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追憶の宝石  作者: ま行
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普遍的で特別

 勉強合宿はつつがなく終わった。最後の最後まで南部には表立って活動してもらい、俺はずっと裏方でいられた。


 感謝してもしきれない、今度何かお礼をしないといけないと思った。林先生も大いに気を回してくれて、俺が目立ちすぎず埋もれすぎない丁度いい塩梅を模索しつづけてくれた。


 帰りのバスの中は静かだった。皆疲れからか誰も騒がず、静かにしているか寝息を立てていた。頭をフル回転させた日々は想像以上にエネルギッシュだったのだろう。


 俺はというと、車窓の眺めを目で追っていた。疲れも残っていないし眠くもない、静かで快適だとぼんやりとしていた。


「んぅ…むう、どれくらい寝てた?」

「おはよう南部、三十分くらいだな」


 疲れていたのか隣の南部も寝ていた。と言ってもきっちり俺に宣言してから、何かあった時は起こすように等、諸々の注意事項を言ってからの就寝だった。


「問題は?」


 欠伸を手で隠しながら聞かれる。


「何もない、皆静かなもんだ」

「そんな感じだね、まあ疲れるよね」


 勉強合宿、たった数日でどれだけ変化があるのか分からないが、この行事が続いているということは、これで何かを掴む人もいるのだろう。有意義に過ごせた者は知恵をつけ、努力が足りなかった者は食らいつく根性が身につく、無理な事させるのにも上手いこと出来ている。


「それで?光輔くんはどうだったの?」

「どうもこうも、俺は特殊な環境を作って貰わなくても勉強するし、普通に授業だけで十分過ぎる」

「そっちじゃないって、それは見てたら分かるもん。雫ちゃんの事上手くいったの?」


 ああそうか、確かにそれをまだ何も言っていなかったと俺は思った。別に言わないようにしていた訳ではないが、タイミングがなかった。


「ちゃんと好きだって言った。キスもした。初めての経験だった」

「ひぇっ!?」


 驚きからか大声を上げる南部の口を手で抑えた。何とか周りの人を起こさずに済んだようだ。


「おい、大声出すなって」

「ごめん。だけどまさかそこまで上手くいくとは思わなかったから。正直一緒に過ごしたよってくらいかと思ってた」

「それは俺もそう思うよ、でも、何か流れでそういう感じになったんだ」

「はーまさかまさかだよ。大胆な事するのは、あの時の事件でも思ったけど、ここまでとは」


 あの時の事件は、雫が結晶解離病を告白した時の事だろう。普段、教室では借りてきた猫のように大人しくしていた俺が、雫に無理やり迫って顰蹙を買い、橋田にぶん殴られたあれだ。


