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追憶の宝石  作者: ま行
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もう一人の父

 雫を連れて家に帰ると、叔父さんも梢さんも目が飛び出さんばかりに驚いて口を開けていた。その時来ていた常連さんもだ。


「五十嵐雫さん、俺のクラスメイトで、つい先日告白した。こ、恋人です」

「よ、よろしくお願いします!こ、光輔くんとは仲良くしてもらってます。そ、それに結晶解離病の事でもお世話になってて、とても大切な人です!」


 叔父さんと梢さんは驚いて止まったままだ、顔剃りをしていたお客さんが立ち上がって洗面台で顔を洗う、まだ半分しか済んでいなかった。


「こうしちゃいられねえよ!金ここに置いておくからな!光輔が彼女連れてくるなんて一大事だぜ、忠さん」

「いやでもまだ半分…」

「いいっての、後は自分でやっからよ。それより早く二人の話し聞いてやんな」


 そう言うと、顔半分だけつるつるになって常連さんは店を出ていった。あんな中途半端でよかったのかなと、俺は雫と苦笑いしながら顔を見合わせた。


 お客がいなくなった店内で、暫しの沈黙が続いた。俺はその沈黙を破るように、雫から貰ったケーキの入った紙袋を掲げた。


「取り敢えず、ちょっと休憩しない?雫からケーキ貰ったからさ」




 予約も入っていなからと、叔父さん達は店を閉めてしまった。何もそこまでしなくてもとは思ったが、どうせ今誰が来ても仕事に手がつかないと言った。


「改めて紹介するよ雫、俺がお世話になってる叔父さん夫婦だ。尾上忠弥さんと梢さん」


 俺はそれぞれを手で指しながら紹介した。


「初めまして、五十嵐雫です。光輔くんにはいつもお世話になっています」

「あ、ああ、これはご丁寧に。いや、うん、俺たちがいつまでもこの調子じゃ駄目だな。しゃきっとしよう梢ちゃん」

「そ、そうね、その通りだわ。あなたがこうちゃんの言っていた五十嵐さんね、初めまして尾上梢です」


 梢さんが雫に深々と頭を下げた。雫も慌てて頭を下げる、何故か俺もそれにつられて頭を下げた。


「五十嵐さん、光輔が学校で倒れた時はありがとう。君が手を尽くしてくれたと林先生から聞いたよ」

「いえ、そんな。あの時は私の為に光輔くんは色々と動いてくれたので、当然のことです」

「だとしても、限界を知っている筈のこいつが自分でそれを調節出来なかった責任もある。俺は君のお陰だと思っているよ、だからありがとう」


 雫は照れくさそうに顔を赤らめた。俺も叔父さんの言う通りだと思う、倒れるまで無茶したのは俺の責任だ、雫がいてくれてよかったと思っている。


「あの、叔父さん、梢さん、もう一つ大切な事なんだけど…」

「皆まで言わずとも分かっている。結晶解離病の事だろう?五十嵐さんもその若さでこんな病気、苦労しただろう?」


 叔父さんの言葉に、雫は意外にも首を横に振って否定した。


「苦労はしました。絶望もしました。だけど、この病気が私達を繋げてくれたのも事実です。だから私は、病気に感謝もしています」

「…強い子だ。いや、強くなったのかな?」

「そうです。光輔くんのお陰で強くなりました」


 雫に満面の笑みを向けられて叔父さんも顔を赤くしていた。そんな叔父さんの耳を梢さんが思い切りつねって引っ張った。


「痛たた!梢ちゃん痛いって!」

「五十嵐さん、お茶入れるから手伝ってくれない?こうちゃんの母親代わりとして聞きたい話も一杯あるの、女子トークしましょ」

「あっはい、手伝います!」

「忠さん役に立たないから、こうちゃんと外出ててね」


 梢さんは笑顔ではあるものの目が笑っていなかった。俺と叔父さんはリビングから追い出されるように外に出された。


 このままじっとしていても仕方がないので、二人が話している間、俺は叔父さんの店の掃除を手伝う事になった。




「しかし驚いたよ、光輔が家に彼女連れてくる日がくるなんてな」


