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追憶の宝石  作者: ま行
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五十嵐家

「な、何故こんな事に…」


 俺はある家の前に立ち、玄関チャイムのボタンを押す寸前で固まっていた。押すぞ、押すぞ、そう心の中で唱えながらも、緊張で体が動かなかった。


 何故こんなことになったかと言うと、少しだけ時間を遡る。


 俺は叔父さんの協力もあって何とか雫のメモリージュエルを完成させた。シンプルなネックレスだが、叔父さんの指導のお陰でそこそこ完成度の高い物が出来た。


 後はこれを雫に手渡すだけ、いつにしようかとタイミングを考えていたが、それが中々決められなかった。


 学校にアクセサリーを持ち込む訳にはいかない、校則で決められている事だし、貴重品の管理徹底は義務だ。かと言って俺がデートに誘って、その時にいよいよプレゼントとして渡すには出来がよろしくなくて不格好だった。


 それに、何だか改まって渡すとなるとすごく恥ずかしい、俺の手で磨きましたって言うのも正直憚られる。


 そういう訳で、一人で考えがまとまらない事は相談するに限る。俺は雫に電話をして旨を伝えた。


「なら今度はこうちゃんが家においでよ。私もお父さんとお母さんに紹介したいな」

「えっ?」

「決まり決まり!お父さん、こうちゃんに話したい事があるって言ってたし丁度いいよ。絶対その方がいい」


 そのまま雫の勢いに押されて、俺は五十嵐家を訪れる事になった。玄関前まで来てボタンを押す所で固まっているのはそういう訳だ。




「…こうちゃん、いい加減覚悟決めて入ろうよ。別に怒られる訳じゃないんだから」


 隣で呆れ顔をした雫に咎められる、俺が道に迷うからと駅まで迎えに来てくれた。


「し、しかしだな、ど、どう挨拶したらいいのか…」

「そんな結婚の報告とかじゃないんだから」

「け、け、け結婚っ!?」


 テンパった俺は上ずった声で叫んでしまった。雫は慌てて俺の口を手で抑える。


「ちょっ、ちょっと、声抑えて声!」

「むぐぐっ」


 玄関前でそんなやり取りをしていると、痺れを切らしたのか、単に騒がしさを気にしてか、チャイムを鳴らす前にドアが開いた。


 中から現れた中年頃の男性は、厳つく険しい顔をこちらに向けて言った。


「外で騒がない、早く家に入りなさい」

「「は、はい」」


 俺と雫は返事をすると大人しく家の中へと入った。




 雫のお父さんが歩いていく背についていく。身長が高く、190近くあると思う。それに加えて体つきもよく、筋骨隆々といった感じだった。


 少し強面の顔もあって雰囲気が物々しい、失礼な話ではあるが、雫の父親だと言われなければそうだと分からないだろう。俺はますます緊張が襲ってきた。


 五十嵐家は大きくて広い、家具もきちんとした物が揃えられていて、何だか上品だった。教科書等で見たこともある絵画も飾られていて、観葉植物で彩られている。


「雫」

「どうしたの?」


 俺はこっそりと雫に話しかけた。


「家大きくないか?それに、すごく高級感がある」

「ああそれは…」

「ついたぞ、さあ入りなさい。母さんも待ってる」


 突然声をかけられて体がびくっとなるも、扉を開けて待っているお父さんをそのまま待たせる訳にはいかない。俺はお邪魔しますと一声かけて中に入った。


 通されたのリビングも広かった。他人の家にあまり上がった事はないけれど、これが普通なのは絶対にありえないなと思った。物珍しげにキョロキョロとしていると、キャーという甲高い声が聞こえてきた。


