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追憶の宝石  作者: ま行
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勉強合宿

 各クラスのクラス委員長から点呼の報告を受ける、その確認と先生による二重チェックを終えて諸々済ませると、ようやくバスに乗り込み自分の席につくことが出来た。


 隣は実行委員同士で座る事になっているので南部だ、雫と隣になれたらとも思ったが、正直一番前の方で南部の隣で助かった。


 後ろの席はがやがやとやかましい、寝不足自体は解決したのだが、今度は勉強合宿の為の準備に夜の時間を割いた。バスの揺れが思い切り俺の眠気を誘う。


「南部、申し訳ないが俺を少し寝かせてくれ」

「勿論いいよ、お疲れ様。休憩で止まる手前くらいで起こすね」


 すごく気が利く、本当に助かる。後ろではしゃいでいる奴らに、南部の爪の垢を煎じて点滴してやりたい気分だ。そうすれば少しは大人しくなるだろう。


 俺はもうすべて南部に任せて目を閉じた。うるさくて眠れないかと思ったが、そんな事もなくあっという間に眠りに落ちていった。




「…すけく…こうす…くん」


 声が聞こえてきた。ああそうか、南部が声をかけて起こしてくれているんだな。バス移動の休憩で起こすって言ってたもんな、俺はそう思ってゆっくりと目を開けた。


「ありがとうわるかったなおこさせて」


 寝起きで呂律が回らない、大きく欠伸と背伸びをして固くなった体と頭を起こしていく、やっと目が開いて前を見て俺は思わず声を上げた。


「あれっ!?」

「やっおはよ。六月が声かけても起きないからって、私が任されたんだ」


 ひらひらと手を振っているのは雫だった。すごく間抜けな顔をしていたんじゃないかと俺は焦った。今更取り繕っても仕方がないとは思うが、表情筋に力を入れる。


「ってあれ?皆居ない?」

「皆お手洗いに行ったり座りっぱなしで疲れたからって外出てったよ、戻る時の点呼は六月がやるって、光輔くんは寝ててもいいって言ってたよ」

「そうか、南部には何から何までやって貰っちゃって悪いな…」


 しかしそこで雫の発言に違和感を覚えた。俺はその事を聞く。


「ん?じゃあ何で俺は起こされたんだ?」

「あー、それは、そのぉ」


 雫は恥ずかしそうに視線を逸らしながら頬を掻いた。そして少し顔を赤らめて言った。


「その、今日はまだ光輔くんと話してなかったから。ちょっとの時間でもどうかなって、め、迷惑だったらごめんね」

「め、迷惑だなんてそんな事はない。と、隣座るか?」


 俺の言葉に頷いて雫は隣に腰を下ろした。バスの座席はこんなにも距離が近かっただろうか、心臓が跳ね上がる音が聞こえてしまう気がする。


「疲れてるみたいだね光輔くん」

「そうだな、慣れない事をしているからかな」

「それだけ頑張ってるって事だよ。大丈夫そうで安心した」


 雫の言葉が甚く心に染み入る、ただの一言にここまで感動するのは何でだろうか。


「なあ、雫は大丈夫か?」

「え?何が?」

「その、あの時の涙の理由を聞きそびれていただろ?」


 俺は結局雫の涙した理由も、俺の手を止めた理由も何も分かっていなかった。いくら考えても分からないのなら直接真っ直ぐ聞くしかない、今の俺に出来る事と言えばそれくらいだった。


「あれは悲しかったのか?嬉しかったのか?」

「うーん、強いて言うなら両方だね」

「…俺の言った言葉がまずかったか?」

「それはまったく見当違い」


 ううんと唸った。悲しくて嬉しくて泣く、相反する気持ちだと思うがどうなんだろうか、どちらも感極まれば涙を流すものだけど。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、私はちゃんと納得して解決したから。でも、私の事をそうやって真剣に考えてくれる姿はやっぱり嬉しいな、ありがとう光輔くん」

