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追憶の宝石  作者: ま行
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父親の称賛

 霞さんは目の前に置かれたネックレスを手に取った。その宝石を愛おしそうに撫でて見つめる。


「これが雫の記憶の宝石?」

「そうです。俺が自分の手で磨きました。不格好なのはごめんなさい」

「こうくんが自分で?」


 驚いた表情で霞さんは俺を見た。俺は頷いて続きを話す。


「そしてその宝石は、俺と雫さんだけではなく、色んな人に変化をもたらした切っ掛けの石でもあります。これがなかったら、今の俺達はなかったかもしれない、それくらい大切な物なんです」


 俺はこの石にまつわる思い出を淡々と説明した。あの時は名前を知らなかったが、霞さんにも協力してもらった。雫と犬のムクとの思い出を取り戻した時の話しだった。


「…そう、これがあの時の石なのね」

「俺はそれまでクラスではずっと一人でした。いえ、敢えて一人でいたし、その上でコミュニケーション能力が低かったのもあります」

「う、うん…」


 初めて霞さんの困惑した表情を見た。でも構わず続ける。


「調べてると思いますのでハッキリ言いますが、俺は両親の記憶から一度消えました。そしてそれを死と同義に感じた。心の中で一度死んだも同然なんです。俺は心を病みました。それは今もです」

「…ごめんなさいね、個人情報なのに」

「それについては構いません。特別隠し立てする事もありませんし、知っておいてくれた方が話が早い」


 痛くもない腹を探られようともまったく問題ない、逆に俺に対して興味を持ってくれた事に好感すらあった。


「俺はそれから一歩も進む事が出来なかった。自分では進んでいるつもりでも、本当は何も進んでいなかったんです。その事を雫さんが教えてくれた。そして進む切っ掛けをくれました。陰口を叩かれるだけの変人に友達が出来たんです。これって凄い事だと思いませんか?」


 霞さんは黙って俺の話を聞いている、俺も段々と熱が入ってきたけれど、敢えてそれを抑える事なく心情を吐き出した。


「雫さんに対する感情に俺は中々気がつく事が出来なかった。それは俺の過去の出来事も影響していたし、心の病気のせいでもありました。でも雫さんへの思いはそれらをすべて取っ払ってくれた。俺に進む勇気をくれたんです」


 熱くなってきた俺は思わず霞さんの手を握った。その手にネックレスを握っていたからでもある。


「俺が宝石を磨きたかった理由がやっと分かりました。雫さんとの絆を確かな物にしたかったからです。俺は彼女を愛しています。傷つけないと約束は出来ません、でも、いつでも彼女の心に寄り添うと誓います。この宝石がその決意です」

「…こうくん」

「随分仲良くなったようだな」


 何だ、今会話の中に一人増えたような気がする。そんな訳ないよな、そう俺が思ったら霞さんがとんでもない爆弾発言をした。


「あらパパ、待っててって言ったのに」


 やっぱり雫のお父さんだ、俺がゆっくり後ろを振り向くと、そこに彼が居た。仁王立ちで腕組みをして、あの強面をこちらに向けている。背後にゴゴゴというオノマトペが見えそうだ。


「あまりに話が長引いているのでな、雫に頼まれて様子を見に来たんだ。さて、そろそろ手を離して僕と話をしようか」


 またしても肩に手を置かれる、死刑執行を告げられる時はこんな気分なのだろうか、俺はそんな馬鹿な事を考えていた。




 霞さんと入れ替わる形で俺は雫のお父さんと対峙する。無言が怖すぎて俺は恐る恐る言葉を発した。


「あ、あの、先程のあれはですね…」

「まあ待て、まずは自己紹介といこうじゃないか。僕は雫の父で名前は五十嵐大河いがらしたいがと言う、母さんと違って僕は至って普通の人間だ」


 普通、普通って何だろう。俺は段々価値観が崩れ去っていくのを感じている。


「申し遅れました。尾上光輔です。雫さんにはいつもお世話になっております」

「ご丁寧にありがとう、こちらこそ娘が迷惑をかけてはいないかい?」

「いえいえそんな、助けてもらってばかりでして」


 挨拶を終えるとまた無言の時間が流れる。空気はたんまりあるのに窒息してしまいそうだ。


「妻がすまなかったね。僕は反対したんだが、どうしても言いたいと聞かなくて。僕もつい甘くしてしまう所があるんだ」

「へ?」

「色々と無茶苦茶な事を言っただろう?でも、妻は本当に雫を心配しての事だったんだ。失礼な事も言ったと思う、ずけずけとものを言ってしまうのは彼女の悪い癖だ」


 そう言うと大河さんは深々と頭を下げて謝罪した。俺はそれを見て慌てて話し始める。


「そんな謝る事じゃないです。寧ろ気付かされる事が多くて、霞さんのお陰で覚悟が決まりました」

「そう言ってもらえるとこちらも助かる、しかしそれ以上に君は本当に心の強い子だね」


 俺はあっと声を出した。大河さんは不思議そうな顔をしたが、俺は何でもありませんと誤魔化した。


 驚いたのは大河さんが笑顔を浮かべていたからだ。そしてその雰囲気は雫そっくりだった。自然体でいる時こそ大河さんからは笑顔がこぼれるのかも知れない。


 一つ咳払いをして仕切り直し聞いた。


「俺の心は強くないと思いますが」


 爆弾を抱えていて、精神的に豊かと言えず、対人能力に難あり、これで強い心というには無理があると思った。


 だけど大河さんはそれを否定して言った。


「そんな事はないさ、自分の弱さを知り、それを受け入れる事はとても難しい事なんだ。その上で君は更にもう一歩踏み出そうとしている。それは誰にとっても簡単な事じゃないんだよ」


