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追憶の宝石  作者: ま行
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偉大な人

「あっ」


 目の前でノートに書き物をしている筈の雫の声に顔を上げる。テストが近いからと学校に残って勉強を見る事になった。今まで静かだっただけに何事かと思う。


「どうした雫?何かあっ…」


 俺は途中で言葉を失った。雫の机の上に落ちていたのは白い石だ、パッと見では種類までは分からなかったが、記憶の宝石に間違いないだろう。


「大丈夫か!?気分は?体調の変化はないか?」

「待って待って、落ち着いて光輔くん」


 雫にたしなめられて俺は乗り出していた身を引いた。最近雫から記憶の宝石が落ちた事はない、それに油断していて焦ってしまった。


「悪い、突然だったからつい。いやいつだって突然起こる事だったな」

「そうそう、まずは基本の確認から始めないと。手伝ってくれる?」

「勿論」


 俺は手順通りに記憶の確認を一緒に行った。取り敢えず生活に支障のある記憶の抜けではなさそうだ、自分の記憶を書き留めたノートを見て、書き留めてある大事な事や、直近の出来事とは関係ない事を雫は確認した。


「これは何の記憶だろう?」

「うーん、分からん。こうして見ると石はオパールのように見える。白色の石は不快に思った事や嫌な記憶が落ちる傾向が多いらしいが、それ故に取り戻すのも難しいんだ」

「え、何で?」

「忘れたい事ってあるだろ?特に嫌悪感のある記憶なら尚更だ、だから自分では重要じゃないと判断して書き留めなかったり、脳そのものの機能で普通に忘れてしまう事もある。そもそも俺たちは普通に忘れる事が出来るからな」


 人間の脳は必要な記憶と不必要な記憶を整理していく、だから記憶の宝石が落ちようが落ちまいが忘れる時は忘れるのだ。


 ただ自分でも思ってもみない記憶が多大な影響を与える事もある、だからなるべく落ちた記憶の確認が重要なのだが、如何せん白はたちが悪い。


「すまない雫、すぐにでも取り戻してやりたいのだが難しいかもしれない」

「光輔くんが謝る事じゃないでしょ、そこは間違えちゃ駄目だよ」

「そうだなすまな、いやありがとう」


 また謝りそうになって俺は言い直した。


 雫の病気は雫のもの、そして誰に責任がある訳ではない、勿論雫本人にも責任はない。だから周りが気負いすぎるのは、本人に大きな影響を与えてしまう。


 基本的な事を一緒に勉強した筈なのに、どうしても気持ちが先行してしまう。俺の悪い癖だ、雫がハッキリと言ってくれるから間違えずにいれる。


「どうする?記憶の確認をするか?」

「うーん、取り敢えず今影響が無いからいいかな。持ち歩いているノート以外にも記録ノートは家にあるから、本格的に確認するならそれを見ないと」

「そうだな、白い石の傾向も必ずしもそうとは限らない。もしプライベートな記憶だったら俺が聞いていない方がいいこともあるだろう」


 それに白色が本当に嫌な記憶であるなら、知られたくないことだってあるだろう。


「ただ体調の変化や不調を感じたらすぐに言ってくれ、俺に出来るすべてのことをやる」

「ありがと、その時は遠慮なく言うね」


 結局その場はそこまででおさめて、残りの時間は先程まで続けていたテスト勉強を一緒にやった。と言っても俺から雫に教える事は殆どない、たまに確認やアドバイスを送るだけなので、逆にこっちの勉強の方が捗ってしまった。




「じゃあここで、また明日光輔くん」

「ああまた明日。後で気がついた事があればすぐに連絡くれ、いつでも出れるようにしておくから」


 俺はいつも通り駅まで雫を送り届けると、姿が見えなくなるのを確認するまで待ってから帰路についた。


 一人で道を歩いていると、先程までの出来事が嘘だったかのように感じる。雫は一緒にいると実に様々に話題を振ってきて、無尽蔵に話題が出てくるからずっと賑やかだ。


 俺はそれが心地よくて、そして一人になると騒がしさが消えて、自分が如何に一人かを痛感させられて寂しくなる。


 前はそんな事なかったのに、雫との交流で俺は本当に大きく変化していると思う。そして同時にその変化を前向きに受け入れている自分がいるのも実感する。


 だからだろうか、さっきの記憶の宝石を見て、俺は自分でも驚く程に取り乱してしまった。雫のお陰で落ち着きを取り戻せたが、あのまま何もかもそっちのけで雫の記憶に齧りついていたかもしれない。


