答えを見つける
晴れて雫と恋人同士になったが、如何せん俺の知識が足らずにやや困っていた。
逢瀬を重ね、一緒にあちこち出向いては見るものの、これが正しいのかがよく分からない。俺は楽しいし、雫も楽しそうだが、どことなくまだ関係性を掴みかねていた。
「何だそりゃ、贅沢な悩みだな」
そういう訳で橋田と川井にこの事を相談した。女子勢には聞きにくいし、こっちの方が気安く聞ける。
「俺も透と同意見だな、お互いが楽しんで満足しているならそれがいいんじゃないか?」
川井の言葉に橋田はうんうんと頷いた。
「そもそも正解とかないだろ、お前は色々難しく考え過ぎなんだよ」
「そうなのかな…」
「悩む気持ちも分からなくないが、お前一人で悩んでいたら独りよがりだぞ。そういう時こそ雫と話し合えよ」
橋田の意見はもっともだった。確かに雫の気持ちを無視して俺が勝手に決める事じゃない、下校の時さっそく聞いてみるとしよう。
「お前の言う通りだよ、早速聞いてみる。ありがとうな」
「…フンッ!」
「今のは感謝されて嬉しかったけど、結局二人の仲を深める事に自分が手を貸した事で複雑に思ってるって意味な」
「解説せんでいい!!」
言動を解説された橋田が川井に抗議する、そんなやり取りを見ていると、俺は自然と自分が笑っている事に気がついた。友達とこんな会話が出来るなんて、それも含めて嬉しさを感じていた。
「という訳でだ、俺と一緒に居て不満な所はないか?」
俺が雫にそう聞くと、しらっとした表情とジト目をして睨みつけてきた。それを見て俺はたじろぐ。
「な、何?」
「こうちゃんのそういう所が不満、一緒に居て楽しいの伝わってないの?」
「い、いや!そんな事はない!ちゃんと伝わってるぞ」
「じゃあ何でそんな事で悩むのかなあ」
雫は顔を近づけて、ますます抗議の色を露わにしてきた。何も言い返せない俺は肩を落とすしかなかった。
「…面目ないです」
「幸せだし、一緒に居ても居なくてもこうちゃんの事考えてるよ。私的にこれ以上ないってくらいの愛情表現のつもりだけど」
「それは俺もそうだ、いつも雫の事ばかり考えている」
俺の言葉に、今度は雫が押し黙って下を向いた。俺がサラッと言う事が、雫にとっては恥ずかしいらしい、意図してないから止める事は出来ないが。
「俺も上手く言えないんだが、漠然とした不安を抱えているような感じなんだ。幸せだからこそ感じるというか、両手いっぱいの砂が、指の隙間から零れて落ちていくような、そんな不安がある」
「…それって、結晶解離病の事?」
「それもある、と思う。ごめんな、俺にもよく分かってないんだ。だから正しいという曖昧な基準でも明確な答えを求めてしまうのだと思う」
不安は常にある。それが雫との交際の過程で浮き彫りになってきたのかもしれない。いつだって根底にあるのは消えてしまう事の恐怖感だった。
「ごめんね、私のせいだよね…」
雫のその言葉に俺の心はざわついた。手を離し、肩をしっかりと掴むと雫の目を見据えて言った。
「そんな事はない!絶対にない!雫が悪い事なんて一つもないんだ。特にこと病気に関しては尚更だ」
「で、でも」
「でもじゃない、今度そう言ったら俺も怒るぞ」
雫が「分かった」と呟いて、俺は肩から手を離した。そして今度は頭を下げて謝った。
「俺のせいでそんな事を思わせてしまった。すまない」
「ううん、私もつい軽はずみな発言しちゃった。ごめんなさい。二人とも謝ったからこの話はここでおしまいにしよ?」
「ありがとう、恩に着るよ」
改めて俺たちは歩き始めた。最初こそ言葉もなく無言の時間が進んだが、次第にどちらともなく話しかけていて、結局いつも通りわいわいと会話をしながら一緒にいた。
「さっきの話を蒸し返す訳じゃないんだけどさ、私最近、全然結晶解離病の症状出ないんだよね。何か理由があるのかな?」
「判断が難しいな、進行度合いが人によって大きく異るからな。最近見た例では、発症してから二度しか宝石が現れず、そのまま認知症になって老衰で亡くなったというものを見た」