「あの時はあれで必死だったからな、色々かなぐり捨ててた」

「そっか、でもま上手くいったのなら何よりだよね。おめでとう光輔くん」

「ああ、ありがとう。そうだちょっと聞いていいか?」


 南部は「何を?」と言って小首を傾げた。


「俺が雫のことを誘いやすいように場を作ってくれたんだろうけど、何で北村達も連携バッチリだったんだ?事前に打ち合わせがあったのか?」

「あー、その事ね。そうだなあ、なんて言っていいのか」

「大丈夫、何とでも言ってくれ」


 単純に気になっていたし、アイコンタクトだけであそこまで以心伝心が出来るのならば俺もやってみたい、コツとかあるんだろうか。


「じゃあ言うけど、二人共、お互い好き合ってるのが見ててバレバレだったよ。だから皆、言われなくてもやることが分かってたって言うか…」

「へ?」

「どっちからでもいいから早く言いなよって思ってたんだよね。だから収まる所に収まったって感じしかなくて」


 そんな理由?と俺はがくっと崩れ落ちた。隠すつもりもなかったが、吹聴しているつもりもなかっただけに、俺はどれだけ分かりやすい人間なんだろうかと少しだけへこんだ。




 イベントが終われば日常が戻ってくる。だけど、俺に戻ってくる日常は今までのものとは違う。


 俺と雫は恋人になった。だから俺はいつもよりそわそわしていた。


 恋人ってどうしていればいいのだろうか、それが分からなかった。何がどう変わるのか未知で、俺はどう雫と話したらいいのだろうかとずっと浮ついていた。


 勉強合宿の振替休日そんな折、滅多にならない通話を知らせる通知音がスマホから鳴った。咄嗟に手に取るも、通話にどうでればいいか慣れておらず慌てる。


 しかも画面には「五十嵐雫」と出ている、雫からの電話、余計に慌てて混乱しながらも通話に出た。


「ハヒィッ!もしもす!」


 言葉ががちゃがちゃだ、緊張しているにも程がある。


「もしもし?そんなに慌ててどうしたの?」

「あの、その、ど、どう話せばいいのかって思って…」

「悲しいなあ、ちょっと特別な関係になったからっていつも通りの対応してくれないんだ。ギクシャクしたくないのになあ」

「うっ、ご、ごめん」


 言い返すことも出来ずに謝った。電話の向こうで雫が笑った。


「ごめんごめん、からかいすぎちゃった。光輔くんはそれだけ真剣に考えてくれてるんだもんね。あっ、私が真剣に考えてない訳じゃないよ?」

「それは分かってる。雫がいい加減な気持ちで返す訳がない」

「…そういう事ぱっと素で言えるのがずるいよねぇ」

「ずるい?」


 そんなつもりはないのだが、ずるいってのは良いことか悪いことか?判断しかねてどうしたものかと思考が止まる。


「それは置いておいて、光輔くん今日って何か予定ある?」

「ない」

「おお、即答だねえ。もしよかったら今から会えないかな?実はお母さんと一緒にケーキ焼いたの、美味しく出来たから食べてほしくって」

「すぐ行く、何処に行けばいい?」

「…実はもう駅まで来てるの、ヤドリギで待ってるね」


 俺は通話を切るとちゃちゃっと支度を済ませて階段を下りた。叔父さん達のお店の方を覗くとお客さんの相手で忙しそうにしていた。俺は手短に少し外に出るとだけ告げて家を出た。




 ヤドリギの扉を開けるとドアベルが鳴る、マスターがこちらを見てちょいと手を上げた。


「よお光輔、雫ちゃん待ってるぞ」

「ありがとうございます」


 マスターが親指でくいと指した先を見ると、雫が小さく手を振っていた。俺も振り返すと席に座った。


「突然ごめんね」

「そんな事ない、電話嬉しかった」

「ふふふっ、何だか面と向かって話すと私も緊張してきちゃった。光輔くんの事偉そうに言えないね」


 そんな事言ったら俺なんか今も緊張している。ただやせ我慢しているだけで、恐らく膝は小刻みに震えていると思う。


「で、あの、これなんだけど。お店で渡すのはあんまりよくないかな?」

「ああ、そっか。うんそうだな、多分マスターは許してくれるだろうけど、あんまり甘えるのもよくないからな」


 ということはヤドリギを出る必要がある、しかしその後何処へ行くかが俺には思いつかない。公園って訳にもいかないし、折角会えたのに受け渡しだけしてさよならは寂しい。


「ケーキちょっと多めに持ってきたの、光輔くんの叔父さん達にもって思って」

「なら家来るか、叔父さん達にも紹介したいし」

「えっ?」

「えっ?」


 俺は名案だと思ったが、雫は俺の言葉を聞いて固まった。それを見て俺も固まってしまった。何か変な事を言っただろうか、お互い固まったままでいると、それを見かねたのかマスターがこちらに来た。


「どうしたどうした?何かトラブルか?」

「あっえっとその」


 俺が答えに困っていると、雫がばっと席を立って言った。


「行こうよ、行くよ光輔くんの家!」

「えっ?えっ?」


 突然の宣言に俺は戸惑う、マスターも突然の事に驚きながらも、いつものからかうような笑顔を作って言った。


「何だ何だ?とうとうちゃんと付き合ったのかお前ら?おっちゃん嬉しいねぇ」

「はい、そうです。私の彼氏です。今から彼の家に行きます」


 何だか珍しい程雫が混乱している、俺は思わずぷっと吹き出して、そのまま声を上げて笑ってしまった。


 俺は雫の手を取ってマスターに言った。


「雫は俺の彼女です。これから叔父さん達に紹介してきます。マスターにはまた今度、では」


 呆然としあんぐりと口を開けているマスターに軽く挨拶だけして、手を繋いだまま雫と一緒にヤドリギを出た。何だか楽しくって笑いが止まらない、次第に雫も俺に釣られるように笑い、一緒に笑いながら手を繋いで歩いた。

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