っていたからだ。しょうがない事だと頭では分かっていたけれど、尾上と二人になったら言わずにはいられなかった」


 ようやく川井の発言の意図が分かった。つまりは親友を思うが故の発言だった。


「そんな事聞いても無駄なのにな、今更だし、何より卑怯だ。でも、二人を思って涙をのんだ透の姿を見て、俺はずっともやもやしていたんだ。尾上なんて、ずっと関係なかったじゃないかって、急に降って湧いた奴だろって、そう思ってしまった」

「言いたい事は分かる、だけど俺もこの気持ちを譲る気はないぞ」

「勿論だ。だからこれは、ただの俺の長々とした嫌味だよ。ジメッとしていて汚い嫌味さ。でも、透が言わなかった事を俺が代わりに言いたかった。どんなに無駄だとしてもな」


 それから俺たちは言葉もなく無言の時間を過ごした。先程の気まずい静寂とは別で、意味のある静寂だ。静かで些細な、くだらない喧嘩の時間だ。


「おーい、聞いてくれよ和也、尾上、先生マジで説教長くてさあ」


 橋田が疲れた様子でやってきた。そして、俺たちの空気から何かを察したのか聞いてきた。


「お前たち何かあったのか?」


 その問いかけに俺は答えた。


「喧嘩だよ喧嘩、そして最後は握手して友情を深めるんだ」

「そうそう、思いの丈をぶつけあって、互いに一歩も譲らない。そんな熱い喧嘩の後だよ」

「何だ何だ、折角仲良くなったのに喧嘩なんてするなよな。ほらお互い反省しろ、喧嘩両成敗だ。まったく何が理由で喧嘩なんてするんだか…」


 橋田の言葉に、俺と川井は顔を見合わせた。先に川井が吹き出して、俺もそれに釣られて笑った。二人が大笑いしている所を見せられて、橋田は困惑したままおにぎりを頬張った。

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