「それは、随分極端だね」
まったくその通りだと思う、雫の言葉に俺は力強く頷いた。どうやって進行するのか、何故記憶が宝石化するのか、まるで分かっていない。徐々に判明していく事もあるけれど、特効薬のような劇的に状況を一変させるものは見つかっていない。
「医者はなんて言ってた?」
「大体こうちゃんと一緒の事、人それぞれだってさ」
現状、どれだけの識者でもそうとしか言えないのが結晶解離病だろう。だからこそ俺はその状況を打破する為に、結晶解離病について研究をしたいと思っていた。雫の記憶がいつ消えてしまうかという不安と絶望を拭い去る為にもだ。
「あんまり心配しすぎるなよ?記録だってちゃんと定期的に取ってるんだから」
「大丈夫!こうちゃんも側にいるし!」
そう言って雫は笑う、はっきりと頼りにされるのは嬉しいが、背中がむず痒いものがあった。それでも全幅の信頼を置いてくれているのは幸せに感じる。
「そうだ、話は変わるけど。また叔父さんと梢さんが遊びに来てほしいって言ってたよ。もう自分の娘かのように語ってるよ」
「本当?嬉しいなあ、今度の休みはお家にお邪魔しようかな」
俺は雫と二人きりの時間が減るのであまり気が進まないが、二人とも雫の事を甚く気に入っている。遊びに来ただけで大いに盛り上がる。
それから叔父さんと梢さんから聞いた昔の馬鹿話をして、帰り道の会話を楽しんだ。駅まで雫を送り届ける時間はあっという間だ、いつもまだもうちょっとという気持ちになる。
手を振って見送った後、スマホの通知音が鳴った。取り出して見てみると、外谷さんからのメッセージが入っていた。
「頼まれていたもの手に入ったぞ、いつでも取りに来いよ」
その簡素なメッセージを見て、俺は外谷さんのお店にそのままの足で向かう事にした。受け取って帰ればそのまま作業に移れる、そう思っての行動だった。
外谷さんのお店を尋ねる。声をかけると奥からのそっと外谷さんが現れた。
「あれ?もう来たの?」
「はい、善は急げ、ですから」
南部の言葉を借りて俺はそう言った。
「それは確かに言えてるな、じゃ、これな。中身確認するか?」
「お願いします」
外谷さんがカウンターの後ろの棚からダンボールの小箱を持ち出した。それを机の上に置いて、カッターナイフで包装を切った。
「頼まれたものと役立ちそうなものをいくつか選んで取り寄せてみた。どうだ?使えそうか?」
俺が外谷さんに頼んだのは、原石を手で加工する為の道具だ。ヤスリや耐水ペーパー、色々なものが雑多に詰め込まれていた。
「ありがとうございます。注文通りです」
「そうか、ならよかった。しかしなこうちゃん、知り合いに聞いた話だと、手で加工するのは難しいらしいぞ、出来なくはないが、仕上がりが全然違うって。機械とか、技術がある所に依頼した方がいいって話だったぞ」
その事は俺も重々承知の上だった。
「知ってます。でも、これは自分の手でやってみたいんです」
「…なら俺がこれ以上あれこれ言うのは野暮ってもんだな。物は用意したからよ。やってみな、雫ちゃんのメモリージュエル作り」
「はい!ありがとうございます」
俺が挑戦しようと思っている事は、雫から預かった記憶の宝石の加工だった。あの宝石を輝かせてみたい、出来る事なら俺自身の手で、そう思っていた。
出来るかどうかは不安だった。もし預かった石をぼろぼろにしてしまったらと思うと、今でも尻込みしてしまう。
だけどこの事を雫に言ったら快諾してくれた。寧ろ俺の手で綺麗になった記憶の宝石を見せて欲しいとまで言ってくれた。
もしかしたらこれが、俺の中で燻る曖昧な気持ちの答えになるかもしれない。そんな風な考えが頭をよぎった。
上手くいくかいかないかじゃない、やるんだ。あの時行動を起こしたように、そして叔父さんに約束した進むのをやめない事を守る為に、俺は新たな事に取り組もうとしていた。




