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追憶の宝石  作者: ま行
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探した気持ち

 帰り道で雫に先程あった出来事を話した。ころころと表情を変えながら聞いていて、最後には難しそうな顔で唇を尖らせていた。


「大丈夫なのかなあ…」

「俺もそう思うよ、だけど先生の言ってる事は雫も分かるだろ?」

「…分かる、分かるんだけど、それでも心配は心配」


 雫がそこまで心配してくれるのは嬉しいが、そんなに頼りないのだろうかとも同時に思う。まあ数々の失態を前にして俺もそう偉そうに言えないのだが。


「私、今回四位だった」

「ん?」

「テスト、私が二位だったらよかったのに。そしたら光輔くんの隣で力になれた」

「…そうだな、俺も雫が一緒だったら心強かったな」

「ウヒッ!」


 急に素っ頓狂な声を上げて雫が固まる、目の前でひらひらと手を振ったら我に返ったようだ。


「そうだよ、私ならもっと光輔くんの事情知ってるし、フォローだって完璧に出来るんだからね!」

「ん、ああ、分かってるよ。何をそんなムキになってるんだ?」


 ぽかぽかと肩を叩かれて文句を言われるも、どこか嬉しそうな顔をしている雫に困惑しはなしだった。何か気に障る事を言っただろうか。


「でも、もう一人が六月で良かった。六月なら安心して任せられるから」

「そうなのか?」

「うん。結衣は歯に衣着せなさすぎるし、美香はああ見えて緊張しいだし、梨々子は意外とマイペースだから光輔くんと一緒だと諸々滞ると思う」


 相変わらず雫の人物評は鋭い、説得力があるし、それぞれと接点をもった今なら成る程と納得する事ばかりだ。


「雫はどうしてそんなに人間観察が上手なんだ?」

「えっ?そうかな?」


 俺は頷いて肯定する。


「うーん、意識して考えた事はなかったなあ。でもやっぱり、思い当たるのは私が人の中で流されて生きてきたからかなあ」

「人が集まってくるってやつか」

「そうそう、私の意思とは関係なしにね。だからこう、私に求められてるものって何だろうって考えてたの、役割みたいな」


 役割、役割か、どうも分からない。


「なあ人の輪の中に居るには役割が必要なのか?」

「難しいね、私もそれは分かんないや。でもそれを弁えているとスムーズで角が立たないのは確かだね」

「そうか、やっぱり人間関係は難しいな」


 最近は心から実感する。人間関係は難しい、それを維持するのにどれ程心の容量を割かねばならないのか。関わり合い方もそれぞれあって、どれが正解とも限らない。


 雫は自然と中心人物に置かれていたと言っていた。恐らく人と話す事も聞く事も求められただろう、その時に期待に応え続けるのは、それはそれはしんどいとありありと想像出来る。


「そりゃ嫌になるよな…」

「何が?」

「ん?」

「えっ?今嫌になるよなって言ってたから」


 しまったと口に手を当てた。どうやら心の中の声がそのまま出ていたらしい、口に出すつもりはなかったのに、雫に聞かれてしまった。


「前に、雫が言ってたろ?グループ内に居るのがしんどかったって。それ、俺は今まで何となくしか分かってなかった。そんな事もあるんだなって、楽しそうに見えたのになって、そんな無責任な事思ってた」

「無責任って、そんな事ないよ」

「ありがとう、でも俺はそんな自分を無責任って思うんだ。でな、最近は色々と人付き合いを教わる事があって、その度に思うんだ。雫はこんな大変な事を求められていたんだなって、それはさ、望んだ事じゃなければしんどいに決まってるよ」


 俺の言葉を聞いて雫は驚いたように目を見開いた。その表情の意味までは俺にはまだ分からない、だけど少しだけでも雫の心に寄り添えたら、そんな事を思った。


 そうして雫の大きな瞳を見ていたら、ポロッと涙が落ちた。俺は驚いて咄嗟にハンカチを取り出そうとポケットに手を入れると、その手を雫が掴んで抑えた。


「雫?」

「いいの、この涙は拭わなくていい」


 雫は俺の手を掴んだまま俯いている、地面には大粒の涙がぽたぽた落ちて跡を広げる。掴む手がギュッと強くなる、俯いたままで表情が分からないが、そのままじっともしていられず、もう片方の手で背中をぽんぽんと叩いた。