 大河さんの顔はまた柔和にほころんでいた。褒められると、胸が締め付けられるような思いがした。この強烈な感情の既視感には覚えがある、初めて出来た逆上がりを父さんに褒められた時、嬉しくて体が跳ねるのを止められなかった喜びの感情だった。




「僕はね、昔柔道をやっていたんだよ。…あんまり意外には思わないかな?」

「あっいえ…まあハイ」

「ハハハ、遠慮する必要はないさ。大体の人には言われるよ、絶対格闘技かなにかをやっていただろうって」


 人を見た目で判断する事がよくないのは分かっているが、大河さんを見るとそうだろうなと思ってしまう。逆に言えばそれだけ説得力ある体躯をしていた。


「体が大きくて筋力もあった。フィジカルだけ見れば、僕は他の誰よりも優れていたよ。でも、試合になると僕はさっぱりでね。練習でも、自分より小さくて体格も劣る人に負けてばかりいた」

「それは…意外というより、想像が出来ません」


 本当にそう思うので俺はきっぱりと言い切った。負ける姿を想像できない。大河さんは照れ笑いを浮かべながら言った。


「そう言ってくれるのは嬉しいけどね、本当の事さ。それでね、何もかも上手くいかなくって辞めようと思ったんだ。辞めますって言いに行った時師範に言われたよ、ここで辞めたら何も分からないままだって」

「分からないままですか?」

「そう、意味が分からないよね。最初は僕も、ただ引き止めたいだけの言葉だと思ったんだ。だけど、どうしてもその言葉が僕の頭の中で引っかかっていた」


 大河さんは机に肘をついて手を組んだ。一息ふっと吐き出すと、その後を続けた。


「分からないままの理由が知りたくて、それを教えてもらう為にもう一度道場に出向いたよ。師範は理由を教えてくれなかったけれど、ある一人を指さして見てろと言った」

「練習を見ろって事ですか?」

「最初は僕もそう思った。だけど違ったんだ、師範は彼の心を見ろって言ったんだよ。彼は一際体が小さくてね、筋力もつきにくい人だった。だけどその道場で誰よりも声を出していて、一番多くの技を磨いていた。自分より強い人にどんどん話しかけて、練習に付き合ってもらえるように頼み込んでいた」


 熱心、この言葉が似合う人だと思った。情熱は熱しやすく冷めやすい、常に薪をくべてあげないと途端に下火になってしまう。頭で分かっていても体現出来る人はそういない。


「何度投げ飛ばされようとも、その人は元気な声で言うんだ、ありがとうございましたって。僕は失礼を承知で彼に聞いた。どうして何度負けても立ち向かうのかって。彼の言葉は今でも忘れられないよ」


「自分は体が小さくて筋力もない、生まれ持ったものには恵まれなかった。だけどそれを弱さの理由にしたくない。全部含めて自分、全部含めて強さに変える、どれだけ負けようとも関係ない、進み続けた先に答えがある」


 大河さんはすらすらとその人の言葉を言った。恐らく何度も自分の中で繰り返しているのだろう、淀みも詰まりも一切なかった。


「その言葉で気が付いたんだ、僕はこの見た目のせいでいつも買いかぶられる、そして試合の後決まってこう言われるんだ、大したことなかったなって。それが嫌だった。そしてたまたま勝った時は言われるんだ、やっぱりなって。僕は全部を否定されているように思えて自分から情熱の火を消した。勝手なこと言う周りのせいだって思ってね」


 人は人と同じ気持ちになる事は出来ない、理解は出来ても、まったく同じ事を考える事は不可能だ。それが縁遠い誰かなら尚更だ、どこまでも残酷になれるし、一々慮る事などしない。


 でもきっと大河さんに気づきを与えた人は、それを受け入れて前に進むのだろう。弱さを受け入れて前を向く人の耳に僻みの声は無力だ。


「僕が君の心が強いと言った意味が分かっただろう?」

「少々恥ずかしいですが、納得はしました。ちょっと気になったんですが、聞いていいですか?」

「いいよ」

「大河さんはその後柔道を続けたんですか?辞めたんですか?」


 俺の言葉を聞いて大河さんは静かにある場所を指さした。俺はそこに視線を向けると納得した。


 指さした先の棚には大会優勝の賞状とトロフィーが飾られていた。そして隣の写真立てには、大河さんの隣で小柄な男性が満面の笑みで同じくトロフィーを持って写っていた。

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