「あなたが本物のこうちゃんね!電話で話して以来ね、さあこっちこっち!こっち来て!」


 凄い高いテンションで、とんでもない美人がぱたぱたと近づいてきて俺の手を握った。展開の目まぐるしさに文字通り目を回していると、雫が大声を上げた。


「お母さん!こうちゃんって呼ぶのやめてってば!」

「何よー、雫はこうちゃんって呼んでるじゃない。私だっていいわよね?こうちゃん」


 雫がキーッと声を出して握られた手を振りほどいた。色々と驚いているが、まず始めに驚いた事を俺は口に出した。


「雫さんのお母さんですか?」

「はーい!お母さんです!」


 軽々しい挨拶と可愛らしい仕草に、嘘だろと俺は絶句した。いや、信じられないという意味ではない、寧ろ納得感はあった。


 兎に角凄い美人なのだ、テレビや雑誌の写真で見るような、違うな、それ以上の美しさとオーラがあった。一体何歳だろうかと、失礼ながらそっちの疑問が浮き上がってくる。


「あれ?もしもーし?大丈夫?」

「はっ!すみません!ちょっと考え事をしてしまいました」


 目の前でひらひらと手を振られて俺は我に返った。近くで見ると更に美人が目立つ、雫のお母さんと言われると外見は凄く納得出来る。


 しかしそれ以上に雫に雰囲気が似ていない、第一印象でそこまで思わせる人だった。


「良かった~。私、こうちゃんに会いたかったのよ。今日は来てくれてありがとうね」

「だ、か、ら!手!」


 もう一度お母さんからギュッと手を握られて、それを雫が振りほどいた。自由な人だなと俺も苦笑いをする。


 そう思っていると、肩にずしんとした重みと大きな手の感触があった。いつの間にか後ろに立っていた雫のお父さんが俺の肩に手を置いた。


「二人とも、少し静かにしなさい。彼が困っているだろう」


 なあと聞かれた俺は、はいと答えるしかなかった。後ろにいるだけで圧がある、雫のお母さんとは違った意味でオーラ、と言うより威圧感だ。


「いやお父さんの方に怯えてると思う」

「そうよ、パパは顔が怖いんだから気をつけなくっちゃ」


 二人とも散々言うなと俺は焦った。そんな事言ったらお父さんが怒るんじゃないだろうかと冷々したが、逆にしゅんとして大きな体が小さく見える程がっくりと肩を落とした。


「そ、そうか…、これでも笑顔を心がけていたのだが…」


 それも嘘だろと思い驚いた。どう見ても会ってから今まで表情が変わっていなかった。笑顔とは程遠い仏頂面をしていた。


 叔父さんと梢さんも、それなりに色濃い性格をしていると思っていたが、それ以上の洗礼を受けた。五十嵐家のインパクトに飲まれ放題の俺は、愛想笑いでその場を誤魔化すという行為が、初めて骨身にしみた。




 雫の話ではお父さんの方が俺に話があるとの事だったが、お母さんがどうしても先に話したいと主張して、先にお母さんと一緒に話す事になった。なったのだが。


「あの、一つ聞いていいですか?」

「一つと言わず何でも聞いていいのよ?気になること何でも聞いてちょうだい」

「じゃあ遠慮なく、何で一対一何ですか?」


 ニコニコと楽しそうな笑顔を崩さないまま雫母は言った。


「だって二人が居たら邪魔なんだもの、私はこうちゃんとお話したいの。ああ、こうちゃんは駄目って怒られたわね。呼び方くらいって思うけれど、あの子案外嫉妬深い所あったのね」


 そう言いながらも雫母は楽しそうにしている、話を先に進める為にも俺はがらっと話題を変える事にした。


「あの、申し遅れましたが、尾上光輔と申します。ご挨拶が遅れてすみませんでした」

「ああごめんなさいね、私達テンション上がっちゃって。私は雫の母で五十嵐霞いがらしかすみです。よろしくねこうくん」

「こ、こうくん?」

「こうちゃんが駄目ならこうくん、これなら雫に文句も言われないでしょ?あっ私の事は霞ちゃんでも霞さんでもどっちでもいいからね!」


 名案だと言わんばかりに笑顔を浮かべている、その笑顔もまた眩しいくらいだ。霞ちゃんは呼びにくいので霞さんと呼ばせてもらう。


「じゃあ霞さんで」

「恥ずかしがらずに霞ちゃんでいいのに」


 恥ずかしい訳ではないが、にやにやとした悪戯な笑顔が雫に似ていて少しドキッとしてしまう。バレないように視線をずらした。


「そ、それで、俺に話って何ですか?雫さんと一緒の方が色々聞けると思いますが」

「雫が居たら聞けないわ。私はこうくんに雫と別れたらって言いたいんだから」


 霞さんから飛び出た衝撃的な発言に俺は驚きの顔が隠せなかった。まさかそんな事を言われるとは一欠片も思っていなかったので、俺は言葉を失ったままどうする事も出来なかった。

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