「…無理はしていないよな?」

「してるように見える?」


 俺は首を横に振って否定した。寧ろスッキリとして、迷いのない表情に見える。元から明るい雰囲気を纏っているが、それが顕著に感じられた。


「光輔くんは無理しないでね?駄目だったらちゃんと先生か六月にすぐ言うんだよ?」

「分かってる、南部にはもう大分押し付けてるのに、これ以上迷惑までかけられないよ。限界が来る前にちゃんと言う、約束だ」


 俺がそう言うと雫が右手の小指をすっと立てて目の前に出してきた。


「約束」


 そう言われてやっと俺もああと思いつく、俺も小指を立てて雫の指に絡ませると、雫はぶんぶんと手を振ってから手を離した。


「じゃ、またね」


 ちらほらとバスに人が戻り始めるタイミングを見計らって雫は席を立った。俺は去り際の雫の背に声をかけた。


「雫、話にきてくれてありがとう。嬉しかった」


 その言葉に雫は満面の笑みで返してくれた。その笑顔があんまりにも眩しくって、俺はすぐに顔を背けてしまった。体中の温度が顔に集中したかと思わんばかりに熱かった。




 目的地に到着すると、俺でも溜息が漏れる程の景色だった。


 広がる海に砂浜、風が運ぶ潮風の匂いに非日常感を覚える。普段あまり場所に感想を抱かないが、いい所だなと素直に思った。


 海を見て生徒達はざわついていたが、先生達の声でぴたっと止まった。それからクラスごとに移動をして、ホテルの会議室に集まった。


 大きなホテルなだけあって広い場所だった。ここでまた点呼を終えたクラス委員長から報告を受けて、全員揃っている事を確認し先生に報告する。そして、生徒の前に立ち南部さんが話し始めた。


「皆さん、今日から二日間勉強合宿が始まります。私達の為に講師の先生がお越しくださっています。苦手な教科を苦手なままにせず、得意な教科はもっと伸ばせるように、この貴重な機会を自分の為に有意義なものにしましょう。限られた時間で、どれだけ計画的に過ごす事が出来るかは自分次第です。普段と違う環境だからこそ自己を律し頑張りましょう」


 すらすらとメモも用意せず南部は話しきり礼をした。その堂々たる姿を見て自然と拍手を送った。生徒たちも同じようで感心の声が小さく聞こえてくる。


 俺だったらこうはいかない、こんな大勢の前で話すとなったら脂汗と冷や汗でぐちゃぐちゃになってしまうだろう。南部に任せてよかったと心から思った。


「ではお呼びした先生方を紹介する、その後は各自時間割をよく見て、受ける講義の場所に迅速に移動するように。理由もなく参加の確認が取れなかった生徒は参加資格を失い、それ以降の講義は受けらなくなるので注意するように。体調が悪ければすぐに報告しろ」


 その後は先生達が粛々とオリエンテーションを進めて解散となった。班に別れて代表者が鍵を受け取り、部屋に荷物を置いて勉強合宿が始まった。




 勉強合宿の授業はそれぞれコースが別れていて、事前に申請してある講義に各々が参加する。


 俺は全部の講義を特進コースで受けるので移動はないが、本来はそれぞれが自分の頭で考えて、今何が足りないのか知り、自分の力を補う計画づくりの力も養う為の意義もある。


 普段授業で扱う事のない先進的な内容も含まれていて、更にはただ講師が教えるだけでなく、多種多様な形式で授業を行い、グループワークやディベート、即興でスピーチを行うなど方法は多岐にわたる。


 常に先生達が生徒を見てチェックを行い、参加中の行動や態度などを評価している。兎に角勉強の為に頭を使い続けるのが、この勉強合宿だ。


 皆は講義が終わる度にげっそりと疲れた様子を見せていたが、俺は講義の時間の方が生き生きとしていられた。教えられる内容は新鮮で、取り組みも見たことも聞いたこともない事を体験できる。


 どんな分野でも知識はあればあるほど有利だ、吸収しておく事に損はない。それに講師陣は皆聡明な方が揃っており、どんな質問をしても想像以上の答えが返ってくるし、逆にこちらに考えさせるような質問を返してきたりする。刺激的で有意義だ。


 休憩時間を利用していつものメンバーが集まったが、平気そうにしているのは俺と雫と南部と川井くらいで、他の皆は死屍累々と言った感じだった。


「あんた達よくそんな平気な顔していられるわね」


 北村が恨めしそうに言った。


「その内体も慣れるだろ、身の丈に合ってないと思えばコース変更もしてもらえる。そういう自発的な行動も見られてるんだと思うぞ」

「確かにそうね、私次のやつは一番簡単なコースに変更してくる」


 俺の言葉で東野がゆらりと立ち上がった。相当きているなと見て取れる。


「透は何でそんなに弱ってるんだ?俺と一緒でずっと簡単コースだろ?」

「集中力が続かねえんだよ、逆にお前は何でずっと集中してられるんだ?毎回毎回終わり際に小テストまでやらされるんだぞ」


 橋田がぐったりとしながら言った。気の毒とは思ったが、もっと気になる事があったので川井に質問した。


「小テストなんてあるのか?」

「復習を兼ねてな、簡単コースって言っても実力の底上げの為のものだから、定着してなきゃ意味ないってさ」

「そうなんだ、こっちはさ…」


 平気組の俺たちが講義内容の談義を始めると、橋田がずるりと椅子から落ちて言った。


「ここが地獄か…」


 人によるだろと返したかったが、あまりの弱り具合を見て俺は言葉を飲み込んだ。

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