 道端でそんなやり取りをしていると目立ってしまうので、俺は雫に手を掴まれたまま移動した。取り敢えず落ち着ける場所に行こうと思って、そのままバイト先のヤドリギに行った。


 休憩室の椅子に座らせて待ってるように言う、雫がこくりと頷いたので一応落ち着いてきたのだろうと思ってホッとした。


「マスターちょっといいですか?」

「おう光輔、どうした?」


 店に出ているマスターに事情を説明する。雫を座らせて待たせてもらってもいいかと聞き、了承を得ると雫の所へ戻った。


「雫、マスターがここで座って待ってて良いって言ってくれた。どうしたい?ここで待ってもいいし、家に帰った方がいいなら俺が送るよ」


 マスターには申し訳ないがここは無理を言ってでも雫の為に時間を割きたい、その為にはまず意思確認が必要だ。


「大丈夫、少し落ち着いてきたから」


 涙は止まっていたが目は少し赤い、泣いた理由を聞きたかったが、今ではないと思い堪えた。


「ここで待たせてもらってもいいかな?マスターにも伝えてもらえる?」

「分かった。俺は仕事に入るけど、何かあったら呼んでくれ」

「ありがとう」


 俺は手早く準備を整えると、雫に手を振って店に出た。マスターに雫が待つということを伝えると、そうかと一言だけ言った。


 心配な事は心配だが、仕事に身が入らないのでは話にならない。俺は頭の片隅では雫の事を考えながらも、目の前の事に集中した。


 接客をしながら、先程の涙の理由を考えていた。そして拭わなくていいと断った理由も、俺の手を掴んで止めたあの感触が、まだ手首に残っているように感じる。


 あの涙が前向きだったのか後ろ向きだったのか、顔が見えなかったから表情からは分からない。人はどんな思いの時に泣く?俺はどういう時心が動く?どうすればその人を知れるだろうか。


 これまでも雫のお陰で分かった事が沢山あった。雫のお陰で世界が広がった。曖昧な実感だけれど、俺は変化を感じている。


 でもどうだろう、いつまで経っても雫の心の内を本当に知れた気がしていない。何度も触れ合ったとは思うが、その度俺は薄い壁一枚を感じていた気がする。


 その壁を張っているのは、俺か、雫か、それとも両方か、そして何故踏み込めないでいるのか、分からない事だらけだ。


 俺は雫を知りたいと言った。最初は打算的、次は興味を引かれて、そして今は、今は、どうなんだろう。俺の気持ちは今何処に在る?今改めて思うと、どうしてまだ雫と一緒に居たいのだろう。


 俺たちを繋げているのは結晶解離病だけだろうか、いや、今やそんな薄い線だけで俺たちは繋がっていないと俺は思う。ならば、なら今この俺の心の中の多くを占める雫へのこの思いの名前は何だ。


「こいね」

「へ?」

「うん?だからこのコーヒー味が濃いねって話し、マスターのオリジナルブレンド何でしょ?」


 いつの間にかお客様にコーヒーをお出ししていたようだ、思考と完全に切り離していたから雑談に付き合っていたのも気が付かなかった。


「こい…こいですか…」

「どうした兄ちゃん?濃いっつっても嫌だって言ってる訳じゃないぞ。俺はこれくらいが丁度いいって」

「そうか!恋です!それですよ!ありがとうございます!」

「え?ああ、うん。何か役に立ったのなら何より」


 俺は勢いよくごゆっくりと言うと今気がついた事を反芻した。恋、恋だ、橋田が教えてくれたあの理由と感情に、今俺が考えている事は似ている。


 いや似ているからそう断ずるのではない、俺がそう感じるからこれはきっと恋だ。


 俺は五十嵐雫に恋をしている。

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