 叔父さんは床を箒で掃きながら言った。俺は鏡を綺麗に拭き上げながら返す。


「俺もそうだよ、こんなに堂々と誰かを特別な人ですって宣言する事なんて、もうこの先ずっと無いかと思ってたから」

「…そうだな、お前もちゃんと成長してきている。それに心の傷も癒やされてきているようだ、五十嵐さんのお陰だろうな」

「それは間違いなくそうだと思うよ」


 雫があの時、皆の前で病気を告白しなかったら。あの時俺が、強引にでも彼女に近づかなかったら。きっと今でもまだ、俺は一人でずっと過ごしていたと思う。


 誰に何を言っても無駄と決めつけて、他人と距離を置き続けて、自分が理解される事がないと思いながら日々を過ごし、大切な誰かを見つけて関係を結ぶ事なんか出来なかっただろう。


「俺はな光輔、今までずっと悩んでいたんだよ」

「何の悩み?」

「お前が結晶解離病の子と関わってるって知ってから、強引にでも引き離すべきかもしれないって考えていた。外道と思われようともな」


 俺は鏡越しに叔父さんの顔を見た。冗談は一切なく本気の表情をしている、きっと今の今まで悩んでいたんだろうというのが伝わってくるようだ。


「それだけお前に起きた出来事は重かった。俺は光輔が塞ぎ込んでいる時、もしかして一生ずっとこのままなんじゃないかって思ったよ。何処か遠く、誰も何も知らない場所に連れ出すべきかもって考えてた」

「叔父さん…」

「兄貴には悪いけれど、俺が光輔を完全に引き取るべきかもしれないとも思った。住まわせるだけじゃなくて書類とか形式的にもな。それだけ俺もショックだったんだよ、自分の息子の記憶が消えてしまった兄貴にな」


 俺は初めてその事を聞いたかもしれない、叔父さんも同じようなショックを抱いていたのは聞いた事がなかった。叔父さんもまた重く受け止めていたんだ。


「勿論兄貴のせいじゃないのは分かってるぞ?そういう病気なんだから、誰を責めたって無意味だ。だけど、感情ってのは理屈じゃない、どれだけ頭で分かっていても切り離せない事なんて山ほどある」

「…最近は、俺もそういうの分かり始めてきた気がするんだ。理屈とか理論とか、出来上がったものじゃない衝動に似た何かが人の間にはあるって」


 俺はそう言うと叔父さんに向き直った。


「些細だろうが重大でも関係ない、心のままに従うべき時があるって思った。だから俺は、もし傷ついたとしても前に進みたい。今ならそう思えるんだ」


 叔父さんは俺の言葉に驚いたように目を丸くした後、優しい微笑みを浮かべて、俺の頭を大きな手で撫でた。


「子供の成長ってのは本当に早いな、こんなに立派な事が言えるようになるんだもんな」

「叔父さんのお陰だよ、叔父さんが近くに居ていつも手本になってくれたから」

「生意気にお世辞まで言えるようになりやがって!このこの!」


 叔父さんは突然、俺の頭をわしゃわしゃっと勢いよく撫でた。お世辞でもなんでもない、本当の事なのに。そう抗議しようとしたが、次の瞬間そんな必要がないと分かる。


 俺は叔父さんに力強くぎゅっと抱きしめられた。顔が見えないけれど、耳元で鼻水をすする音が聞こえる。小刻みに震える体は、きっと今叔父さんが涙しているということを俺に教えてくれた。


「お前なら負けないさ、どんな運命にだって負けない。光輔は、兄貴の息子で、俺の息子でもある。お前の強さは誰よりも知っているさ、だから、この成長を俺は喜ばしく思う。頑張れ、頑張れよ光輔、いつだって俺がお前の支えになるからな」


 苦しいくらいに力強い抱擁、そこに感じ取れるのは底なしの愛情だった。俺は叔父さんの体を強く抱きしめ返す。


「叔父さん、いつも本当にありがとう。俺は幸せだよ、俺には二人も自慢できる父さんがいるんだから」

「…ああ、そうだ」

「見ててよ叔父さん、俺絶対にもう恐怖に負けない。怖いって知ってる。それでも進むから、見てて」

「…頑張れっ!」


 どちらの鼻水をすする音なのか、どちらの涙する嗚咽なのか、分からない音が部屋に響く。それでいい、それがいいと俺はそう思った。

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