 これは所謂執着だろうか、分からない、何かに執着する気持ちは分かる。俺は結晶解離病に執着しているし、取り憑かれていると言ってもいい。俺が俺の為に行う行動はすべて結晶解離病の根絶に向けて行っている事だ。


 しかし、雫に対する感情はまったく違う気がする。執着に似ている気もするのだが、そうと言いきれない何かがある。


 気持ちの整理がつかないのか、俺がこの感情の名前を知らないからか、上手く折り合いをつける事が出来ずにいた。ただ一つだけ間違いなく断言出来る事がある。


 それは「雫が傷ついてほしくない」その気持ちだ、それだけは確かな気持ちだった。雫に対して曖昧な気持ちが多い中で、これだけは俺の中で確かだった。


 でも何故この気持ちだけが確かなのかは分からなかった。


「ただいま」


 玄関を開けて声をかける、梢さんがお玉を片手に顔を覗かせた。


「おかえりこうちゃん、テスト勉強はどうだった?お友達と一緒だったんでしょ?」

「うん、捗ったよ。すぐ着替えてくるね」


 テスト勉強をしてくるから帰りが遅くなると梢さんには連絡済みだった。俺は手洗いうがいをし、制服を脱いでハンガーにかけると、ブラシを使って埃を払った。


 その際にポケットの中の物を取り出す。それは雫から渡されたあの白い宝石だ、すべて受け取ると約束したからには、責任をもってこれを預かる必要がある。


 改めて記憶の宝石をまじまじと見つめる、中途半端な原石のようで形は歪、ごつごつとしていて宝石というよりも、綺麗な石、不格好なガラス細工のように見える。


 俺は外谷さんから買ったメモリージュエルを引き出しから取り出した。雫にはピンキーリングを買って渡したが、自分用に手元に残しておきたくてアメシストのルースを買っていた。


 研磨にカット、加工が施されたルースに比べて、見比べてみると記憶の原石は雲泥の差がある。透明度は勿論の事、照りや艶が全然違う。磨き上げた物はまるで別物のようだ。


「雫の宝石も、こんな風に輝くのかな」


 俺は誰にとも無くそう呟いた。


「光輔、入るぞ」


 どんどんと扉をノックされて俺は「はい」と返事をした。扉を開けて入ってきたのは叔父さんだ。


「梢ちゃんが光輔が下りて来ないって言ってたぞ、どうかしたか?」

「あっと、ちょっと考え事してた。すぐ行くよ」


 どうやら心配して様子を見に来てくれたようだ、すぐ着替えてくると梢さんに言ったのに、結構時間を使って物思いに耽ってしまったらしい。


「ああそうだ、光輔ちょっといいか?」

「何?」

「あー、その、な。兄貴から連絡があったよ、お義姉さんからもな、二人共お前からの電話すごく喜んでた。でも、俺はお前が無理してたんじゃないかってちょっと心配でな、聞いておくが大丈夫だったんだな?」


 叔父さんに父さんと母さんに連絡した事を言い忘れていた。父さん経由で叔父さんに伝わったから心配させてしまった。俺はしまったと思い叔父さんに言った。


「心配してくれてありがとう叔父さん、でも大丈夫、無理とかじゃなくて俺が相談したい事があったんだ」

「二人じゃないと駄目だったのか?」

「うん、どうしても二人に話したかった。必要な事だったから」


 叔父さんは暫くじっと俺の目を見つめて、それからふっと表情を緩めると俺の頭を大きな掌でガシガシと撫でた。


「ならいいんだ。俺もお前が兄貴達と話せて嬉しいと思ってる。だけど無理だけはするなよ?俺だって梢ちゃんだって居るんだからな」


 それだけ言うと、叔父さんは早く来いよと手を振って部屋を出ていった。叔父さんはいつも俺の味方をしてくれる、支えとなってくれる。


 お腹の底からカッと熱くなる想いがこみ上げてくる、こんなに頼もしい事はない。叔父さんが味方でいてくれるから俺は俺でいられるんだ、恥ずかしくて面と向かっては言えないけれど心ではそう思っていた。

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